アンクロボーグの世界

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ショートショート 『 おいしいよ 』

2015年04月22日 13時51分55秒 | ショートショート

 『おいしいよ』

《おいしいよ》…私の名は《桃桜》。

優良遺伝子を持つ、とっても、とっても《おいしい》生き物。

美しい大理石模様の霜降り肉の《おいしい》塊。






もうすぐ私は出荷される…

私が育った鈴木牧場は最先端の設備を備えた楽園。
この世に生を受け、今の私達は20ヶ月間、良く食べ、良く運動し、良く遊び、ベストの状態でこの時をむかえる。

牧場の管理端末の対話ソフトが起動した。
牧場内を走りまわっていた、ナンバー09775―876―RRYT980個体名《桃桜》に呼び掛ける。

『戻っておいで…今日は大事な大事な日…』


1時間後、完全自動化された場に同じ遺伝子を持つ兄弟牛達、200体が列を成して、その時を待っていた。
《桃桜》達は、暖かな洗浄水を浴びながら数ブロックをゆっくりと歩く。
やがて完全無菌状態のフロアへとたどり着く。

わずかに血のニオイのする空気を吸いながら、絶命までの道のりを列の前に並ぶ仲の良い牛《清風》とおしゃべりしながら歩く…
いよいよ、私の番がきた。覚悟と言うほどのものではないが、今、私が使用している肉体の悲鳴を感じた。
肉体が泣いているのかな。両眼から本能の涙があふれ出している。
当然の事だ。この世に生を受け、まだ20ヶ月なのだから…若すぎる…

額に何かが打ちつけられた。脳が揺れ肉体が気を失う。
ロボットアームが延びてきて健康体の重い体重の私を逆さにつるす。肉体がさらに悲鳴をあげた。
次の工程のアームがすばやく忍び寄り首にナイフが入る。

数ブロックを通過した頃には、私の体はきれいに解体されて牛肉と言う製品へ変わる。

私は死んだのだ






昔、牛海綿状脳症(BSE)問題、その後も、数々の家畜の病が発生し、食の安全をめぐって多くの混乱がおきた。
そして7年前に『食用家畜の安全供給と個体識別のための情報の管理及び伝達に関する特別措置法』が成立した。
この(俗称 輪廻転生)法とは国内の食肉目的でクローン飼養されているすべての牛、豚、鶏に個体識別用の人工意識をとりこませる事に有る。
代理腹母牛から産まれた直後に各個頭部に意識チップが埋め込まれる。

発生した意識は個体独自に思考し、他体と同じ心は発生しない。
鈴木牧場では数パターンの優良遺伝子クローン牛が200体単位で育てられている。

首を落とす工程の後、私が居る意識チップが頭部から摘出される。
転生を行う為、誕生ブロックへと移動。






肉体は死を迎え、肉という製品へと変わった後も、チップの中の心は次の産まれたての子牛に寄生しすべてに同化し新たな体を支配し意識は引き継がれる。





最近、私はこの過程で、同じ夢を見る。
この転生を何度も繰り返すうちに見るようになった夢だ。

その夢とは、肉体が死に次の体へと生まれ変わり、目覚めた時、なんと、私は牛では、なく人間になっているという夢だ。

二本足で立ち、色とりどりの布(服)を着て、と う き ょ う という名の石の街(都市)を歩く。
いろんな食べ物を食し、想像も出来ない格好で異性と生殖行為をする。

だが、目覚めたとき、私は見なれた4本の足と蹄、そして耳、しっぽを持った食肉牛のまま…
そして、それからいつものように20ヶ月、優秀なおいしい製品となるため、また生き始める。

産まれたばかりの幼い私の体が高栄養乳を飲んで一番大事な成長期を過ごし始める最初、私の心に直接、牧場の管理COM端末経由で発せられたであろうメッセージが届く。

それは人間からの声。

『誕生おめでとう…《桃桜》…君は最高の遺伝子の体を持つ美しい生き物…君は私の自慢の牛…』
牧場の主任検査官《所 正彰》だった。

私はこの人間を気に入っていた。

そんな時、私は、いつものように心をすべて解放し自由に対話を楽しむ。
人間との会話は直接届く映像と文字と音の塊を感じる事によって成立する。

『また逢えて…うれしい…大好きな…《所》…』と返事をした。




統一規格された「家畜個体識別意識」システムは端末からいつでも何処からでも人間と牛の間で会話ができる。
生年月日、性別、転出履歴、転入履歴、畜年月日。転生前の全情報も。

今の肉体の健康状態から牧場内施設の飼育環境の不満、今日の天気の話題から他の牛との、なんてことのないちょっとした関係の話まで…
何かしらの問題が発生した時に直接、牛に聞くことができる為、牧場側では原因究明と改善措置が迅速に出来る。



時が経ち、牧場には今日も元気いっぱい走りまわる立派に成長した《桃桜》の姿があった。

共に育った兄弟牛たちと牧場で今の肉体での最後の一日を過ごしていた。
《桃桜》は、爽やかな風が吹くお気に入りの丘に立ち、座る。

私は歌い始めた。大自然から与えられた草を食べながら今回も健康に育った今の私の肉体の事を、この世のすべての世界に向けて感謝の想いを詞(うた)にして。

そして牧場の主任検査官《所》と話しをした・・・与えられた時間いっぱいに…
同じ遺伝子の兄弟で特に仲の良い《紅草》と《楽樹》の事を伝えた。
『楽しく遊んだよ…匂い草探し競争をしたよ…青い空の事、風の匂いの事、雲の事、恵みの雨の事、たくさんたくさん話したよ』
今、牧場内での私達、牛の最大の不安な事も話した。
『となり街で、流行ってる…皮膚の色が変わっちゃう病の事…教えてよ…せっかく大きくなった今の体は、ちゃんと良い肉になれるの?…人間のためになるおいしい良い肉になれる??!』

ねえ教えてよ《所》。

そして今期の最後のときが来た。

完全自動化された場で200体の列の一体になり、処置の時を待つ。
私は、洗浄水を浴びながらぼんやりと《所》の事を考えて歩いていた。仲の良い牛《清風》が後から何やら話しかけている…

『あっ!』キラリと何か光ったのが見えた瞬間、絶命を迎えた。
その時、一瞬、処置された体に居た私の心ではないもともと備わっていたはずの野生の牛の原始意識の根源である心の叫びのようなものが今、話しかけてきたような気がした。

今度も正常に転生処置が済み、次の野生牛の原始意識と融合した私は、この牛のすべてとなる。

この過程で、いつも見る夢がまた始まった。
二本足で立ち、いろんな食べ物を食し、色とりどりの布(服)を着て、と う き ょ う という名の石の街(都市)を歩く。

だが『??』今度の夢は少し違った。

石の街を二本足で歩いている二人。楽しそうに食事する二人…想像も出来ない格好で生殖行為をする二人…

私と一緒の二本足の人間は、なぜか牧場の検査官《所 正彰》だった。

私は、この夢の事を《所》には話さなかった。話しては、いけない事のような気がしたし…何よりもこの事を考えると心が傷むからだ。
転生を繰り返すたびに…何かが違う…徐々に…なぜ…

一緒に転生を無事に済ませた、仲間の子牛の《紅草》と《楽樹》が私を誘いに来た。

『今日も良い風が吹いているよ…さあ走ろうよ…』と歌っている。
私は思う通りに動くようになったばかりの若い体に命令を出し、元気いっぱいに走りだし歌う…




《おいしいよ》…私の名は《桃桜》。

私は、優良遺伝子を持つ、とっても、とっても《おいしい》生き物。

美しい大理石模様の霜降り肉の《おいしい》   た だ の か た ま り…

《 お わ り 》




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