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チェロローグへようこそ! 万年初心者のひとり語り、音楽や身の回りのよしなしごとを気ままに綴っています。

辻野弥生著『福田村事件』と映画『福田村事件』

2023年09月16日 | 折々の読書
1923年(大正12)9月1日に発生した関東大震災は、東京や関東地方に未曾有の被害をもたらしました。地震だけでなく、発災直後から流された、朝鮮人が攻めてくる、放火や井戸に毒を入れている、といった流言蜚語(デマ)は各地で自警団による朝鮮人虐殺を引き起こしました。政府、軍隊、警察の指示も曖昧でかえって火に油を注ぐ結果になりました。犠牲者の数は一説にはおよそ6,600人にものぼるということです。

そのような状況の中、9月6日の東葛飾郡福田村(現在の千葉県野田市)で事件は起きました。香川県から野田町に来ていた売薬行商人一行15人は茨城県に向かうため利根川の渡し場前の神社まで来ました。そこで、親方と船頭とが押し問答となり、その際、聞きなれない讃岐弁が怪しまれ朝鮮人と誤解され、居合わせた自警団と後から集まった群衆に取り囲まれ、9人が猟銃、日本刀、竹槍などで寄ってたかって殺害されました。中には幼児や子供、10か月の妊婦とその胎児も含まれます。遺体は利根川に投げ入れられました。
なんとも凄惨で最悪な殺人事件です。信じたくありませんが、100年前に実際に起こったことです。


では、なぜ、このような事態になったのでしょうか。
確かにこの地域では讃岐弁は特異な存在です。そうであっても、朝鮮語と日本語の区別がまったくつかないはずはありません。
もうひとつの要因として、行商人の様子が普通には見えなかったことがあるかも知れません。一般に狭い村社会では異質なものは排除されます。大勢の異形の人々の存在は受け入れがたいものだったかも知れません。ましてや、部落差別が公然と存在した時代です。異質なもの、弱いものと見る視線、排除の姿勢がなかったかどうか。

上記は私の勝手な想像ですが、明治以降、軍国主義路線をひた走った日本はそれ以外の道には冷淡でした。音楽の時間(唱歌)までもが帝国主義を歌いあげました。強い兵隊、国民になることだけが目標でした。
その日本は敗戦により180度の転換を行いましたが、徹底した検証や反省は行われることなく今日に至っています。再び大正12年のような状況が生まれ社会のタガが外れれば同じような事件が起こる可能性はゼロではないように思えます。
ラジオすらなかった当時に比べ通信手段が発達している現在はその虞はないかも知れませんが、短時間でデマが増幅される懸念も大いにあるとも言えます。
歴史はもとより、事実による社会科学的、心理学的な分析が必要なのではないかと思えます。(合掌)





辻野弥生著『福田村事件;関東大震災・知られざる悲劇』五月書房新社、19cm、268頁、2023年7月刊.


辻野弥生著『福田村事件;関東大震災 知られざる悲劇』崙書房出版、17cm、161頁、2013年7月刊.(絶版)

私が初めて福田村事件の全容を知ったのは辻野弥生氏が著した『福田村事件』(旧版)でした。やっと事件の文献に出会った気がしました。2013年に千葉県の小出版社、崙(ろん)書房出版から出版されましたが、その後、出版元が閉業したため絶版となりました。
著者は、新版と言うべき今回の出版にあたって10年前の旧版を踏襲しながらも大幅に増補、改訂しています。丹念な調査に基づいているのは旧版同様ですが、特に事件そのものについて大幅に加筆されていて事件を浮き彫りにしています。また、事件関連資料などが追加されているので当時の模様を知る上で役に立ちます。何よりも、多数収載された証言は100年前の事実を語る貴重な記録です。


そして、今年は映画も公開されました(森達也監督『福田村事件』2023年9月1日公開)。
重いテーマをどう映像化するのだろうと思っていたのですが、ほぼ史実に基づいた映画になっているのではないかと感じました。
映画という性格上、仮想の人物も設定されていますが、それによって、当時の人々の考えや社会状況を再現しようとしているように見えます。その効果なのか、大正デモクラシーが軍靴に踏みにじられようという時代の雰囲気が伝わってきます。
2時間を超える作品ですが、緊迫感のある展開で1秒たりともスクリーンから目を離せませんでした。
「朝鮮人なら殺してええんか!」行商人の親方の最後の言葉が胸に刺さりました。


映画『福田村事件』公式パンフレット。1,500円という破格の値段にびっくりしましたが、内容を見ると監督インタビュー、関係者の対談や出演者紹介の他に事件に関する本格的な年表や参考文献、脚本までが収載されていて87ページのボリュームに納得しました。辻野氏の寄稿も含まれ、事件の入門書とも言えそうな内容です。

『福田村事件』
監督:森達也、脚本:佐伯俊道、脚本・プロデューサー:井上淳一、企画・脚本・荒井晴彦、音楽:鈴木慶一
出演:井浦新(澤田智一)、田中麗奈(澤田静子)、永山瑛太(沼部新助)、東出昌大(田中倉蔵)、コムアイ(島村咲江)、水道橋博士(長谷川秀吉)、柄本明(井草貞次)ほか. 
製作:2023年.137分.

(ご参考)
千葉福田村事件真相調査会編『歴史の闇にいま光が当たる;福田村時間の真相 第1集』
「福田村事件;関東大震災時の行商人虐殺」、別冊スティグマ 第14号、2001年11月刊.
「福田村事件・Ⅱ;80年を経て高まる関心」、別冊スティグマ 第15号、2003年3月刊.
藤野裕子著『民衆暴力;一揆・暴動・虐殺の日本近代』(中公新書2605)2020年8月刊.
「東葛飾郡福田村に於ける騒擾」他、野田市史編さん委員会編『野田市史 資料編 近現代2』p.47-48、野田市、2019年2月刊.
「福田村・田中村の事件」、柏市史編さん委員会編『柏市史:近代編』p.422~424、柏市教育委員会、2000年3月刊.
福田村事件(ウィキペディア)




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