細菌戦の系譜!!

2021-12-03 11:02:35 | Weblog

●『三光』     中国帰還者連絡会編

日本鬼子(リーベンクイズ)

核時代39年(1984年)5月初版発行

 

日本鬼子(リーベンクイズ)

懐柔

捕虜を密偵に仕立てようと画策

大井憲太郎

特捜班長 警佐兼地方保安局属官

〈略歴〉

本籍地 長崎県西彼杵郡

出身階級 雑貨小売商

学歴 私立長崎貿易商業学校4年中途退学

職業 市役所事務員

所属部隊名 旧満州興安総省警務庁特務科

被捕年月日場所 1945年11月25日

長春市祝町朝日ビル3階

年齢46歳

 

曲は体を前に乗り出し、両手を広げ、差し出してゆすぶりながら、「この手を見てくれ、どこが柔らかいか。俺は子どもの時から百姓をしていた。東北に渡ってからは土木仕事の日雇い稼ぎをやり、撫遠で魚採りをし、その後、黒河の鉄道工事で働き、伐採は実入りが良いと騙されて去年の秋、綽爾(チョール)の山に来た。来てみれば約束とは全く違い、夜遅くまでくたくたになるまで働かされ、おまけに物の値段がだんだん上がり、絵どころか、飯さえ腹いっぱいに食えない。それでも我慢して働き続けて来た」と言った。

 
 
 
 
 

 

2018年12月に、『留守名簿 関東軍防疫給水部 満州第659部隊』2冊が発売されました!!(不二出版)

 

 

 

    

 

 

    

●日米安保条約・自衛隊を問う!!
自衛隊は、防護のためと言って、旧日本軍の細菌兵器・毒ガス兵器使用の反省・謝罪もないまま新たな生物兵器・化学兵器を作っているのだろうか??憲法9条を持ち、生物兵器・化学兵器禁止条約を批准しているにも関わらず!!


日本の毒ガス


 

 

 

在日米海軍厚木基地(大和、綾瀬市)で米陸軍が化学、生物、放射線、核(CBRN)の対応訓練を予定していることに対し、厚木基地爆音防止期成同盟(爆同)など関連4団体が4日、同基地正門前で抗議集会を開き、訓練の中止を訴えた。

 訓練実施は1月28日に、日米合同委員会で合意。防衛省南関東防衛局が大和、綾瀬市に連絡した内容によると、訓練場所は、同基地を共同使用する海上自衛隊が管理する区域内にある滑走路南端の約2万平方メートル。今月5日から9月30日まで使用することで合意した。

 米側は訓練への参加部隊に関し米本土所属と説明しているが、参加人員や日程については知らせていない。危険物の持ち込みや騒音の発生はないなどの情報提供にとどまっている。

 CBRNへの対応訓練は同基地で過去に例がなく、周辺住民に不安が広がっている。

 今月4日には同基地正門前に爆同など住民団体から約60人が集まり「危険な訓練をやめろ」などと声を上げた。爆同の石郷岡忠男委員長は「昨秋には迎撃ミサイル訓練があった。米空母艦載機部隊の移駐後に空いた施設を使った新たな訓練場になることを危惧している」と強調。基地司令官宛てに、基地の機能強化につながる運用などに抗議する要請書を提出した。

 
*CBRNとはchemical weapon:化学兵器、biological weapon:生物兵器、radiation:放射能物質、nuclear weapon:核兵器を意味する。従来はCBRだけで用いられることが多かったが、近年は核兵器Nを加えてCBRN(日本語ではシーバーンと発音する)として用いることが多くなっている。
 

●情報公開裁判
なぜここまでして、国は衛生学校や化学学校で作っていた機関誌を公開しないのだろうか?

- 731 部隊関連資料の情報公開裁判の傍聴支援をお願いします ー 
 
5 人の証人(防衛省職員)が認められ以下の日程で証人尋問を行います。
 ・12 月 20 日(月)午後 2 時
 ・1 月 14 日(金)午後?時
 ・1 月 24 日(月)午後?時
 
 
 
◎「衛生学校記事」「化学学校記事」その他自衛隊に関する

情報をお持ちの方は下記のアドレスまでご連絡ください。

 

連絡先:exhibition731@yahoo.co.jp

 

日本の国家機密』(現代評論社刊 1972年初版発行)

            藤井治夫著

第4章 機密国家の復活

1、大日本帝国と国家機密

国家機密の生成

 維新動乱のなかから出発した明治国家が、まず着手したのは中央集権制の基礎となる常備軍の建設であった。はやくも1868(明治元年)10月17日、伊藤博文は「東北凱旋ノ兵ヲ改テ朝廷ノ常備軍隊卜為シ・・・・新二我兵制ヲ改革シ、朝廷親シク之フ統御」すべきであると建議している。翌69年6月の版籍奉還の直後には、官制を改正して兵部省が設置された。(藤原彰『軍事史』24ページ)。こうして兵部大輔大村益次郎らによって、天皇の軍隊が創設されていくのであるが、その過程は同時に、国家機密保全体制の整備をともないつつ進行した。

 

 

1957(昭和32)年7月『衛生学校第1号』発刊

 

 

 

 


●『BC兵器』久保綾三著(1969年)

Ⅰ 生物・化学兵器を告発する

2、ベトナムにおける生物・化学兵器使用とその背景

ダクウェイ事件とその背景

 

1968年3月14日ユタ州スカル峡谷のダクウェイで、草を食べていた4300頭のヒツジが死んだ。「VX]と記号で呼ばれる神経ガス320ガロンの液滴を飛行機から空中散布したもので、高度飛行、噴霧タンク、毒ガスの総合テストだったという。このテスト中にミスが起こった。散布目標地点でタンクが空になりきらず、予定よりも高い位置からも毒ガスが撒かれてしまったことだ。スカル峡谷にはヒツジのほか馬、牛、犬などもいたが、ヒツジだけが死んだ。ヒツジだけが死んだのは神経ガスに飛びぬけて弱い動物であったからである。このダクウェイ事件は、米国の各方面に大きなショックを与えた。(『サイエンス』68、12,23日号)

 
 

 

 

 
 

 

 

 

 

 

 

 

 


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