『天女の涙』 ~倭国の命運や如何に~

今から1700年も昔の日本に栄えた古代都市、明日香京。謎に包まれた弥生時代をダイナミックに描く。

第 11 節 天の羽衣

2016-04-17 15:11:54 | 長編小説
合格札を手にして身支度を整えていると、「 由!」と駆け寄る女人がいる。それは、母の福であった。

福は、「 由、そなたが刻限に間に合うか。滝壺から出てくるか。母は、生きた心地がしなかったえ。」と涙ながらに由を抱き締めた。

「 母様。わたくし、天女になれるのね。やっと、ようやっとね…。」気丈な由も涙が止まらなかった。

いつの間にか毘沙も駆け寄って、「 由、よくぞでかした。」と感無量の面持ちで泣いている。毘家には、明るい未来が見えるかのような光景であった。

さて、毘家三人は、翌朝の登龍門で行なわれる儀式「 天女の羽衣 」成人式に向けて天神山の頂上目指して歩を進めた。

手負いの由は、毘沙に背負ってもらう。福は、二枚の合格札を懐に縫い付けて万全の態勢で登龍門に臨もうとした。

登龍門までの道のりは想像以上に長い。白々と夜明けを迎えようとしていた天神山は、朝霧に包まれていた。

道中一人のうら若き女人がこちらを向いて、うやうやしく慇懃に一礼した。誰あろう、京その人であった。

「 京 」と由が呼び掛けると、「 あら、叔父様、叔母様、お久しゅう御座います。本日は、誠におめでとう御座いました。」と言って微笑んだ。京は、さすがに物怖じしない。女人とはいえ堂々たるものであった。

さすがの由も京には全く歯が立たなかった。同じ合格でも、京の完勝であった。しかし、京は驕り高ぶる気色は露ほども見せず明るく振る舞った。

京は、幼馴染みの由と登龍門で天の羽衣を纏うのが夢であった。勿論、想いは由も同じである。人生最大の夢は目前に迫り、登龍門には、朝日が輝き始めていた。

程なくして四人は、山頂に着く。登龍門の番所には、沢山の仲間が待っていた。皆、天男・天女の正装である。「 由 」「 京 」と皆、思い思いに握手したり、抱擁を交わしている。皆、笑顔・笑顔で溢れていた。

福は、嬉し涙が止まらない。毘沙の胸で泣いていた。そういう毘沙も男泣きである。天界の成人式が今、行なわれようとしていた。

登龍門番所にて、講卒業式が執り行われた後、天界の成人式が始まった。天の子達は、界師から天の羽衣を授かって身に纏う。一人また一人と登龍門を潜って宙を舞う。京が舞うと由も舞う。そして毘沙と福も宙に舞った。皆、笑顔で迎えた天女の儀式であった。

由、数えて十六歳の卒業記念日のことであった。


第 10 節 天滝

2016-04-16 13:12:22 | 長編小説
由と京は、荷物をまとめると湯治場を後にして天滝へ向かった。程なくして天滝の試験会場に到着する。

幾筋もの滝飛沫が見えることで名高い天滝は迫力があった。会場の受付で試験官からおみくじを引くように促される。二人は、今度も由・京の順番に引く。

由は「 六滝の十六番 」で、京は「 十二滝の十四番 」であった。二人は「 絶対に合格するのよ。」と目で頷き合う。正に、以心伝心であった。

一人になった由は、六滝に続く赤鳥居を何本も何本も潜って歩みを早める。彼女の脳裏に抑え切れない衝動が渦巻いていた。

受付の試験官からの説明によると「 まず滝壺を潜って滝穴の洞窟に入り、十六番の相札を見つけて持ち帰ること。」とのことであった。制限時間は半刻。過ぎれば失格となり、下界へ落とされる。一生を下僕で過ごす運命が待っていた。

由にとっては、天か地かというより生か死であった。相札が何処にあるかなど誰にも解らない。自らの創造力と行動力に全ては掛かっていた。天界で天女になるのは、至難の技と言えた。

試験は、半刻毎に一人また一人と滝壺に飛び込んで進行していく。言うまでもなく、制限時間までに相札を持ち帰る者は、僅かであった。陰陽道の知識を活かすも殺すも己れの胆力一つである。これくらい厳しいのが天界の掟であろう。

程なくして試験官が、「 六の十六番 」と声高に告げる。由の準備は、万端整っていた。今度は、黒ずくめのくノ一の衣装である。正に忍者そのものであった。

由は、六滝の大鳥居を潜ると滝壺に飛び込んだ。滝穴目掛けて泳いで行くと、以外なところに光が反射していた。腕と脚に力を込めて泳ぐと光の方へ突っ込んだ。

すると「 ザバッ 」と洞窟に浮き上がった。彼女の予想よりも、すんなり洞窟まで辿り着いたのだった。しかし、全身ずぶ濡れのため火を起こすのは難しい。最初から解っていたとはいえ時間もなかった。

ここで活かすのは、風水の術であった。洞窟は、この先、北西と東南の二つに分かれている。彼女は、洞窟の光は月光であることを見抜いていた。

そろそろ試験全体も終わりに近い頃、太陽は沈み朧月夜の頃合いであった。さて、月光であることはお解りのこととして、貴方なら進路はどちらを選ばれるだろう。

彼女は、もう一つ「 八陣の図 」を思い浮かべていた。普通、八陣の図では、東南の方角は鬼門に当たる。一番危ない方角に月光が差す刻限なのであった。

しかし、彼女は迷わない。光が月光から来るものならば、今の時期と刻限から東南からの月光に間違いない。彼女は、知識と経験から絶対的な自信を持った。

彼女は、東南の滝穴を進み、月光目指して、上へ上へと登り詰めていった。途中、彼女は、自分の順番のことが頭から離れなかった。「 十六番。十六番…。そうか!いざよいのばん。と読めるな!」と呟いて両手をポンと打った。

更に意を強くした彼女は、頂上目指して滝の音がより大きい方へと向かって行く。そして、頂上らしき所に着くと、三つの風穴から月光が直接差し込んでいた。

彼女は、それぞれ覗き込んでみると、それぞれに特徴がある。
一つ目の窓は、ちょうど月が見える。
「 月の窓 」
二つ目の窓は、民家の団欒の光が集合する。「 光の窓 」
三つ目の窓は、滝の源流を目前にした。
「 水の窓 」

これは、誰が考えてみても難しい。彼女も何れにするのか大いに迷った。色々考えた結果、今日は十六夜なのを重視した。何故なら、自分の番号が十六番だったからだ。相札は沢山あるが、彼女の合格札は一つである。十六夜と十六番。二つに共通するのは、「 いざよいのばん 」であった。

彼女は、「 月の窓 」から見える十六夜を見て小さく頷いた。

「 月の窓 」を覆うつるの茂みを丹念に探すと、つるにからまった木片を発見した。「 さてこそ 」と期待して短刀で切り解くと、木片は、「 六の十六番 」とある。「 よしっ!これこそ本物ぞ‼︎ 」彼女は、喜びを抑え切れずに思わず叫んだ。

同時に元来た道程を引き返す必要があった。今まで迷いなく相札に辿り着いたとはいえ、時間は押していた。半刻は、今でいうと一時間である。ゆっくりしていては、落第するのは目に見えていた。

彼女は、滝穴を小猿のように駆け下る。その姿は、まさしくくノ一そのものであった。その背中を十六夜の月光が後押しする。彼女の命運はまだ尽きることは無いもののようであった。

ところで、試験会場の番所では、刻限の終了間近を知らせる一番太鼓が「 ボーン 」と鳴り響いた。太鼓は三つまでである。彼女は、出来うる限りの速さで走った。すると、二番太鼓が更に大きく「 ボーン 」と鳴り響く。ここで彼女は、潔く腹を決めた。

滝穴の窓から滝壺に飛び込もうというのである。これは、彼女にとって成功するかどうかの問題ではない。どうしたら悔いが残らないかどうかの問題であった。

意を決して、相札を胴巻きに忍ばせる。後は、全てを天に任せるしかなかった。思いきって空を切ると、まっさかさまに暗闇へ落ちていく。

「 ドボーン 」と音がして滝壺深く沈むと暫く何も浮き上がって来なかった。観衆は、どよめいたが松明の火をかざして見守っている。そしてもう駄目かと誰もが思った瞬間、「 バサッ 」と浮き出た女人がいる。

常に期待を裏切らない。誰あろう由その人であった。由は、ゆっくりと岸まで泳ぎきると番所へ向けて一歩一歩と歩き出した。朱色の大鳥居をくぐると試験官が相札を吟味した。

程なく、試験官が「 合格 !」と甲高い声を上げると「 バァーン 」と鐘の音がした。由は、ふらふらになりながら巫女から合格札を受け取った。無事、登龍門の試験に合格したのである。

今宵佇む十六夜の朧月夜は、由を篝火で焦がすよりも明るかった。


第 9 節 秘策

2016-04-14 15:48:02 | 長編小説
由の衣装は巫女姿で、額に白絹を巻き、頭に青銅の冠を抱いていた。腰には、赤帯を締め神官の衣装そのものである。手には、榊の枝を持ち、それには白衣と銅鈴を付けている。両足は、前述した通り裸足のままであった。

由は、聖壇に火を焚き、祈祷の書式に則って、天に榊を厳かに捧げ左右に振る。試験官の界師達は、どうするものか見守っていたが、由は、「 えぃっ!天神主よ!天照大御神様。吾に神の御加護を与え給え。願わくば、一の湯に大雪を敷き詰めるまで降らせ給え。何卒何卒…。」と唱えて祈祷を更に激しくした。白衣を振り銅鈴を打ち鳴らすと、火炎はもくもくと黒煙を上らせ、祈祷は、ようやっと天照大御神様まで届いたかのようであった。

すると、一の湯の一面に次から次へと大雪が降り注ぎ、次第に吹雪となった。始めは、積もっては消えていたのが、見えなくなるほどの激しさになり、これでは、一の湯の泉神も降参止むかたなしと誰の目にも明らさまに感じられた。

その時である。由は、「 今ぞっ‼︎ 」と祭壇を飛び出して、一の湯に細く伸びる氷道の一本道を向こう岸まで裸足で走り出した。

氷道は、凍りついて滑らないかとハラハラさせたが、無事向こう岸まで辿り着いた。彼女は、吾に返って「 有り難き御加護!天神主よ!」と両手で顔を覆った。

由は、荘厳な鳥居をくぐって番所に着くと、試験官から「 合格 !」と白旗が上がり、乾いた低い声が響いた。さすがの彼女も、もうヘトヘトである。ふらふらになりながら、試験官から合格札を受け取った。

彼女は、ざわめく聴衆をかき分けて何とか一歩もう一歩と歩いていたが、ついに倒れそうになった。そのとき「 由‼︎ 」と駆け寄り抱き起こした女人がいた。

それは誰あろう、京。その人であった。由は、大好きな京に抱き締められて、静かに喜びを分かち合った。「 京。ありがとう…。貴女も合格したのね。おめでとう…。嬉しいわ。」

由は、京の様子から、京が合格したことを悟ったのだった。京は、ずいぶん前に
合格して、今か、今かと由の姿を待ちわびていたのである。二人の再会は喜びもひとしおであった。

「 由、良く頑張ったわ。お見事ね。」京は、優しく讃える。「 京。貴女こそ余裕ね。今回は完敗だわ。」と由は、弱々しく言って微笑む。すると、京も精一杯の微笑みで返す。いつもながらの強い信頼関係で結ばれた二人であった。

「 でも、由。天照大御神様に悪天候をお願いするなんて脱帽だわ⁉︎ 」と京が言うと、「 そんなこと言って、京。貴女も同じことを頼まなくて?」と由も受け返す。

図星なのか京は、「 それは、その…。」と戸惑う。単純に比べて、順番が後の京が、由より早く合格しているということは、答えは一つしかない。由は、全てを見透かしていた。

京は、溜息をついて「 由、貴女には隠し事はしない約束ね。実は、熱泉に尻込みして棄権する者が続出したの。下界へ落とされて下僕になるのを選ぶなんて。なんて情けない天人なの‼︎ 」

下界を蔑む者に限って、下界に落とされる。そのことを良く知る由と京は、下界を救いたいという夢がとても難しいことを痛感していた。

由の気持ちが複雑なことを理解しているのは、京ぐらいしかいなかったであろう。由は、自分に似た鋭い感性を持つ京を誰よりも頼りにしていた。


第 8 節 湯治場

2016-03-12 16:45:49 | 長編小説
そうこうしている内に、二人は天神山の麓まで辿り着いた。会場は、受験生でごった返している。辺りを見渡すと、あちこちに湯治場と天滝の雲母が、幾筋もたなびいている。そして、遥か山頂の登龍門が、霧に覆われてやっと確認できるほど遠く彼方に佇んでいるといった具合であった。

「 あれが登龍門ね。」由がつぶやくと京も頷く。幼い頃から繰り返し聴いて育った朱色の門である。そんじょそこらの鳥居とは、訳が違った。

受験生にとっては、一生に一度きりの避けては通れぬ門である。緊張から失敗したり、実力を発揮できないのも無理な絡むことであった。

さて、ほどなくして二人は受付に着く。界師から、おみくじを引くように促されて、由・京の順番に引く。結果は、由が、 「 一の湯・九番 」京が、「 三の湯・十二番 」であった。

界師から、試験についての説明を受けると、二人は「 では、これにて。」とお互いに声をかけ合って目配せした。別れにあたって二人の心は、健闘を誓い合う乙女の友情に違いなかった。

ここで、試験会場と試験について詳述する。「 一の湯 」「 三の湯 」とは、天神山に数ある熱泉のことである。

天女にとっては、湯治場であっても、天界の子たちにとっては、焼け死ぬ程の熱さである。ここを通過するには、祈祷なしではどうすることも出来ないのであった。祈祷により熱泉の泉神の怒りを鎮め、自らも泉神に同化して熱泉を渡りきるのである。

講で界師から教えられて来たとはいえ、必ず失敗する者がいる。一歩間違えて焼け死に、黄泉の国へ行く者。恐れおののく余り棄権して、下界の下僕となる者。憧れの天の羽衣を目前にして、試験に落ちる者が後を絶たず、その数は計り知れない程であった。

由は、仲間の動向を黙って静観していた。女人とはいえ肝は座っている。恐れなど微塵も感じさせなかった。

そうしていると、「 一の九番 」と試験官の声が、響き渡った。

由は、「 出陣じゃ‼︎ 」と武者震いして朱色の鳥居をくぐる。前方を見上げると三段に赤土を盛った祭壇が立ちはだかった。

そして、祭壇に向き合うと裸足になって駆け上がった。由は、聖壇を前にして祭壇から見渡す辺り一面に広がる一の湯の全貌を睨みつけた。



第 7 節 由の親友

2016-03-10 13:25:50 | 長編小説
次の朝、試験当日になった。夜が明けるまで、珍しく大荒れに荒れた天候となり、吹雪が視界を遮った。天界といえど天災は付きものである。

由は、吹雪のおさまった寒空の下、木枯らしの吹く草原の一本道を、天神山に向けて歩いて行く。辺り一面、銀幕の雪化粧であった。

そこへ「 由、おはよう。」と幼馴染みの京が、駆け寄る。講では知らぬ者のない美貌の持ち主である。その美しさは、由が梅の花ならば、京は桜の花に例えられるといった具合であった。

才色兼備の京は、由と双璧というより勝るとも劣らずといった女人である。何かと頼りになる彼女は、由の良き理解者であった。

「 由、祈祷書は忘れなくて。陰陽道の書物もよ。」やはり、京も十五だ。声が、透き通るように美しい。女人の色気と若々しさが、満ち満ちていた。由は、そんな京が大好きである。

「 京、私を心配してくれてすまないわ。でも、私は大丈夫よ。ところで、貴女こそどうなの?」

由も気持ちでは負けていない。張り合うことで二人の心は一つになる。二人は、顔を合わせると笑って駆け出した。走りながら由は、京を追う。朝のいつもの光景がそこにあった。

「 京…。私、今日の試験は貴女に負けるかも。でも、人生は長くて解らないものよ。」

京は、「 えっ⁉︎」と叫んで立ち止まった。髪は乱れても美しい彼女であった。「 由。今日は、試験が何より第一よ!試験に全てをかけるのよ。違わなくって!」京は、頭の回転が早い。由の一言を逃さなかった。

由は、心の内を悟られまいとして受け流す。「 京、ここは貴女の言うとおりね。今日は、何と言っても登龍門。勝ち負けを気にするようじゃダメね。黄泉の国に落ちないように気を引き締めないとね。」

「 それは私もよ。」と京は頷く。京は、自分の説が正しいからといって誇らない。彼女は、優しくて気配りができる性格の女人であった。

京は、かたくなな相手に対して無理強いをしない。キッチリと落としどころを作っておいて、そこへお互いに追い込んでいく。京の素晴らしいところは、相手を落とすと間髪を入れず、自らも落とすことが出来ることであった。

そんなこと簡単だね!と思われたら今すぐ実践してみて下さい。きっと周りの方から、大切にされること請け合いですよ。

さて、話しは、二人が登龍門の試験会場へ向かって駆けていくところまでを描写した。

二人はまるで、お互いの勝負を楽しみにしているかのようだ。講にいた頃は、いつものことであった。どんなことがあっても、すぐに打ち解けて仲良くなる。困難なことになればなるほど協力して助け合う。これらは、二人の優秀な性質の一端と言えた。