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木曽は山の中、桜も花桃も満開、
その上、三つ葉ツツジも満開でした。
先週ですが。。。
群生地が広がっていました。
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手前が三つ葉ツツジ、遠くに枝垂れ桜が見えます。
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葉っぱが3枚あるのが三つ葉ツツジの特徴。
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広大な群生地のほんの入り口だけ見て、
時間があまりないので次へ。
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木曽は大正時代、福澤桃介(福沢諭吉の娘婿)によって
木曽川に橋がかけられたり(桃介橋)、発電所が作られたりして(名古屋電灯や大同電力、後の関西電力)近代化が進んで行ったそうです。
福澤桃介はこの木曽に別荘を建て、度々足を運びこれらの発電所を作ったそうです。
周りの民家と比べてこの別荘だけ、ハイカラな建物でヨーロッパの匂いがしたそう。
なるほど、今見てもオシャレ!
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その当時使われていた木材を運んだトロッコもおかれていました。
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この福澤桃介と木曽川の水利権を巡って対立し民衆の側に立ったのが島崎藤村の次兄、島崎広助でした。複雑な長い交渉の末に民衆の思いを勝ち取ったのは広助の方でした。
木曽の歴史は川と山の官民対立の歴史なのかなと思いました。
いろんな対立の中で、藤村の かなしみの奥のほほえみ、涙の奥の笑 の言葉が湧き上がってきます。
木曽川沿いを走って興善寺へ。
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木曽川は水量少なく
比較的大きめの石が転がっていました。
白くてキレイ。
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この興禅寺は木曽義仲のお墓もある木曽家の菩提寺。
入館料800円でお庭周りを見学できます。
先ず目に飛び込んで来たのは石庭。
大きさでは日本一だそうです。
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苔むした落ち着いた庭をぐるりと回ります。
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池の手前には大きなゼンマイ。
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何という花? きれいでした。
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これはミツマタの花です↓
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たくさん花をつけていました。
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私にとっては珍しい花が多く楽しい見学でした。
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こんな花も。
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こんな花も。名前のわからない花がたくさんありました。
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これがお寺の本堂。
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隣にある庫裡?蔵?
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どれも立派なものでした。
お寺の隣には御料館という林業遺産の建物がありました。
林業に関する事務所みたいな所ですが、
ヨーロッパ風の所長室、事務室などが当時のまま残されていました。
明治22年、木曽の山を国が強制的に官有林にしてしまって(皇室のものになりました)、これを取り戻そうと島崎広助を中心に山を取り戻す運動が起き、その結果、取り返せはしなかったけど長年山の持ち主の皇室から年一万円の下賜金が出るようになったそうです。
いつの時代も国は時に横暴になるものです。
林業が主な産業であつた木曽、歴史を紐解けばいろいろあるのですね。
御料館
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駆け足でみた木曽でしたが、
山や川と人との深い歴史に
考えさせられる旅でした。
つづく