渡辺淳一さんが語る 男は女々しいもの
◇「黙って耐える」はもう古い--未練がましくひ弱な生き物、暴露するのも本来の姿
今年、ちょっと目立ったのは「刺す男」たち。つまり、女性との不倫を週刊誌にぶちまける男のことだ。「はい、関係ありました」。てらいもなくペロッと認める男性を「男らしくない」と批判する人もいた。やはり男は黙るべきなのか。今年、エッセー集「鈍感力」が流行語大賞のトップ10入りを果たした作家、渡辺淳一さん(74)はそこのところ、どう見ているのか。【藤原章生】
週刊誌を読まなくても耳に入ってきたのが、今年の参院選で当選した女性議員の話。元高校教諭が彼女との不倫をつぶさに語り、テレビで大きく取り上げられた。次いで、有名な元関取夫人がやはり不倫を若い俳優に暴露され、これは職場でも話題となった。「昔の男はそんなこと言わなかった」「男は関係できただけで『ごちそうさま』じゃないの。それ以上、何を求める?」。つまり、粋じゃないということだ。
東京・渋谷の高台にあるマンションを訪ねると、渡辺さんは「なかなか面白い現象」と見ていた。
「男性の女性化の一つで、それを男らしくない、なんていうのは少し古いんじゃないかな。しゃべりたい男は勝手にしゃべればいい。男女同権も来るところまで来たという感じだね」
元来、男は下ネタ好きで吹聴したがる。ただ、公表は恥という思いがどこかにあった。今年、そのタガが外れたのかもしれない。
「政治家のスキャンダルなんかも、今までは女が暴いて、男だけが痛い目に遭ってきた。でもこれからは、女性も、ばらす男がいるんだと知って、気をつけないと。男女問題から離婚の真相まで、男は黙っていろ、というのは一方的すぎるね」
最新の小説「あじさい日記」では、日記を盗み読む40代の夫が、妻の不倫を知り、あたふたとする。毅然(きぜん)とした妻とは裏腹に、追い込まれる夫はずいぶん弱々しい。
「女より男の方が精神的に揺れやすい、ひ弱な生き物で、いざとなると腰が引ける。雄々しさと言うけど、男は芯が弱いから、神様は外見だけ強く造ったんじゃないかな。逆に女は芯が強いから、外見を優しくした。お母さんが男の子に『男らしくしなさい』と言うのは、放っておくと女になるからで、逆に女の子は、放っとくと男になるから『女らしく』と言われる。痛みや出血に対しても女性の方がはるかに強い。さらに男は持続する単調な仕事が苦手で、生命力も弱いから、現在寿命差が7年もある」
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「女々しい(男らしくない)」という言葉も使い方を考え直した方がいいかもしれない。女々しくて何が悪い? 女々しいからこそ男なんだ、と。
「総じて、男は未練がましい生きものでね。前の妻とよりを戻そうと、立てこもる元暴力団員もいたでしょう。とにかく男は元の妻への回帰率が高いけど、女性は一度嫌となったら、絶対に戻らない」
それでも、着てはもらえないセーターを編み続ける女や、昔の男が探してくれるのを、バーの片隅でひたすら待つ女など、演歌の女たちは、何ともその……。
「作詞家が男だから、あんな女々しい歌詞ができたんでね。だから女性は演歌が嫌いでしょ。それに対して、阿木燿子さんなんか、一人の男に抱かれながら違う男の夢をみるといった、女の二面性を堂々とうたっている」
男は情けない、と思いつつも、考えてみたら「情けない」と思うことからして先入観にとらわれているのだ。
「過去の武士道が男ぶるのを強制し、おかげで女も男もひどい目に遭ってきた。いまそうしたしがらみが薄まり、本来の形に戻ってきている。だから、未練たらしく、かつてつき合っていた女性議員のことを男が言うのも、自然の姿でね。男も女も素直に自分を表現できる時代になればいいんです」
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結婚しない男が増えているが、渡辺さんはこれも自然の帰結とみている。
「女性には出産能力があり、それを生かせるのが結婚だが、かつて男が結婚したのは、まず性的欲望を満たすためだった。でもそれだけなら風俗があるし、性的な快感だけなら、自慰などで得ることができるから。それに、結婚すると独身貴族から一気に貧しくなり、一人の女性にしばられ、ローンなど多くの負担を背負わされる。もちろん妻に優しく接して家事も手伝い、時にはセックスもしなくてはならない。しかし問題なのは、男にとって家庭は性的欲望をかきたてる場ではないことだね」
ため息が出てくる。つまり、何も利点がないということか。「しかも、子供一人を大学まで出して結婚させるまで、4000万円もかかるらしいからね」
子供3人で1億2000万円。男はバカなのか、それでも後先考えず、つい結婚してしまう。
「昔は結婚は社会的規約だった。男30歳で未婚の男は信頼されなかったし、独身の女性も厳しく批判された。でも今、東京のような大都市にはそれがない。世間の白い目がなければ、人間は意外に結婚しない生き物なのかもしれないね」
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老後が寂しいと、脅迫めいたことを言う人もいるが、渡辺さんは「考えようによっては、子供がいる人の方が孤独は深い」と言う。
「子供が近くにいてくれない。地方の人に聞いたら、みんな東京にいる。さらには外国にいる子も多い。昔のように大家族で祖父母が大事にされる環境は、とうになくなっている。それどころか、弱った両親を施設に入れ、息子の嫁も『お義母(かあ)さん、うるさいから入れちゃったら』と、ほっとしている。見捨てられる孤独は、はじめから子供がいない人より深いかも。介護士によると、子供たちは『お願いします』とだけいって、行ってしまう。そのくせ親が死ぬと一斉に来て、枕探しをする、と」
残るは、長年の連れ合いがいるという事くらいか。
「僕の周りにも30代の独身男性がたくさんいるけど、結婚すると自分の可能性が奪われる気がすると。子供ができると、もう冒険はできない。起業家になろうなんて考えなくなる。青年期が終わった感じがするんだろうね」
青年期と言えば、最近は40代で「もう枯れたよ」と言う男も少なくない。だが、性的な欲望は、40代から70代まで「ほとんど変わらない」と渡辺さん。「枯れたなんて言うのは、本当は枯れないから、先にそういう思想になじみ、自ら落ち着かせようとしているだけだよ」
死ぬまで枯れない。こればかりは、昔も今も大きく変わらないということか。
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■人物略歴
◇わたなべ・じゅんいち
1933年、北海道生まれ。札幌医科大卒(整形外科)の医学博士。同大講師のかたわら執筆を始め、70年に「光と影」で直木賞。80年に吉川英治文学賞、03年には菊池寛賞を受賞。「失楽園」「愛の流刑地」などミリオンセラーを相次いで刊行。