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「ブログ」 と 「日記サイト」 の違い
この文章を書くにあたって、そもそも “blog” って いったいなんだろう? と、いまさらながら考えた。
IT用語辞典 e-Words および、Wikipedia にて、ほぼ同内容の回答が得られた。
以下、e-Words から抜粋して、引用。
なるほど。 web + log というのは、周知のことであるが、log というのは、「日記」 というより、「日誌」 という意味であったっけ。
「個人の行動記録」 や 「日記」 は、本来は 主流ではなかったのだ。
そういえば。 はじめて、weblog らしきものを見たときの印象は、カレンダーがあったり記事が時系列に並んでいたり、カテゴリー分けがなされていたり、記事単位にリンクが張られていたりして、容易に目的の日付や、興味のある話題、読みたい記事へ、ハイパーリンク移動できるのが 新しいな、と思ったのが第一。 もうひとつは、各記事にコメントがつけられること。 これも大きかった。 (trackback 機能については、そのときは、なんじゃらほい、と思っていたのか、まったく印象に残っていない ... )
そして、淡々とした 「個人のつぶやき」 ではなく、情報/意見 発信型のメディアでなければならないのかと思っていたのだ。
(それゆえ、この blog,当初は、ニュースに対して言及する記事が多かった。 しかし、情報量や質の高さ、速さなどの点で、すでに多くあったニュース blog に かなうわけがないので、ニュースや情報を厳選して、じぶんなりのコメントや批評を付けて記事にする、という やり方を目指していた)
途中から、ニュースを追いかける気力・体力・時間がなくなったり、「こうあるべき」 というような考え方など吹き飛ばしてしまうような、自由な表現活動を行っている 他の blog に影響され、現在では、じぶんの好きなことを書くようになった。 日記ふうのもの、日々の想い、創作文、などなど。
また、わりと有名な日記サイトとか、テキスト系サイト ―― というのだろうか? コラム中心のサイトという意味であるが ―― のいくつかが、blog に移行しているのを知ったのも大きかったかもしれない。
e-Words によると、「日記サイト」 オーナーのなかには、weblog とは区別して考えている人もいるようであるが ... 。
やはり、「web 日記」 と blog は ちがうものなのだろうか ... などと考えながら、さらに調べてみたところ、興味深いコンテンツを発見した。
pc world というサイトのなかのコラムのひとつのようなのだが。
「blogとは」 (
2003年12月の時点では、まだ、blog は流行ってはいなかったのだろう。 ちらほらと話題にはなっても。 そして、この筆者のかたは、今後も流行らないだろう、と思っていらっしゃったのか。
以下、ちょっと長めの引用 ... 。
日本人が、積極的に意見を発することが得意でない、というのは、ちょっと、わかるような気はする。 文化のちがいか。
もともと日本では、
日本独特の 「日記サイト」 がすでに根付いてしまっていること、また、もともと
ふむふむ。 なるほど。 やはり、「日記」 と 「blog」 は 別物と考えている人が多かった、ということだろうか。
この説から、それでは、なぜいま、「日本で blog が流行っているのか」 を考えると、blog を日記サイトの替わりにする人が増えたからなのではないか、と推察してみたのだが。
「日記サイト」 のみならず、これまでの web サイト (ホームページ) の替わりとする人が。 写真、絵、料理のレシピ、つぶやき、メモ、備忘録、詩、小説、創作/表現活動の宣伝、etc ... の公開の場とする人が。 また、これまで web ページを開設したことはないけれど、簡単に、気軽に、web 上にじぶんのページが持てるので、はじめてみたという人も。
上記のサイトで言及されていたような、
(なんかえらそうだ ... 。 もちろん、私もその一人に含まれる)
blog の全体像を把握しているわけではないので、かなり乱暴な大雑把論かもしれないが。
この大雑把論をさらに飛躍させると、もしかすると、本来の “blog” とはちがった、日本独自の “ブログ” が形成されているのではないかと思うのだが ... 。
そう。 “blog” と “ブログ” はまったく別物なのではないかしら、と。
現在 爆発的な広がりをつづけている “ブログ” は、かつての “blog” ではなく、“web サイト(ホームページ)” でもない、まったく新しいメディアなのではないか。
『goo ブログ』 が かつて 『goo BLOG』 と表記していたのを現在のように変えたのは、昨年の九月くらいだったろうか。 英字からカタカナ表記に変えることに なにか意味があるのだろうか、などと思ったものだが、ひょっとすると、深くて大きな意味があったのかも ... ?
前編でもふれたが、この、新しいメディア。 まだまだ、「こうあるべき」 というものは、定まらないものなのかもしれない。
だからこそ、いまのうちに、思いっきり使い倒すべきなのだろうか。
「正しい 『ブログ』 の作り方 (使い方)」 は、これから、徐々に徐々に、形作られていくのかもしれない。
( ... てなオチで、どうでしょう??? がくがくぶるぶる ... )
BGM:
Roughy Toughy ‘Kokoro no Kaihou-ku’
(ラフィータフィー 「心の解放区」)
忌野清志郎氏を中心に結成されたロックバンド、ラフィータフィーの作品。 ラフィータフィーは、99年、Fuji Rock Festival に出演した。
「ラフィータフィー」 の意味は、rough で tough な、ということではないか、と勝手に思っているのだが ... 。
(上記の英字の綴りは、私の勝手な当て字です。 ほんとうは、Ruffy Tuffy ? )
完成され切っている blog よりも、荒削り (rough) ながらも、打たれ強い (tough) blog に、こころ惹かれるのである。
「ブログ」 と 「日記サイト」 の違い
この文章を書くにあたって、そもそも “blog” って いったいなんだろう? と、いまさらながら考えた。
IT用語辞典 e-Words および、Wikipedia にて、ほぼ同内容の回答が得られた。
以下、e-Words から抜粋して、引用。
一般的には、単なる日記サイト(著者の行動記録)ではなく、ネットで見つけた面白いニュース記事やWebサイトへのリンクを張り、そこに自分の評論を書き加えた記事が時系列に配置されているWebサイトのこととされているが、厳密な定義はない。
(中略)
Web日記は独自の進化を遂げ、それまでの個人サイトでもない、紙の日記でもない新しいメディアとして台頭した。そうした新しい形式の日記風サイトを指す言葉として「Web」と「Log」(日誌)を一語に綴った「weblog」という言葉が誕生した。
なるほど。 web + log というのは、周知のことであるが、log というのは、「日記」 というより、「日誌」 という意味であったっけ。
Weblogでは個人の行動の記録は重視されず(一切載せないわけではない)、ネット上で独自に見つけた面白いもの、変なもの、スクープなどを紹介し、そこにリンクを張って論評を掲載するという形式が主流。
「個人の行動記録」 や 「日記」 は、本来は 主流ではなかったのだ。
そういえば。 はじめて、weblog らしきものを見たときの印象は、カレンダーがあったり記事が時系列に並んでいたり、カテゴリー分けがなされていたり、記事単位にリンクが張られていたりして、容易に目的の日付や、興味のある話題、読みたい記事へ、ハイパーリンク移動できるのが 新しいな、と思ったのが第一。 もうひとつは、各記事にコメントがつけられること。 これも大きかった。 (trackback 機能については、そのときは、なんじゃらほい、と思っていたのか、まったく印象に残っていない ... )
そして、淡々とした 「個人のつぶやき」 ではなく、情報/意見 発信型のメディアでなければならないのかと思っていたのだ。
(それゆえ、この blog,当初は、ニュースに対して言及する記事が多かった。 しかし、情報量や質の高さ、速さなどの点で、すでに多くあったニュース blog に かなうわけがないので、ニュースや情報を厳選して、じぶんなりのコメントや批評を付けて記事にする、という やり方を目指していた)
途中から、ニュースを追いかける気力・体力・時間がなくなったり、「こうあるべき」 というような考え方など吹き飛ばしてしまうような、自由な表現活動を行っている 他の blog に影響され、現在では、じぶんの好きなことを書くようになった。 日記ふうのもの、日々の想い、創作文、などなど。
また、わりと有名な日記サイトとか、テキスト系サイト ―― というのだろうか? コラム中心のサイトという意味であるが ―― のいくつかが、blog に移行しているのを知ったのも大きかったかもしれない。
e-Words によると、「日記サイト」 オーナーのなかには、weblog とは区別して考えている人もいるようであるが ... 。
日本にも似たような形式のサイトが数多くあり、「個人ニュースサイト」または単に「日記サイト」などと呼ばれているが、これはアメリカで産まれたWeblogを導入したものではなく、独自に発生・進化してきたものである。日本の一部のネットコミュニティでは、アメリカでWeblogが注目される以前から個人ニュースサイトが定着していたこともあり、「Weblog」と呼ばれることを嫌うサイトオーナーもいる。
やはり、「web 日記」 と blog は ちがうものなのだろうか ... などと考えながら、さらに調べてみたところ、興味深いコンテンツを発見した。
pc world というサイトのなかのコラムのひとつのようなのだが。
「blogとは」 (
「03.12.14更新 一部変更&加筆」となっている) のなかの一章、「なぜ、日本でblogが流行らないのか」 である。
2003年12月の時点では、まだ、blog は流行ってはいなかったのだろう。 ちらほらと話題にはなっても。 そして、この筆者のかたは、今後も流行らないだろう、と思っていらっしゃったのか。
以下、ちょっと長めの引用 ... 。
(前略)
blogは「発信型」のものだ。日記では自己記録の役割が強いが、blogは発信、何か意見を公に発表する、それによって構築環境によっては読者の意見を求めるというのが主だ。だから物事に関して自分の意見を述べる(賛同、批判等)ことが必要になってくる。文才があったり、おもしろいようなひきつけるような文章が書ける人の日記ならいいが、ただ、1日の出来事を述べただけの日記ならあまり興味を示してもらえないかもしれない。「自分の意見を積極的に配信する」というのは、日本人にとってあまり得意なことではないと言われている。昔から言われている一般論なので今現在がどうなのかはわからないが、少なくとも欧米人に比べると苦手な人が多いのではないだろうか。だから日記で済ませられる場合が多い。
日本人が、積極的に意見を発することが得意でない、というのは、ちょっと、わかるような気はする。 文化のちがいか。
もともと日本では、
「小さい頃の絵日記など」のように、
「文化的にも日記を書くという習慣が植え付けられている」という。
日本独特の 「日記サイト」 がすでに根付いてしまっていること、また、もともと
「blog に興味を向けたのがかなり専門色が強い方々なので、かなり濃い内容のblogがわりと多いのも事実」ゆえ
「一般の人がblog世界に入ることを躊躇してしまう」ことが、「日本で blog が流行らない理由」 ではないか、と述べられている。
ふむふむ。 なるほど。 やはり、「日記」 と 「blog」 は 別物と考えている人が多かった、ということだろうか。
この説から、それでは、なぜいま、「日本で blog が流行っているのか」 を考えると、blog を日記サイトの替わりにする人が増えたからなのではないか、と推察してみたのだが。
「日記サイト」 のみならず、これまでの web サイト (ホームページ) の替わりとする人が。 写真、絵、料理のレシピ、つぶやき、メモ、備忘録、詩、小説、創作/表現活動の宣伝、etc ... の公開の場とする人が。 また、これまで web ページを開設したことはないけれど、簡単に、気軽に、web 上にじぶんのページが持てるので、はじめてみたという人も。
上記のサイトで言及されていたような、
「blog世界に入ることを躊躇して」いた人たちが、次々と blog 界へ踏み込まれたのではないか。
(なんかえらそうだ ... 。 もちろん、私もその一人に含まれる)
blog の全体像を把握しているわけではないので、かなり乱暴な大雑把論かもしれないが。
この大雑把論をさらに飛躍させると、もしかすると、本来の “blog” とはちがった、日本独自の “ブログ” が形成されているのではないかと思うのだが ... 。
そう。 “blog” と “ブログ” はまったく別物なのではないかしら、と。
現在 爆発的な広がりをつづけている “ブログ” は、かつての “blog” ではなく、“web サイト(ホームページ)” でもない、まったく新しいメディアなのではないか。
『goo ブログ』 が かつて 『goo BLOG』 と表記していたのを現在のように変えたのは、昨年の九月くらいだったろうか。 英字からカタカナ表記に変えることに なにか意味があるのだろうか、などと思ったものだが、ひょっとすると、深くて大きな意味があったのかも ... ?
前編でもふれたが、この、新しいメディア。 まだまだ、「こうあるべき」 というものは、定まらないものなのかもしれない。
だからこそ、いまのうちに、思いっきり使い倒すべきなのだろうか。
「正しい 『ブログ』 の作り方 (使い方)」 は、これから、徐々に徐々に、形作られていくのかもしれない。
( ... てなオチで、どうでしょう??? がくがくぶるぶる ... )
BGM:
Roughy Toughy ‘Kokoro no Kaihou-ku’
(ラフィータフィー 「心の解放区」)
忌野清志郎氏を中心に結成されたロックバンド、ラフィータフィーの作品。 ラフィータフィーは、99年、Fuji Rock Festival に出演した。
「ラフィータフィー」 の意味は、rough で tough な、ということではないか、と勝手に思っているのだが ... 。
(上記の英字の綴りは、私の勝手な当て字です。 ほんとうは、Ruffy Tuffy ? )
完成され切っている blog よりも、荒削り (rough) ながらも、打たれ強い (tough) blog に、こころ惹かれるのである。
確かあってますよ。RUFFY TUFFY。(僕も多分だけど)
なるほど~。確かに何が正しいなんてのは後付だったりしますからね。
これだけいろんな人の意見が交錯する場所って他にはあんまりないっすよね、だから「あるべきスタイル」というのも幅が広いのかなぁ?
さすが(?!)、音楽好きなお方! ラフィータフィーに反応してくださるとは!
(でも、ホントのことをいうと、さいしょ、「ラフィータフィー」ってお菓子の名まえみたい♪ と思ったのですよ)
> これだけいろんな人の意見が交錯する場所って他にはあんまりないっすよね
ほんとに、そうですね。
かつてないぐらい、双方向コミュニケイションが交錯するメディアだなと思います。
(ちなみに、ちょっとワケあって、「goo ブログ アドヴァンス」にしてみたのですが、検索キーワードとか参照元 URL を見てみたりすると、こんなトコロからはるばるいらっしゃってくれたかたがいるのか! と驚きます。
一方からの通りすがりのヒトも、思ったより多く存在しているのですよね ... )
> だから「あるべきスタイル」というのも幅が広いのかなぁ?
そうそう、いろんな「あるべきスタイル」が共存できるのかもしれませんね。
コメント、ありがとうございました!
こんにちは、溜めていたことが一気に噴出したって感じですね。
私も、ブログについては同じように「どうあるべきか」を考えて、悩んだ時期もありました。
でも、今は自分の欲するままに書いています。
私にとって、ブログの一番の魅力は、「自分をそのまま出せる」ってことだと思っています。
リアルの世界だと立場、性別、場所、利害関係などで、自分を出せることが難しいですけど、ブログの世界は最低限のルールさえ守れば、自分のスタイルを出せることがわかりました。
「あるべきスタイル」というのが幅広く、スタイルが似た人同士が盛り上がって...
多様な個性を許しあう、共存できる場所である限り、続けていこうと思います。
やはり二ヶ月休んでいると、いろいろ書きたいことが出てくるみたいです!
tom-chan さまも、「ブログ」のことで悩まれたことがあったのですね。
> 「自分をそのまま出せる」
って、すてきですね。
たしかに、なかなか自己表現欲求を満たすことができないのが、現実社会なのかもしれません。
そのうえ、blog でも満たされなかったら、余計不満がつのってしまいますね。
> 多様な個性を許しあう、共存できる場所
すばらしい表現ですね!
まさに、そんなふうに言いたかったのです!
みんながみんな、同じような表現の仕方では、つまらないですものね。
いろんな個性があるからこそお互いに刺激を与えたり、ときには意見を交換したりして、よりよいものが生まれていくのかもしれません。
何気に書いてることも
一種の意見の交換と言えるのかも。
「コメントのやりとり」
をかっこよく言えば
「意見交換」
うむ。素敵♪
で、去年の5月頃からブログを始めたんだけど、
あ、俺、なんか、ブログの使い方を間違えている!
って、気が付いたのは夏ぐらいでした。でも、後の祭ですね。
コメントの、なにげないやりとりのなかでも、「意見の交換」はできるのかもしれませんね。
今まで、「web サイト」というと「管理人」がいて、あくまで管理人が主体となって一方的に発信することが多かったのですが、(掲示板やチャットなどを設置しているところはあるものの)
活発なコミュニケイションをしている blog においては、意見のやりとりも大きな役割を果たしているのかも。
そこが、blog の魅力のひとつでしょうか。
これからも、素敵なコミュニケイションができるといいですね♪
イギリスのお菓子でしたっけ??
はあ、考えたら、食べたくなってきました。。
ヒロ†さんなら、きっと早くから blog をご存知かと思っていたので、意外です。
そうそう、芸能人の blog がぽつぽつ出始めたのは、昨年春くらいからでしたね!
いまどきの、営業活動の一部なんですかね。
これからの芸能人は、歌って踊れて、しゃべりもうまくて ... だけじゃなくて、blog もできなきゃだめだったりして ... ???
えと、ヒロ†さんの使い方、まちがっています??
わたしは、「ナシズム」好きですよん。 いつもたのしみにしておりマス。
かくいうわたし、「わたし、やっぱり blog に向いていないのかも ... 」 と気づいたのは、かなり経ってからでしたが ... 。