アジア映画巡礼

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「そしてキアロスタミはつづく」上映と『友だちのうちはどこ?』

2021-09-18 | イラン映画

2016年7月4日に、パリの病院でイラン人監督アッバス・キアロスタミ監督が急死してから5年が経ちました。今回、彼の作品が修復され、デジタル・リマスター版が完成したことから、それを使った特集上映「そしてキアロスタミはつづく」が10月16日(土)から東京のユーロスペースほかで始まります。まずは上映される作品の一覧を見ていただくために、今回の上映のチラシをどうぞ。中側の作品紹介は、画像を拡大してご覧下さいね。

そして先日、試写で『友だちのうちはどこ?』(1987)を見せていただいたのですが、最初の教室シーンは当初色目が鮮やかすぎることにちょっと違和感を持ったものの、すぐに画面に引き込まれ、最後の押し花シーンまでずーっと見入ってしまいました。この作品を見るのは、もう何度目でしょうか。初めて見たのはいつだったかな、と思ってパンフレットを探したら、1993年10月23日の奥付が入った、ユーロスペースのパンフレットが出て来ました。『そして人生はつづく』(1992)との併映というか、前後上映だったのかも知れませんが、意外だったのはもっと早くに見たような気がしていたことで、1990年代に入ってからだったとは、と自分でも驚きました。その後ビデオになってからまた見て、1995年夏にユーロスペースで「アッバス・キアロスタミ――真実は現実と虚構のかなたに」という特集上映で他の作品もいろいろ見て...と、多くのキアロスタミ・ファンが辿った道を私も辿ったのでした。1993年のパンフがこちらです。幅のサイズがもうちょっとあるのですが、スキャンできなくて小さくなっています。

さらに、1995年の特集上映の時買ったキアロスタミに関する下の本が、『友だちのうちはどこ?』の面白さを倍加してくれて、その後DVDも買いました。2000年代に入って大学で教え始めた「アジア映画史」の授業では、イラン映画の回では一部ですが学生たちにも見せ、「すごく面白いよ~」とお勧めしていたのでした。

『友だちのうちはどこ?』は、イラン北部の小学校の朝から始まります。男児のクラスで、厳しい先生は「授業中の私語はダメ」とか、「遅刻はダメ」とか、いろいろと生徒たちに注意します。その中の1つに「宿題は必ずノートに書くこと」というのがあって、「3回注意しても聞かなければ退学」と先生は脅します。主人公のアハマッド・アハマドプルはモハマッド=レザ・ネマツァデと並んで座っているのですが、モハマッド=レザが宿題をノートではなく紙に書いてきたため、先生から厳しく叱られる姿を間近に見ることになってしまいます。しかもこれで3回目。次にやったらアウト、退学です。幸い、モハマッド=レザのノートは前夜親戚の家に忘れていたとかで、同じクラスにいる親戚の子が渡してくれ、これで明日は大丈夫、とアハマッドはホッとします。ところがその日、家に帰って宿題をしようとしたら、何とノートが2冊出てくるではありませんか。モハマッド=レザのノートとアハマッドのノートは表紙の絵が一緒だったため、間違えて両方とも持ってきてしまったのです。これをモハマッド=レザに返さないと、彼はノートに宿題が書けなくて、明日また先生に叱られ、退学になる...。真っ青になったアハマッドは、モハマッド=レザの家まで届けようと思いますが、彼は校区のなかでも凄く遠いポシュテに住んでいます。その上お母さんは次々と用事を言いつけ、出かけようとするアハマッドを「ズルして宿題もせず遊びに行こうとする悪い子」と思って、なかなか許してくれません。やっと「パンを買ってきて」と頼まれて、それに乗じてポシュテまで行こうとノートを持ったアハマッドでしたが、はっきりした住所もわからず向かったポシュテでは、なかなか友だちの家を捜し当てられません。いろんな人の言うことに惑わされて、途中一度自分の村まで戻ったり、またポシュテに向かったりしているうちに、とうとう夜になってしまいました...。

©1987KANOON

最初に見た時、スリルとサスペンスに富んだ、何と面白い物語だろう! と思いました。冒頭で先生に叱られて、「ひ~ん(泣)」と泣くモハマッド=レザにはついもらい泣きしてしまいますし、下校後に続くアハマッドと大人たち、特に老人たちとのやり取りは聞いているとじりじりしてきて、焦燥感にかられて胃が痛くなります。しかし、だからこそ最後のエンディングが効いていて、とても幸せで満たされた気持ちになる作品でした。何度か見るうちに、監督はきっとすごくイヂワルな人に違いない、と思ったり、ペルシャ語のセリフが一部聞き取れるようになったり(私の学んだヒンディー語にはペルシャ語の知識が不可欠なので、1980年代に仕事の傍ら数年間勉強したのです)、アハマッド役の少年のすごい棒読みセリフに気づいて大笑いしたりと、その時々で楽しませてもらいました。特に上に挙げた本、キューマルス・プールアハマッド著、ショーレ・ゴルパリアン/土肥悦子訳「そして映画はつづく」(晶文社、1994)を読んでからは、メイキングが詳しく書いてあるこの本を見ては該当シーンをまた見直すという、楽しい作業もやったりしました。ビデオ画像で画質もあまりよくなかったのですが、その後出たDVDもフィルムから起こされたらしく、あまり画質はよくありません。ですので、今度のデジタル・リマスター版化は嬉しいです。

©1987KANOON

インド映画好きの方、ヒンディー語を勉強している方も、この映画で話されているペルシャ語はやさしいので、ぜひ見て&聞いてみて下さい。たとえば原題は、「Khane-ye doust  kodjast?  خانه دوست کجاست؟  ハーネ・イェ・ドゥースト・コジャースト」と言うのですが、「ハーネ(家)」はヒンディー語にも入っていて、「garibkhana गरीबखाना ガリーブカーナー(貧しい家、あばら屋、あるいは”拙宅”と言うように自分の家をへりくだって言う時に使われる)」や「Karkhana कारखाना カールカーナー(工場)」のような言葉に使われています。また、「ドゥ-スト(友だち)」はもうおわかりですね。発音がちょっと変わって「dost  दोस्तドースト」になっていますが、ヒンディー語でもまったく同じ意味です。「イェ」または「エ」は英語の「of」にあたるもので、単語ではなく、名詞と名詞の間に下点を付けて表しますが、この言い方もヒンディー語では普通に使われていて、『Salaam-e-Ishq(サラーメー・イシュク(愛の挨拶)』(2007)といった映画の題名などや、歌の歌詞の中にいっぱい見つけることができます。

アッバス・キアロスタミ監督は、映画を撮り始めた出発点が「KANOON」と呼ばれるイランの「児童青少年知育協会」の映画部門だったので、初期には子供を主人公にした作品がたくさんあります。今回のプログラムには、そんな中から『トラベラー』(1974)と『ホームワーク』(1989)もセレクトされています。また、『友だちのうちはどこ?』の撮影地を1990年に地震が襲うのですが、その後に訪ねて作られた『そして人生はつづく』(1992)や『オリーブの林をぬけて』(1994)も見られます。『友だちのうちはどこ?』を見てから『そして人生はつづく』や『オリーブの林をぬけて』を見ると、あ、あの子があんなに大きくなってる、という再会気分や、あそこは確か...という再訪気分を味わうことができます。キアロスタミ監督の遺作とも言える『24フレーム』(2017)は、夏の初めに配信のJAIHOで見たのですが、最初のブリューゲルの絵が変わるエピソードは面白かったものの、雪景色や寒そうな海岸線など寂しい印象が残る作品だったので、初期作品をまた見直して30年前に帰ろうと思います。

それから、日本におけるイラン映画の紹介は、この人なしには語れない、という存在の、通訳、字幕翻訳の監修者、映画や撮影のコーディネーターであるショーレ・ゴルパリアンさんのご本が出ました。私もまだ拝見していないのですが、来日したイラン人の監督は例外なくショーレさんのお世話になっているので、いろんなエピソードが綴られているのでは、と思います。詳しく紹介してある出版社みすず書房のサイトを付けておきますので、ぜひチェックしてみて下さいね。おっと、首都圏での上映館のユーロスペースのHPで、間際になったら上映プログラムのチェックもお忘れなく。

 


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