「工場長スパナ/宮崎斗士」より。
読む機会のあった俳句作品、皆様にもぜひ読んでいただきたい作品を、宮崎が鑑賞させていただくページです。
腰痛の一本も無き芽吹きかな 中村孝史
渚のよう冷たき朝のキーボード 〃
剥製屋冬青空を内に持ち 〃
句集『開顔』(現代俳句協会)より。
「腰痛の」。「腰痛」の一語に思わずにんまり。そして爽やかな後味。木の芽たちの生命力、勢いをぴたりと表現した上五中七。いろいろな痛みを抱えるわれらの日常‥‥木の芽への羨ましさ、ほのかな諧謔味も見えてくる。
「渚のよう」。朝、起き抜けの頭でパソコンに向かう。一晩を経たキーボードはまるで「渚」の冷たさだ。そしてその渚を温めるように、渚を走り回るように、自らの言葉、思いをどんどん紡いでゆく作者。何とも新鮮な感覚の一句。
「剥製屋」。生き物を剥製にするという仕事。その生を慈しみながら、その生をくっきりと表現するために今日も作業にいそしむ。その思いの丈、職人としての姿勢。まさに「冬青空」とは見事な斡旋。
句集『開顔』、他にも、
夏の山母憶うとき近くなる
土用入り鼻が最初に起きている
青空に新年という孤影置き
不時着のように春野の真ん中に
無精卵抱いて寝たよな雪景色
生きるとは冬の土手行く腕の振り
傷みを知らぬ平和のせいか冬田にゴミ
忸怩とは父思うこと梅の花
北陸に内臓感覚青葉濃し
手袋持つ己の老いも少し持つ
命のように大根洗えり若き後家
人んちの深部に触れしとろろ汁
村の名の消えて大きな蕗の薹 武藤鉦二
芋の露小さい乳房だってこぼれる 〃
はらからやひよこひしめく箱運ぶ 〃
句集『羽後残照』(しらかみ叢書)より。
「村の名の」。合併とかだろうか。消えてしまった、村の名前。しかし現地の活力はまだまだ豊か。この土地に生まれる喜びを存分にたたえて、蕗の薹は今年も大きく健やかに。一句の絶妙なバランスに感服。
「芋の露」。中七下五の軽快さ、この遊び心が嬉しい。たとえ小さくても、しっかりと乳を張らせ我が子を育ててきた乳房。芋の露の瑞々しさと相俟って、作者ならではの乳房への讃歌、すこぶる快い。
「はらからや」。一読、景がぱあっと浮かんできて、とても幸せな気持ちになれた。「はらから」に対する作者の思いが滲み出る。ひよこの犇いている箱の明るい生命感との配合、何とも麗しい。
句集『羽後残照』、他にも、
尺蠖の幅に写経の母います
梅雨の入り頑固な眼球模型かな
夕日たっぷりなまはげの蓑を編む
白鳥降りる茶碗酒の真ん中に
青すだれ僧衣は水のように脱ぐ
父の掌に雪の径あり山河あり
だまし絵のなかのふくしま夕桜
棺窓あり風花を数えている
啓蟄や蛇口ひねって待つ男
遺書などはなし辛夷咲く小径あり
村はどか雪六腑のように沼があり
紙風船村をまるごとふくらまし
読む機会のあった俳句作品、皆様にもぜひ読んでいただきたい作品を、宮崎が鑑賞させていただくページです。
腰痛の一本も無き芽吹きかな 中村孝史
渚のよう冷たき朝のキーボード 〃
剥製屋冬青空を内に持ち 〃
句集『開顔』(現代俳句協会)より。
「腰痛の」。「腰痛」の一語に思わずにんまり。そして爽やかな後味。木の芽たちの生命力、勢いをぴたりと表現した上五中七。いろいろな痛みを抱えるわれらの日常‥‥木の芽への羨ましさ、ほのかな諧謔味も見えてくる。
「渚のよう」。朝、起き抜けの頭でパソコンに向かう。一晩を経たキーボードはまるで「渚」の冷たさだ。そしてその渚を温めるように、渚を走り回るように、自らの言葉、思いをどんどん紡いでゆく作者。何とも新鮮な感覚の一句。
「剥製屋」。生き物を剥製にするという仕事。その生を慈しみながら、その生をくっきりと表現するために今日も作業にいそしむ。その思いの丈、職人としての姿勢。まさに「冬青空」とは見事な斡旋。
句集『開顔』、他にも、
夏の山母憶うとき近くなる
土用入り鼻が最初に起きている
青空に新年という孤影置き
不時着のように春野の真ん中に
無精卵抱いて寝たよな雪景色
生きるとは冬の土手行く腕の振り
傷みを知らぬ平和のせいか冬田にゴミ
忸怩とは父思うこと梅の花
北陸に内臓感覚青葉濃し
手袋持つ己の老いも少し持つ
命のように大根洗えり若き後家
人んちの深部に触れしとろろ汁
村の名の消えて大きな蕗の薹 武藤鉦二
芋の露小さい乳房だってこぼれる 〃
はらからやひよこひしめく箱運ぶ 〃
句集『羽後残照』(しらかみ叢書)より。
「村の名の」。合併とかだろうか。消えてしまった、村の名前。しかし現地の活力はまだまだ豊か。この土地に生まれる喜びを存分にたたえて、蕗の薹は今年も大きく健やかに。一句の絶妙なバランスに感服。
「芋の露」。中七下五の軽快さ、この遊び心が嬉しい。たとえ小さくても、しっかりと乳を張らせ我が子を育ててきた乳房。芋の露の瑞々しさと相俟って、作者ならではの乳房への讃歌、すこぶる快い。
「はらからや」。一読、景がぱあっと浮かんできて、とても幸せな気持ちになれた。「はらから」に対する作者の思いが滲み出る。ひよこの犇いている箱の明るい生命感との配合、何とも麗しい。
句集『羽後残照』、他にも、
尺蠖の幅に写経の母います
梅雨の入り頑固な眼球模型かな
夕日たっぷりなまはげの蓑を編む
白鳥降りる茶碗酒の真ん中に
青すだれ僧衣は水のように脱ぐ
父の掌に雪の径あり山河あり
だまし絵のなかのふくしま夕桜
棺窓あり風花を数えている
啓蟄や蛇口ひねって待つ男
遺書などはなし辛夷咲く小径あり
村はどか雪六腑のように沼があり
紙風船村をまるごとふくらまし