Don’t Dilly Dally

…とことことことこ

父の友だち「Sさん」

2024-09-02 05:56:17 | 雑記

亡くなった父の友人に「Sさん」という人がいました。

幼い頃に会った記憶もあるのですが、私が物心ついた頃には父との交流がなくなっており、ほとんど顔を覚えていません。父とはケンカ別れをしたわけでもないようでしたが、そのあたりの詳細は不明です。

この「Sさん」という人が、とてもユニークな人物なのです。

父によると、「アイツは女が変わると職業と住所も変わる。住所ならわかるけど、なぜか職業まで変わるんだよ。」とのことで、私の最後の記憶ではタクシードライバーをしていたはずです。

母が言うには、「べつにカッコイイ人じゃないのに、すごく女性にモテるのよ。会うたびに奥さんが違うの。」とのことでした。

とにかくモテる。そしてケンカもする昭和の男。なかなか気になる人です。

私が二十歳の頃のアルバイト先に、一つ年上の先輩で同じように女性にモテる男性がいました。その人の話を家で両親にすると、

「Sの息子じゃないのか?」と身をのりだす父。

すると母が、「そういえば、あの奥さん…この子がお腹にいたときに赤ちゃんを抱っこしてたわね…」と思案顔。

「どの奥さんだ?」「どのって、ほら、説明が難しいわね…」「何番目の奥さんだ?」「何番目って、何番目だったかしら…」「お前が妊娠してた頃だろう?あの(詳細失念)な人か?」「それはその前の奥さんよ」

という会話で盛り上がる父と母。挙げ句の果てには、

「そのアルバイト先のモテる先輩に聞いてみろよ」と、無責任なことを私に言う父。

「あの先輩はご両親そろってるよ」と半ば呆れて私が答えると、

「再婚したんじゃないのか?」「あの奥さんなら再婚していても不思議じゃないわね」と相変わらず両親は<Sの息子じゃないか説>を譲らず、そして最後には私に向かって、

「だから本人に聞いてみろよ。」「そうよ。本人に聞いてみなさいよ。」と言うのでした。

・・・・・はぁ??

「やだよ。だって本人になんて聞くのよ?」と、私が口を尖らせると、

「それもそうよね…。本当の親ですか?なんてまさか聞けないわよね…」と自分の頬に手をあてて考えこむ母。

「確かにな。お前の父親はSか?とも聞けないしなぁ。」と腕を組んで天井を見上げる父。

そして娘の私は、そんな両親を眺めながら呆れて物も言えませんでした…

しかし、「Sさん」のことをとても興味深い人だなと思いました。父と母の口ぶりも決して悪口ではなく、”愛すべき人”という人物像が言葉の端々から滲み出ていました。

父が亡くなる少し前、おそらく同年かその前の年だと思います。私と二人だったときに父が突然、Sさんの話をしました。

「Sを覚えてるか?」

「あー、あの女が変わると職業と住所が変わる人?」

「Sにな、本の差し入れをしたんだよ。」

「Sさん、入院してるの?」

「……まあ、似たようなものかな。」

「Sさん、どこが悪いの?」

「……アイツ、どこが悪いんだろうな。頭かな(笑)」

なんとなく父の雰囲気で、もしかして病院ではなく刑務所なのかな、と思いました。

「Sさん、病気なの?」と念を押して聞いてみると、

「病気は病気だろうな(笑)。今度は長くなるだろうから、もしお父さんに何かあったら、代わりにお前が差し入れを持っていってやれよ。」

「どこに?」とあらためて父の目を見て聞いてみたのですが、父は遠くを見たまま何も答えませんでした。

「どこか教えてくれなきゃ、何も待っていけないよ?」

「そうだよな…」と父は俯き、その話はそのまま終わってしまいました。

 

父が他界して、ふとした拍子に「Sさん」について父と交わした最後の会話を思い出しました。

Sさんの消息を知っているか母に聞いてみましたが、母は何も知らない様子でした。Sさんは父が亡くなったことを知らずに、〝最近アイツ来ないなぁ”と今も父の面会を待っているのだろうか…?もしそれが刑務所だとしたら尚のこと…。

そう思うと、ちょっと切なくなりました。

今なら「Sさん」の消息を調べる術もあったと思いますが、当時の私にはなす術もなく、そのまま「Sさん」のことは父との思い出のひとつとなりました。

あれから30年近く経ちます。

まだご存命でしょうか。うちの父が生きていれば今年で88歳です。おそらく「Sさん」も同じくらいの年でしょう。

 

もしご存命なら、ぜひお会いしたいです。