だいすき

基本的に自分の好きなものについて綴っていきます。嫌いなものやどうでもいいこと、さらに小説なんかもたまに書きます。

待つ

2006年03月24日 06時51分56秒 | オリジナル小説
 待ち合わせのとき、決まって彼は遅れて来た。まるでそれが自分の流儀なのだと言わんばかりに。
 だから、わたしはいつも待っていた。長いときでニ時間待ったこともある。
「なにそれ! サイテー。待たせるのは普通、女の特権でしょ」
 なんて親友のゆっこは云っていたけど、わたしは別にそれほど嫌ではなかった。そりゃあ、一緒にいられる時間が短くなるというのは寂しいことだったけど、待つこと自体は平気だった。彼のことを想いながら一人で待ち続けていると、なんとなく幸せな気分になった。たぶん、知っていたからだ。そのあと訪れる時間が、幸せに満ちたものだということを。
 けれど、今日は少しばかり複雑だった。この後、別れ話をしなければならないからだ。
 お互いの心変りをしたから、というのなら別れ話も辛くはないが、わたしはいまでも彼を愛している。別れを望んでいるのは彼の方だ。
 理由はなんとなくわかる。……ううん、やっぱりよくわからない。わかるのは、彼の様子がおかしいということ。話をしていてもうわの空で応えることが多いし、一緒にいても心ここにあらずという感じ。なにより会える日が減ってきている。
 そりゃ仕事が忙しい、というのもわかるけど、きっと理由はそれだけじゃない。
 大事な話があるといって呼び出されたそのときに、覚悟は決めた。
 なのに憂鬱。待つことは楽しいのに、この後のことを思うと気分が沈みがちになる。
 待ち始めて三十分。彼は今日も相変わらず。
 もう少し時間がかかるみたいだから、今度は別のことを考えよう。この後のことだと気が重いから、これまでのことにしよう。
 初めて会った合コンの時。ぎこちなく始めたメールのやり取り。初めてのデートと初めての遅刻、その言い訳。そう、最初の頃はまだ彼も言い訳してたっけ。それから、彼の誕生日と一度目のクリスマス。楽しい事はたくさんあった。思い出そうとすればどんどん溢れてくる。
 でも、それもおしまい。改札を抜けて彼が出てきた。
「お待たせ」
 彼が笑顔で云った。いつもと同じ笑顔。それが逆に辛かった。
 隠したつもりだった。上手くいかなかったらしい。どうしたの、と訊かれた。
「ううん、なんでもない」
 わたしも笑顔で応えた。無理をしようとしていたのだ。すぐに破綻した。決めたはずの覚悟はあっさりと崩れてしまった。
「ねぇ、わたしたち、もう終わりなの?」
 こんな人の多い所でする話じゃないのはわかっていたけど、訊かずにはいられなかった
「はぁ、なに云ってんだよ。え、なんでそうなるわけ?」
 彼は驚いたようだった。とても嘘をついてるようにも見えなかったが、わたしは安心できなかった。
「そう、ならいいの」
 本当は良くない。全然よくなんかない。でも、ここは彼が本当のことを切り出すまで待たなくてはいけない。いつだって、待つのがわたしの役目だから。
「ちょっと待ってくれ。なんか誤解している。どうして別れるとか云いだしたんだよ」
「だって、最近会ってくれなくなったし、会ってもつまらなそうにしてるし、それに今日大事な話しだって言ってたから、わたしきっと別れ話なんだろうって思って」
 涙声になっていた。みっともないと思ったから、頬を伝う涙はハンカチを取り出して拭いた。
「なんだそんなことか」
「なんだってなによ。わたしのことなんかいつも気にかけないで。自分だけ好き勝手遅れてきて、わたしはいつも待ってばかりで」
「待つのは嫌?」
「嫌、じゃないけど……」
「じゃあ、良かった。確かに俺はお前のことをあまり気にかけているとはいえないかもしれないけど、嫌っているわけじゃない。愛しているよ。いつも待っていてくれるお前のことを。出来たら、これからもずっと待っていて欲しい。俺はいつだってお前の元に帰りたいから」
 彼は懐から小さな箱を取り出して、私のほうに差し出した。
「本当はこんなところで渡すつもりじゃなくて、もっとムード作りとかしたかったんだけど、仕方ないよな。お前の泣き顔なんて見てたくないもの。ほら、お願いだから泣き止んで。そして、うんと言ってくれよ」
 彼が開けた箱の中には、銀の指輪が入っていた。
「結婚して欲しい」
 言葉が出なかった。代わりに涙が溢れて止まらなかった。
「おいおい、泣くなって。みんな見てるだろ。凄い恥ずかしいんだぞ」
「うん」
 ようやく振り絞ってそれだけ云った。
「よし、じゃあ、早く泣き止んで」
「違う。そっちじゃない」
「そっちじゃないって?」
「結婚のほう」
「え、ていうことは」
 彼の顔が輝く。私も、負けないほどの笑顔をみせる。
「待っててあげる。あなたが、私のところに帰ってくるのを」
「そうか、良かった。うん、本当に良かった。これからは、遅刻とかしないようにするからな。じゃあさ、メシ食いにいこうぜ。いいレストラン予約してあったんだ。ムード作りのためにね。ちょっと遅れちゃったけど、平気だろ」
 そういって彼は歩き出した。わたしは涙を拭きながらその後について行く。 
 調子のいい事を云っているが、彼の遅刻癖が直ることはないだろう。わたしは相変わらず待たされてばかりに違いない。でも、それでもいいの。それがいいの。だって、わたしにとって待つというのは、幸せなことなのだから。

2 コメント

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読んじゃいました。 (イトウ)
2006-03-24 19:25:00
ほうきんさんのために書いたんだと思いますが、読んでしまいました。

実にkouさんらしい繊細な文で紡がれるものがたりは、読むとなんだか幸せな気分になりますね。いや、ほんとに。



最初あたり文体が固いので男性の一人称かと思ってしまったのは僕だけ? (汗)

主人公が泣くあたり、雰囲気出ていて凄く良かった。もっとkouさんの掌編が読みたい、素直に思いました。

うう、褒め言葉しか出てきません。酷評してやろうかと思ったけど叶いませんでした (笑)。

でわでわ。
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するどい (kou)
2006-03-24 23:48:34
最初固いですよね~。気付いてはいたんですけど、上手く手直しできませんでした。恥ずかしい限りです。

いまはちょっと長め目の作品を頑張っているところなので、掌編をどれだけ書けるかはわかりませんが、ネタを閃き次第書いていこうと思っていますので、その時にはぜひ酷評お願いします(笑)

ではでは、またのお越しをお待ちしてます。
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