光の揺らめきを見つめていた。
見つめながら、
生きるものはやはり死んでゆくということについて、
存在するものは消えてしまうことについて、
もう少しのあいだでいいから、
僕は無知でいたい。
そんな気持になってゆくのだった。
光の揺らめきを見つめていた。
遠ざかってゆく記憶のようだった。
それらは誰かの笑顔で、赤ん坊の手で、
それらは芝生で、鉄道で、煙で、つまり、
人の生活の断片であるということが、
なぜか、身につまされるのだった。
それらはピンぼけで、ぶれていて、途切れ途切れで、つまり、
人の手によって撮影されたということが痛く鮮明で、
すべての瞬間が少し暖かであったことが鮮明で、
しかしなぜか、ふいに悲しさがおそってくるのだった。
彼の映画のタイトルそのままに、
失われ、失われ、また失われてゆくものが、
あの明滅する沈黙とともに、
心に焼き付いて離れなくなった。
生きるものはやはり死んでゆくということについて、
存在するものは消えてしまうことについて、
もう少しのあいだでいいから、
僕は無知でいたい。
いままた、とてもそう思う。
ジョナス・メカス氏が亡くなったことを、
僕はまだ信じたくない。
(98歳、1月23日
心から尊敬を。)
見つめながら、
生きるものはやはり死んでゆくということについて、
存在するものは消えてしまうことについて、
もう少しのあいだでいいから、
僕は無知でいたい。
そんな気持になってゆくのだった。
光の揺らめきを見つめていた。
遠ざかってゆく記憶のようだった。
それらは誰かの笑顔で、赤ん坊の手で、
それらは芝生で、鉄道で、煙で、つまり、
人の生活の断片であるということが、
なぜか、身につまされるのだった。
それらはピンぼけで、ぶれていて、途切れ途切れで、つまり、
人の手によって撮影されたということが痛く鮮明で、
すべての瞬間が少し暖かであったことが鮮明で、
しかしなぜか、ふいに悲しさがおそってくるのだった。
彼の映画のタイトルそのままに、
失われ、失われ、また失われてゆくものが、
あの明滅する沈黙とともに、
心に焼き付いて離れなくなった。
生きるものはやはり死んでゆくということについて、
存在するものは消えてしまうことについて、
もう少しのあいだでいいから、
僕は無知でいたい。
いままた、とてもそう思う。
ジョナス・メカス氏が亡くなったことを、
僕はまだ信じたくない。
(98歳、1月23日
心から尊敬を。)