
「郷に入っては郷に従え」という諺があるが、ロングステイにおける日に三度の食事は、概ねタイ料理である。もっとも私の場合は、予算の制約によるところが大きく、気軽にホイホイと繁華街の和食店や居酒屋に入れる身分ではない。日本ではタイ料理好きを自負していたものの、悲しいことに次第に飽きてくる。庶民のタイ料理は、基本味が濃く、油っぽいものが多いのだ。バンコク滞在もひと月を超えると、休日の定番朝食であるセブンイレブンのハムチーズホットサンドをとても幸せに感じるようになるし、毎日の夕飯用に誂える屋台の総菜類も、ソムタム(パパイヤサラダ)、ヤムウンセン(春雨サラダ)、焼き魚(ティラピア、塩鯖)、鳥胸肉焼き(オックヤーン)など、あっさり系のものを注文する頻度が高くなる。決して揚げ物が嫌いなのではなく、鍋に滾る油から引き上げられたばかりの揚げ鳥(ガイトート)の匂いには惹かれるものがあるが、がっつり系のおかずには余り食指が動かなくなるのだ。
一般にガイトートはとてもダイナミックな一品であり、日本国大使館の近くにある「ポロプライドチキン」と言う店がバンコクの代表格であろう。揚げた大量のにんにくチップと一緒に食べる素揚げの鶏肉は、冷たいビールとの相性も良く、この上ない満足感をもたらしてくれる。しかし、この店で買うのは、バンコクに到着して日が浅いうちであり、後半戦になると残念ながら優先順位が下がってしまう。
ところが、そんな私に「この店の揚げ鳥ならいつでも食べたい!」と思わせるほど繊細なガイトートを提供する店がある。それがスクムウィット通りソイ20にあるトンリー(同利)という中華系タイ料理の老舗だ。店の名前からするに、おそらく店主は華人の子孫であり、故郷の料理とタイ料理が自然と融合したのは、想像に難くない。テーブルが6卓しかないこじんまりとした店で、しかも大量の鉢植えや植木に囲まれているので、初めての人にはちょっと見つけ辛い。しかし、苦労して探すだけの価値は十分にある。皮はパリパリ、肉は味わい深い。しかも全く油っぽくなくて、一切れ食べると、すぐまた口に入れたくなる極上の揚げ加減であり、優しささえ感じる味だ。勿論、店で揚げたてを食べるのが最高だが、持ち帰りにしても悪くない。連れて行った友達も口を揃えて、「美味い」と感激していた。
残念なのは、閉店時間が19:30と早いことである。一方で、ビールが飲めるのは17時からであるため、トンリーで食事をする際には、17時5分前に到着するのがベスト。美味い料理を前に、朋友と語らいつつ酌み交わしていると、あっという間に閉店時間が訪れてしまう。
余談だが、この店の入り口には数年前までピーポー君というあばらの浮いた老犬がいて、店内をゆったりと歩き回っていたものだ。会計の際に消息を尋ねると、とうとう天に召されてしまったという。在りし日に撮った写真をスマートフォンから引っ張り出して店主に見せると、彼はとても喜び、店の奥に戻ったかと思うと大きなパネル写真を持ってきた。ああ、ピーポー君は愛されていたんだなあ。。。
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