弁護士ふくふくの今日が出発点

難病がきっかけで始めましたが、今は、出会いを求めて書いてます。足跡歓迎です。但し、ハンドルネームでお願いします。

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台湾へ事務所旅行

2018-11-25 10:46:56 | 日記

11月17日(土曜)から、21日(火曜)まで、3泊4日で、台湾に事務所旅行に行ってきました。

毎日一緒に働く仲間ですので、1、2年に1回は、みんなで旅行を楽しめたらいいなあというのが、弁護士になってからの夢の一つでした。

しかし、なかなか先立つものがなく、8年前に、岩手県で日弁連の人権大会に参加するのに合わせて、東北(岩手、秋田)に2泊3日の事務所旅行に行ったきりでした。

今回は、事務所のメンバーとその家族、友達等、合計10名で、観光会社のツアー(26名)の中に入る形での旅行でした。

数年前から、宮崎県弁護士会と台中の近くにある雲林県の弁護士会とが交流を続けていて相互に訪問をしてるのですが、雲林の弁護士と家族がホテルまで遊びに来てくれて、カラオケにも連れて行ってくれ、良き思い出にもなりました。

また、コツコツ頑張って、来年か再来年は国内での事務所旅行を実現したいと思っています。

(写真は、ジブリのアニメ「千と千尋の神隠し」で一躍有名になった、「九份」です。)





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西都原古墳群のコスモス

2018-10-28 19:45:50 | 日記

昨日(10月27日、土曜日)、妻と二人で、西都原(さいとばる)古墳群にコスモスを見に行きました。

写真にあるとおり、青々とした空、澄み切った空気、遠くの山々、心が洗われるようなひとときでした。

コスモスの花びらの色は、濃いピンク、淡いピンク、白の3種類で、それが、混じりあって、調和のとれたコスモス畑となっていました。

往復の時間も含め、僅か3時間程度のドライブでしたが、月に1回くらいは、妻とこのような時間も過ごすようにしようと思っています。

 

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自治会ゴルフ

2018-10-14 04:53:24 | 日記

昨日、地域の自治会のゴルフ大会に初めて参加しました。

ゴルフ場は、自動車で5分の大淀川河川敷ゴルフ場で、同じコースを2周するものです。プレイ料は、3240円と安かったです。

32名参加でしたが、私の組の外の3人とは、それぞれこどもが小学校のころ、同級生だったというくらいのつながりで、一緒にゴルフをするのは初めてで、初めて出会った方もいました。

2時半くらいにはゴルフは終了し、自宅に帰り、昼寝をして、夜6時からは、自治会の集会場で20数人参加で懇親会でした。

ゴルフの時も感じていましたが、懇親会でも、自分は参加者の中では、若い方ではなかろうかと。話をすると、70歳前後の方がかなり多く、80歳代半ばの方もおられ、63歳の私は、最も若い方でした。先輩から、頬っぺたを触られ、「(あなたは)若いでしょう。まだ、肌がきれいだから」と言われ、思わず、「はい、若いです。」と答えてしまいました。

ほとんどの方が、現役を引退され、ゴルフと地域での懇親を楽しまれているようで、私も、これを機会に地域のゴルフ愛好会に加入することにしました。ゴルフ場も懇親会場も近いし安いし、近所付き合いもできるし。

穏やかな楽しい一日でした。

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顧問弁護士業務と同窓会

2018-09-29 19:49:03 | 弁護士業務

 2011年から2016年までの6年間、鹿児島大学ロースクールで、講師をしました。毎年、9月から12月くらいの間、私ともう一人の弁護士とで、1コマ100分の授業、15コマを分担して担当しました。

 実際に仕事でやった事件をアレンジして、事例を作り、何が問題になるかを学生に考えさせたり、討論させたりする授業でした。その中から、何人か司法試験に合格し、現在弁護士をしています。

 授業の日は、2時間半の電車を含め、片道3時間半くらいかかるので、夜は、鹿児島に泊まり、年に2回くらい、せっかく鹿児島に来たということで、母校の鹿児島大学時代の友達、数人に集まってもらい、同窓会をやっていました。

 3年くらい前、その同窓会の際、同窓の友人が鹿児島市内でも比較的大きな病院が経営する介護施設の幹部をしていて、顧問弁護士がいたらいいのだがという話があり、2年前くらいからそこの顧問弁護士をさせてもらうことになりました。

 同じころ、鹿児島大学ロースクールも募集停止となって講師の仕事も終わりましたが、その後は、顧問先の施設に年2回ほど行って、職員に向けて、施設における転倒や誤嚥等の事故防止や対応等について実際の判例を参考にして、話をする等の仕事をしています。

 昨日も、その施設に行って、相談や打ち合わせをしたあと、その施設の幹部の友人も含め6人で同窓会をし、約40数年前の学生時代の話に花を咲かせました。20歳前後の若者も今は、みんな白髪頭のおじいさんです。

 18歳から24歳まで、鹿児島で生活し、そこで、アルコールも飲み始めました。そのせいか、やっぱり、焼酎は鹿児島が一番美味しいと感じます。実際、味はそれほどわからないのですが、青春時代の思い出と鹿児島の焼酎の味とが一体となります。

 友人関係が、自然に仕事につながる……こういう流れが一番いいのかなと思います。

 

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同級生旅行

2018-09-17 19:59:20 | 日記

9月14日から、16日まで、二泊三日で、島根、広島に旅行に行ってきました。小学校、中学校時代の同窓生12人(男だけ)で、マイクロバスをレンタルして。

足立美術館、出雲大社、広島平和記念公園、宮島(の近く)、錦帯橋等に行きましたが、何といっても一番の楽しみは、マイクロバスの中や、食事時の他愛のない雑談。

10年くらい前から毎年1回1泊か2泊で、旅行をやってきたようですが、私が参加したのは、2年前からで、今回が3回目。(それ以外に、2ヶ月に1回くらい宴会をやってますが、これには、2,3回に1回くらいしか参加できません。)

同級生なので、職業もいろいろ。呼び方も、〇〇君、〇〇ちゃん、〇〇(呼び捨て)以外は存在しません。

〇〇先生と呼ばれることもない。敬語もない。「ナンシヨットカ、ハヨセンカ、オマヤ」「ナンシチョッチャロカイ、モー」等、方言だけ。60過ぎのじいさんグループだけど、同時に小中学校の頃の顔や表情もリアルに浮かぶのが面白いです。

なにものにもかえがたい、楽しい時間でした。

 

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孫が増えた

2018-09-09 21:01:05 | Weblog

 今年(2018年)3月に、娘に3人目の子が生まれ、8月には息子に初めての子が生まれ、孫が、4人になりました。

 昨日は、息子のお嫁さんの実家で、息子の一家3人と、お嫁さんのご両親、私と妻の7人で、孫の誕生を祝う食事会をしました。

 これまで、全くの他人であった人が、息子の結婚を通じて、新しく親戚になり、楽しく、親しく食事をし語らうようになる。本当に不思議な、そして素晴らしいことですね。

 それにしても、孫、4人、それぞれ、特別に可愛いですね。幸せに感謝します。

 

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ブログ再スタート 2018年7月

2018-07-16 08:29:28 | Weblog

約8年ぶりにブログを再スタートしました。

弁護士の仕事をしていると、みんなに知ってほしいということがたくさんあります。

フェイスブックだとあまりにオープンすぎて、小心者の私には、勇気が必要です。

匿名のブログくらいがちょうどいいですね。誰のブログかはすぐにわかってしまいますが。足跡を残していただける方は、できれば、ペンネームでお願いします。あとで、誰か教えてください。

出発点に立つと、こーしよう、あーしようと、やる気が出ます。

私は、毎日、「今日が出発点」とすることで、あまり思い出したくない、思い出してもどうしようもない過去のことを切り捨てて(いい過去、楽しい過去は、都合よく、いつも思い出して、しっかり自信にしていますが)、新鮮な気持ちで、長期目標、短期目標を立てて、頑張るようにしています。

これから、宜しくお願いします。

 

 

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4年ぶりの12月

2010-12-19 22:53:31 | 日記

 4年前の12月、今頃。つまり2006年(平成18年)12月。事務所の弁護士が3人になって、事務室も駐車場も手狭になり、思い切って広いところへの引っ越しを決定。引越に先立って、引っ越し先の部屋の改装等。本来の仕事も忙しい上に、こうした準備で忙殺され、体調も悪い。

 そして、翌年1月に、潰瘍性大腸炎であることがわかる。4月頃2ヶ月入院。

3年前の12月(2007年)。潰瘍性大腸炎が劇症化。11月15日から2月1日まで入院で、12月は、入院の真っ最中。

 2年前の12月(2008年)。また、潰瘍性大腸炎が劇症化して10月17日から入院。11月16日大腸全摘手術となる。12月11日に退院したが、手術による体力低下と慣れないストマ(人工肛門)とで、自宅でひっそりと療養の12月。

 1年前の12月(2009年)。2008年の大腸全摘で潰瘍性大腸炎はすっかり治り(そもそも大腸がないから潰瘍もない)、事後処理を待つだけの1年間が過ぎる。小腸と肛門の接合をあきらめ、永久ストマを選択。残った直腸や肛門を切除する手術のため、11月26日から12月22日まで入院。

 ………ということで、2010年12月。何事もなく、普通の人と同様に過ごすのは、4年ぶり。

 

 毎日、事務所に出て、仕事ができることの喜び、

家に帰って、家族とゆっくりご飯を食べ、熱い風呂に入り、快い疲れを感じながら、布団で眠りにつけることの喜び、

知人とネオンを見ながら夜の街を歩き、酒を酌み交わし、他愛ない話しに花を咲かせる喜び、

全てを忘れて、一打、一打に集中し、またその結果に一喜一憂することの楽しさ、(下手なゴルフのことです)

 耐えがたい苦しみ、恐怖、不安を体験したことで、今は、当たり前の全てのことがありがたく、素晴らしいことに感じる事が出来ます。

 

 ほぼ完全に復帰して1年が過ぎようとしている。今感じている、当たり前のありがたさは、忘れてはならないし、忘れる事もない。

 あてもなく繰り返される病院での朝、昼、夕、深夜。夜8時に必ず流れる、見舞に来た来院者に帰るように促すアナウンスとそのバックミュージック。一晩中、どこかの病室で成り続ける、点滴の異常を知らせる「ピリリッ、ピリリッ」という高い機械音。 

 

 でも、まあ、職場復帰から1年もたったことだし、無理しない範囲で、仕事も、もう一頑張りしてみたいという気持ちが自然と湧いてきている。

 弁護士の仕事は、トラブル解決の基準となる現行法と現行判例についての体系的で具体的な知識が必要である。しかしこれについては、法律家としての一般的な能力があれば、時間さえかければ、最低必要なものは入手できる。

 難しいのは、ドロドロとした生のトラブルを解決可能な形に整えながら、交渉や裁判という舞台に乗せ、更にその舞台で相手方や裁判所とより適切な折衝を進めていくという、弁護士としての諸活動である。

 そのためには、人間の心理、豊かな生き方とは何か、社会や政治についての見方等、人間、社会人としての豊かでしっかりした見識が不可欠である。このあるべき弁護士活動については、意外にも体系化、標準化はされておらず、その活動の水準は弁護士によって相当の差があるものと思われる。

 本来、弁護士の活動は、トラブルの適切な解決、依頼者の満足、ひいては、平和で豊かな社会作りに貢献できるものでなくてはならない。これまでの短くない弁護士としての経験を総括しながら、理想的な弁護士活動というものに照準を合わせて、追及、具体化していきたい。

 また、司法試験合格者人数、新人弁護士の激増の中で、全体として経営が厳しくなり、特に若手弁護士の間で、弁護士の職業としての将来や希望が見出しにくい状況が生まれている。こうした中で、理想的な弁護士事務所の経営というものも追求、具体化し、後輩弁護士を励ましていきたい。

 本格的な弁護士の仕事が出来る期間も、あと、15年程度と思われる。残された期間、夢を実現させたい。

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弁護士冥利に尽きる

2010-09-20 23:15:20 | 日記

  9月の初め、仕事を少し早目に切り上げ、夕方からゴルフ練習場で練習をしていた。そこに、どこかで会ったことのあるような人がやってきた。良く見ると、何回か相談や依頼をうけたことのある私の以前のお客さんであった。

 Aさんと呼ぶことにしよう。私よりも10歳くらい年上の男性である。Aさんは私を懐かしがっていた。Aさんは会社を経営していて、最後に私に依頼してから5、6年くらい経過していたようだ。その後も相談があったようだが、私が3年間、入院や休業をしていたので、依頼することもできず、疎遠になったままであった。

 「近い内に時間がとれませんか?」Aさんが私に言った。その数日後、一緒に居酒屋で飲むことになった。同じく当時の私のお客さんでもともとAさんに私のことを紹介したBさんも来ていた。3人で昔話に花を咲かせた。旧友と話すように、くつろいだ楽しい数時間があっという間に過ぎた。AさんもBさんも、私が一生懸命にやってくれたと感謝の言葉を話してくれた。要領の良くない私は、多忙の中で、きつい中で、自分なりに全力でやったことを思い出し、懐かしかった。今度は、ぜひ、一緒にゴルフをしようということになった。ぜひやりたいと思う。

  仕事上のお客さんとプライベートの場で、付き合う事については、弁護士によって考え方はまちまちであろうが、依頼者には難しい人や気を使う人の方が多く、ビジネスと割り切る事の方がずっと多いであろう。しかし、私は、特に境界はもうけない。自然に接して、この人と話してみたいと思えば、話す。つきあいたくない人と思えばビジネスで割り切る。それは、仕事であろうとなかろうと同じである。その結果、私のことを懐かしがってくれ、「近い内に時間がとれませんか?」と居酒屋に誘ってくれるお客さんに巡り合うことができた。

 これこそが、「弁護士冥利に尽きる」ということもできる。しかし、ちょっとちがう。私としては、このような気持ちで仕事ができないとしたら、弁護士とは何とつまらない、疲れるだけの仕事だろうと思う。これからも、楽しい関係でいられるお客さん、末永くつきあえるようなお客さんと出会いたいと思う。

 それともう一つ。以前は、病気になる前は忙しすぎた。お客さんから居酒屋に誘われても、その時間がなかったであろう。そう思うと、ゆとりがとても大切である。「ゆとり」……以前は、できれば欲しい」という何か付けたしのようなものと思っていた。でも、今では、それは生きていくうえで、絶対に必要なものと感じている。自分にとって本当に大切なものを確認するためには、ゆとりは不可欠である。

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最後のハッピーバースデイ

2010-08-29 09:52:27 | 日記

 2010年8月13日の夜12時前、母が92歳で他界しました。

 母は、3年くらい前から、痴呆が始まり、特別養護老人ホームに入所していて、特にこの半年くらいは、目はあけて物を見るのですが、ほとんどしゃべることもしなくなっていました。

 老衰による死亡ということでした。

 7月末に、あと数日しかもたないだろうと連絡があり、自動車で約1時間半かけて母のところにかけつけました。ところが、予想を10日くらいオーバーして、13日まで生きたので、約2週間、私を含め4人の子と、10人の孫がつきっきりで最後の2週間を過ごせて、本当に、幸せでした。全く声は出ませんが、しっかりと目をあけて、今にも何かしゃべりだしそうな表情で、話しかけると少し目が動き、表現ができないだけで、こちらが話していることは理解できているのではないかと思えるほどで、そのような状態が、息を引き取る直前まで続きました。

 特に、8月8日が92歳の誕生日で、みんなで、あと、1時間、あと10分、あと1分と、最後は、カウントダウンをし、誕生日を迎え、おめでとうと声をかけることができました。

 9年まえに父も他界しているので、父母がいなくなりましたが、自分が55歳になるまで、母が生きていてくれて、ありがたいことでした。

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