たかが大阪城、されど大阪城・・・コロナ禍で天守閣は休業中で拝観することはできないが、それでも去る前に1度は天下の名城を拝んでおかなければ。
大阪城は4つの入り口があるが、今回はモデルコースとも言われる大手門〜青手門へ。早速、広大な大阪城の正門とも言える大手門へ。左には本願寺時代ここに建っていた櫓が難攻不落で、信長が「ここの櫓は千貫出しても惜しくない」と言わしめたということで命名された千貫櫓と多聞櫓がならんで見れる。
大阪城と言えば、石垣等に古今東西から運び込まれた巨石が有名だが、早速、大手口枡形の巨石に到着。確かにデカい!まさに巨石!他の城ではこのサイズって確かに見ないかも?ちなみに樹の裏の巨石が大手見付石と言われ、場内巨石ランキング第4位だそうだ。
多聞櫓をくぐっていくと、いよいよというか?ようやく本丸に続く桜門へ。おぉ〜桜門の中に天守閣の姿がようやく見えてきた。でも、まだあんなに小さいの?大阪城ってどんだけ広く大きいいんだ?天守閣まで20分はかかるよって聞いていたけど本当だ。
桜門進む・・・っとその前に桜門枡形の巨石が登場。いやぁ〜ここも巨石がならんでいる。その中の左の巨石が大阪城の人気者「蛸石」だ。これが城内最大の巨石!
左下の模様がまるで蛸のようで蛸石と命名されたのだが、タコに見えますか?丁度、蛸が90度時計回りになっていて、頭と2つめ、黒っぽいのが8本の足で、上に吸盤だそうだ。画像だとわかりにくいかなぁ〜?
そして、ようやく天守閣に到着。噂通りぴったり20分。特に細かく読まずにね。詳しく勉強してきたら倍かかるかも?実は小学生の頃かなぁ〜親父と訪れたことあったのだが、もっと巨大な天守閣だった記憶あったが、思ったより大きくない?こんなサイズだったかなぁ〜?名古屋城見慣れているせいか?あの頃の圧倒感はないかも?
しかし、もう少し構図考えればよかった・・・エレベーターがモロに写っちゃったらダメだよねぇ〜。現場で全然気づかなかった〜。
天守閣前には「残念石」と呼ばれる巨石が横たわっている。この残念石は1620年から始まった徳川期大坂城の築城にあたり小豆島からわざわざ切り取られて持ち込まれたが、可哀想に使われずに放置されてしまった石なんだそうだ。う〜ん、何か偉く寂しくて可哀想だ。
残念だが天守閣は臨時休業中なのでスルー。天守閣の裏側?を進むと急坂になっていてそこ降りたところからの天守閣の姿が個人的には1番好きだ。どう?
山里丸の「刻印石広場」へ。発掘調査で出土した当時破損したのか?使用できなかった石の中から刻印がはっきりしているものを展示しているらしい。持ち込んだ石がどこの藩のものかわかるように刻印してたんだって。ちなみに↑の二重の四角は若狭小浜藩のものらしい。
ひっそりと「秀頼、淀君自刃の地」の碑があらわれる。何だろう?雰囲気かな?日陰で何故かすごく寂しげな場所だ。大炎上する天守閣からここまで必死に逃げ込んで来たのだろう。そして、この地で全てを悟り諦め・・・最後を迎えたのだろう。徳川勢に囲まれた大阪夏の陣でも、秀頼が出陣する姿を見せていれば・・・結果はどうなったか?
極楽橋で内堀渡り、外堀渡す青屋門をくぐれば大阪城散策終了。早足だったがとりあえず40年ぶり?くらいかな、大阪城拝めて満足。やっぱり短期とは言え大阪府民となったのだ、シンボルは1度は見ておかないっとね。
あぁ〜腹減ったぁ。ランチといこう。ラーメン百名店獲得の人気ラーメン店へ。
そしてその後は、大阪冬&夏の陣のヒーロー・真田幸村の史跡巡りへ!
真田幸村史跡巡り!① 真田丸へ! →