弁護士ふくふくの今日が出発点

難病がきっかけで始めましたが、今は、出会いを求めて書いてます。足跡歓迎です。但し、ハンドルネームでお願いします。

ゴールデンウィーク(近況)

2021-05-03 10:09:24 | 日記

1ヶ月以上、ブログを休んでしまいました。

4月から、県内の私立大学で毎週金曜日に、法律の授業をすることになりました。そのため、通常の仕事に加えて、授業やその準備が必要になり、時間的、精神的に余裕がなくなってしまいました。

それにしてもコロナはしつこいですね。なかなか先が見えません。

このゴールデンウィークも、どこにも行けず、自宅で仕事をしたり、孫のもりばかりですが、毎日、健康、ダイエット、気分転換のため、朝5キロ、夕方5キロジョギングして、夕食時に、焼酎を味わうのが楽しみです。

なお、つまみは、コスモス薬局のピーナッツが最高に美味しいです。

コメント

新・一番大切なこと(9)「幸せを求める心(その3)」

2021-03-24 07:19:37 | 新・一番大切なこと

 現状を肯定的にとらえて、感謝の気持ちで受け止め、楽しい平穏な気持ちで毎日を送り、それとともに、もっと幸福な楽しい人生にしていくために前向きに努力していけば、実際にも幸福な人生が近づいてくると思います。

 幸福の大きな要素の一つは、他人や社会との調和ということを前に述べましたが、これはある人にとっては難しい問題であり、またある人にとっては極めて簡単な問題です。

 人間は基本的にはみな同じであり、自分が他人からしてもらって嬉しいと感じることは、他人も嬉しいと感じるし、逆に他人からされると嫌だと感じることは誰でも嫌だと感じます。

 ですから、他人が素直に嬉しいと感じるようなことをすればいいし、逆に他人が嫌がるようなことをやらないようにすればよいだけのことです。

 家族親戚、知人友人、学校や職場の人、仕事関係者、近所の人、それぞれに、実際に可能な限り目を向け、みな、自分と同じように、楽しく、平穏で幸せな時間を過ごしたいと考え、そのような人生を送っていきたいと思っているだろうし、実際にそうなったら、それはいいことだなと、純粋に思う、そんな思いやりの心が、自分の中にしっかりあれば、難しいことではないと思います。

大したこと、大げさなことをする必要はなく、自分のできる範囲で、会話したり、関わればいいだけのことと思います。そんな気持ちで他人と接していけば、人間関係、社会関係がうまくいかない筈がないと思います。

 

実際には、人の悪口を言ったりとか、やられたらやり返さねばとか、あの人だけは許せないとか、自分の力を示したいとか、そのようなことが少なくありませんね。

そんなことでは、人間関係がうまくいくはずがないし、なによりも、幸せ感を十分感じることができないような気がします。

 

*写真は、大淀カントリーゴルフで  今年こそは、実力アップと思いながら、10年が過ぎました。

コメント

新・一番大切なこと(8)「幸せを求める心(その2)」

2021-03-09 08:51:27 | 新・一番大切なこと

「新・一番大切なこと(8)「幸せを求める心(その2)」

 

 「幸せを求めていく、前向きに生きる」というと、現状に満足していない、不満であるということが前提となっているように考えられます。

 

 しかし、現状に対する不満を意識、強調しすぎると、疲れてしまいます。現状は、現状であり、いくら頑張っても、少しずつしか変わって行きません。

 ですから、まずは現状を受け入れ、肯定し、その中の良い面も認めることも必要と思います。

 

 目の前のコップ一杯の水について、「コップ一杯の水しかない」と考えるより、「まだ、コップ一杯も水がある」と考えた方がよいというようなことを本で読んだことがあります。現状について常に不満という方向で否定的に受け取るよりも、肯定的な面を見て、感謝の気持ちで受け取る方がいいのではないかと私は思うのです。

 

 私自身の中では、現状を肯定的に受けとめるということと、前向きに生きるということとは矛盾はありません。

どちらか一つが欠けると、この世に自分という生を与えてくれた神様(のようなもの)に申し訳ないように感じます。

 

*写真は、我が家の庭(スナップえんどう、ホウレンソウ、カブなど)

コメント

新・一番大切なこと(7)「幸せを求める心(その1)」

2021-02-28 16:44:08 | 新・一番大切なこと

 これまで、幸福ということに関して、健康、お金、他人との調和等について書きましたが、幸福な人生、価値ある人生を送るうえで大切なことがもう一つあると思っています。

それは、前向きに生きるということです。病気の人が健康になるように、お金がなくて生活に困っている人が、少しでも安定した生活ができるように、他人との関係がうまくいかず、他人から非難されたり、他人と争っている人が、他人と調和して平和な生活ができるように、それぞれ、よりよい状況をめざして、努力していくこと自体に価値があることと思います。

幸福な結果はいいことではありますが、運命によってかなり左右されます。端的な例が障害を持って生まれてきた場合とそうでない場合は、自由な行動(食事、着替え、会話、移動等)社会的な行動(通学、出勤、旅行等)等、あらゆる面で大きな差異があります。それは、お金(仕事をして収入を得るということ)にも影響が出てきます。

また、日本では考えられないことですが、戦争や内紛等の地域に生まれた場合は、いつ、爆弾やテロに襲われるかわからず、安全、平和な生活を求めて、移動しなければならない場合もあります。

いずれにしろ、結果としての現在が幸福かどうかということはもちろん大事なことですが、個人としてはどうしようもない要素が少なくありません。

しかし、それでも、少しでも前進できるように、目標を決めて、やるべきことを続けていくことは非常に価値があることと思います。

テレビや新聞、雑誌などで、大きなことでも、小さなことでも、目標を決めて、努力、工夫をして、実現したり、そこに近づいていく人とその人生が紹介されることがありますが、それは私たちに感動を与えてくれます。

結果としての幸福を求めて、努力していくその過程が幸福なことであると思います。そして、よく考えると、結果としての幸福よりも、過程としての幸福の方がより素晴らしいと思います。

(写真は、現在の事務所ドア、コロナの注意満載………早くすっきりしたドアになれますように)

 

コメント

新・一番大切なこと(6)「他人や社会との調和(その2)」

2021-02-22 21:41:12 | 新・一番大切なこと

 希望する学校への進学や就職、資格試験の合格、仕事上の成功や昇進、スポーツや芸術における進歩や入賞、結婚、出産、など、人生における嬉しいこと喜ばしいことは、まずは、自分自身が喜ぶことではあるが、自分の周りの人や社会が、これらの成功を認めて喜んでくれることがなければ、喜びも半減すると思う。

 いつも、自分の立場や利益のことだけが頭にあって、他人のことに無関心で、冷淡な人は、他人と心を通わせることができない。他人と心を通わせることができない人は、何か嬉しいことがあっても、他人から祝福されることはない。

 

 全ての人間は、生まれた直後は、一人で生命を維持することさえできず、親をはじめ、まわりの人の無欲の献身的な援助で生命を維持することができた。

また、その後も、少なくとも、義務教育を終える頃までは、独力で社会生活を営むことはできず、これまた、親や周りの人の援助で、成長することができた。

 独力で社会生活を営むことができるようになった後も、いつかは高齢となり、身の回りの日常生活にも他人の援助が必要になり、やがては、生まれたばかりの赤ちゃんと同様、生命維持すらできない時がくる。死亡したあとは、埋葬してもらうには、完全に他人の援助が必要である。

 

 人間が自分の力だけで生きていると思うのは、錯覚であり、常に他人や社会からの手助けを受けながら、生きているものである。

 そうすると、常に、回りの人と社会に関心を持ち、周囲の人が、楽しく有意義な人生を送るために、自分に何ができるのかを考えて、毎日を過ごすことが大切ではないかと思う。

 

 そのような生き方をしていれば、いいことがあった場合に、回りから素直に喜んでもらえ、辛く悲しいことや困ったことがあった場合には、回りから手助けを得られ、深い幸福感を味わえるのではないかと思う。

 そうではなく、自分のことしか考えない人が味わう喜びや幸福感は、薄っぺらなもので、淋しく、気の毒な人生だと思う。

*写真は我が家の家庭菜園でとれた野菜で作ったサラダ(作ったのは妻)

コメント

新・一番大切なこと(5)「他人や社会との調和(その1)」

2021-02-14 17:29:03 | 新・一番大切なこと

 弁護士としての仕事の上で、交通事故やその他の事故で、他人に死亡させたり、重症を負わせたりした人、いわゆる加害者の立場の人を弁護することがあります。

 過失ではあっても、他人を死亡させ、相手方やその家族、友人等をひどく悲しませ、それらの人たちから強い非難を受けるのは、大変辛いことです。いくら、健康で、ちゃんとした経済生活が送れていても、被害者や社会から非難されたり、追及されたりする毎日は、自分でも自分を責めて、神経をすり減らすことになり、とても幸福とは言えません。加害者になるより被害者になった方がずっとましだと感じるくらいです。

 

 また、人から借金をして返すことができず、逃げ回ったり、その場しのぎの言い訳や嘘を繰り返すような生活も、幸福とはいえません。

 犯罪の容疑者として警察から追及されることも、もちろん平穏な気持ちではいられませんが、離婚や遺産相続、商売上の取引などにおけるトラブルで他人と争うことも、幸福という点では、軽く扱うことができない重要な要素であることは否定できません。

 

 ですから、犯罪はもちろんですが、犯罪として処罰はされなくても、社会的に非難されるようなことや、身近なことでは、返せない借金をして他人に迷惑をかけないこと等は、当たり前すぎることではありますが、幸福な人生を送る上で、本当に大切なことだと思います。

 また、交通事故をはじめ、事故で加害者となることがないようにすることも、注意しすぎるくらい注意すべきことと思います。

 

 他人や社会から非難、追及されたり、他人と争ったりすると、心が平穏でいられません。もちろん、人生の中では、他人から不当な攻撃を受けて毅然と戦わないといけないこともあるので、争いがすべて良くないというわけではありませんが。

 今、この時間、平穏な心でいることができることは、とてもありがたいことであり、何物にも代えがたい大きな価値であると言えます。

 そして、健康やお金は、運に大きく左右されますが、心の平穏は、自分をコントロールすることができれば、確実に手に入れることができます。

(写真は、2月11日、青島亜熱帯植物園の公園。青島神社へ、6人目の孫の安産祈願に孫らと行った際に撮影)

コメント

新・一番大切なこと(4)「お金」

2021-02-07 21:36:21 | 新・一番大切なこと

    幸福な人生を送るためには、お金が必要であり大切であることは言うまでもない。

 今日、明日の衣食住に困るようでは、人生を楽しむどころの問題ではない。

お金が足りないために、無理をして、昼夜、働いて、健康まで害してしまうこともある。また、「貧すれば鈍する」の言葉どおり、詐欺被害にあったり、逆に犯罪に手を染めることもないではない。

 しかし、お金に執着しすぎて、幸福な人生から遠ざかってしまう人も相当いる。少しでも損することを嫌がって、その結果、回りから嫌われ、心からの友達がいない人もいる。

 事業や仕事で成功し、大富豪などと呼ばれて、贅沢三昧の生活を送っている人は、そのような余裕があるのであれば、社会に何らかの還元をすべきであり、そうでないとすると、何の価値も魅力も感じない。

 政治家や商売人がその地位や権限を悪用して、金儲けをし、それがばれそうになると、議事録や資料を隠したり破棄したり、嘘をついたり、詭弁を弄したりすることが当たり前のような世界であるが、それは社会的には大犯罪であって、こんなことをして幸福を感じられるはずがない。それでも幸福を感じているとするなら、人間としての正常な感覚すら失ってしまったもので、大変不幸なことであり、哀れなことである。

 

 このようにお金は大切なものではあるが、それは、あくまで幸福な人生を送るための手段である。お金自体が最終的な目的になってしまうと、何が大切なことかを見失ってしまうことになり、知らず知らずのうちに、幸福から遠ざかってしまう。

コメント

新・一番大切なこと(3)健康第一

2021-01-31 22:29:30 | 新・一番大切なこと

2014年に厚生労働省より公表された「健康意識に関する調査」結果によると、人(アンケート調査対象者5000人)が幸福感を判断する際に重視した事項としては「健康状況」54.6%が最も多く、次いで「家計の状況(所得・消費)」47.2%、「家族関係」46.8%などとなっていたとのことのようです。

要するに、ある人が、自分が幸福かどうかを判断するについては、健康、お金、人間関係等が重要とのことで、ほぼ当たっているという感じがします。そして、「健康第一」と言われることとも一致します。

 

「健康第一」、「健康であれば幸福」……それは確かにそのとおりです。しかし、私自身、健康を害して、ちょうど3年間、入院や自宅療養の日々を過ごしました(過去の記事をご覧ください)。また、入院中、難病、重病等で苦しむ人を数多く見てきました。

健康が大切であり、有難いことであることは異論ありませんが、逆に、病気や障害が不幸かというとそうではありません。

 

病気で苦しんでいる人が、不安と苦しみに耐えながら、何とか、健康を快復したいと考えて、一生けん命に頑張っている姿は、もはや、「不幸」の一言で表すことはできません。

必死になって治療に専念している人を応援したいし、それで病気を克服できたら「良かったねー」と心から祝福したいし、まだ成果がなければ、一層応援したくなります。

 

ですから、病気で苦しんでいる人は、不幸といえば不幸に違いありませんが、健康快復を目指して頑張っている日々は、むしろ価値ある人生を送っていると思います。

健康(幸福な人生)をめざすことは当たり前で大事なことではありますが、まず、目指すべきは、価値ある人生(毎日の生活)であり、その結果として、健康(幸福な人生)に近づけたらいいことですし、運悪く、病気が継続したり、悪化したりしたとしても、価値ある人生を送っていることは間違いないことと思うのです。

 

私がめざすのも価値ある人生でありたいと思います。

 

(*写真は、小学校運動場での1月29日の朝のジョギングの際、午前7時頃、満月が美しかったので、自宅にスマホを取りに帰って撮影したものです。)

コメント (2)

新・一番大切なこと(2)こんな人間になりたい

2021-01-25 08:10:14 | 新・一番大切なこと

「どんな人生を送りたいか」と考えると、難しくなりますが、「どんな人間になりたいか」と考える少し考えやすくなります。

 

人をイジメるような人間にはなりたくない。

威張ったり、偉そうにしたりする人間にはなりたくない。

何かにつけ自慢したりする人間にはなりたくない(少しの自慢はいいかな…)

強いものに弱く、弱いものには強い、そんな人間にはなりたくない。

人を妬んだり、不平不満や愚痴が多い人間にはなりたくない。

 

今、ここに、自分がいて、ともかくも、毎日、何かかにかやりながら過ごしていけることを、心底から、感謝する人間でありたい。

そして、いつも、何か、楽しみを持ち、目標を持ち、毎日をワクワクした気持ちで過ごせる人間でありたい。

困っている人、苦しい人、悲しい人、淋しい人、そうした人たちにとって、少しでも手助けになれるようなこと、他人に対する親切を惜しまない人間でありたい。

 世界では戦争、内戦、テロ、圧政、飢餓などで苦しんでいる人が少なからずいて、日本においても、病気、障害、貧困、災害、犯罪、いじめなどで苦しむ人、自殺する人がたくさんいるのに、自分は、何かできるのではないかと思いながらも、たいしたことをしてこなかったことを反省し、残る人生、自分ができる最大のことを決めて実践していきたいと考えています。

 でも、まだ、実際に何ができるかわかりません。 

やはり、自分がめざすのは、自分がいるだけで、他の人が安心したり、楽しくなったり、元気が出たりする、そんな人間になることかなと思っているところです。

コメント (2)

新・一番大切なこと(1)スタート

2021-01-18 21:08:54 | 新・一番大切なこと

「新一番大切なこと(1)・スタート」

今日、66歳になりました。

残る人生、何年生きられるかな。10年か、20年か?

 

大切なこと、中でも、「最も大切なこと」は何かなと考えて、毎日を送っていきたいと思います。

 

毎日が、苦労なく、大過なく、楽しく過ごすことができたら、それでいいという人が大半かもしれません。

でも折角、この世に生を受けた私としては、生きていることの楽しみを最大限味わっていきたいと、欲張りの気持ちです。

これまでもそのような気持ちで、やってきましたが、残りが少なくなると、ますます、一日、一日を大切にしていきたいと思うようになりました。

 

一昨日(土曜)と、昨日(日曜)と、一日に2回(朝、夕方)、約6キロメートルのジョギング(約1時間)をして、汗を流し、ビールと焼酎を美味しくいただきました。コロナで夜の街に出ていけなくなって始めたジョギングです。ジョギングは健康、ダイエットにいいのは勿論ですが、それに劣らずいいことがあります。それは、その一時間、自由に、いろんなことを考えることができるのです。新たに、グッドアイデアを思いつくことも少なくありません。それがなくても、それまでに辿り着いた大切なこと、自分の目標などを繰り返し、心の奥底に深く染み込ませ、定着させることができます。

「新・一番大切なこと」、1週間に1回(土日の予定)は書きたいと思います。

*「新」としたのは、これまでも、何回か、「一番大切なこと」を投稿しているからです。

*見出し写真は、これまで14年間同居している愛犬の大福(だいふく)です。

コメント (1)