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Retro-gaming and so on

鉄鍋のジャン!

グルメ漫画、と言われるジャンルがある。ご存知「料理が主題の」漫画だ。
そしてその主戦場は青年マンガだ、ってのは良く考えてみれば皆さんお分かりになるだろう。

実の事を言うとグルメ漫画、ないしは料理漫画と少年漫画は相性が悪い。と言うより、少年漫画で料理漫画の傑作は出づらい、と言った方が良いだろうか。
個人的な意見では、元祖料理漫画だった包丁人味平と、同作者コンビ(牛次郎とビッグ錠)が描いた「スーパーくいしん坊」以外はさしたる漫画は無いように思っている。


少年漫画でグルメ漫画が上手く行かない1つの理由として、「子供は自分の好きなモノを食べられる機会が少ない」と言う事が挙げられるだろう。結果、食の幅が大人程広くないのだ。だから「分かりやすい」料理じゃないとウケない。
そういう子供相手に料理漫画を描くとすると、漫画的にウソを描くか(大技の出し合いとか・笑)、あるいは料理側にウソがないと成り立たない。前者は許容可能だが(漫画だから・笑)、後者になっては目も当てられないだろう。
人によっては「ミスター味っ子」と言う漫画が一番面白かった、と言う。しかし僕はこの漫画はダメダメだと思ってる。これは後者に当てはまるから、だ。連載開始から暫くして、ステーキ皿と延々と格闘するエピソードがあった。が、しかし、ステーキ皿なんざステーキを一番マズく食う為の器具だ。こんなん使った日にゃ肉は焼き過ぎで肉汁は全部焦げとなって蒸発する。残りは固くなった肉のカスだ。こんなんどうやったって何とかなるもんじゃない。従ってこんなものにエピソードを費やすなんつーのは愚の骨頂であって、こんなん嬉々として描いてる作者の舌を全く信用する事が出来ない(※1)。
反面、例えばスーパーくいしん坊は洗濯機でラーメンを茹でるとか衛生的にどーなんだと思う料理を出すが、これは漫画範疇なんでO.K.だと思ってる。実は技法は漫画的でも料理の組み立てとか味に関してはウソは描いてはいない。
極論、料理漫画と言うのはその作者の「味覚」がどうなのか、と言う辺りに左右されると思う。料理漫画の作者が味音痴なら、その漫画は全く説得力を持たないんじゃないか。しかも子供相手に子供でも想像可能な料理で、つまりレパートリーを絞って描くのはなかなかにキツい気がする。
そんな中で「食戟のソーマ」の場合、全く味が想像出来ない、高級材料の高級料理を出す事によって「全く味が想像できない」料理漫画として極振りして性交成功したが、こういうのは珍しいと思う(※2)。あるいはボケ倒しで何の漫画か分からなくなってる「焼きたて!! ジャぱん」も面白いが、グルメ漫画としてどうなのか、と言われると「う〜ん」とか思ってしまう。いや、単に漫画として読むと面白いんだけどさ。
と言うわけで、あくまでグルメ/料理漫画、しかも少年漫画、と言う縛りだと包丁人味平とスーパーくいしん坊を超えるのはなかなか難しいと思ってるのだ。

ところが、一作だけ、包丁人味平やスーパーくいしん坊に対して遜色ないと思われる料理漫画がある。それがここで紹介する「鉄鍋のジャン!」だ。
正直言うと、4大少年誌の中では少年チャンピオンは一番僕のチェック率が低い。っつーか全くチェックしてなかった(笑)。よって、この漫画が連載されてただろう当時(1995〜2000年)、こんな奇作が少年チャンピオンに載ってる、なんざ全く知らんかったのだ。そもそも、少年チャンピオンの黄金期なんざ1980年に入るちょっと前まで、であり(ブラックジャックやマカロニほうれん荘が連載されてた頃)、あとは内山亜紀のロリコン漫画やらどおくまんやらヤクザっぽい漫画が載ってる程度の「ヤンキー御用達雑誌」な印象しかないのだ。
僕個人では、連載が終わった後でたまたまフラッと立ち寄った漫画喫茶で見かけて読んでハマっちゃった、ってカンジだ。
まず、この漫画は料理に基本的にはウソが混じってない。この辺は作者の舌が・・・と言うより、料理監修の人(おやまけいこ)の技量がいいのだろう。かつ、多分この漫画が初めて「料理監修」が付いた料理漫画だったのではないか。
そして少年漫画と言いつつ、比較的読者層の平均年齢が高そうな少年チャンピオンで、比較的「味の想像が付きやすい」、つまり割にポピュラーな中華料理、と言うテーマで展開する漫画だが、この漫画の本懐は実は別のトコにある。それは登場人物にマトモなヤツが1人もいないと言う辺りだ。主人公の秋山醤を含み、どいつもこいつも一癖も二癖もある奴らばっかなんだ。



主人公の秋山醤は、なんつーんだろ、敢えて言うと「文学的な」主人公なのね。こういう主人公は漫画で、しかも少年漫画で描かれるのが難しいタイプの主人公なんだ。
と言うのも、彼は中華料理人である祖父に殆ど虐待、ってカンジで育てられる。「秋山流」の中華料理を徹底的に仕込まれるわけだ。そして正直言うと、秋山醤は本当に「中華料理人になりたかった」のかどうか定かではない。
祖父の死後、修行する中華料理店「五番町飯店」で唯一心を許せる友人、小此木に尋ねられるシーンがある。



これメチャクチャいいシーンだよな、とか思って。
言っちゃえば「秋山の名」ってのは呪いなんだよ。ぶっちゃけ、ジャンと言う主人公は祖父の虐待によって洗脳されてこういうキャラになっている。
で、本人が望むか望まないかに関わらず、「そうなってる」と言うのをジャンは肯定的に捉えてるんだ。
ああ、人間ってこういうトコあるよな、と言う、悲哀を感じさせるシーンでもある。
別に虐待を肯定してるわけじゃないよ?単に「人間ってこういうトコがある」ってのを主人公で表現する事って物凄く文学的じゃない?目をそらそうが何だろうが、現実に「そういう事がある」んだ。そしてそれを取り上げてるのは純文学的じゃなかろうか。
こんなキャラを漫画で作りきった西条真二って天才じゃないか、とか正直そう思った。
例えば凡百の漫画の構成だと、「家に反発して」とか「自由を目指して」とか言うキャラの方が多い。「家の縛り」に対して反抗する主人公の方が戦後の自由主義だと「正しい」キャラになるだろう。美味しんぼの主役の山岡士郎なんつーのは典型的な戦後民主主義キャラだ。途中の路線変更で海原雄山は「人格者」になってしまったけど、山岡士郎は事実上やっぱり虐待されている。そもそも焼き物を壊した如きで息子に向かって「死んでしまえ!」とか言う父親がマトモなワケねーじゃんか(笑)。そういう虐待を受けてトラウマを抱える山岡士郎は「戦後民主主義」の正義を体現するキャラとして設計されてるわけだ。
しかし、同じようなルーツ、いや、もっと酷い経験をしてる秋山醤は自身の全てを肯定する、「洗脳されきった」キャラとして登場してる。しかも「少年漫画」=「勝負モノ」と言う単純な構図を活かす為に「料理は勝負だ」を信条とする。あまりに設計が見事過ぎて、秋山醤を知ってしまえば山岡士郎は陳腐な凡百キャラに見えてくるくらいだ。




繰り返す。西条真二は天才過ぎる。多分メチャクチャに見える漫画を描いてきて、そういう漫画の注文ばっかになってるかもしれないが、恐らく心情的には物凄く繊細な人なんじゃないか、と思う。親による虐待を受けてトラウマを抱えた全ての人たちに向けてこんな肯定的なキャラを作ってくれるなんて、なんて優しい人なんだ、とか単純に思うんだよな。

なお、秋山醤は悪人顔で、この漫画はピカレスク・ロマンだ、と言うような評を良く見かけるが、漫画をキチンと読んでみると、主人公秋山醤は「誰よりも旨い料理を作りたい」だけであって、悪事、つまり食事を取る側に対して悪さをしてるわけじゃあないんだ。例えば腹下すようなモノを作る、とか殺人料理を作る、とかそんな事はしない。彼の牙は常に「あくどい同業者」とか「ズルをしようとする審査員」(宿敵の大谷日堂とか・笑)には向くが、とは言っても別に殺傷性の高い何かを作るわけじゃないんだ(※3)。やるのは常にルールのギリギリを攻めるラフプレーであり、これが仮にサッカーやラクビーやアメフトだったら観客大喝采の範疇になるやもしれん。
つまり、台詞回しや見た目(悪人顔)で悪役っぽい扱いに見えるが、ルールを熟知して際どい辺りを攻めて勝利をもぎ取る辺り、「料理は勝負だ」の信条に従ってる以上に料理人と言うよか「料理勝負」と言う(一種)スポーツのプロ選手に近いキャラ、って事になるわけだ。
これだけでも如何にこのキャラが前代未聞のキャラなのか良く分かるんじゃないか。単なる「ピカレスクロマンの主人公」の範疇を超えてるのである。いや、ラフプレーはするが味は極上の料理を作り味審査に賭ける辺り、「競技プロ」としてはむしろ正々堂々と「勝ちに行ってる」プロ中のプロなキャラだ、と言って過言ではない。秋山醤に比肩するようなキャラは競馬漫画のジョッキーくらいしかそれまでにはいなかったんじゃないか。
いずれにせよ、この漫画は極めて面白い。料理が「正しい」上に主人公の文学的複雑性が醸し出す面白さを備えてる、となれば凡百の「少年料理漫画」が敵うわけがないのである。
ひょっとしたら作者も「漫画は勝負だ!」が信条なのかもしれないが(笑)、もしそうなら、言ってやる。「全面的にあんたの勝ちだ」と。


「カカカカ」と笑う漫画の主人公とか、個人的にはドラネコロックの泉屋しげる以来初めて目にする。


※1: と言うわけで、この作者、寺沢大介の舌は全く信用していない。「将太の寿司」は比較的マシだったが、この漫画の場合、実は料理漫画と言うジャンルは隠れ蓑で、本質的にはその核が浪花節だったから許容可能だったんだろう。

※2: そもそも「食戟のソーマ」は、原作者陣の述懐によると、料理を主とするより、エロティックな「食べた時のリアクション」を描けば可笑しいんじゃないか、と言う一種一発芸ネタで思いついた漫画らしく、実は料理自体は本懐ではない、と言う異端のグルメ漫画である。

※3: 「麻薬染みた」食べ物を作る事はある。が常習性がある「麻薬そのものか」と言われるとそれは違う。
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