現代ビジネス (池上 彰:ジャーナリスト)
2024年6月22日
---------- 混迷する世界はどう動くのか。池上彰氏が見通す人気新書シリーズ第15弾『知らないと恥をかく世界の大問題15 21世紀も「戦争の世紀」となるのか? 』(角川新書)から一部抜粋して、停滞を続ける中国経済について紹介する。 ----------
異常だったマンションブーム
アジアで注目といえばやはり中国です。 これまで、世界経済を牽引してきた中国ですが、このところ経済成長に急ブレーキがかかっています。過去の成長エンジンが使い果たされたのです。 2023年には、外国の投資家の撤退やムーディーズ格付け見通しの引き下げなどがあり、中国への投資意欲は引き続き減退するとみられています。 中国はこのところずっと日本の貿易相手国1位でした。世界は中国の爆買いに期待し、多くの国が経済的に中国に依存してきました。中国がコケると、世界経済にも大きな影響があります。
中国の失速の一番大きな原因となっているのが、不動産、とくにマンション購入の停滞です。中国人はこれまで、住むためではなく、「買っておけば値段が上がる」と、投資のためにマンションを買っていました。
中国の場合、土地は国の所有物なので売買できません。土地の使用権を売買する形になります。不動産会社が土地の使用権を買ってマンションを次々と建設、それが売れて値上がりしてきたのです。あまりのブームから、地方では、「1世帯2戸まで」と購入制限をしたところもあります。そうすると、なんと偽装離婚をして、2戸ずつ購入する家庭まで出る始末。
マンションが値上がりすると、資金力のある一握りの富裕層は儲かるでしょう。しかし、本当にマイホームを買いたい人が買えない状況になり、不満が高まりました。
習近平国家主席は、「金儲けのためのマンション購入をやめさせよう」と、各銀行に対して「マンション建設業者にあまりお金を貸さないように」と、規制を始めました。
1位、2位の不動産会社が危機に
この状況は、過去の日本を思い出します。1980年代の終わり、日本でも不動産バブルに浮かれた人が大勢いました。その一方で、真面目にコツコツ働いて頭金を貯めてきたサラリーパーソンから、「不動産価格が値上がりしてマイホームが持てない」という不満の声があがりました。
そこで当時の大蔵省が始めたのが「総量規制」でした。銀行に対して「不動産を購入するために金を貸してほしい」と言ってくる企業や個人に対し、「これからは安易に貸すな」と指導したのです。 不動産取引への貸し出しは、不動産以外の分野も含めた総貸し出しの伸び率を上回らないようにするという指導だったので「総量規制」と呼ばれました。
金融機関が不動産取引に必要な資金の貸し出しを渋った結果、不動産価格は暴落、不動産バブルははじけました。 いまの中国も同じです。不動産バブルを退治しようと、政府が不動産融資に上限を設けるなど、土地価格を抑制しようとした結果、土地の価格が一気に下落。不動産業者が資金不足に陥って建設が途中でストップしてしまいました。それが未完成のまま放置されています。
中国の習近平国家主席は、国内の格差をなくしたいと、「共同富裕」を掲げています。 みんなが豊かになろうというわけです。窮地に陥った不動産業者を助けると庶民から不満が出てくるので、うっかり助けることもできません。
不動産販売面積第2位の中国の「恒大集団」は、アメリカ国内でアメリカ連邦破産法第15条の適用を申請しました。恒大集団は、2016年には売上高で世界最大の不動産企業に上りつめた中国のシンボル的な企業です。
ニュースを見て、破産したと思っている人も多いようですが、破産ではありません。この条文は外国企業がアメリカ国内に保有する資産を保全する手続きをとるためのもの。
中国の恒大集団はアメリカ国内にも投資をしてきたので、アメリカにそれなりの資産があります。それをカタとして差し押さえられるのを防ごうという手続きです。
借金の返済が滞ると、借りた相手から「金返せ」と要求されます。応じないと、資産を取り上げられる可能性があります。すると再建ができなくなってしまうので、いったん借金の返済を猶予してもらおうというものです。
中国で2番目の不動産会社がそういう状況なら、1位はどうなのか。 最大手の「碧桂園」は、借金を返せないばかりか、社債の利払いも実行できず、ついに中国政府が広東省政府に対し救済の手配をするように命じました(恒大集団もその後、債務の再編困難で、3月に申請を取り下げました)。
中国で急増「3元均一」ショップ
不動産というのは、関連する業態の裾野が広いのです。セメント、コンクリート、鉄から、家具に至るまで、さまざまなものが売れます。これまで中国のGDP(国内総生産)の3割は不動産関連だったといわれています。
日本の不動産バブルがはじけたのは約30年前のことですが、バブルが崩壊して、モノが売れない→企業が儲からない→給料が上がらない、つまりデフレに苦しむことになりました。中国はいま、日本と同じ道を辿ろうとしているように見えます。
ちなみに、中国には不動産ともう1つ成長エンジンがありました。IT(情報技術)産業です。アリババ集団などがたいへん大きな利益を挙げていました。その結果、所得格差が大きくなりすぎたというので、IT企業への規制も強化しました。
ネット通販大手アリババの共同創業者ジャック・マーが、中国共産党をちょっと批判した途端、「儲け過ぎはいけない」というキャンペーンが張られ、彼は表舞台から姿を消しました。
中国政府は2020年11月、アリババ集団傘下の金融会社の新規株式公開(IPO)を延期に追い込んで以降、独占禁止法違反でアリババに約182億元の罰金を命じたりするなど、IT企業に対する締め付けを強化していったのです。
その結果、IT産業もすっかり元気をなくしてしまいました。これまで中国の経済を牽引してきた2つの産業が落ち込むことで、中国経済は行き詰まり、その結果、若年層の失業率が上がる結果となっているのです。
中国は近代化を進めるために大量に大学をつくりました。毎年、約1000万人もの高等教育機関の卒業生がいるので、「大学は出たけれど……」という若者も増えています。
仕事がないわけではありません。現場の作業員の仕事など、いわゆる3K仕事はあるのですが、大学を出るとホワイトカラーの仕事に就きたいと思うのでしょう。大学生を満足させる就職口がないために、大学を出ても就職しない。そんな若年層が、「寝そべり族」や「専業子ども」になっているというわけです。
そんな不安の高まりとともに、いま中国で急増しているのが、「3元均一」ショップです。 バブル崩壊後、日本では100円ショップやディスカウントストアが人気となりました が、中国は日本よりさらに安い、3元(約60円)ショップが人気。中国人の間で節約志向が広がっているのですね。
世界を敵に回す中国の「改正反スパイ法」
中国政府は、2024年3月5日からの全人代(中国で重要政策を決める全国人民代表大会)で、経済成長率の目標を昨年(2023年)と同じ水準の5%前後にすると明らかにしました。
目標の実現に向けて李強首相は、積極的な財政政策を続ける方針を示した上で、外国からの投資の呼び込みを通じて、安定的な成長を目指す考えを示しました。
「外国からの投資の呼び込み」といっても、中国では、2014年に「反スパイ法」が施行されて以降、中国に派遣された社員がスパイ行為に関与したとして当局に拘束されるケースが相次いでいます。
反スパイ法をめぐっては、スパイ行為の定義があいまいだと指摘され、国際社会からは「法律が恣意的に運用されるおそれがある」と懸念されてきました。
にもかかわらず、2023年7月、スパイ行為の定義が拡大された「改正反スパイ法」が施行されました。 改正された法律では、これまでの「国家の秘密や情報」に加え、「国家の安全と利益に関わる文書やデータ、資料や物品」を盗み取ったり提供したりする行為が新たに取り締まりの対象になったようです。
日本人はこれまで、17人がスパイ容疑で捕まり、いまも5人が拘束されています。1人は服役中に病気で亡くなりました。中国側はどのような行為が法律に違反したのか、具体的に明らかにしていません。
こうした現状を鑑みて、外国企業は「もう中国に投資をするのは止めよう」と警戒感を高めるのは当然のことでしょう。 経済の停滞、スパイ対策の強化で、中国の外資誘致には暗雲がたちこめています。
中国もまもなく日本のようになる
さらに、中国は日本と同じ“あの”問題を抱えています。少子高齢化です。 中国は2022年から、61年ぶりに人口が減り始めました。合計特殊出生率(1人の女性が一生の間に産む子どもの数)は、日本が1・26(2022年)なのに対して、中国は1・09と、日本より速いスピードで少子高齢化が進んでいるのです。
中国では1979年から行われた人口抑制策「1人っ子政策」により、子どもの数が減少。2016年から全面的な「2人っ子政策」を開始しました。いまは3人以上産んでもいいということになっているのですが、減少が続くばかりで効果がありません。出生人口が増えない理由は、不動産の高騰や、かさむ教育費、子育て費用の増大が大きいでしょう。
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