アジア映画巡礼

アジア映画にのめり込んでン十年、まだまだ熱くアジア映画を語ります

『マダム・イン・ニューヨーク』古風なシャシ(前回の続き)

2014-07-03 | インド映画

前回のプネー紹介と関連して、これまで書き忘れていたことが2つほどあったのでこの機会に。一つは、シャシがあまり「ありがとう」と言わないことと、もう一つは彼女が常に身につけているネックレス、マンガルスートラのことです。

(C)Eros International Ltd

まず「ありがとう」ですが。最初に『マダム・イン・ニューヨーク』をDVD(香港で買った海賊盤です、スミマセン)で見た時、何度か「あれ、そこに"Thank you"のセリフはないの?」と思いました。例えば、ニューヨークへ行く飛行機の中で、アミターブ・バッチャン扮する隣席の人にいろいろ教えてもらったり、助けてもらったりした時、小さな声でもいいから「Thank you」が入っていないのにちょっと引っかかったのです。でもその後、二度、三度と見直しているうちに、これもヒロインのシャシ(シュリデヴィ)のキャラクター作りかも、と思うようになりました。

というのも、もう40ン年前になりますが、大学でヒンディー語を学んでいた時、「ダンニャワード(ヒンディー語で”ありがとう”)」という言葉が出て来て、それについてインド人の先生がこうおっしゃったのです。「”ダンニャワード”はほとんど使うことはありません。我々インド人は、口で”ありがとう”と言うことはまずないのです。感謝の気持ちは、示す態度やちょっとした仕草、眼差しに込めたりするもので、言葉に出して言うものではありません

その後数年してからインドに行き始め、以来40年ぐらいインドに通っている訳ですが、思い返してみると「ダンニャワード」という言葉を聞いたことはほとんどありません。壇上でのスピーチの時ぐらいで、普段のお付き合いでは耳にしたことは記憶にないのです。「ダンニャワード」に代わる言葉としては「Thank you」がよく使われますが、それもモダンな欧米化した人々の間で、という条件が付きます。いわゆる庶民の人たちは、例えば前年に撮った写真を持って行って仕立屋さんやジュース屋さんにあげたりしても、ちょっと小首をかしげるような動作をして、謝意を表してくれるのが普通でした。

脚本も担当したゴウリ・シンデー監督は、もしかしたらご自分のお母様の言動を観察し、シャシのキャラを作り上げたのかも知れません。「ダンニャワード」はもちろん、「Thank you」も連発しないという、どちらかというと古風な女性。それがシャシとして設定されたキャラクターなんだな、と試写の時プレスの監督インタビューを読んだりして、さらに確信を深めたのでした。

これを思い出したのは、ある方がツイートで、「いろいろな人に親切にされてるのに「サンキュー」と言わないヒロインに違和感。」(COCOの「『マダム・イン・ニューヨーク』に関するみんなのつぶやき」2014.6.15)と、私の最初の感想と似たことをつぶやいていらしたからです。上記のような可能性もあることを、ちょっと書いておきたかったのでした。

ニューヨーク到着当初は気分的に余裕がないこともあってか、道を教えてもらっても態度で謝意を示すことすらしなかったシャシですが、やがて「Thank you」が出るようになります。以前親切にしてもらった同級生のフランス人ローランにも、「あの時はありがとう」という言葉を言うシャシ。そしてクライマックスでは、素敵な「Thank you」が彼女の口からこぼれます。「ありがとう」シーンだけを繋ぎ合わせてみても、なかなか上手な脚本だということがわかりますね。そんなところにも注意して、ご覧になってみて下さい。

(C)Eros International Ltd

続いてマンガルスートラの話ですが。これは、黒いビーズと金色の鎖とでできているネックレスで、トップには金のペンダントが下がっています。北インドの既婚女性が身につけるもので、夫が存命の人しかつけられません。シャシも常につけているのですが、ほとんどの場合トップがサリーの胸元の下に入っていて、見えていないのです。上の写真もそうですね。

珍しくマンガルスートラが外に出ているのが、ローランとのいざこざ(?)があったあとで、姉宅に戻って顔を洗うシーンです。体をかがめたからマンガルスートラが外に出た、ということでしょうか、それとも....。深読みすると、既婚の印のマンガルスートラが抑止力になった、と見ることもできます。

(C)Eros International Ltd (トリミングしました)

もう1箇所、マンガルスートラがシャシの胸に輝いているのは、クライマックスの結婚式シーンです。下のシーンのほか、別の赤いサリーの時もマンガルスートラが別のネックレスと共に胸元に光っています。

(C)Eros International Ltd (トリミングしました)

この両方の写真からわかるように、トップはお椀を伏せたような半球形の金細工が2つ並んでいます。このお椀型はマハーラーシュトラ州の人が好む形だそうで、このほか四角いプレート型や、扇形、楕円形、逆三角など、いろんな形のトップがあります。マハーラーシュトラ州では、新婚ホヤホヤの時はお椀の内側が見えるような形で首に掛け、数ヶ月するとこのシャシがつけているような形に変えるのだとか。これで、新婚さんかどうかがわかるわけですね。

インドの既婚女性はこのマンガルスートラを誇らしげにつけていて、たいていトップがよく見えるようにサリーの外に出しています。本作のシャシが常に内側に入れ込んでいるのは、婚姻に黄信号がともりつつあったため? それとも、高価な金のトップを泥棒などから守るためでしょうか?

実はマンガルスートラは『めぐり逢わせのお弁当』にも登場していて、ヒロインであるイラの心情を代弁してくれます。こちらはマハーラシュトラ州の州都である大都会ムンバイが舞台ですが、イラもかなりコンサバな女性で、下の写真のように、若いのにマンガルスートラを常に身につけているのです。

(C)AKFPL, ARTE France Cinema, ASAP Films, Dar Motion Pictures, NFDC, Rohfilm - 2013

この2本の映画で、マンガルスートラ深読み論が書けるかも知れませんね。サリーの美しさと共に、こんな所にもぜひご注目下さい。さて、明日は東京の上映劇場シネスイッチ銀座のレディースデー(珍しく金曜日なんですよ)。こちらの劇場のサイトや『マダム・イン・ニューヨーク』の公式サイトをご参照の上、お得な映画鑑賞をお楽しみ下さいね。


 

 


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15 コメント

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Unknown (まな)
2014-07-03 23:14:35
私も見ていて「ありがとうって言わないの?」と不思議でした。
そもそもあまり言葉では表さないんですね。
小さなもやもやがすっきりしました。
ありがとうございます。

ネックレスにも意味があったんですね。
ただのファッションと思ってました。
他にも気づいていないいろいろがありそうです。
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まな様 (cinetama)
2014-07-04 01:09:43
早速のコメント、ありがとうございました。

やっぱり、ちょっと疑問に思われたんですね。
私の解釈が当たっているかどうかわかりませんが、私が接した人たちにはそういう人が多かったです。

おっしゃる通り、他にも何かあるかも、ですね。また気がつかれたら、コメントして下さいませ。
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確かに (アールゴービー)
2014-07-04 15:21:43
ほとんどインド人の口から、ダンニャワードは聞いたことありませんね。
日本のお土産をよく友人一家や知り合いにあげたりするのですが、たまにサンキューと言われる位で「あれ、うれしくなかったかな?」とよく思いましたが、後日身につけたり使ってくれてるのを見ると、うれしくないわけじゃないんだなと。
あまり感謝の意を表してくれないので、わかりづらいですね。
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アールゴービー様 (cinetama)
2014-07-04 20:41:55
コメント、ありがとうございました。

インド人の知人の方が私以上に多いアールゴービーさんにそう言っていただくと、やっぱり~、と安心します。
私のムンバイの友人も、自分の子供には「アーンティーにサンキューと言いなさい」とかしつけてるくせに、自分ではにっこり笑って小首を横にちょっと曲げるだけでした。でも、それで十分伝わってきたので、やっぱり言葉より心なんだな、と思います。

最近見た別の作品で、「ダンニャワードをすぐ言う貧しい人」というキャラクターが出てきたので、これはどう解釈すべきか.....と悩んでいます。脚本のミスかしら....。
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えっ、そうなんですか? (アールゴービー)
2014-07-04 23:43:48
もしかして、インド人の感覚ってそうなんですか?
ダンニャワードはあまり使わない方がいいのかしら?
私は感謝の意を表す時は、サンキューとダンニャワード半々位に使ってきましたけど・・・。
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映画のスパイス (Jaan)
2014-07-05 10:44:20
初めてコメントいたします。
昨日のレディースデイに友達と観てきました!
オリジナルも観ているのですが、その時は背景や意味などよくわからず観ていたので、今回、こちらのブログでマンガルスートラの意味を知り、気にしながら映画を観ました。

背景や意味を知ることで、より深くインド映画を楽しみ、心に沁みました。
8月も大好きな「バルフィ」「めぐり逢わせのお弁当」があるので、また、こちらのブログでいろいろ教えていただけたら嬉しいです♪
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アールゴービー様 (cinetama)
2014-07-05 23:14:44
重ねてのコメント、ありがとうございました。

私の狭い経験では、教育程度の高そうな人や裕福そうな人は「サンキュー」を使うし、庶民的な人は何も言わないで態度で示すし、ということで、「ダンニャワード」は言われたこともないし、自分でもほとんど言ったことがありません。
「サンキュー」の代わりに、「シュクリヤー(ウルドゥ語で”ありがとう”)」と言われたことはあるんですが....。
そんな風だったので、前にコメントに書いた映画を見て、最近はみんな「ダンニャワード」と口に出すようになったのかしら? と疑問に思ったわけです。

外国人が「ダンニャワード」を使うのは、それほど奇異に映らないのではと思います。むしろ、微笑ましい感じで皆さん見てくれるのでは、と思いますが。
言葉の使い方って、難しいですね~。
一度、「ダンニャワード」に関して、親しいインド人の方にお聞きになってみて下さい。それで、また教えて下さいね。
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Jaan様 (cinetama)
2014-07-05 23:16:28
初めてのコメント、ありがとうございました。

昨日は混んでいたようでしたが、お座りになれましたか?
Jaanさんというお名前から、ヒンディー語かウルドゥ語、あるいはペルシャ語をご存じの方ではと思いますが、原語がおわかりになっても、日本語字幕でご覧になるとまた新しい発見も多かったのではと思います。
私のブログは深読みしすぎの時も多いので、時には割り引いてご覧下さいませ(笑)。

『めぐり逢わせのお弁当』は、プレス(試写の時に配られるパンフレット)に「ムンバイ雑記帖」という解説を書いたので、もしそのまま劇場売りパンフレットにも収録して下さっていたら、少しお役に立つかも知れません。
実は、マンガルスートラのことも『~お弁当』で先に気が付いて、それからシャシの場合は...と『マダム~』に再度目を向けたのでした。

『バルフィ!人生に唄えば』では、ベンガル人の既婚の印、シャンク(ほら貝)の腕輪が出てきます。ちょっと先になりますが、そのこともブログに書くようにしますので、またご訪問下さいね。
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楽しみにしています♪ (Jaan)
2014-07-06 09:06:53
映画は、レディースデイということもあり、事前にチケットを取り、よい席で観れました^^v
立ち見の方や入れないお客様もいたようです。
関係者ではないですが、こんなにたくさんの方に観て頂けて、とても嬉しくなりました♪

私は主人が北インドの人で、インド映画にはまったのも主人の影響です。
ヒンディー語は、あいさつ程度しかできないので、オリジナルを観たときは、映像からしか理解できなかったので、日本語字幕で会話の内容が理解でき、さらに楽しむことが出来ました!
私もシャシのように英語ができないので、共感して、いつも泣いてます。(笑)
英語も満足にできませんが、ヒンディー語も4週間で話せるようになれたらいいな~なんて映画観ながら思いました。(笑)

長々と失礼しました。
また、お邪魔させていただきます。
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Jaan様 (cinetama)
2014-07-06 12:19:02
再度のコメント、ありがとうございました。

まさにご主人の「メーリー・ジャーン(わが命、愛しい人)」さんでいらっしゃるわけですね。なるほど~。
ヒンディー語は勉強しやすいですし、ご主人という先生が身近にいらっしゃるので、岡口先生のクラスとかで初級をおやりになれば、すぐ話せるようになられるのでは?
岡口良子先生のクラス、詳しくはこちらでどうぞ。 

http://www.asahiculture.com/LES/detail.asp?CNO=247966&userflg=0

私は英語圏の国ではないのですが、香港で広東語を話そうとして、マックなどでやはりシャシと同じような体験を何度もしました。想定問答を練習していったのですが、「ここでお召し上がりですか、それともテイクアウト?」が抜けていて、「は?」と何を言われているのかわからなかったり....。
ですので、シャシの勉強の仕方(テレビや映画を見て、自分でも繰り返して言ってみる)がすごく参考になりました。真似したいです。
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