Being on the Road ~僕たちは旅の中で生きている~

日常の中にも旅があり、旅の中にも日常がある。僕たちは、いつも旅の途上。

美麗的日本和我 (美しい日本と僕)/東京散策倶楽部 第23回

2022-11-05 16:57:02 | 旅行

2022年の記録

10月に入り、晴天の日に都内を散策した時の記録 (10/20,23)

前々回に使ったオールドレンズ(タムロンSP 28mmF3.5)で撮影。

 

 

バラの花と鳩山会館、画面構成にちょっとムリがあるのはご愛嬌。

 

 

20日は、東京メトロ霞ヶ関駅下車、法務省旧本館、日比谷公園旧管理事務所を散策の後、JR有楽町駅前のかごしま遊楽館で、常用の鹿児島極甘醤油を購入後帰宅。

23日は、JR王子駅から東京さくらトラム(都電荒川線) で、都電雑司ヶ谷下車、徒歩で旧宣教師館、東京カテドラル、鳩山会館を散策後、バスで上野松坂屋前に行き、JR御徒町駅から帰宅。

 

 

法務省旧本館は、前回訪問時は休日のため門内に入れなかったので、仕事を早く切りあげて平日夕方に訪問。敷地内で自由に撮影できるものと思っていたが、然にあらず。クルマとの接触事故防止のため、撮影エリアが指定されいた。といっても、来館者もクルマも疎らなのだが、警備員がバッチリ監視している。法務省内ってこともあり、厳格にルール遵守して撮影。

 

 

法務省旧本館から5分も歩くと日比谷公園。前回訪問しなかった、日比谷公園旧公園管理事務所は、1910年(明治43年)竣工のドイツ・バンガロー風建築物。現在もフェリーチェガーデン 日比谷として、挙式・披露宴会場として利用されている。

 

 

日を改めて23日、JR王子駅から東京さくらトラムで向かったのが、雑司ヶ谷旧宣教師館は、1907年(明治40年)にアメリカ人宣教師のジョン・ムーディー・マッケーレブが自らの居宅として立てた建物。旧マッケーレブ邸とも呼ばれる。豊島区に現存する最古の近代木造洋風建築で、東京都指定有形文化財である。

 

 

雑司ヶ谷旧宣教師館から“ぽっぽ鳩山邸”に向かう途中にあるカトリック関口教会は、カトリック東京大司教区の司教座聖堂(カテドラル)であり、教会堂名(聖堂名)が「無原罪の聖母」(聖母マリア)であることから、東京カテドラル聖マリア大聖堂として知られている。

1945年(昭和20年)に戦災で消失し、長らく再建されないままであったが、日本へのカトリック再布教100年事業の一環としてドイツ・ケルン大司教区の支援を受け、コンペにより選出された丹下健三案により1964年(昭和39年)完成している。

丹下健三案は、教会の建物そのものが頂部において十字架型になるとともに内部構造は、鳥居や山門をくぐって参道を歩みながら徐々に気持ちを整え、それから「本尊」に相対するといった日本の伝統的な手法が採用され、建物本体の記念碑性だけでなく「場」の力によって聖性を生み出す異彩を放つものである。

 

 

鳩山会館は、内閣総理大臣を務めた鳩山一郎氏の邸宅を鳩山ファミィリーの業績を伝える記念館として一般に公開したものであり、現在の所有者は、“ぽっぽ鳩山”こと、第93代 内閣総理大臣 鳩山由紀夫氏である。

1924年(大正13年)竣工の 鉄筋コンクリート造の洋館で、各所にハトやミミズクなど鳥をモチーフにした装飾が施されている。

階段の踊り場部分にある五重塔の上を鳩が舞う図柄の大きなステンドグラスがある。工芸家小川三知の作品。

 

 

【メモ】

終わらぬウクライナ侵攻、韓国の梨泰院事故に北朝鮮のミサイル発射と惨事や物騒な話が続く。タレントの中居正広さんの1ヶ月間の休養の発表があった。僕は彼のシンパでもなければ、アンチでもないが、“休養”にまつわるエピソードを思い出したので、ちょっと披露する。

かつの上司は、元軍人(中国人民解放軍士官)で、「“目標”というと、その方向に走っていれば、許されるような甘さがある。予算は“命令”、必達だ。」といった厳しい人だったが、「軍人にとっては、“休養”も任務。君たちも同じだよ。」と指導された。つまり、翌日に疲れを残さず、パフォーマンス・マックスにするために終業後、キッチリ休むことも業務なのだ。夜半まで、飲んだくれるのは、業務怠慢。 と言っても、夜9時、10時まで、残業を強いられ、それから飲みに行くこと、あったよなぁ。

 

 

旅は続く