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つたない指先

思ったこと、思い出したこと。
感じたこと。
思いつくままに……    by ayaha

女ですもの

2009-08-27 11:51:34 | 小説・エッセイ
内田春菊さんとよしもとばななさんの対談です。
お手軽文庫版。



女ですもの (ポプラ文庫)
内田 春菊,よしもと ばなな


よしもとばななさんは、初期の作品を高校(中学だったかな?)の
図書館で読んだきりであんまり。
内田春菊さんは、高校を卒業して
一人暮らしをはじめた地の本屋さんにたくさん単行本があって
きっかけは忘れたけど、この人の漫画はエロくておもしろい!! とショックを受け
お給料から何冊も買い求めた記憶があります。
もしかしたら、あれが初めての大人買いってヤツかも。
「私たちは繁殖している」がなかったら、
私は子育てできなかっただろうなとも思うし、
この人の影響は私には半端ない。
私小説的な作品はあまり好きでなくて読んでなかったりするけど。


そんな春菊さんの対談集。
夫の実家とのやりとりは、もういいかげん食傷気味とおもってたのだけど
だけど、あらたな発見というか再確認があった。

私もうすうす思ってたのだけど
一人の人間の思考や価値観って
それを育てた背景があって
その背景が強固なほど、それ以外を認めるのは簡単な事ではない。
その背景を否定するのは
たとえ、一般的にみて当然の事だとしても
否定される側からみても
「確かにそのとおりなんだけど」と思うようなことでも
強烈な刷り込みがあるから
それをひっくり返すのは半端なことじゃない。

今までそのようにやってきて、なんも問題がなかった歴史や実績(家制度)が
異物(この場合春菊さん)を苦しめるのだろうなぁ。
春菊さんからみたら、とんでもない婚家だったわけだけど
お義父さんもそういう生き方を今までどおりにやってただけで
別に根っからの悪人というわけじゃないのだ。
ただ相性がわるかっただけで(本文にもあるけど)。

人は変わる事はできるけど、それは一朝一夕にはできないよなぁ。

嫁はもらうモノで
もらったら好きにしていいモノで
家畜とか財産とかと同列で
そんな価値観が、
男女平等とかいう建前の世界で育った私たちを苦しめるんだ。

違う価値観とぶつかるのは大変な事です、まったく。

ちなみに、私のお義母さん(旦那の母)が口癖のように言ってたコトワザ(?)。
「男(息子)三人で蔵が建ち、女(娘)三人で家がつぶれる」
「男が泣くのは人生に三度」
しんどいな~。
まぁ、お義母さん自体は、男2人、女6人の大家族だったみたいだけど。
そういう時代やね。
まぁ、お義母さん自体も悪い人じゃないけど、頑固で人の言う事聞かないタイプだったりするし。
そういう血筋やね。

嫁ってのは、大変だな~と思う次第。
ぶつかるよりも、飲み込まれていく方が楽ではあるのだろう。

一緒にいたいからという理由だけで結婚した身としては
家制度というのは、ほんとにとんでもねー。
でも、それが現時点での結婚というものなんだよなぁ。
みんな結婚しないわけだ。
時代が変わっても簡単に変われないモノもあるから。

そして、この本は
周囲からみたら、明らかにおかしい状況でも
当事者が「自分の我慢がたりない」などと思ってしまうと
「それ、おかしいよ!!」
と、はっきり何度も言ってくれる人が周りにいない限り
そして、本人が「おかしいよね」って納得できない限り
そこから抜け出す事はできない。
それを私に再確認させてくれました。

ここまでは、私の気持ちを織り交ぜた感想。

以下は、本文中よりなるほど~とか思ったりしたところ。

・全然「お母さんっぽくない、見えない」といわれた人の答え。
「それは、私が母親とか家族のあり方に疑問をもっているから」

~「私はこれでいく」「私はお母さんなの。これで迷わないの」と思ったとたんにその人の図式にはいっていくそうです。~

・内田春菊さんは漫画家の赤星たみこさんのアシスタントをほんのちょっとしたことあるそうなんですが
赤星さんが地元の同窓会に行ったときのエピソード。
~帰り際、同窓生の男がわざわざ「忠告」と追っかけてきて
「おまえさー、東京で漫画家もいいけどさ、男より稼いで天狗になるような女にはなるなよな」と。~
……赤星さんが宮崎出身ってところが泣ける。

まぁ、他にもいろいろおもしろくて
手軽なわりにお得感のある1冊でした。








エンブリオ

2009-06-12 12:49:07 | 小説・エッセイ
エンブリオ
帚木 蓬生

「インターセックス」の後に読んだんだけど

「エンブリオ」は、この前読んだ「インターセックス」(感想はコチラ)のちょっと前のお話で
主人公がサンビーチ病院の院長先生です。
この院長先生が、「エンブリオ」中でいろいろ闇の中でやらかしたのを
「インターセックス」のサンビーチ病院の女医である主人公が明るみに出すってのが「インターセックス」のおおまかな内容。
だから、どういうことが起きるのかは読み進める前にだいたいわかってたけど。
それでも、いろいろ考える内容ではありました。

エンブリオ
ってのは、人間の胎児の前段階の呼び名だそうで。
何週目までだったかな? ごく初期。
勾玉状のそのエンブリオは、中絶手術で取り出されたあとに
臓器を取り出して培養したり、人工子宮で大きくできたり。
その辺は、どこまで技術面で現実的にできるのかな?
と思ったけど。
倫理さえとわなければ、できることは案外多いのじゃないかな。

人を殺したらなんでいけないの?

って、理由なんかなくて「いけないからいけない」。
でも、実際に戦争で人を殺したり、罪を裁くために殺したりもする。
それといっしょで、

中絶した胎児の内臓を使ったらなんでいけないの?

なんで?

技術さえ可能なら、人身売買とかよりも罪深くないのではないのかな~と思った。
中絶された胎児を「燃えるゴミ」として適当に遺棄するよりいいんじゃないか?
人工授精とか非配偶者間なんたらとか
不妊治療に励む人がいる傍らで中絶される胎児。
日本では法律的に、胎児ってのは、生まれてくるまでは人間じゃない。
ペットが車に轢かれたりで死んじゃっても「器物損壊」にしかならないように
妊婦が、交通事故で流産しても「死亡事故」にはならないのです。(確か、ね)
だから、何をしてもいい
とはもちろんいえないけど。
人工子宮の中で育つ胎児を「飼育」といってたのはショックだったけど。


何をしていいか、いけないかは、その人、その社会の判断でしかないのだなぁ。
技術は暴走する。
だけど、技術の恩恵を受けてるのならその暴走も受け止めなきゃいけないんだ、多分。

主人公に共感はし難いし、人に軽くオススメできるような内容の本ではないけれど
私ならどうする?
って、思うような場面が多々出てきて考えさせられる本ではありました。

どうしても産めないときに中絶するのは、しかたないとは思うけど
いのちの芽生えがすべてあたたかく迎えられるような
そんな世の中になってほしいと私は思います。
たとえ、経済的に困難だとしてもそれを支える事ができなくて
なんの社会、だとも。


インターセックス

2009-05-20 17:27:59 | 小説・エッセイ
前から、読んでみたいなと思いつつ本屋で手にとっては
「ウ~ン、高い」と戻してた本。
図書館にあったから読んでみた。
図書館、ブラボー!!
ついでにBLもおいてくれ。(←コラ)

インターセックス
帚木 蓬生


医療モノは、わりと好きジャンルだったり。
渡辺淳一とか白い巨塔とか
実際の病院とか病人は苦手なんだが。
闘病記とかはまた違うと思うけど読んだ事なし。
いや、柳美里は読んだか。

生命ってなんだろうな。

そんな素朴な疑問なのか、知らないけれど。

インターセックスは、漫画など読んでるけども
中性というか、はっきりしない性。
身体がそうなってる。
身体と心が反する 性同一性障害とは違う。

この本に詳しくあるけど、本来はXYなのに男性ホルモンの受容体が機能しないなどで見た目女性。
またはその逆。
遺伝子の形がXXとかXYでなかったり。
生殖能力があったりなかったり。
性器がなごりのような状態でしか残っていなかったり。
本当にそれぞれ。
前も思ったけど、そういう状況を簡単にひとくくりにしていいものなのかな?
ないものとして、生まれたばかりの子に整形手術を施してしまうのはそれは善?
医療を行う側は、それが「善」だと疑いもせず
保護すべき立場の者は、それが「無難」だと疑いもせず。
目に余るところを切り取ったり、身体にむりやり穴を開けたりする。
その事で幸せになれるならいいけれど、他者との違いをうやむやにされて
そのまま受け入れてもらえない子供はどうしたらいいんだろう?

そんな風に思いました。

そんな医療に風穴をあけるのが主人公女医である秋野翔子。
無理な手術はしないでいい、と患者(本文でもあるけど身体を切り刻まれている以外は病気なしの健康体)を守り
院長に対しても自分の意思を通す。
「男」とか「女」とか
それ以前にひとりの「人間」としてうけいれるべきだ、と。

なかなか難しい。

違いがない方が、たしかに社会生活すごしやすいのだけど
はみ出してない方が、人生すごしやすいのだろうけど
果たしてそれが「幸せ」なのか?
そんな答えは誰ももっていないのです。

子供の臓器移植などもチラリとでてくるけども、
倫理とか先走る技術とか本当に難しい問題。
自分の生命の為に、他の生命をいただいている。
動物実験とか、人身売買とか
私が知らないだけであらゆることが行われているのだろうな、と思う。
生きる為に?
生きるということは、どういうことなのか?
まだまだわからない。

書いてある内容はおもしろく、いままでの疑問もわかったけど、
ちょっとストーリー展開的には???
ラストは駆け気味だし、途中ででてきたそれぞれのISは放り出された感じ。

前作にあたる

エンブリオ
帚木 蓬生

を読んでないからかな?

これはこれでおもしろそうなのだが。


私なりのつっこみどころとして
生命体として母親の胎内にいる胎児がまず女児の形から
男児にわかれるのなら(それが何らかの原因で違ってしまったのがIS)
第一の性って「女」なのじゃないかしら?
(文中では「第一」は「男」)
何らかの原因とは誰かにはっきりとあるわけでなく、
もちろん母親や子ども自身が悪いわけでなく
その事柄を「神様のいたずら」といってしまうのは、あまりにも私には納得できません。
「いたずら」という言葉は軽すぎるから。

それと
「卵子提供は身内や友人が多いが、精子提供はそうではないのは何故か? 研究してもいいんじゃないか」
の件には、
「友人の彼女だった女とは、つきあえない」的なささやかな男のプライド(前の男が知ってる男だと比べられてしまうのではないかという恐怖?)にしか思えなかったのだけど、ちゃうのかな。

「男」とか「女」とか本当に難しい問題やね。
時代や文化によってものさしも違うのに。
絵に描いたような「男」とか「女」とかいたら見てみたいものです。

ファンタジーの中にしかいない気がするけど。

「女」は子供を産んだら「女」でなくなるなら、
「女」なんてどこにもいない。
ようはきのもちよう。





ビロウな話で恐縮です日記

2009-04-06 14:14:21 | 小説・エッセイ
ビロウな話で恐縮です日記
三浦 しをん

熊本のガイドブックを探しに図書館に行った時にあったので借りてみる。

はたして、年頃の娘さんであるしをんさん(?)が

傷んだものを食べて腹を下した、だの
風呂に入ってないだの、
愛ある家族や友人とのやりとりだの
原稿からの現実逃避だの
赤裸々で抱腹絶倒。

エッセイを読んで小説を読んで
ここまで惹かれる人はやっぱりこの人しかいないのだろうな。
浅田次郎氏は、人生の師だと感じるし
内田春菊さんなども非常に好きだけども。

抱腹絶倒の中に、
はて? なら、私ならどう感じるか? という問題提起。

深い洞察にシャッポを脱ぐ。

ネットで読んでいたのに(現在は書籍化したため削除されてます)、
改めて活字で読んでおもしろい。
脚注もいちいちおもしろい。
ネットは、便利でおもしろいけども私はやっぱり紙媒体が好きだなぁ。
と、確認。

BLを読むのは、無意識下にでも「抑圧」があるからだ、とどこかにあった。
BLに足をつっこんだばかりのころ(元々白泉社系の素地はあったけども)
その説はその時はよく理解できなかったけども
今、少しわかる、ような気がする。

「娘さん」と、いう言葉。
あぁ、本当だね、と。
当然のようにそうあるから、考えた事もなかったけども。
世の中には、ん? おかしくない? って思うことがあふれてるわけです。
まかり通っていることが、すべて正しい事ではない。
何が正しいなんて、個々や時代によって違うとしても。
その辺は、内田春菊さんにも通じるかな。

読み終わったので当然図書館に返却するけど、手元においておきたい本。

三浦しをんさん、大好きです。
しをんさんの本からは、本への愛情と言葉への真摯な心があふれている。

もし、私が木ならばこういう本になりたいものです。




「光」

2009-01-25 15:14:54 | 小説・エッセイ
寒くて、極力外出したくなかった週末。
本を読んでました。



三浦 しをん

舞台は東京・美浜島。ある日津波がこの島を襲い、平穏とも退屈ともいえる生活を送っていた中学生の信之は故郷も家族も失います。
生き残ったのは幼なじみで恋人の美花と、信之を兄のように慕う輔、そしてろくでもない数名の大人たち。
恐ろしい夜を生き延びた後、さらなる暴力が彼らを襲い、信之は美花を助けるためにある行動をとります。
そして時は流れ、二十年後。島を離れ生きてきた信之の前に"過去"の影が現れて――。

刊行記念スペシャルインタビューより。

ちなみにコチラ

「暴力」がテーマの話だと、読む前から目にしてたのですが。
広義の暴力だな、と。

稀な災害に遭遇する主人公達。
その圧倒的な力の存在に自分のなすべき事などわかるはずもなくただ佇む。
圧倒的な変化を受け入れろというのもそれに連なる「暴力」なのだろう。
人は生き、いずれ死ぬ。
その中にどれだけの暴力が存在するのか。
自身が意図していなくても、他者にとっては暴力かもしれない。
「良かれと思って」「悪気はない」と言った時点でそれは確実な暴力だ。
だが、それを恐れるのなら生きてはいけないのだろう。
力を行使し、食らい、生きる。
時には、人の感情をも食らって生きる。
人の苦しみをわが歓びに変換して舌なめずりする。
好奇に満ちたそういう目で眺めることすらも暴力なのだろう。
生活していくには避けては通れない道だとしても。

子供のときに心から笑えなかった子は大人になっても上手く笑えない。
愛は学ばなければ、発揮できない。
日本で生まれ育った子は、瞳の色はどうあれ日本語を習得する。
狼に育てられた少女は、四つん這いで這い回る。
だが、愛を知っていたはずなのに、圧倒的な暴力の前にその経験は崩壊することもあるのだろう。

重い、重い話。
だが、これが私の敬愛するしをんさんの一部。
話が終わっても、本を閉じた後も物語の住民の生活は続くのだ。

結婚がゴールでなく、生活のはじまりであるように。
最終的な終わりは「死」だ。
たとえ、誰かがその存在を覚えて懐かしんでくれたとしても
自身が消滅していれば何もできない。

今、息をしている私。
誰にも認知されないで社会的に抹殺されていたとしても、とりあえず生きている。
心が死んでしまったら、肉体も死んでしまうかもしれないけども。

誰かに「死ね」と言われるのと
頭の中でそう言われてる気がするのは、どちらがつらいだろう。

あの人は私の事をどれだけ知っているのだろう。

しをんさんのお話は、私を引き込んで
私の中の物語をも引き出す。

私の中でいつまでも残る。

大好きです。









ロリヰタ。

2008-11-12 13:21:08 | 小説・エッセイ
三浦しをんさんがオススメしてた嶽本野ばらさんの「ミシン」。
図書館になかったので、タイトルが気になった「ロリヰタ。」を借りました。

「ロリータ」と「ロリコン」は、誤解されやすいがまったくの別物である。
「ロリータ」を愛好する「僕」は、そのようなスカートなどを好み着用するが、「女装趣味」でも「ゲイ」でも、もちろん「ロリコン」でもない。
「ロリータ」を愛好する「僕」はひょんなことから雑誌モデルの「君」と出会う。
「王子たま」と「僕」を呼ぶ「君」は天然なのか? イノセントなのか?
魅力的な少女。
端的に言葉を交わす僕らは、お互いの詳しい事情なんてどうでもいい。
「僕」のことが好きだという「君」。
でも、ひとつ下の「中村君」も好きだと悪びれずに言う。
軽い嫉妬を覚えながら、友人として親交を重ねた「僕」がつきつけられた真実とは…。


こ、これは私小説なんかな?
と、何回も確認してしまったお話。
「僕」は作者?
ロリータを愛好する男子(否ロリコン)「僕」。
「枠」から飛び出ている「僕」は、誰かにとってはめざわりかもしれない。
だけど、誰かの大切な人。
ガツガツと読んだ。
「常識」と「非常識」。
でも、その線は誰がひくのか?
「少数派」は、「悪」なのか?
そんなことはない、と私は声高に叫びたい。

「入れ物」でなく「魂」がひかれあうのが、本当の愛ではないか。

「気持ち」を伝えることの難しさ。
「言葉」の危うさ。
人は、自分にとって都合のいいようにしか解釈しない。
「言葉」で何がわかる?
それでも、「言葉」を発しなければならないのだ。

「君」が「少女」だから、好きなのでなく「君」が「君」だから
「僕」は求めずにいられないのだ、と。

なんか、予想外にツボなお話でした。
文中にお洋服のブランド表記がたくさんある。
ファッションにはうといので、あまりピンとこないけど
こういう服を愛好する、という表記は確かにその人の本質をわかりやすくしているのだろう。

私は、ブランドにはこだわらないけど、
娘の「ちゃお」を読んでたので「中村君」が途中で誰かわかった。
まぁ、それもひとつの「愛」。


もうひとつのお話「ハネ」。

私の大切な「ハネ」。
手元から飛び立ってとんでもない方向に飛んでいく「ハネ」。
私はおかしな格好をしているのかもしれないけど、
こういう服が大好きで、こういう格好をしているのが私なの。
なぜ、あなたがそれを否定するのか。
そんな権利はどこにあるのか。
「そのこと」を知らない私は「悪」なのか。

せつなくも美しいお話。
純粋すぎる彼女は、本当に「天使」なのかもしれなくて
空に飛んでいけたらいいのにね、と望んでしまう。

ちなみに、文中にでてくる
「日本人だったら知ってること」とは、
有名な水泳選手が、記録をたてたということ。

そんなこと私にとっても、かなりどうでもいいことです。








三四郎はそれから門を出た

2008-07-09 12:17:54 | 小説・エッセイ
三四郎はそれから門を出た
三浦 しをん

例によって、図書館から借りてきた三浦しをんさんの本。
しをんさんは大好きなのだけど、新本購入率は非常に低い。
それは、私が古本屋好きだから。

なのだけど、この本はヨイ!!
いつもどうりの愉快なエッセイだけど、本についての内容が多い。
図書館の本だからもちろん返さなければいけないのだけど、
手元において読み返したい。
この前、ブックオフで見たとき買えばよかったな~。(←結局古本)
だが、私の古本屋好きを覆い返してしまうような内容も。

…「本にはさむもの」
これは、しをんさんが古本屋時代にであった壮絶なしおりの記録である。
私は、本を大事にしないヤツは嫌いだー!!!
何で本にそんなものをはさむかね?
せめて押し花くらいにしとけ。
あ、意外と古本にお金が挟まっている事が多いそうです。
そういう場合、誰のお金になるの? 

その他、ちゃんと違った意味で心に残る
「片思いのすすめ」
「思い出の町」
「そのぬくもりを知っている」

…私はドラえもんは、おふとんみたいな肌触りじゃないかと思う。
そんなこと考えた事もなかったけど、ドラえもんはやっぱり優しくて温かくて守ってくれる存在なのだ。

ほんのりと温かく、しをおんさんも私を包んでくれるのだ。
しをんさんもドラえもんのように…(←自粛)。
愛と好奇心が溢れた方なのだろうなと、思う。人と本と。
私はどんな人がどんな本を読んでるかなんかはあまり興味ない。
本に対する興味は尽きねども、特定以外の人に対する興味は薄いからだ。
だけどしをんさんのように電車とかで見かけた人が何読んでるか調べて
あまつさえ自分もその本を読んでみるってのはすごいな、と思う。

変わった形式のエッセイとして、本の紹介の章がある。
それが、いちいち気になる内容の本ばかりで
思わず主義に反し、ページにチェックの書き込みをしたくなるほどだった。
まず図書館の本だからしないけど。
そして、それらの本を読み終わった後に、しをんさんの文をまた読みたい。
だって、しをんさんのオススメのBL紹介本

シュミじゃないんだ 三浦 しをん

を読んで購入した
京山 あつき
西田 東 他多数
とてもとてもとても、おもしろい!!
おもしろいだけでなく考えさせてくれる。
いろいろなことを。
そしてしをんさんの文を読んでまた納得する。
エンドレス…

そして私は買い込んでしまった本(もうクローゼットがあふれそう)に
またも困惑してしまうのだろうな。

しをんさんに出会って私は幸せだ。
困惑する時間すらも愛せるのだから。




秘密の花園

2008-06-02 11:55:09 | 小説・エッセイ
雨音を脳内に吸収しながらページを繰り続けたら
どうにも深い記憶の底に潜ってしまった。

三浦しをんさんの作品は、ぐいぐいと深く引き込まれるのだけれども、たまに
気が付くとそこにある文字でなく、文字から引き出されたイメージでなく
自分の深淵をのぞきこんでいることがある。
それが、惹きつけられてやまない理由なのだろうか。


三浦しをん 「秘密の花園」

~文庫裏面より~
私は、なにをしているんだろう。
どうしたら「私」でいられるんだろう?
カトリック系女子高校に通う、三人の少女、那由多(なゆた)、淑子(としこ)、翠(すい)。
性格の異なる三人の「私」は、家族、学校、男たちの中にあって、それぞれが遠いはるかを、しずかに深くみつめている。
「秘めごと」をかかえる彼女たちの微笑の裏側の自由。
甘やかな痛みの底に眠る潔くも強靱な魂。
自分を生き抜いていくために「私」が求めていたことは―。
記念碑的青春小説。




と、いうわけで感想。
私は、共学だったので同じ年頃の単一の性の集団には身を置いたことはない。
だから、この舞台である「女子高」がリアルなものなのかはわからないけれども
3つの話のそれぞれの主人公「那由多」、「淑子」、「翠」の心情はとてつもなくリアルに感じる事ができた。
あえて、一番近いのは誰かと自分に問うなら「翠」である。
もちろん、「これは私の事だ!!」
とか、「作者が私の頭の中を覗いて書いたのだ!!」とは思わないけど。
一番遠いのは「淑子」だ。
それでも、彼女の事を少し極端すぎると思いながら
その感情の揺れは、わからないでもない。
そして、私は「暴力」、特に性にともなう「暴力」を憎む。
「力」というものは、人を守るためにあって欲しいと願うから。

エッセイのどこかで、友人と「女子高モノ」作品について語り合っていたしをんさん。
そのおしゃべりの結晶(彼女達の結論)が、この作品なのだな
と思うと、それも楽しい。

何かの文庫あとがきに「彼女の作品」には、
「男性的な作品」と「女性的な作品」がある
というような事が書かれていた。
それからすると、間違いなくこの作品は女性的な作品。
そして、作者の中にこんなにも儚くきらめいている心情があるのかと
こんな表現ができる心を持ったまま生き抜くには辛いこともあるだろうと
いらぬ心配を抱いてしまったそんな作品。

おもしろいのだけれども、パタリと本を閉じた後に
何かを引き摺ってしまうそんな作品。
読後に表紙の素晴らしさに気付いた
……そんな作品。






デビルマンは誰なのか

2008-05-11 11:17:46 | 小説・エッセイ
デビルマンは誰なのか 永井豪

永井豪先生が自分の作品について思いつくまましゃべった事を編集部がまとめてくれたものだそうです。
コンテンツは、

ハレンチ学園
デビルマン
マジンガーZシリーズ
鬼シリーズ
バイオレンスジャック
デビルマンレディ
けっこう仮面

その作品の背景や連載時のまわりの反応などがかかれてあっておもしろい。

全作品を読んでみたくなった。
私はとおして読んだ作品は、デビルマンだけなのだけど
あとマジンガーをスパロボで気にいってアニメとかみただけのだけど
それぐらいの知識しかなくてもおもしろい読み物です。
ムチャともいえるパロディの事、鬼との出会い、地獄についての考察、エロ…。
やっぱり凡人とは違う。
漫画の神様だけでなく、他の何者かにもとりつかれてるのだろうな。

あと、私。
明るいエロ、大好き。
「こりゃまたけっこう!」
そんな巻末おまけ漫画もついてます

はじめての文学

2008-04-07 23:26:54 | 小説・エッセイ
はじめての文学 林真理子編。

短篇六話。
林真理子さんの作品は、オンナのいやらしいところがでてくる。
いやらしいだけのオンナじゃないのだけど、素直で可愛らしいだけの女は、でてこない。
女は、辛辣な目で目の前にいる女、もしくは男の向こうにいる女をみつめるのだ。
そうじゃないとお話にならないのだろうけど、厳しすぎるその視線を私は恐いと感じる。
ぐいぐいとひきつけられるのだけれども、ちょっと苦手、かも。

それでも文の鋭さに息を飲むのだ。
男の人は、林真理子さんの作品を読みきれるのだろうか。
そこには、ファンタジーではない生身の女がいるのだ。

その中でも「一年ののち」という話が意外すぎる展開でおもしろかった。

『男が自分のことをどう考え、どのくらいの愛情を持っているか、などということは女だったらわからないはずはない。』

この文章は、実感とともに私の中に強く残るだろう。