次々と面白い作品が公開される韓国映画ですが、ちょっと味わいの違う作品もやって来ました。一昨年韓国で大ヒットとなったドキュメンタリー作品『あなた、その川を渡らないで』です。韓国のドキュメンタリー映画と言えば、やはり韓国で記録的な興行成績を残した『牛の鈴音』(2008)や、性表現が問題となった『死んでもいい』(2002)などが思い出されますが、『あなた、その川を渡らないで』を含めていずれも老夫婦が主人公。今回のご夫婦は、98歳と89歳です。
© 2014 ARGUS FILM ALL RIGHTS RESERVED.
『あなた、その川を渡らないで』 公式サイト
2014年/韓国/韓国語/86分/原題:님아, 그 강을 건너지 마오
監督:チン・モヨン
ドキュメンタリー出演者:おじいさん/チョ・ビョンマン、おばあさん/カン・ゲヨル
配給:アンプラグド
宣伝:山本(アンプラグド)・高田理沙/伊坂(NPC)/平井直子
※7月、シネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー
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『あなた、その川を渡らないで』の舞台となるのは、江原道(カンウォンド)の小さな村。人里からちょっと離れた家に住むのは、98歳のおじいさん、チョ・ビョンマンさんと、その連れ合いである89歳のおばあさん、カン・ゲヨルさんです。近くには川が流れ、離れがあるお宅は広々とした表庭を持ち、犬も飼っています。2人はいつも身ぎれいに暮らし、市のある日や老人会の遠足にはお揃いの美しい韓服(伝統服)を着て、仲良く手を繋いで出かけていきます。時には雪合戦をしたり、咲き始めた花を互いにプレゼントし合ったりと、とても仲のいい夫婦です。
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夫婦の子供たちはみんなすでに独立して、離れた町に暮らしています。子供は12人生まれたのですが、6人は夭折してしまい、今の子供は男女3人ずつ。息子や娘たちは、お正月や両親の誕生日になると孫を連れて帰省し、その時は家も賑やかになります。こんな幸せなおじいさんとおばあさんですが、日々の悩み事はつきません。飼い犬ゴンスンがよその犬の子をはらんだり、帰省した息子と娘がケンカになったり....。でも、その一方で、ゴンスンの仔は生まれてみるとかわいくて、「オスとメス3匹ずつね、私と一緒だ」と思わず頬がゆるむおばあさん。子供たちのケンカも、両親を思えばこそなのです。秋、冬、春、夏と季節は巡り、美しい自然が目を楽しませてくれますが、おじいさんとおばあさんは自分たちの老いとも向き合わなくてはならなくなります....。
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このドキュメンタリー映画が生まれたのは、チン・モヨン監督が撮りたい素材を探している時に、この2人を扱ったテレビのドキュメンタリー番組「人間劇場(インガングクチャン)」を見たことから。KBSの長寿番組「人間劇場」は、月曜日から金曜日まで放送されている40分の番組で、いろんな人を毎回取り上げ、その生き様を見せてくれます。10数年前韓国の男優をインタビューしていた時に、演技の参考としてよく見ていると言って「人間劇場」を挙げてくれた人が2人あり、驚いたことがありました。チン・モヨン監督によると、「人間劇場」ではおじいさんとおばあさんをある季節に捉えていただけだったので、監督としてはじっくりと腰をすえて2人の真摯な愛を撮りたいと思い、こんな形の作品になったそうです。
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というわけで、足早に2人の人生を追いかけるのではなく、15ヶ月間にわたって季節の巡りを背景に、2人の生き方や考え方を捉えていくという、ちょっと映像詩のような造りになっています。もちろん悲しいことも起こるのですが、それでも全編から「人間が生きることの素晴らしさ」が伝わってきて、とても暖かい気持ちにさせられます。高齢でもしゃっきりと暮らしていけるのはご夫婦が互いに支え合っているからとも言えますが、それだけではない生き方の秘密を静かに探らせてくれる秀作ドキュメンタリーです。
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本作は、韓国では3,732,439人の観客を動員して、2014年韓国映画の動員数第9位となりました。公開時には、しばしば興行収入の週間第1位を獲得、低予算映画興収記録をうち立てた作品としても知られています。韓国での観客は、20代の若者が4割を占めたといいますが、日本でもぜひ若い皆さんに見てもらいたい作品です。
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ひとつ驚いたのは、中華圏ではよく行われる風習ですが、天国での生活に不自由しないように、身の回りの品々を火にくべて死者に届けようとする風習が韓国にもあること。しかも、中華圏では実物ではなく紙で作ったもの--家や自動車、服、家具など--を火に投じるのですが、本作のおばあさんは、かつて亡くなった子供に天国で着せるため、実際の服をかまどで焼いてしまうのです。これは韓国では一般的に行われている風習なのでしょうか。
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題名になっている『あなた、その川を渡らないで』は、まさに彼岸に行ってしまう愛しい人を押しとどめる言葉だと思いますが、人が川を渡るまでの生が淡々と、かつ細やかに描かれていて、その輝きがいつまでも心に残ります。見る世代によって感想は違ってくるでしょうが、70年余りを共に楽しく生きる夫婦の秘訣が見つかる、優れた恋愛映画と言ってもいいかも知れません。予告編を付けておきますので、ドキュメンタリー映画と尻込みなさらずぜひどうぞ。
「あなた、その川を渡らないで」予告編