アジア映画巡礼

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第19回東京フィルメックス:私のDAY 5(下)

2018-11-25 | アジア映画全般

第19回東京フィルメックスは、昨日受賞作品の発表がありました。受賞結果はフィルメックスの公式サイトでどうぞ。上映も本日の日曜日で終わりなのですが、映画祭レポートはもうちょっと続きます。本日は、11月22日(木)に上映された特別招待作品『8人の女と1つの舞台』の作品紹介と、サプライズで登場したスタンリー・クワン監督のQ&Aのレポートです。

<特別招待作品>
『8人の女と1つの舞台』
2018/香港、中国/100分/原題:八個女人一台戯/英語題:First Night Nerves
 監督:スタンリー・クワン (關錦鵬)
 出演:サミー・チェン(鄭秀文)、ジジ・リョン(梁詠琪)、バイ・バイホー(白百何)、甘國亮(カム・コクリョン)


本作に登場するのは8人の女性ですが、中心となっているのは2人の女優です。片方は、夫を航空機事故で亡くして数年ぶりに舞台にカムバックしたサウリン(秀霊/サミー・チェン)で、もう1人は人気女優だった頃の気分をそのまま引きずっているヨッマン(玉紋/ジジ・リョン)ですが、このほど2人は著名演出家オン(カム・コクリョン)の舞台劇で共演することになったのです。テレビや映画で活躍してきたヨッマンにとっては、これが初めての舞台出演でした。大物女優2人の共演に、2人それぞれの若い付き人(齊渓&周家)や、女性プロデューサー(趙雅芝)を始めとする劇場スタッフ(商天娥ら)もピリピリ。そんな中、サウリンのもとには彼女の大ファンである大金持ちの娘で、いつもボーイッシュな格好をしているフー・サー(バイ・バイホー)がしょっちゅう顔を見せ、何かと世話を焼いていました。こうして7日間の舞台稽古が始まったのですが、やはり次々と問題が出て来ます...。


あとのスタンリー・クワン監督のQ&Aでも述べられているように、本作は香港の公共ホールの先駆け、香港大會堂(シティ・ホール)での演劇公演を背景にした物語です。香港大會堂は香港国際映画祭の参加者にもお馴染みの場所で、以前はスターフェリーを香港島側で降りてそのまますぐ行ける場所だったため、九龍半島側の文化中心(文化センター)と共に、映画祭の中心的な上映会場になっていたのでした。大會堂の大ホールは傾斜が急な階段状の座席になっており、3階ぐらいの高さからバタバタと下の方へ降りて、前から4番目か5番目の席で映画を見ていたことを思い出します。この大ホール以外にも、音楽演奏ホールや小さめの演劇用ホールなどいくつかのホールがあって、しゃれたレストランや急いで食べられる簡便な食堂も存在し、香港市民に親しまれています。今はフェリー乗り場がもっと西に移ってしまったので、私もここ最近行っていないのですが、監督のお話では建て直しの話が出ていたようです。


本作を見て驚いたのは、サミー・チェンがまったく別人のように見えたことで、最後まで「これがあの、『ダイエット・ラブ』(2001)とかのサミー???」と半信半疑のままでした。髪型やお化粧が変わっただけで、こんなにも違う雰囲気になるのでしょうか。話し方も、別の人のようでした。


それに対して、ジジ・リョンは昔のまま。ちょっとイヤミな大女優を、楽しそうに演じていました。脚本がなかなかよくできていて、サミー演じるサウリンと、ジジが演じるヨッマンには、ステキなエンディングが用意されています。男性から女性に性転換した、という設定のカム・コクリョンの怪演もイヤミにならず、それぞれが抑制の効いた演技を見せてくれました。この、性転換した演出家や、トムボーイとも言えるバイ・バイホーの役柄、そして、サウリンの高校生の息子がゲイだった、ということなどもさらっと描かれており、女性たちの芯の強さを描くための味付けとして効果をあげていました。


最初はスタンリー・クワン監督の登壇予定はなかったので、ホールのアナウンスが「本作は終了後にQ&Aが行われます」と言うのに驚いたのですが、その時サミュエル周先生(以前ずっと長い間、広東語を教えていただいていた恩師です)が観客席に入ってこられたのを見つけました。ご挨拶しに行ったら、監督の来日は本当で、通訳として呼ばれていらした、とのことで、小躍りしてしまいました。というわけで、スタンリー・クワン監督のQ&Aも簡単にご紹介します。


市山:実はフィルメックスでのスタンリー・クワン監督作品上映は、これが3本目なのですが、監督に来ていただいたのは初めてです。忙しい中来ていただいて、本当にありがとうございました。

監督:フィルメックスでは以前、『異邦人たち』(2000)と『藍宇~情熱の嵐~』(2001)を上映していただきましたが、時間がなくて2回とも来られませんでした。今回も時間がなかったのですが、何としても来ようと思って来ました。こんな大きなホールで観客の皆さんに映画を見ていただき、また残って私の話を聞いていただけるので、本当に嬉しいです。ありがとうございます。

市山:本作ができたきっかけがとても面白かったので、そのお話からお願いします。

監督:3年前に、香港政府が中湾(セントラル)のランドマークとなっている大會堂(シティホール)を壊す計画を発表しました。当時これを聞いた人たちの間からは、たくさんの反対の声があがりました。私の世代も、そしてその上やその下の世代も、大反対でした。今の若い人たちがこの大會堂にどういう感情を持っているのかはわかりませんが、我々にとっては大會堂は、映画祭を見に行く、音楽を聴きに行く、舞台劇を見に行く、展覧会を見に行く、といったとても神聖なる場所です。幸い壊す計画はなくなりましたが、政府によると来年いったん閉鎖して、全面的に改装をする、とのことでした。恐らく、外面とか内装とかいろいろ変わってしまうことになるでしょう。映画の中で皆さんがご覧になったのは、舞台や舞台の前の客席、舞台裏などで、外観などはごく一部しか登場しなかったのですが、我々香港で生まれ育った世代にとっては、イギリス植民地時代の大會堂の中はとても懐かしいのです。香港返還のあとも、中は今でもそっくりそのまま残っています。恐らく、改修後の大會堂は、まったく別物になってしまうでしょう。


:バイ・バイホーが男前で、北京語(普通話)と広東語をチャンポンでしゃべっているのが面白かったです。本作は芝居の世界ですが、監督ご自身と演劇世界との関わりは?

監督:私は中学時代、当時では著名な中文中学(中国語で授業をする中学校)で学びましたが、そこには演劇サークルがあって、中学時代から演劇の世界にどっぷりと浸ってきました。また、私の母は広東オペラ(粤劇、広東語で演じられる伝統演劇)が大好きで、私がお腹にいた時から広東オペラを見に行っていたのです。ですので、母のお腹にいた赤ん坊の頃から、広東オペラを聞いていたわけですね。子供時代も、よく母に連れて行かれました。物語はなかなか理解できませんでしたが、舞台の光や色彩、音に、すごく惹かれました。映画の話に戻ると、私にとって映画の物語は、観客の皆さんに詳細に語るものではないと思っています。監督としては映画の中に、空間、余白を残すべきだと思います。時々は現実と想像の世界を行ったり来たりすることが必要です。サミー・チェンが演じたサウリンを例に取ると、夢の中に亡くなった夫が現れるシーンがあり、サウリンは泣くのですが、そこなど面白い場面だと思います。本当はこれは夢の中なのか、それとも夫は実際に飛行機事故で亡くなったのか、どちらが現実なのかわからない。監督としては、観客の皆さんは十分な想像力を持っていると信じているので、この映画の映像を見ながら考えてもらいたいのです。

:すごくいい映画でした。昔から監督の作品は拝見していますが、一時期作っておられなくて、久しぶりに見たら、昔とは相当変わっていました。これは、中国に返還されたことによるものでしょうか。

監督:実はこの十数年、映画を撮っていませんでした。香港の映画人は、1990年代の半ばから終わり頃、映画を撮るため中国に赴きました。中国側からすると、香港の映画人たちの真面目な映画作りの姿勢、香港の映画作りのしっかりしたシステムなどを評価して、それで中国に招いたわけです。ですが、中国での映画作りは、なかなか慣れないこともたくさんありました。香港の映画人が中国に行った場合、香港の映画を撮るわけにはいかず、中国を題材にして撮らないといけない。そうなると、慣れないことばかりです。そんな時期があったんですね。私も自分が監督になった時から、「自分もなかなかやるもんだ」と思っていますが、私は単に雇われ監督になるだけではイヤで、監督としては投資をする側を選ぶ権利もあるはずだと思ってしまうのです。


それで、中国にも優秀な監督たちがいますので、彼らが資金を得て映画を作る場合、私は彼らのためにプロデューサーを買ってでることにしました。こんな形で映画ともずっと関わってきましたが、そういう場を利用して、私は自分の経験や考え方を彼らと分け合ってきたつもりです。環境が自分に合わないので、自分が撮るよりも製作に徹してきたのです。ですので大會堂のニュースを聞いた時は、私も何かやらなきゃと思ってこの脚本を書き、中国側の投資者がいないかと思って捜しました。すると今は、合作ならば中国で撮る必要がなく、香港ででも台湾ででも撮っていい、ということになっていました。それで、この1週間の話が映画としてできあがったわけです。私はやはり、監督としてやるのが好きですね。プロデューサーをやっている時も、中国で撮っていて「監督!」と呼ばれたら、思わず立ち上がって「何だ!」と言ってしまうこともありましたから(笑)。

:本作はウィリー・チャン(陳自強)氏に捧げられていますが、ウィリー・チャンさんはジャッキー・チェンの映画での製作者ぐらいしか憶えがないのですが。

監督:彼は私の以前の作品、『ルージュ』(1987)や『ロアン・リンユィ 阮玲玉』(1991)のプロデューサーで、映画が大好きな人でした。長年現場で活躍していた人なので、一緒にやっていたジャッキー・チェンとの仕事が終わってからは、「退屈だなあ」と言っていました。やっぱり、慣れなかったんでしょうね。本作をやる時に、「名前だけでいいから、プロデューサーをやらせてくれ。ギャラは要らないよ。映画が完成した時に、紅包(お年玉、寸志)と交通費だけくれればいいから」と言うので、その意向を投資者にも伝えてOKしてもらいました。ウィリー・チャンという人物は、みんなもよく知っていますからね。でも残念ながら、昨年12月28日のクランク・インの前、10月25日にウィリーは亡くなってしまったのです。

:中国語でいいですか?(と、若い男性が普通話で質問)中国から来た者ですが、『藍宇』とかの監督の以前の作品が大好きで、繰り返し見ています。本作でも、フー・サーのことや、サミーが演じた女優の息子のゲイ描写などが出て来ますが、このあたりのタッチは『藍宇』とは変わってきたように思います。中国ではLGBTの映画に関して、監督の作品には大きな関心が寄せられているのですが、次の作品でもLGBTのことを扱うご予定ですか?

監督:では、私も中国語で答えましょう。LGBTのテーマでも女性がテーマでもいいのですが、私は自分をフェミニストだとか、女性を大事にする監督だとか言ったことはありません。すべてはたまたまです。『ホールド・ユー・タイト』(1998)でも『赤い薔薇 白い薔薇』(1994)でも、投資者から頼まれて撮る時に、私はいつも登場人物の人間性から映画を作っていくんですね。LGBTのテーマは『藍宇』以外にも『ホールド・ユー・タイト』でも取り上げているのですが、登場人物に合わせて、どうしても必要がある時には描く、という形になります。自分が描きたいものとなると、どうしてもそういう流れになってしまうのです。私自身も同性愛者ではとか言われていますが、自然とそうなってしまうんですね。今指摘された本作のシーンですが、私も年を取ってだんだん淡々となってきたのかも知れません。とにかく、自分を大切にして下さい。(笑)


市山:残念ながら時間になりましたので。監督、次の作品は時間を置かないでもっと早く作って、またフィルメックスに持ってきて下さい。(大きな拍手)


<追記>「八個女人」は...。下のポスターに名前の挙がっている7人の女優さんたちが演じた役+甘國亮が演じた欧陽鞍だと思います。



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同じ会場におりました (よしだ まさし)
2018-11-28 12:54:58
『8人の女と1つの舞台』、同じ回に観ていたようですね。
会場には香港映画がらみの古くからの知人がたくさん来ていて、映画が終わるなり「8人て、どの8人だ?」とみんなで指折って数えておりました(笑)

自分も会場で聞いていたQ&Aですが、こうして文字におこしていただくと、あれこれ再確認できてとても助かります。監督の「観客の想像力を信じています」というセリフが印象的でした。

それにしても、どうやったらこんな短時間でQ&Aの文字起こしができるのか、とても不思議です。
cinetamaさんの能力にひたすら脱帽です。
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よしだ まさし様 (cinetama)
2018-11-28 21:12:03
コメント、ありがとうございました。

私も会場で、S山さんとか何人かの方は目にしたのですが、よしださんには気がつかず...。
「8人」は多分この女性たちだと思います、というのを追記でアップしておきました。

Q&Aの文字起こし、私のやり方は、ICレコーダーを回しておいて、さらにメモを取る、という方法です。
100均のメモ用紙にババババ...と書き取っていって、家に帰るとそれを清書し、それから録音を聞いて、通訳さんの言葉で書き漏らしたものを付け加えていきます。
それだけですので、1、2時間あればできちゃいますが、昔はメモだけで十分に読めるものになっていたのに、最近はトロくなって途中までしか書き取ってない文章が多く、結構時間がかかります。
メモを取る合間に写真も撮らなくちゃいけないので、大変は大変なんですが、文字で記しているのといないのとでは、文字起こしの所要時間は大きく変わってきます。

そのほか、中国語圏映画の場合、中国語サイトをいろいろ調べて書くため、アップした日付がイベントと同日になっていても、実際のアップは翌日の昼過ぎ(^^)とかもしばしば。
この映画の場合、繁体字のサイトと簡体字のサイトと両方チェックしたのですが、上にコピペした海報(ポスター)は簡体字のサイトにしか出て来ませんでした。
あと、写真もリサイズしてアップするので時間を喰いますし、ヒマだからできている映画祭レポート、という感じですね。
よしださんのようにご本職が超多忙で、おまけに休日のスポーツノルマ(?)もある、という方は、遅くなっても仕方がないのでは、と思います。
とはいえ、そちら様のブログも、早く更新して下さいませ~。
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