○◎ 「忠誠がわれを縛る」 ・ リチャード3世 ◎○
◇◆ ボズワースでの決戦前夜 ◆◇
ヘンリー3世がサットン・チェイニーのセント・ジェイムズ教会でミサを挙げたあと、村の西にある高台に野営した8月21日のうちに、ヘンリーとスタンリー卿とのあいだで何らかの合意があり、ヘンリーはスタンリー卿から最終的に支持の確約をとりつけたようである。 そのあとヘンリーは、サー・ウィリアム・スタンリーやオックスフォード伯らと合戦時の陣形を練った。 ヘンリー軍の兵力は約5千だった。 経験豊富なオックスフォード伯が前衛と本隊中央の指揮をとり、右翼の指揮をサー・ギルバート・トールバットがとることにした。 そして左翼には、5千のスタンリー軍とそのほかの混成部隊がつくことになった。 すなわち打倒リチャードの総兵力は、1万以上となる見込みだった。 ほぼ国王軍と互角に戦える数である。
スタンリー軍は、リチフィールドをヘンリー軍に明け渡すと、アザーストーンへと移動したとみられている。 しかし、そのあとのスタンリー軍のとった動きは、じつはよくわかっていない。 布陣した位置についても諸説あって、はっきりしていない。 しかし、スタンリー軍はボズワース原野の南東部に位置するステイプルトンの高台に移動したとするか? スタンリー軍はアザーストーン北東のラトクリフ・カリーの村に移動し、そこからボズワース原野の北西部に軍を進めたとするか? このほかに、スタンリー軍は二手に分かれて、兄のスタンリー卿がボズワースの南東部に、弟のサー・ウィリアムが北西部に布陣したと言う説もある。 スタンリー軍の動きについて諸説あるということは、スタンリー軍は最後まで国王軍にもヘンリー軍にも合流せず、隠密裏に単独で行動していた、ということなのだろう。 スタンリー兄弟は、最後の最後まで態度をあいまいにし、切り札をもっとも効果的なときに使おうとしていたに違いない。
スタンリー卿は深慮遠謀の策士で、何ごとにも慎重だった。 彼の性格から判断すれば、相手が動きだす前にうかつに行動することはない。 国王軍とヘンリー軍がいよいよ接近してきたというとき、スタンリー卿が、決戦が予想される場所に両軍より先に軍を進めるとは考えにくい。 より慎重になるはずである。 両軍の動きをじっと見極めてから動いただろう。 そう考えると、スタンリー軍はアザーストーンを出たあとにいったん後方へひいて、国王軍とヘンリー軍がボズワースに向かったあとに動きだしたとみられる。 そうすると、スタンリー軍はボズワースの北西部から決戦場にのぞんだ、とするのが自然である。 スタンリー軍は、右にヘンリー軍を、左にリチャードの国王軍を見て、そのあいだを少し遅れて進み、ボズワース原野の北西部に布陣したにちがいない。
スタンリー軍は、結局、国王軍にもヘンリー軍にも合流しなかった。そして、それほど広くないボズワース原野を中心に、三つの大部隊が陣を張り、それぞれの出方をうかがうことになった。 明日になれば決戦が必至だと、だれもが思っていた。 日が暮れると、夜陰にまぎれて逃亡する者や寝返る者が、どの陣営からも相次いだ。 この夜、ボズワースの原野で熟睡できた者は、ほとんどいなかっただろう。いたとすれば、スタンリー卿ただひとりだったかもしれない。かれだけが、戦いの行方を左右できると確信していたからである。
夏とはいえ、ヘンリーが陣取ったホワイト・ムーアズには、冷たい風が吹き荒れていた。 ヘンリーにとっては、これがはじめての合戦だった。 ランカスター王家の本流が断絶すると、それまでは王権とはまったく縁のなかった傍流のヘンリー・テューダーが、あれよあれよという間に王権主張者に祭り上げられた。 ヘンリーの亡命生活は10年以上におよび、一時は、先のまったく見えない絶望的なこともあった。 それが、明日はいよいよ雌雄を決するときとなった。 ヘンリーは、これが最初で最後の戦いになるだろうという気がしていた。王冠を手にするか、それとも反逆者として戦場の露と消えるか、どちらか一つしかなかった。
この夜は、リチャードも熟睡できなかっただろう。 すべてテューダー王朝時代の邪悪にみちた作り話がもとになっているというが、シェイクスピアの『リチャード3世』では、リチャードは恐ろしい夜を過ごしたことになっている。
彼は、次つぎと出てくる亡霊に悩まされた。 ヘンリー6世とその皇太子エドワード、リチャードの兄クラレンス公。 それにリヴァーズ伯、サー・リチャード・グレイ、サー・トマス・ボーガン、ヘイスティングズ卿、ロンドン塔に消えたふたりの王子、妻だったアン、そしてバッキンガム公。 すべて、かれの野望の犠牲となった者たちだった。
しかし、決戦前夜のリチャードの眠りを妨げたものは、もっと現実的なものだった。 最後まで気がかりだったのは、家臣の裏切りだった。 夜になると、逃亡する者が相次いでいるとの報告が入っていた。 リチャードは、家臣の本心がつかめなくなっていた。 国王になって2年あまりになるが、強大な権力を得たこととは裏腹に、かれはつねに謀反や反乱に悩まされつづけた。 そのなかには、彼の腹心だったバッキンガム公の反乱もあった。 いま、国王軍につき従う諸侯のなかに、最後までリチャードに忠誠をつくす者は、いったいどれだけいるだろうか。
ノーサンバランド伯は国王軍についてきたものの、かれには戦意がまったく感じられなかった。 かれの戦力はあてにできないかもしれない。 それにスタンリー兄弟だ。 再三、伝令を飛ばしても、かれらは最後まで国王軍に合流してこなかった。 息子のストレインジ卿を人質にとっているので、スタンリー卿はおかしな行動はとらないだろう。 しかし、弟のウィリアムの行動だけは読めなかった。 いまのリチャードにとってせめてもの慰めは、今日の昼間は、まだヘンリー軍の陣地にスタンリー兄弟の軍旗が見えなかったことだった。
リチャードがいまもっともあてにできたのは、ノーフォーク公親子とサー・ロバート・ブラッケンベリーだった。 リチャードは思った。 明日の戦いでは、短時間でいっきにヘンリー軍を叩かなければならない。 兵力ではヘンリー軍に勝るものの、戦いが長引けば長引くほど、諸侯の思惑がからんで、何が起こるかわからない。 諸侯があれこれと考えだす前に決着をつけなければ、勝ち目がないかもしれないと。
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