上田力 「クロス・トーク」

作・編曲家、ピアニスト:上田力とスタッフが徒然なるまま語ります。

デイヴ・グルーシンに逢って…

2005-06-07 | diary
やっとデイヴ・グルーシンと、心おきなく語り合えたという後味…5月25日、午前11時~12時、ヒルトン東京ラウンジでのこと。

勿論グルーシンと会うのは、これが初めてではなく、9年前の1996年6月27日、ちょうど渡辺貞夫の年中行事「キリン・ザ・クラブ」で共演中のグルーシンと、1時間足らずだったが赤坂プリンス・ホテルでの話し合いの機会を得ている。

この時は、前夜6月26日がグルーシン62歳の誕生日で、ステージでは貞夫さんが「ハッピー・バースデイ」の演奏を贈るなどの心温まるショットもあり、また翌日の出会いの最初に先ず、“誕生日おめでとう”というボクからのメッセージを受けとめたときの、テレくさそうによろこぶグルーシンのシャイな表情と物腰がとても印象的だった。

だがこの日は、GRPプロダクションでのグルーシンの相棒、ラリー・ローゼンが立ち上げたインターネット、「セントラル・ジャズ・ステーション」のプロモーションも兼ねた席だったので、かんじんの音楽の話は30分足らずしか出来なかったのだが、ボクの投げかける話題をとてもナイーブに受けとめているらしいことがグルーシンの表情からハッキリ読みとれて、ならば次回はタップリ時間をとって…という期待を残したまま、アッという間に8年が過ぎ、昨年ハーヴィー・メイソン、トリオでの来日時にチャンスが有るかと思っていたら、やはり取材多忙でこれこれもお流れ…それから1年が過ぎた今回やっと9年目の再会が実現したわけ…。

相変わらずジェントリーなスマイルを絶やさずにラウンジの席についたグルーシンの“ちょっとカゼ気味で声の調子がおかしいが…”というアイサツを受けて先ず、“ボクの一番新しいアルバムです”と「Jobim My Love」のCDをプレゼント、すかさず池田クンが“自分はトロンボーン・プレーヤーで、そのCDの中でも吹いている…”という自己紹介するとグルーシンは、みんな仲間どうしと思ってホッとしたのか、すっかり打ち解けた様子で同席者一同も一段と和んでしまい、もうどんな話をしても大丈夫という理想的な雰囲気が立ちこめるようになった。

とても自然な流れの中での興味深い話題の数々に、いづれ順を追って紹介していくつもりだけど、今回は何といってもこのこと!“ことのほかブラジル音楽には目が無いグルーシンにとってのアントニオ・カルロス・ジョビンは…?”という質問に対して、以外にもグルーシンは、プレゼントされたCDを片手にアルバム・タイトルを指し、“これだョ”と大ニコニコ。

そして、ジョビンが亡くなったあと直ぐにトリビュート・アルバムを出したかったのだが、リー・リトナーが先に「ツイスト・オブ・ジョビン」を作ってしまったので(この中でグルーシンは「ボニータ」の素晴らしいソロを聴かせてくれる)それは実現していないということ、また、1962年<世紀のボサノヴァ・コンサート>のあと、63年~64年ごろ、当時グルーシンがアレンジ、コンダクトしていた人気TV番組「アンディ・ウィリアムズ・ショウ」にゲスト出演したジョビンに会って以来、ず~っと親しい友人関係が続いていたこと、さらには、ジョビンもヴィラ・ロボスやガーシュインと同じく、パリ在住のナディア・プーランジェに“教え”を乞いに行った一人だったが、そのときに既にジョビンには個性的な天分がタップリ現れており、“あなたはもう家に帰って、やりたいようにやりなさい”と追いかえされたこと…などなどを、ちょっぴり懐かしそうに、しかし、とても楽しそうに語ってくれたのだが、その後、ほとんど独りごとのようにジョビンの音楽性について口にした言葉の、なんと象徴的に的を射ていたことか!!

“Very Different Voice……Beautiful"