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たこぼうずの我楽多呆告

とある事情から浜松市在住の医療関係者となった 風来坊の突発的日記

7 「風唄」を唄う

2015-07-19 20:52:23 | たこぼうずのカラオケ百名山
F-115
今回紹介する 「風唄」は 森山 直太朗 の歌である
彼には 多くのヒット曲があるが「風唄」はそれほど有名ではないのではないかと 思われる。
実際 カラオケでも あまり唄う人と出会わない。

しかしながら この歌は 気分よく唄える名曲ではないだろうか。
唄って気分のいい要素は二つあるように思う。

ひとつは テンポがゆったりしていることと、キイがそれほど高くないから
無理なく声が出せて唄いやすいこと であろうか。

もうひとつは 歌詞が文語調で カッコイイことである。
特に 若い連中がにぎやかな アップテンポの歌ばかり唄って落ち着きがない雰囲気のときに
これを唄うと しっとりと重量感のある雰囲気になるか 無視されること間違いない(

この文語調の歌はなかなか少ないので たこぼうずの容姿とともに目立つのだ。

いきなり

欲望の波にたゆとう 一輪の花」      とくる

紅(くれない)の地平に燃ゆる 一片(ひとひら)の詩(うた)」   と続く

この二行だけでも 相当文語的であるから 重みがある・・・ように感じてくれ。

さらに

絶望の果てに 射し入る 一縷(いちる)の光

流るる 雲を分かつ 一陣の風 」   とメロディーは繰り返される。

一輪の花」「一片の詩」「一縷の光」「一陣の風」と 唄えば日本語の美しさに触れた
ような気分になって うれしいし、気分もいい。
何だか 自分の教養が深まった気分にもなる?

一輪の花はともかく ひとひらの詩  いちるの光  一陣の風 などは美しい言葉では
あるが 最近はとんと耳にしない。どこかの 高校の校歌などでたまに発見するくらいだ。

サビの部分は以下の通りである

風唄 口ずさめど  こころ虚しいだけ
     月夜の惑いよ 風の中 散る花となれ

意味は・・・意味は・・・ともかくとして ただカッコイイ歌詞である。そう思わんかね?

二番の出だしも いい感じである。

永久(とこしえ)の夢に彷徨(さまよ)う 鐘の音(ね)よ
 久遠(くおん)の空を隔て 誰が為に鳴る 」

なぁ~んて 唄えばなかなか立派な人でしょ?(笑)たこぼうずは立派な人に見られたいのだ!!!
この歌は そんなとき用である。

歌の最後は

風唄 闇を照らせ  彼方(あなた)に届くまで
  爪弾(つまび)く 小さな物語 この唄に この唄に 願いを込めて

と最後まで 格調高く エンディングを迎えるのだ。
みんな 唄ってみ?きっと尊敬される・・・ぞ・・・!

この文章を読んで 文語調の歌を唄いたいと思った多くの諸君!
まずは 文語調曲の入門編から

泉谷 しげる  「漢(おとこ)ありて
そう言っちゃあ何だが 泉谷 らしくない 立派な曲で唄いやすい いい曲である。
NHK の時代劇の主題歌になったが 有名になってないからカラオケで目立つぞ!
特に 男性諸君! 男らしく(硬派に)見えるから 必要なとき唄ってくれ。

上級者編というのもあるぞ

林 明日香  「明け風」という歌だ。
これはてごわいぞ。 最初から聞いたことがない言葉が満載の歌である。文語じゃなく古文だ。
キイも高いから工夫して唄ってくれ!
石動」なんて 読めんだろう・・・いするぎと読むんだ。

意味は・・・意味は・・・たこぼうずにもわからんから 各自調べてほしい(笑)
それほど むつかしい曲なのだよ 諸君!
これが唄えたら 黒帯じゃろ~て。







6 流星(りゅうせい)を唄う

2015-06-15 18:57:36 | たこぼうずのカラオケ百名山
F-110
吉田 拓郎 の名曲 「流星」が好きで 時々唄っている。
この曲は 資料によれば1979年にドラマの主題歌としてデビューした とあるが
僕が知ったのは ずいぶんアトになってからだ。

吉田 拓郎 の歌となれば「旅の宿」「落陽」などなど 有名な曲は沢山ある。
その数多あるヒット曲のなかで たこぼうずが唄うのは この
流星」りゅうせい と「人生を語らず」の2曲であろうか。

以前「地球劇場」というBSの番組で、吉田 拓郎 が出演し、そのなかで
「流星 という曲は 皆さんからいろいろな意味に受け取ってもらえて 幸せなんだけれど
もともと 自分も一定の年齢になり いろいろとダメになってきた、感性も衰えてきた・・・
という感じでつくった曲なんだ。」 と発言をされていて驚いたものである。

歌詞を読んでも、曲を聴いても そんな感じはない。
アルフィーの坂崎さんが 時代を経るとともに どんどん素晴らしく思えてくる名曲だ!
と絶賛していたのだ。 たこぼうずにとってもネガティブな感じは・・・ない。
聴く僕たちが いろいろな想いを 乗せることができる曲だと思う。
泣ける名曲」・・・という評価もある。

ついでながら「地球劇場」という番組の司会の 谷村 新司 がインタビューをするなかで
番組上 うまく きれいに 話しをまとめようとするのだが 吉田 拓郎 は本音を
しっかり返すので 会話がかみ合わないのが とても楽しかった。面白かった。
番組は違うが やはり司会者が うまく話しをまとめて きれいに終わろうとするのに 本音を
ズバズバ語るので まったくかみ合わないのは 
井上 陽水 も一緒であった。
吉田 拓郎 と 井上 陽水 は本質的に「不良」である。
たこぼうずも同じ人種である(笑)
しかし 谷村 新司 は本質的には不良ではない。

曲の話しに戻ろう。

歌詞を見ると 3つのブロックからなっている
各ブロックの最後には
「君の欲しいものは 何ですか?」というフレーズが繰り返されるが・・・
この言葉に注目しすぎないほうが いいように思う。印象が強い言葉ではあるが・・・!
曲の最後には「僕の欲しかったものは 何ですか?」とも書かれていて
いろいろと解釈できるのだろうが 僕の意見としては これはけっこう曲の調子を整える
ための言葉であり、曲にインパクトを与えるために繰り返されるフレーズだと思う。
(違ってたらゴメンナサイ!)

最初のブロックでは現在の、二番目のブロックでは過去の、三番目のブロックでは
人生の終盤を迎える (未来の)自分について語られている・・・ように思う。
この歌詞解釈には自信がある(笑)

最初のブロック

「たとえば僕が 間違っていても
          正直だった悲しさがあるから・・・」
と始まる 冒頭の部分も印象的であるが、一番言いたい部分は
確かなことなど 何も無く 
           ただひたすらに 君が好き・・・」というところか。
いい言葉だ。

二番目のブロックでは

時代から少し取り残された自分を斜めから観ているような歌詞もあるが、
しかし落胆しているのではなく
幸せだとは 言わないが
          不幸ぶるのは がらじゃない・・・」と自分を客観視する視点がある。

三番目のブロックでは その人生の最後が語られる

流れる星は 今がきれいで
          ただ それだけに悲しくて
 流れる星は かすかに消える
          思い出なんか残さないで・・・
悲しい とか 思い出なんか残らない という言葉があると悲観的に人生をとらえているの
かと思いがちであるが、ここはそんな意味ではない!・・・と思う。
唄うとわかるが ここはいい気分のところである

普通の人生など 誰でもが ささやかなものであり、誰もがひっそりと、さっぱりと
消えていく・・・ただ 流れ星のように 一瞬光り輝くだけなのだ
でも それでいいんだ! そういう ものなんだ!

そういう いさぎよい歌詞 であると・・・たこぼうずは感じたのだ。
遠く宇宙から 自分の人生の終わりを見るような雄大な歌詞だとも言える。

この歌は とても唄っていて 気分がいい曲である。
気持ちが 透明になっていく気分で、拓郎節の傑作である。
また むつかしい歌ではないので 唄いやすい。

前述した「地球劇場」で 「落陽」の話しになったときに、吉田 拓郎は
「コンサートの最後に 落陽をやると 観客は総立ちで最高に盛り上がるんだ。
 あんな曲を越えるものなんて もうできないし かなうわけないじゃないか。」
と言っていたが・・・

吉田 拓郎 様
「流星」は「落陽」を越えていくんじゃないでしょうか
From たこぼうず





 



We are all alone を唄う

2014-09-29 18:17:20 | たこぼうずのカラオケ百名山
その5 ボズ・スキャッグス
ウイー・アー・オール・アローン」を唄う

この曲はバラードの名曲である。
ただし原曲のキイは高いので2段階ばかり下げる必要があります。

真面目な話しで恐縮ですが・・・
この曲の内容はたいへん哲学的なもので
人はみな孤独であるという」たいへん重い内容を、さらりと
風景や身辺の描写をすることによって表現している(と思う)

そもそもこの曲の題名解釈については意見がわかれている。
We are all alone
という英語をそのまま訳せば「僕たちは みんな孤独なんだ
となると思うのですが・・・
We を自分と恋人の二人と解釈すると
僕たち 二人だけだね」 となってだいぶ意味が違ってくる。

この異なった解釈を考察するに・・・
この「all」をどんな意味にとらえるかの違いではないだろうか
この場合のオールはcompletely(コンプリートリー)
という意味の副詞と解釈すべきであり、
we と同格の代名詞ととらえてしまうと二人だけという解釈になってしまう。
因みに代名詞としての例文は「We are all equal」となる。
                  僕らは皆平等だ
だからたこぼうずとしては断然
僕たちは みんな 一人ぼっち」という曲名派であります。

いや~ ここまでアタマを使ったので 疲れましたよ。
こんなに脳を働かせたのは浪人後の大学受験以来です(笑)

この曲はテンポが速くないので、英語の歌としては比較的唄いやすい
ものだと思います。
言葉もどちらかといえば平易で、知ってる単語が多く、その意味
でも歌いやすい。

歌詞を見てみると確かに最初の部分は恋人同士の語らいになっていて
ここだけだと「恋人同士、二人きりのラブソング」と思われても
仕方ないように感じられる。以下最初の1節

「外は雨が降り出した  そして止みそうにない
だからもう泣かないで・・・

しかし 二番目の歌詞になると、この曲の真髄とも言える言葉が出てくる

「いろいろ語られてきたことだけど  年をとることは止められない
美しいバラも 恋人たちも 変わっていくんだ
誰の人生も 風まかせなのさ・・・

そして この曲のキモは 繰り返し出てくる次のフレーズで
「部屋の窓を閉じて 灯りを消してごらん
そうすれば大丈夫だよ・・・」
僕に寄り添えば大丈夫だよ、と孤独の癒し方に言及している
ところであり、でもやっぱり人は孤独なんだ と締めくくる
ニクイところであります。

この唄からは、まるで仏教の無常観のようなものが感じられ
と言ったら言い過ぎですよね。

なかなか手ごわい、いろいろな解釈ができる曲だと思います。
この曲を歌いこなすには僕くらいの人生経験がないと、ただの
静かな曲ということになってしまい、カラオケの場合には
同席の皆は雑談を始める・・・という悲しいことになってしまいます。
そんな思いは数多く経験してきました。
英語の素養のないひとに聴かせるのは無理ですので、仲間の顔を
見てから曲を入れる必要があります。

また英語の唄を歌うと、自分がエライ人になった気がするのですが
本当に英語ができる人が聞けば、デタラメの発音がバレるので
いずれにしても微妙なことになるのでした。

ボズ・スキャッグスはいいぞ
たこぼうずは もう一曲歌えます・・・スゴイでしょ?
 

365日を唄う

2014-04-21 18:14:07 | たこぼうずのカラオケ百名山
その4 ミスターチルドレン
365日」 を唄う

ミスターチルドレン(以下ミスチル)の歌はどれをとっても
大変ムツカシイので、それなりに練習が必要です。
僕は楽器もできませんし、音譜も読めませんので、ひたすら聴いて
耳から覚え込ませるしかありません。
スペリオなら中学時代に吹いた記憶があります(笑)
この「365日」もクルマの中でどれほど聴いたことでしょうか。
しばらくはリピートのまま運転をしておりました。

なぜこの歌を唄おうかと思ったのかといいますと・・・
テレビで年末に小田さんの「クリスマスの贈り物」という番組を
見ておりましたら、小田さんが桜井さんにこの「365日」が
君の曲で一番好きだ・・・というようなことを言って、二人で
唄っているのを聴いて感激したからです。

ミスチルには大ヒットした曲は他にたくさんあるのに、小田さん
がこれを選んだのはスゴイ!と思いました。
それくらい感動的な歌です。これは唄いたい、と決意をかたくしたのです。

しかしながら・・・たいへんムツカシイ(泣)歌詞の内容も・・・
途中めげそうになったのですが、この曲をカッコよく唄って
女性にモテる自分の姿を想像して頑張りぬきました(笑)

まず出だしから・・・なかなか音がとりにくい。
聞こえてくる 流れてくる・・・」と静かに始まるのですが
何というか・・・平板な音のつながりなので、いきなり練習が必要。

続いて
君を巡る 抑えようのない 想いがここにあんだ・・・」とくる。

さらにストレートに「君が好き 分かっている 馬鹿げている
でもどうしようもない・・・
う~ん・・・確かに「好きになる」ということはそういうこと
なんだな、と感じるわけです。
もうずっと君の夢を見てんだ・・・
そんなときもありました。確かに。

そしてタイトルが突然出てきます。
365日の  言葉を持たぬ ラブレター
とりとめなく ただ君を書き連ねる・・・
ここで考えてしまうのは、言葉を持たぬ、とはどういうことか
ということです。
それじゃ「ラブレター」じゃない!と言いたくなりますが・・・

だんだん曲が進んでいくとそれが分かる(ような気がします)

二番は「例えば自由 例えば夢・・・」と始まり、そんな自分なり
に大切にしていた人生の基準も、その彼女(ひと)の出現により
電撃的に価値を失ってしまった・・・というようなことが歌詞にあります。
それくらい好きになってしまったのでしょう。自分の人生観を変えるくらい、
今までの価値観を捨ててまで、その人に尽くしたいと感じたという
ことでしょうか。

そこで急に曲調が変わって
君に触れたい 心にキスしたい・・・」とドキッとさせるのは流石です。
ここは桜井さんのサービス部分だと思われます。

そして圧巻は最後のところで
君を巡る 想いのすべてよ どうか君に届け」となるのです。
ここは大切に唄いたいフレーズで、この歌のキメ台詞なのです。
好きな女性(ひと)が目の前に居たらきっと目がうるんでいるでしょう。

さて言葉ではないラブレターとは・・・
恐らくは、365日(一年中)毎日君を強く想い続けているという
メッセージを心に描いて、その想いをこの歌に託して伝えるよ・・・
ということではないでしょうか・・・手紙ということではなく・・・
桜井さん、そんな解釈ではいかがでしょう。

もし「そんなことじゃないよ!()!」
というようなことがございましたら、ぜひ僕のところにご一報ください(笑)






Autumn Park を歌う

2014-03-24 18:11:53 | たこぼうずのカラオケ百名山
その3 松任谷 由実
Autumn Park」・・・オータム パーク を歌う

このブログを読んでくださっている男性諸君でカラオケファンの人は
女性歌手をどのように歌っているのでしょうか?
僕は最初キイが合わずに困ったのを覚えています。

よく行くスナックのママが教えてくれたのはキイを上げて1オクターブ
低く歌うという方法で、これが分かると簡単に女性の歌が唄えます。
人によって違うのでしょうが、僕がユーミンを唄うときには
5段階(本当は何か言い方があるのでしょうが)上げて、1オクターブ
低く唄えば丁度いいのです。
キイが高い女性歌手の場合は4段階上げればいいのです。
苦労してる人は試してみてください。

さて「オータム パーク」ですが・・・
これも滅多に聴きません。地味な曲ですがとてもいい曲だと思います。
歌の多くが失恋や別れの曲だったり、悲しみや孤独を表現するものが
大部分ですし、ハッピーな曲はアップテンポの曲が多いと思うのですが・・・

「オータム パーク」は静かなLove love の曲です。
大好きな「彼」と或る午後の秋の公園を腕をくみながら散歩する・・・
そんな時に感じた幸せに満たされた気持ちと、そんな大好きな彼とも
いつかは死によって離れなければならないせつない気持ちが入り混じって

そんな複雑な、モザイクのような心境を静かな秋の公園の情景を
ダブらせながらうまく表現していると思います。
大好きな人と、こんな散歩ができたら素敵なことだな、と・・・

まず出だしが
見つめさせて 少し あなたの瞳の奥を」ときますからドキリとします。
その後「オールを漕ぐ・・・」とありますので「彼]はボート部の人
でしょうか?しかし本当にドキリとするのは、それに続く歌詞です。

どちらか先に いつか この世を去る日が来ても
 大好きな まなざしを 私はずっと覚えていたい」となります。
ここは僕の「泣き」ポイントで、いつもぐっとこみ上げてくる
ものがあります。たこぼうずでも泣くときはあるのです(笑)

そして「今日の日がゆっくり 過ぎて行く 音もなく・・・
幸せな時間を過ごしていても、時は或る意味容赦なく流れて
いくものなのです。いや~哲学的です。

二番の最初は
あなと会えなくなる 運命(さだめ)は思いつかない
となります。どうにも好きで、好きでたまらないのですね。
静かに曲が進行して、とてもいい感じ。

公園の情景描写もいい
金色の夕映え 讃えるように色づく木々
などと 紅葉がまぶしい夕方の公園が眼に浮かぶようです。

ところが突然転調?して、すごい歌詞が出現するのです。
いつか生まれ変わり 別の人になっても
 あなたを探してる 私を見つけて!」
死んでもなお出会いたい・・・という究極の恋愛がこれほど
ストレートに語られる歌は少ないのではないでしょうか。
いや~ ユーミンは直球で勝負してきましたね。
しかも僕の内角をえぐる鋭い直球でした。

僕はもちろん「見送りの三振」でした。

ユ~ミンにお会いしたら・・・ずうずうしい!
一番好きな歌は「Autumn Park」ですと言う
つもりです(笑)
その時のユーミンの反応が楽しみです・・・もっとずうずうしい!