オンリーワンな車

予てから誌乗したいと思ってい五代目デリカ、新型『三菱デリカD：5』に乗ってきた。


二十代の前半に同じく三菱の二代目パジェロに乗っていた。大ヒットした先々代のショート・ボディーだ。当時凝っていたスキーやバイト仲間との夜遊びに大いに活躍してもらった。多少の段差を乗り越えるのは容易いことなので、正門の閉まったポート・パークに入り込んだり、車の進入が禁止の駅前公園に乗り入れて、クラクションを鳴らしまくって邪魔なスケーターを追い回したりと大活躍してくれたものだ。まぁ、当時の彼女とその友達、その彼氏の四人で海辺にキャンプに出かけたときは、浜辺でスタックして大恥をかいたこともあったけれど。
そのころ、高校の同級生だった友達が大ヒットした三代目デリカに乗っており、自分のパジェロと2台体制で1泊のスキー旅行に出かけたりしたのだが、心の中では『なんで、中途半端なワンボックスと四駆(当時はクロカンとかSUVなどとは誰も言わなかった)のあいのこなんぞを買うんだろうか？』と揶揄していた。なにせ、デリカといえば県警の機動隊が乗っている車というイメージしかなかったからだ。

ところで、五代目デリカはスペースギアというペットネームで飾られた四代目デリカからの、なんと13年ぶりのフルモデル・チェンジである。先に中途半端なあいのこと書いたが、このあいのこ加減がデリカがデリカたる所以でもあり、デリカが何者にも変えられない魅力の所在でもある。
ワンボックス・スタイルこそ捨てたが、広大なスペースを有しながら、オフロードを苦にしない動力性能。ましてや、オンロードではミニバンとして使えるという、世界的にもライバル不在のオールラウンド・プレーヤーだ。嘗ての邪推は、自分が家族を持つ身分になってみてすべて拭いさられた感がある。

デリカのライバルといえば、五万とあるミニバンと、下火になったクロカンSUVということになる。デリカがそれらと決定的に違うところは、ライフスタイルの一環としてみた場合の車として、オンオフの切り替えが可能だということだ。ミニバン特有の取り回し辛さから逸脱したとはいえ、家族と有り余る荷物を載せて走るミニバンの運転手はどうしたって、日曜日のお父さんでしかない。クロカンSUVの運転手乗り心地も同乗者のことも無視した男根主義の男。しかし、デリカの運転手は家族思いの品の良い趣味人というイメージを得ることが出来る。妥協はしないが、無駄もしない。現代人として素晴らしくスマートだ。このようなイメージを持った車は外国車を含めても、レンジ・ローヴァー・シリーズぐらいしか存在しない。しかも、デリカはユーティリティーという点で、レンジ・ローヴァーを凌ぐ。

アルファードやエスティマといった街乗りのでかいミニバンが臭わす俗物的イメージ、大ヒットのセレナやステップワゴンが拭い去れない生活臭の両方を捨て去ることが出来るのがデリカの強みだ。日曜日に家族を乗せて、アウトレット・モールで買い物し、アスレッチックのある公園で遊び、ファミリーレストランで食事をして帰って来るという他愛も無い行動がかっこよく見えるミニバンなんぞ他にあるか？家族でスキーなんぞに出かける車なんて場合には想定する敵すらいない。


発売当初は試乗車不足を耳にしたが、今では殆どのデイーラーにて試乗は可能だろう。実際に街中で目にする機会が多くなってきたのだから当たり前といえば当たり前だが。
いまどきの日本車らしく、キーレス・エントリーどころか、エンジン始動にもキーを挿す必要が無いタイプだが、そこはかとない味気なさを覚えるのは自分だけだろうか。テレスコピックは無いものの、位置合わせが容易なステアリングを決めて、シートを一番下まで下げると、目の前に広がる風景こそミニバンのそれだが、搭乗感覚はセダンとなんら変わらないレベルだ。気になったのは、ステアリングが肉厚のため、メーター類が見辛いことぐらいか。
助手席の冷温ボックスを筆頭に、フック類がそちこちに配備され、室内は工夫の塊のように使い勝手を考えられており、道具としての車という点では最高の評価を与えても構わないと思う。
ポイントが高いのはシートの出来。多くのミニバンのそれは、回転させる、取り外す、ああする、こうすると手を加えられすぎたあまりに、本来の座るという目的がないがしろにされて、日の経った食パンのような薄くて腰の無いクッションのシートが蔓延っているわけだが、デリカのシートは特筆に価するほどに厚みと腰がある秀逸なもの。長距離移動をするときには、相当に恩恵を受けることだろう。2列目以降のシートについても同様に出来のいいシートなのは言うまでも無い。

始動すると、嘗て乗っていたパジェロのディーゼル・エンジンとは比べるのが馬鹿らしくなるように、三菱お得意の可変バルブMIVEC付の2.4Lエンジンはあっけなく目を覚ます。サイドブレーキが二重踏込みタイプなのは、安全面から見てどうにも気に入らないが、これが日本の主流なので致し方が無いのかもしれない。
アクセルに乗せた右足に踏力を加えると、まず驚くのがエンジン音。明らかにうるさいレベルでうるさい。試乗の際にはいつもオーディオ類の電源をオフにしているのだが、聞こえてくる音楽の邪魔をするであろうに違い無い程にうるさいのだ。でかい図体を動かすミニバンはスタート時にエンジン音がうるさいのは致し方が無いとは言えるのだが、今まで乗ったどのミニバンよりもうるさいと付け加えておく。うるさくなければ、挙動もジェントルで品のいいエンジンなのだが。
ディーラーの敷地を出て、国道をバイパス方向へと向ける。スピードを出してみたかったので、バイパスを走らせて貰うことにした。信号のストップ・アンド・ゴーでは、エンジン音が気になるものの、ハンドリング、ブレーキ、乗り心地のどれをとってもセダンとの差異が気にならないレベルで安定しているし、運転しやすい。背が高く、地上高が他のミニバンよりも高いのに気になる揺れも感じないし、かといって足が硬すぎる印象も受けない。調和されて、上質な乗り心地を醸し出している。オフロード性能が高いとはいえ、ステアリングもパジェロ等のクロカンSUVのように上を向いたバスのようなものではないのが、セダンと変わらぬ運転感覚に寄与している。
決して小さい車ではないが、スクェアなエクステリアも手伝って、取り回しは楽だ。ミニバンに慣れていない人がステアリングを握っても慣れるまでに時間を要すること無いと思われる。
市街地を抜けて、ステアリング裏に取り付けられた、マグネシウム製の不必要にカッコいいパドルを操作して、バイパスを走った。うるさいと思われたエンジンも動き出しだけで、走り出してしまえばまったく気にならないし、高速走行時の直進安定性や、乗り心地もミニバンのそれを逸脱して秀逸だ。
2列目シートについても乗り心地はセダンのそれとなんら変わりないほどに快適だったと付け加えておく。
ミニバン、いや背の高い車イコール、曲がらない止まらない、取り回しが悪い、運転がつまらないと思い込んでいたのだが、見事に裏切られた。普通ですよ、普通。ミニバンとかSUVとかってくくる必要が無いぐらい普通にいい車。誰もが気軽に運転できて、しかも便利でカッコがいい。

乗車感覚に関しては、この手の車について四の五のと細かく書くのは蛇足なので、簡単にまとめた。
それにしても考えてみれば、いい車なのも当たり前だ。リコール隠しやら何やらで三菱が社の存亡すら危ぶまれた時期、次に出す車がコケたらお終いという状況下で、徹底的に手塩に掛けて作り上げたのがアウトランダー。その車をベースにして『嘗ての大ヒット車よ、再び』と作られたのがこのデリカだ。
久々に乗り逃げしたくなったｗ ことミニバンについてなら、生まれて初めてのことだ。背景となるイメージが良いというのもさることながら、車としての出来も優秀。金の余裕があれば、今すぐにでもガレージに収めたくなる素晴らしい車だ。
惜しむらくは価格で、最販価格帯のナビゲーションを搭載したグレードで、車両価格が3,139,500円である。諸経費を含めると、370万円程に達すると思われる。こうなると、世のランク付けでは上位ランクに属するアルファードやなんやらの、いわゆる大型ミニバンが視野に入ってしまう。そこで、デリカの良いイメージを是とするか、押し出しに捕らわれて、でかいことが売りのミニバンを是とするかでユーザーのセンスが問われるとういえるのだが。

価格について補則すると、大して変わらない装備で300万円を切るグレードも存在するが、そうなるとナビゲーションが付かない。このナビゲーションが奮っていて、おまけについてくるフロントグリルの中央に三角形に突き出した車載カメラが車先端から左右を映し出すため、見通しの悪い交差点に決して短くないフロントノーズを突っ込む際に効力を発揮してくれるのだ。これだけをとってもこの純正ナビゲーションは買いだ。もし、ナビが要らないというのなら、ほぼ同じ装備の2,887,500円のグレードがあり、デリカは決して高い買い物ではない。ましてや、ナビもアルミも要らないというのなら、2,614,500円のエントリーグレードがある。道具として使い倒すならこれが最良の選択だろう。

デリカD：5は、スマップの歌に影響されて、出来の悪い会社の上司が申し開きの度に連呼をした「ナンバーワンではなく、オンリーワンを目指そう！」という、手垢の付いた台詞を形にした車だ。デリカの前にデリカ無し、デリカの後ろにデリカ無し。欲張りさんは三菱に向かえ！


※いまなら、デーラーにて写真の出来の良いデリカのミニカーが貰えます！