東京猫暮らし

東京在住の40代自由業男と2匹の猫とののどかな日常

映画『This is Bossa Nova』

2008-01-08 14:54:13 | 映画
ディス・イズ・ボサノヴァ
静かな革命音楽としてのボサノヴァ

先日、某紙に書いた映画評です。

ボサノヴァは、1950年代後半ブラジルのリオデジャネイロ、コパカバーナやイパネマ海岸の裕福な学生、ミュージシャンたちによって誕生した、当時においては革命的な音楽だった。その斬新なリズム、半音階を駆使した繊細、優美なメロディー、複雑で考え抜かれたハーモニー、どれをとっても以前のブラジル音楽とは違ったまったく新しいサウンドがそこにはあった。
「ボサノヴァ」とは、ポルトガル語で、「新しい傾向」という意味の言葉で、それまでのサンバ(サンバ・カンサゥン)やショーロなどの伝統的なブラジル大衆音楽に、クラシック、特に印象派の和声、また白人を中心としたウエスト・コース・ジャズのサウンドが、当時の若いミュージシャンたちの交流の中で、絶妙に調和・融合し生まれた。
当時の彼らは何故、この斬新な音楽を生み出せたのだろうか。
「ボサノヴァはムーブメントではなく、たくさんのサロンでのパーティを通じて集まり、会話や演奏のやりとりをする中で、自然発生的に生まれてきました。当時の中産階級の若者たちが新しい音楽を探していた結果なのです」
映画は、このボサノヴァ誕生の経緯を、当時よりシーンの中心にいたカルロス・リラとホベルト・メネスカルが語り部となり、そのゆかりの場所を巡りながら案内していく。二人が出会った学校、海岸に面したナラ・レオンの大きなアパートメント、当時彼女のギターの先生だった彼ら、ボサノヴァ誕生を育むサロンでの交流、ジョアン・ジルベルトとの出会い、初めての「ボサノヴァ」コンサートが開かれた大学ホール等々、この映画は無数のエピソードに溢れ、それらの偶然がまさに奇跡のようにつながり、ボサノヴァという個性的な音楽が誕生していくさまを、見事に映し出していく。
また、ともすれば解説口調になりがちな出来事の流れを、実に優しくゆったりとしたカメラワークの中、時には語り、時には演奏を通じて、ボサノヴァが生まれた時の空気を再現しようとする。コルコヴァードの丘にそびえるキリスト像の背後から俯瞰するリオの全景、イパネマ海岸の空と海、夕陽、木々の緑。彼らの音楽が、まさにこの街の気候、風景、生活の中から生まれ育ったものであることが、その映像と音によって伝わってくる。
「この映画は、脚本もなく撮影していきました。まるで、ボサノヴァが生まれたときのように誕生した映画です。この映画を通じて、新たに知ったエピソードも多くありました」
その後、ボサノヴァの国際的な評価につながった1962年NYカーネギー・ホールでの記念すべきコンサート、翌年のジャズボサ・アルバム『ゲッツ/ジルベルト』のリリースと「イパネマの娘」の大ヒットにより、ボサノヴァは世界に登場していく。
ところで、ボサノヴァの曲名や歌詞の中にもよく現れてくる、“サウダージ”という言葉。私たちとしては、これを一体どのようにとらえればよいのだろうか。
「すごく好きだったのに今はないもの、を惜しむ気持ち。何かが欠けている、という感覚、何かを望む気持ち、です。いわゆるノスタルジーではありません」
やはり、ブラジル特有の感情であり表現であるこの「サウダージ」を日本語や日本人のある感情に置き換えるのは、なかなか難しいようだ。ボサノヴァは、その微妙な気分を歌や演奏に託し、世界に伝える大切な話法なのだ、とも言えよう。
それにしても、映画の中で繰り返し映し出される、ギターを爪弾く手と語るような歌声の美しさはどうだろう。この最もシンプルで抑制されたスタイルこそボサノヴァの本質なのだ、と改めて感じさせられる。ボサノヴァ・ファンならず、全ての音楽ファン必見のドキュメンタリーである。

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