ねいろかふぇのかなこさんは、ダメもとでお願いしたらしい。うまく話が進んでこの日になった。
開場時間よりはだいぶ遅かったけど、まだ30分あると思ったのに、もうステージにはギターを抱えた小室さんがいらした。客席と会話が続いてた。
場内は満員も満員で、前列にはテーブルがなく椅子だけが並んでいた。客数21名、私が参加したライブの中でも一番多かったかもしれない。階段のスペシャルシートにはコウスケさんの姿もあった。ほどなくお客さまが揃ったので、少し開始時間を早めてライブは始まった。写真撮影のOKは出たのだが、スマホのシャッター音はご遠慮願いたい、ということで、私のスマホは音がするため演奏中は撮れなかった。これは準備中の写真。
気になったのは、マイクがとても遠くにあること。まあ、このお店は生音でも十分に音は聞こえるのだが、なぜかわざとそうされているように見えた。実際にライブが始まって、それは正しかったような気がした。声のヴォリュームはすばらしく大きい。でももっと張って歌うときはさらにマイクから離れて歌われた。囁くように、語るように歌うときはすぅっとヴォリュームが絞られた。感嘆すべき歌声だった。
1曲目は、別役実さんの芝居『スパイ物語』の挿入曲?『あなたが猫を殺すとき』から始まったと思ったら途中でそれは終わってしまい、芝居の中身を話し出す。主役の常田富士男さんのものまねなども入ったりして。その芝居で及川恒平さんと知り合ったそうだ。で、『雨が空から降れば』これは最後まで。
※演奏中の写真は、スマホにシャッター音が鳴らないアプリを入れているというまさこさんからのいただきもの
谷川俊太郎さんの詩、『木を植える』これを歌うときは、キーを探すのに少し手間取って、またコードも探しながらだったのだが、後で「この曲はね、ある日コード間違えてやってしまったんだ。でも、どうもそっちの方がいいような気がして、それからはそっちでやってます。」という説明に、娘のゆいさんが、「あの、間違ってない方のコードでやってるCDも今日持ってきてます。」と絶妙な突っ込みを入れられていた。
その後、谷川さんの詩を歌にした、『希望について私は書き記す』『死んでから』。谷川さんとは、今どき流行らないけどプロテストソングを作ろう、という話になって、今2枚アルバムがあるとのこと。これは2の方
『死んでから』とは言うものの、彼はまだ生きてます、ひつじ年で一回り僕より上だから93歳かなあ、と。そして、「だからさあ、聞いてないよね、80になるなんて。」とご自身の年齢に話を持ってきて会場を笑わせていた。
その後、キングレコードでデビューして、フォーライフレコードを他のミュージシャンと一緒に作って、社長に就任し、できたばかりの頃会社に電話して、「小室ですけど」というと「どちらの小室さんですか?」と言われて電話を切っちゃった話など、色々昔の話を織り交ぜつつ、ファーストアルバムに収録されている、1973年松岡正剛作詞作曲の『比叡おろし』これ懐かしかった。
この曲はたくさんの人がカバーしているが、早い時期に小林啓子さんが歌っていた。うまいんだよね、許せない、とつぶやいてまた笑いを取っておられた。
少し変わったところを、と言いつつ、「今日は休憩あるんだっけ?」という小室さんに、ゆいさんが「昨日送ってくれたリストでは、この曲やって、これやって、それで小休止、ってあるよ。」と助け船を出し、ようやく次の曲がはじまった。
「次は、たぶんすごいよ。作詞永六輔、作曲中村八大、で何だったかなあ、TV番組で今月の歌というのがあって、それでできた歌。(後で調べたら『夢であいましょう』だった。)北島三郎さんが歌ったんだけど、こんな風に歌うとサブちゃんとはちょっと違って、八大さんのイメージのジャズの香りがするんではないかな。」と歌われたのが『帰ろかな』確かにイメージが全然違っててかっこよかった。そして、最後に永六輔作詞?穂口雄右(キャンディーズとかたくさんヒット曲作ってる人)作曲の『逢いたい』で1stは終了。赤いものを所望された。
休憩時間に、いづみさんがギターの写真を撮りに来られたので、ちらっと聞いたところによると、1971年のFG1500の復刻モデル?よくわからなかった。でもとりあえずわたしも撮った。スタンドがなかったのではなく、お客さまが多すぎて場所取りなスタンドは仕舞われてたのだった。
ファーストアルバム『私は月には行かないだろう』がこれ
CD売り場を充実させる、ゆいさん
休憩時間が終わり、2ndセットが始まる。
「これから歌う歌は、確かに僕が作ったんだけど、コードを覚えていない。」と言われたので、あれ?と思ったのだ。私の席から歌詞カードをめくる時にタイトルと歌詞の上に書いたコードが見えていたので、書いてあるやん、とおもったのだったが、実は書いてあるコードが覚えてるのと違ってたらしい。「この曲を後回しにしてくれたら、その間に書くけど。」とゆいさんが提案したのだが、「俺はね、できないことはないんだよ。」大丈夫?「行くとこまで行ってみる。それでね、君に手伝えることは別にある。」とゆいさんに依頼したのは、長そでシャツの袖口をまくり上げて折ることだった。輪ゴムもあったのだが、それだと血が止まっちゃうので、それは却下。
藤沢周平原作のNHKドラマ、『蝉時雨』の主題歌を、との依頼で、及川恒平さんに詩を依頼したら、エンディングテーマだから短くていい、と言ったのに4番まで作ってきたそうだ、『遥かな愛』
谷川さんの詩に戻って、TVドラマ『高原へいらっしゃい』のテーマソング、『お早うの朝』、谷川さん、武満徹さんコンビの『死んだ男の残したものは』、もう少し古い時代の詩人、黒田三郎さんの『道』といううたは、この詩に曲をつけてはどうか、と勧めてくれた人があったらしい。そして、大岡信さんの『私は月には行かないだろう』はアルバムのタイトル曲。
小室さんが応援団長を務めているNPO法人、ゆめ風基金のパンフを見つけて、ちょっと宣伝して最後は『無題』、もちろんアンコールがあり、もう何にもないんだよ、といいながら
『誰かが風の中で』この曲はみんなで大合唱となった。
終わってからもCDを買う人、写真を撮ってもらう人で店内はごった返しており、ちょっとだけ洗い物やなんかの手伝いをしつつ売り場が空くのを待っていた。落ち着いてきたので、CDゲット、サインをいただくのは後回しにして、残った人たちで打ち上げを。かなこさんの乾杯の音頭で
この日の功労賞?ニョロさん
テーブルに並ぶお肉類は差し入れ、おにぎりとサンドイッチはかなこさん謹製。
そして楽しく賑やかに会話は弾み、
あちこちで記念撮影に花が咲き、これはかなこさん、ゆいさん、まさこさん
ねいろかふぇご夫妻と小室さん、撮影者はゆいさん
ニョロさんと小室さん
撮影者はまさこさん
親子も撮ってみる。といっても私のは全部横から、やけど。
私とまさこさんも最後に撮ってもらった。ちっちゃ!この後おふたりはタクシーで宿まで。翌日は富田林でライブだそう。
失礼ながら、81歳。コードが、とかキーが、とか時々言われるが、そんなことはもうどうでもよくて、歌詞もガン見されてたけどそれも問題ではなく、このお年まで現役でしっかり声が出て、歌で表現ができる、ってすばらしいことやな、と思った。やっぱりレジェンドやなあ。