『天女の涙』 ~倭国の命運や如何に~

今から1700年も昔の日本に栄えた古代都市、明日香京。謎に包まれた弥生時代をダイナミックに描く。

第 6 節 試験前夜

2016-03-08 14:24:43 | 長編小説
話しを遡る。前述した登龍門についてのところまでである。

由は、登龍門の試験を飲んでかかっていた。由に万が一、落ち度があるとしたら、この点であろう。

話しは、少し逸れるが、金講を合格して卒業しない天女は、天神には絶対なれない。天界の掟が厳しいことは、誰でも知っている。

由が、何らかの掟破りをするなら、この辺りが手落ちとなるだろう。一般に、天界と下界を行き来できるのは、天神のみに許された特権であったからだ。

一人で成し遂げようとする由には、難しすぎる難問であった。しかし、登龍門の試験は、すぐそこまで迫っていた。

そして、とうとう明日は、本番という前夜を迎えて、毘家では、ささやかな宴が催された。

十五の由には、茶が振る舞われた。天界の茶は、下界の抹茶に当たる。毘沙と福は、酒を酌み交わす。二人とも酒豪ではない。少し嗜む程度であった。天神では珍しい方であろう。

毘沙は、少し酔ったのか由に語りかけた。「 由よ。そなたに後顧の憂いはないと信じておる。しかし、そなたは登龍門を甘く考え過ぎではないかと気掛かりなのじゃ。登龍門を飲んでかかると黄泉の国へ落ちてしまわんか?」

福も重ねて、「 由、貴女の努力は認めます。毘沙様、由は今まで精一杯やって来たのです。試験が明日というに、細かいことを申してはなりませぬ。由の肩の荷が重くなるばかりですわ。」と由をかばう。

福は、天女の本性か自らの母性なのか、ここぞというときには、大切な何かを守りたくなるのであろう。

筆者は、気が強い弱いというのは、個性に過ぎず、本当に大切なものは、「 真・善・美 」といった宇宙の真理であり法則であると思うのである。

さて、当人の由は、キリリとした顔付きをして毘沙と福に告げた。「 今宵は、わたくしの為に、このような宴を催してくださり誠に有難う御座います。由は、早、十五に相成りました。父上、母上の為にも登龍門は、必ず通り抜けて御覧に入れます。合格した暁には、天女となって銅講へ入学致します。今宵のこのときまで御心配をお掛けしたこと本当に申し訳ございませんでした。」とたおやかにお辞儀して微笑んでみせた。

由は今まで、明日の為に修養を積んできたのである。誰にも負けぬ自信があった。

こうして、毘家の宴は、夜更けるとも知らぬ間まで続いていたのであった。


第 5 節 倭の国王

2016-03-08 10:21:11 | 長編小説
ここで、卑弥呼のことを紹介する。卑弥呼は、下界の倭の国王であり、王女である。天界の界師から授けられた修養を使い鬼道を操る。

登龍門はと言えば、通り抜けたか、通り抜けなかったかは、詳細を述べない。先へ進む。

兎にも角にも、天界の学問を下界で扱うのである。下界の民人は、さぞ驚いたことであろう。他の者が、マネなど出来る訳がないのである。

だからと言って、そのことが卑弥呼の狙いではない。もっと大きな夢・・・。下界の倭の民の平和と幸せを守り続けていくこと。それらの倭の国王としての責務が、卑弥呼の両肩にのしかかっていたのである。

それは、彼女でしか成し得ないが為の労苦と言えた。卑弥呼の苦悩は、彼女にしか分かり得ないものであったのである。

その卑弥呼のことを何故、由が知っているのか?実は、卑弥呼と由は遠戚であり、毘沙も福も卑弥呼のことを良く知っていたからであった。

ここで、卑弥呼の父母について詳述する。卑弥呼の父母は、天男と天女である。卑弥呼が、天界から脱界したとき、天界に取り残されたまま細々と暮らしている。天神ではなかったが為に、下界へ行くことなど叶わなかったのである。

卑弥呼は、両親を案じていたが、下界に降りてしまっては、どうすることも出来ない。仕方なく職人に命じて、父母によく似た木像をそれぞれ彫らせた。日夜、木像に添え物を欠かさず、伏拝しない日はなかったという。

卑弥呼は、脱界を後悔しなかったが、天界に残した両親には申し訳ないと感じていた。

由からみても卑弥呼の決断は、非情な一面を持つと言わざるを得ない。由が下界に行くのを躊躇うのは、そういう事情から来るものであった。

しかし、由はそれでも夢を捨てなかった。そういうところは、卑弥呼に似て、大器の片鱗を備えていたと言えるだろう。由は、誠に頼もしい天人の逸材であったのである。


第 4 節 卑弥呼

2016-03-07 20:42:22 | 長編小説
そして、登龍門の試験が近づいたある日、由は、秘めた想いを毘沙と福に告げた。

「 父上、母上のおっしゃることは良く解りました。下界のことは諦めます。わたくしは、母上のような美しく賢い天女になりとうございます。それ故、登龍門は是が非でも通り抜けて御覧に入れます。」

由は、キリリと引き締まった顔付きをして宣言してみせた。それは、十五とは思えない大人びた美しさであった。

毘沙と福は、安堵の表情を浮かべたが、表には出さず、由に語りかけた。

毘沙は、「 登龍門は、天か地ぞ。地獄に落ちぬよう万全を尽くすのだぞ。」と噛んで含めるように言い聞かせると、福は「 由、貴女なら天女になる資格は、十二分にあるはずです。もっと自分を信じなさい。」と優しく励ますのだった。

由は、たじろぎもせず父母の忠告を聞いていた。由は、由で期すところがあったのである。

それは、下界で活躍している卑弥呼の存在であった。卑弥呼は、元はと言えば天女である。しかし、天女であった彼女が何故、下界のそれも王女なのか?

界師も分からぬ掟破りは、その当時の由には、想像だにし得ない深い深い謎であったのである。



第 3 節 講

2016-03-07 14:17:00 | 長編小説
天界には、講という寺子屋のような学問所がある。講の先生は、界師と呼ばれていて、講徒は皆、界師になりたいと幼い頃から憧れるのだ。

天界の子息は、七つのときから十五まで講で学ぶのが掟であり、しきたりであった。

先述した、登龍門に合格した天人は、銅講を三年 、銀講を四年、金講を五年、併せて十二年の間に、それぞれ卒業して最後に天神となる。

それぞれ卒業するには、金銀銅の難度に応じた試験に、それぞれ合格しなければならない。皆、数少ない天神になりたいと心身の修養に励むのだ。

しかし、何千年と続いた講の掟も寂れつつあるというのが、由を取り巻く現況であった。


第 2 節 登龍門

2016-03-05 10:51:02 | 長編小説

時は、流れ移る。

由は、何の不自由なく伸び伸びと育った。もう十五になる。

天界の掟は、十五になった天の子は登龍門がある天神山で、人生最大の試験が待っている。言わずと知れた、通り抜ければ天女になるというあの門である。

合格すれば、天の羽衣を身に纏い天界を自由に飛べるようになるのだ。その登龍門が、由の一生を左右する門として立ち塞がった。

由は、迷っていた。このまま天界にいて天界の男と付き合うことになるのかと。安住に溺れ堕落しきっていた天男に失望していた由は、登龍門さえも辞退して下界へ降ろうかと考え始めていたのである。

そんな由に、毘沙はこう言って諭した。
「 由、そなたもこの父と母の子なら、立派な天女になっておくれ。何の為にここまで育てたと思うぞ。」

そして福は、いつものように「 由、下界へ行くことだけは止めなさい。貴女は、天女になるしかないはずです。違いますか?」とキリッとした顔をして口やかましく言うのだった。

由は、心に蟠りを感じながら黙り込むしかなかった。由は、言いようのない辛さを押し殺して一人で思いあぐねる。

この広い天界に、由の理解者は本当に少ないのであった。