順風ESSAYS

日々の生活で感じたことを綴っていきます

「順風ESSAYS」にようこそ

法学部の学生時代から、日記・エッセイ・小説等を書いているブログです。
長文記事は「順風Essays Sequel」に移行し、こちらは短文の投稿をします。
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過去記事からのおすすめ
エッセイ→ぼくはタイガー鶏口症候群成功のための競争背水の陣//小説→切符がくれたもの鉛筆削り未来ニュース//鑑賞録・感想→報道写真について美術鑑賞2009No_Logic天使たちのシーン//その他創作モノ→回文まとめ雪が降る
 

masami

2005年09月30日 | 日記
今日自分のPCのマイドキュメント内のファイルを見ていたのだが、「masami」という名前の画像ファイルが不自然なフォルダ(学習記録)に置いてあった。長澤まさみ?画像保存とかしたっけ?と思いながらその画像ファイルを開くと、そこには伊藤正巳(いとうまさみ/英米法学者・元最高裁裁判官)著作の本の表紙が写っていた。

…。
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臥薪嘗胆

2005年09月30日 | essay
司法試験の勉強には目的意識やモチベーションの維持が大事なもの。それに関連して、過去自分用に書いていたものから転用。ちょっと生意気ですみません。

臥薪嘗胆、この故事から私が得ることは2つあった。ひとつは、彼らも日常生活の中で臥薪・嘗胆という儀式がなければ目的を忘れそうだったのであり、目的を忘れないためには1日ちょっとだけ儀式めいたものを入れるのが効果的だということ。これを応用して目的を思い出させるちょっとした儀式を生活に取り入れるのはモチベーション維持にいいと思う。私はやらないけど。

もうひとつは、悲しいかな屈辱感というものが最も強い動機付けになるということだ。「海賊王になってやる」ふぅん、誰も望んでねぇよ。対して屈辱感から出発する目的意識は明確な上、周囲から影響を受けづらい。フランス革命期、ローラン夫人を熱烈な民主主義者にしたきっかけは貴族の館に行ったときに召使の部屋に通されたことであった、と読んだことがある。屈辱感なんて望んで抱くものではないが、これを応用してこの系統の動機付けを得るのは結果的にはいいと思う。例えば親との摩擦だったり合格者に議論ふっかけてコテンパンに負けたり。私はやらないけど。
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もうすぐ100件

2005年09月27日 | 未分類
記事が100件に近づいてきた。始めて2ヶ月超であるから1日1記事を超えるペース。私はちょうど2年前くらいからホームページを作ってちまちまとインターネット生活をしていたのだが、これまでインターネットを通して知り合った人がいない。たいてい大学や高校での知り合いとの交流をするだけであった。このブログでは内輪しかわからない話は書いておらず、毎日アクセスIP数が40くらい、多い日は50くらいあるのだが、毎日みてくれている方がどれほどいるのかはわからない。もっと高機能なアクセス解析が欲しいけれど、gooは外部ツール使えないし有料のコースに申し込まないといけないのでぐっと抑える。
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雑感を3つ

2005年09月26日 | 時事
選挙後になっても政治が大変注目されていますね。
以下ひとつのテーマにまとめきれなかった雑感を3つ。

私の家は朝日新聞と日本経済新聞のふたつを購読している。最近比較して面白かったのは、衆議院議員総選挙当日の朝刊の見出し文句において、日経は「郵政、政権選択、年金…」と争点を並べていたのに対し、朝日は「政権選択」ひとつしか書いていなかったことであった。その日のテレビ朝日のニュースは「政権選択選挙で…」としっかり略称をひとつに決めていて、なんだかあからさまなものを感じたことがあった。メディアは権力の恣意を監視する側面があるが、ネットはメディアの恣意を監視する側面があるのかも。

今日朝刊の天声人語を読んで、ネット上でお祭りが起きるのではないかと直感したが、みたところそれほどでもなかった。内容は、小選挙区で自公両党の総得票数合計がその他合計よりも少ないというものだ。民主的政治過程では民意の反映と民意の統合というふたつの作業をすることになるが、小選挙区制というのは各選挙区でひとつに統合してそれを集めることである。すなわち「国民の側である程度意見をまとめておきましたよ」という感じで、多数者を過大代表し死票を生む仕組みである。完全比例は民意の反映に全面的に奉仕するものであるが、最終的にどの政策に決定されるかは連立の組み方など議員任せになり不透明になる。

団塊の世代は小泉さんの強権的手法に反感をもつ傾向があるようだ。学生時代から身近な権力と闘ってきていることにもよるだろう。対して私たちの世代は、小学校中学校と議題の性質に関係なく闇雲に「民主的な」学級会を重ね、うだうだと議論した挙句結局誰もが望まない結論が出たりとストレスを募らせてきた感があり、改革を急ぐべきときに手法云々で足を止めておくことはできない、と思っているのではないか。
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スワローズ

2005年09月25日 | 時事
ヤクルトスワローズが4位転落。
最近ケガ人も続出。
サッカーで応援しているFC東京も崖っぷち。
ここも最近ケガ人が続出。
私は疫病神か?

スワローズは幼い頃から応援している球団です。
ズバリ「ユニフォームが青!」という子供っぽい理由で
応援し始めました。

当時は知将野村監督。
戦力的に劣っていてもジャイアンツを痛快に破っていきます。
印象に残る試合はいつかの開幕戦
小早川が3打席連続ホームランで巨人を破った試合。
その年はヤクルトが優勝、開幕戦がシーズンを象徴する試合でした。
あとは最近だけど近鉄との日本シリーズ、記録的な強さをみせました。
初戦の石井一久のナイスピッチングで勝負が決まりました。
あのときの強さは強力打線、と石井一久によるもの。
今は両方ありませんね、若返りの時期でしょうか。
同じプロセスを踏んでいる横浜に抜かれるのは悔しい。

来年は古田監督。
やはり古田さんといえども結果を残せなかったら苦しいでしょう。
期待されているだけに大変そうです。

そういえばスワローズの選手ブログが登場しました。
お気に入りの川島亮投手のブログもあります。
彼は技量もさることながら勝負度胸がいいです。あまり表情を変えません。
ケガのため今シーズンは諦めて来年に向けて万全の準備をしているようです。

スワローズファンの有名人では山川恵里佳さんがいますね。
あっけらかんとして明るいタレントさんです。
最近アンガールズとの交際がニュースになりました。

そういえば最近テレビでよくみる安めぐみさん。
ほんわかした雰囲気が特徴的です。
今日発見したのですが、出身が同郷でした。
大国魂神社に行ったりフォーリスで買い物したりしてたのかな。

ちょっと趣向を変えてつれづれと書いてみました。
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価値創造

2005年09月24日 | 時事
私が住んでいる地域はいわゆるベッドタウンで、最近はマンション開発ブームで新しいマンションがニョキニョキと建設されている。そのためモデルルームや現地までの道案内をするために看板掲げてパイプ椅子に拷問の如く座らされている人がいる。モデルルーム見学に行列ができることもないわけで、せいぜい1日10組ほどの来訪、しかも駅から歩いてくる人も限られるわけで、見るからに退屈そうだ。

そういう彼らの有り余るエネルギーを生かして、案内の仕事を没却することなく、むしろハウジング会社に何らかの利益を生み出す何かしらの経済活動ができないものか。思い巡らすもあまりいいものが浮かばない。その地域の指名手配容疑者捜索に協力、とかどうかな。
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テニスの王子様

2005年09月24日 | 紹介
今日古本チェーンに行ったのだが、そこでこんな本をみつけた。立ち読み。

松岡修造著『テニスの王子様勝利学』集英社インターナショナル、2003年

テニスの王子様といえば、少女漫画の如く隙のない美男子たちが並び、物理学を超越したワザが繰り出されたり、審判が瞬間移動したり、指が6本に増えたりというマンガで、どちらかといえば中学生、女の子向けの作品である(私はキャラクターの顔が斜めを向く場面で奥にある片目を省略する画が嫌いである)。しかしこんなマンガも松岡修造氏にかかれば実に真面目な本ができあがる。リョーマが英語を披露する場面をとりあげ「これからはテニスをやっていくにも英語が大切」ともっともな教訓が出てくる。「あのワザも絵空事ではない」と実際可能なワザの解説もある。マンガの絵も登場するので、テニプリをきっかけにテニスに興味をもった方にはいい本ではないでしょうか。

ちなみに、このブログはアフェリエイトはしていません(できません)。
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アンチスパイダー・マン

2005年09月23日 | 日記
私が住んでいる家はマンションの4階で地面から離れているので、家に昆虫類が侵入したり居ついたりすることがほとんどない。しかしベランダに鉢植えが多く置いてあり、小さいアリなどがいて、時たま部屋に入ってくることもある。最近鉢植えを整理して土を棄てたりしたのだが、このころから家にクモが出るようになった。住処を追われて家に入ってきたものと思われる。

といってもそのクモはさほど大きいものではない。足が長くないタイプで、全身は黒く、白いスジが入っている。ジャンプするように素早く動くので捕まえづらいことこの上ない。

これまで3回対峙しいずれも勝利を収めてきた。しかし今日、PCを操作していてふと右腕をみたらクモがいるではないか。しかも小さいよ子供だよどっかで繁殖してるのかよ、と愕然とする。急いで振り払ってティッシュ片手に追い回したが止めをさせず、逃げられた。やはりチラシを丸めて一気に叩き潰すのがよかった。ティッシュだとクッションになって、捕まえたと思って手を離したときに糸を出してぶらーんとぶらさがって逃げていった。

クモのような不快害虫を追い回すに際して、生命の尊重という道徳律に照らせばクモに対しての対処は必要最小限度であるべきで、LRAを考えるに捕まえて外に放り出す努力をすべきではないかと思うときがある。しかしクモはそんな配慮も理解できず逃げていくため、領域侵害だのこんな風に思考を混雑させた報いだのといって叩いている。やはり居ついてもらっちゃ困るし、しょうがないか。
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ミミック、アカデミック

2005年09月22日 | 日記
カールシュミットに関する教養学部の院生向けの催しを「見学」してきた。いちおうノート5ページくらいメモをとったのだが、内容全てに得心するのは程遠い。教養学部ということで法学研究者の立場の人からコメントをもらおうという趣旨であったため高度な法学知識は前提とされていなかったが、学部の名前どおりまさに前提とする「教養」に凄まじいものがあった。ブログの公開性からしてあまり踏み込んで書けないが、話された内容は次のような感じ。

ルネキャピタンとシュミットのホッブズ論
シュミットという人物がもつ様々な側面
デリダ「友愛のポリティクス」におけるシュミットについての言及から
オーリウからシュミットの思想の特徴をみる
シュミットをみる上での「かたち・名」「時間」という視点の必要性
その他、シュミットの芸術嗜好、言葉の翻訳など

雰囲気を感じることが目的であったのでこの点については収穫が多かった。内容についてはイメージくらいはつかめた?これを手がかり(読む上での先入観)として紹介された著作に挑戦していくこと、これが私が今回の経験を消化する方法としては最善であるのでしょう。
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今と昔

2005年09月20日 | 日記
今日はサークルのお仕事で昔の資料を漁っていた。

サークルの初期の頃(1948年頃から)の冊子を読むと、原稿も丁寧に手書きでまとめられていて、教授の寄稿も多く、学生作の文芸作品(詩とか小説とか)まで掲載されている。言うなれば自己表現の機会が非常に限られていて、大学でのコミュニティは今と比べてかなり広範な部分をカバーしていたということだろう。今では学生はみんなブログに毎日の出来事を書き、教授も寄稿する雑誌や新聞が飛躍的に増加しているので、冊子に書く内容も冊子を読む時間も少なくなっている。ここ10年作成が見送られてきているというのもうなずける流れであると思う。今回は60周年ということでB5で120ページは集まったみたいだ。
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一夫多妻

2005年09月20日 | 時事
今日の朝刊でインドネシアの一夫多妻事情について取り上げる記事があった。一夫多妻は女性の権利侵害だという捉えかたが一般でありもっともなところであるが、動物界では一夫多妻が多くむしろメス有利な仕組みであると読んだことがある。というのも、種全体からみても優秀な遺伝子をもつのに交尾相手が一人に限られることはマイナスであるし、メスがわざわざ冴えないオスに妥協する必要がないからである。多くの動物ではオスがメスの気を引くために着飾り、メスは待っているだけでよい。

人間でこれが覆されているのは(といってもイスラム圏では残っているし日本でもつい最近のことだ)、やはり社会生活を営むことによるだろう。子育てのコストが非常に大きく男がきっちり生活を支えなくてはならないこと、子孫を残すことが人生の意義の中で相対的に低下していること、個人の尊厳や平等に焦点をあてると1対1が望ましいことが挙げられる。近代家族の形成過程については全く調べていないので推測にしかならないけれども。

女性が着飾るようになったのは男性の気を引くためというよりは女性同士で競争するためという要素が強いように思うが、一夫一婦制のおかげで男性は一生のうち一人だけ人生のパートナーを選ぶだけで済むことになり女性を始終追い回す必要はなくなってきた。男性がむやみに筋トレに励んだり(特にヤンチャな人が)大き目の服を着たりするのは身体を大きくみせたいと自然に思うからというが、あまりにマッチョすぎて精力ギンギンだと逆に浮気リスクが大きいと見られて敬遠されがちという。動物的本能のままではなかなかうまくいかないものですね。
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抑えきれず

2005年09月20日 | 紹介
少しずつFF9を進めているのだが、いろいろ書きたくなってしまった。今はイプセンの古城というところにいる。レベルはジタン・ガーネット51、ビビ46、エーコ41、その他30台といったところ。差がありすぎて困ってしまう。エーコの魔石力が悲しいくらい少ない。ジタンはトランスしないかぎりイマイチ。サラマンダーはオールマイティ。でも性格上「なげる」はもったいなくて使っていない。

実のところ、これまでのRPGの中でいちばん満足しているゲームである。反則的裏ワザがない、敵が強い、戦闘がノロノロしている、アイテムやカードを完璧にこなすのが無理、装備にかかる金が半端じゃない、無駄なトランスが多すぎる、チョコボのミニゲームが大掛かりすぎてストーリーが止まる、終盤はFFらしくガイアとかテラとかわけわからんよ、とマイナス点も少しあるが、キャラクターの魅力が強い。特にガーネットはゲームの作品中で一人のキャラクターがここまで成長するか、と驚くほどだ。短髪にした後のメニュー画面での表情がキリっとしていて気に入ってしまった。フライヤのエピソードは容量の関係でカットされた模様。

ガーネットの名前、途中で短剣をみて「ダガー」と名乗ることになるのだが、ええ?ダサいよそんな名前、と思ってオリジナルで名づけた。ストーリー的に武器に使う言葉で女性っぽいものということで「スレイヤー」とした。語感的になかなか成功だと思う。あとで辞書を引くと「slayer:殺人者(=killer)」とあった。・・・。まぁ武器に使うにはぴったりだが、この王女様に殺人者とは、かなり意味深な名前になったというものだ。
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封神演義

2005年09月19日 | 紹介
紹介記事がここ10件以上ないので思い出を漁って書いてみる。

「封神演義」中学2・3年の頃、マンガ・文庫・ゲームといった色々な媒体で楽しんだ物語。マイブームだったものだ。マンガについては全巻集めるほど根気がないので9巻でストップ。原作の文庫は上中下3冊を一気に読んだ。2学期の英語の課題でこの物語について発表した。当時のノートは棄ててしまったがページ数を書き入れる部分に1ページずつキャラクターの名前が書き込まれていたはず。

数え切れないくらいキャラクターが登場しては死んでいく話であるが(文庫版では登場した6ページ後には魂が飛んでいる、なんてこともしばしば)、お気に入りのキャラクターは楊ゼンと竜吉公主だった。文庫版と光栄のゲームではこの2人は深い関係になるのだがマンガ版はそういう話はなかったはず。太公望と聞中はマンガ版でやたらに強くなっていた。原作では人間は所詮人間で仙人との力の差は歴然としたものがあった。

文庫版の序文で西遊記などと同じような中国の昔話なのに日本まで伝わっていない理由として儒教と対立するところがあって儒教の人によって悪評が立てられたためというのがあって興味深い思いをした。
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図書館へ行く

2005年09月19日 | 日記
行政法の本を返し忘れていて電話がかかってきたので、急いで返しに行った。地元の図書館は中高時代からお世話になっていて、まぁ自分に勉強の習慣があるとすれば、定期的に行っては学校で習ったテーマの本を手にとることが役に立っているのだろう。熟読・精読するのは稀であるが考える材料にはなってるのかもしれない。

時期によって図書館のどのコーナーに入り浸っていたかが変わってきている。中学高校のときは、古文・外国文学などのところ、あとは塩野七生のところ。最近は社会科学全般のところに行くようになっている。小説は長らく読んでいない。

来学期履修予定の科目の教科書でも借りようと思って書棚を眺めたが、いつもと違い法律の基本書類が出払っていたので驚いた。新学期だからであろうか。最近は法改正が激しいので最新のものでないと役に立たないなど、学生にとっては金銭負担も大きい時期だ。しょうがないので目に付いた本を借りる。

キャス・サンスティーン著『インターネットは民主主義の敵か』毎日新聞社

ゼミの発表のとき対照報告者から紹介された本であったが今になって見つけた。原題の『Republic.com』というのがお洒落。少しずつ読み進めているが言論の自由と民主主義のかかわり、マスメディアなど色々と示唆に富む内容が含まれているようで楽しみである。

今回は書評の記事ではないので検索で来た方、すみません。
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電車の中吊り

2005年09月13日 | 回文
ananのほうがヘタな男性誌より猥褻だと思うのは私だけ?
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