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大善人へ身魂磨き

しめ縄と龍安寺

しめ縄は七五三縄とも書きます。753は吉数で天岩戸がある宮崎県では7本、5本、3本の縄のはしを垂らしている七五三縄が見られるようです。


高千穂神社によると、この藁の束は、それぞれ神様をあらわしているそうです。


7」は、古事記に出てくる天神7代と呼ばれる神様、「5」は、日本神話に出てくる地神5代と呼ばれる5人の神様、「3」も日本神話に出てくる日向3代と呼ばれる3人の神様らしいですね。


しめ縄は結界です。神社のしめ縄ひとつをとっても、出雲のは巨大で独特だったり、高千穂ではそういう意味があったり、凄い奥深いです。


しめ縄は注連縄と一般的には書きますが光が降り注ぐ連なる縄という意味だそうです。漢字にも奥深さを感じます。


日本の伝統行事の七五三には、昔医療が発達していなかった時代、神様に健やかな子供の成長を願ったのだそうで、数に秘められた日本人の祈りを感じます。


また、だいぶ昔になりますが龍安寺にいった時に枯山水の庭園に魅せられました。水を使わずに石と砂で山水を表現しています。


石の数は全部で15個なのですがどの角度から眺めても必ず1個の石は他の石に隠れて見えないように造られているみたいです。





この157.5.3の和なんです。東洋の世界では15は完全を表すそうなんです。十五夜の月が満月なのもそういうとこからかもです。しかし、完全に丸くなると、欠け始めるのが月です。太陽の光を映しているとはいえ、完全に丸く見えるのは一瞬です。


禅宗龍安寺の石庭の不思議は禅問答のように答えは自分が見つけるのかもしれません。完全を15で表すとすると、そこから破壊が始まるから、どこからみても14個しか石が見えないともいわれています。または、あとの一個は自分の中にあるという方もいるみたいです。禅宗のお寺の石庭は宇宙を表すとも言われています。深いです!


天神7代、地神5代、日向3代の和が東洋の完全15を表すんですよ。


ひとは不足があると、あれが無いこれが無いって追い求めますけれど、真丸の満月のように欠けることのない自神を求める姿勢は持ちつつも、自分の中にある凸凹も、それはそれで直したり伸ばしたり頑張りつつも、肯定して捉えていくことも大切かもとふと考えました。


完璧になったら欠けはじめるとしたら、現状の足るを知るという姿勢は大切に思いました。



【画像は高千穂しめ縄、龍安寺石庭画像検索より】

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