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大善人へ身魂磨き

善でありたいと思う。日々精進。感情の渦に呑み込まれそうな時もあるけれど最後には明るく静かな大海原に和合したい。

みたま

2023-03-31 10:40:00 | ひとりごと

一人一人にある身魂を映し感じて生きる

同じみたま、でも「御霊」は

亡くなった方


御霊光は、亡くなった方で、

光に溶け合い昇華され、浄化され、

浄化することのできる存在かな


そして、目に見えない世界には、

亡くなっても

御霊光に溶け合う事が出来ずにいる

悲しきみたまもいるのかな


私のただのイメージです


神様の事がわかる方がいるようですね。

話せる方も

結構、ネットには沢山おられますね。


凡人の私は

全く

わからないです。


わかる方から説明されても、

わからないものはわからない。


しかし、何らわからない自分も、


ただ、その神様を知っているような

方々の御言葉に

光があるか


それを感じる身魂は持っていたいなと

つくづく思います


その言葉に「私」がなく

ただ、光や愛があるか


自分だけが日夜、

日や月から光をもらっている

「トクベツ」な存在だと主張することなく、


悩める人、

泣いている人、

悪役に徹する人、

ドン底の人にさえ、


見放すことなく


時には明るく

時には

静かに霊光を届けられる


そんなひとの身魂のそばに

いたいなと


なんだか最近は



つくづく思います。







水のように

2023-03-29 05:49:00 | ひとりごと

帰省の際、機内に携帯を落とし、ずっと携帯がない生活をしました。その間、笑えるくらい色々ありました。😅

携帯がないと、今の時代不便ですね。手元に戻って良かったです。

気をとりなおし、御神水についてかいてみたいと思います。


とはいえ、これは貴船の看板にあったお言葉なので、借り物ではあります。


どうぞ〜




みずから活動して


他を働かしむるは


水なり






常にみずから進路を求めて


止まざるは


水な










みずから清くして


他の汚水を洗い


清濁併せ容るるの量あるは


水なり











障害に逢い


激しくその勢力を百倍するは


水なり










洋々として大洋を充たし

発して蒸気となり

雲となり雪と変し

霰と化し

凝っては玲ろうたる鏡となる、

而もその性を失わざるは


水なり













貴船神社 
御神水のお言葉より







水は最強ですね。

わかれてもいつかひとつに繋がる。



水は神。


辻井伸行さん

2023-03-20 07:20:00 | ひとりごと

辻井さんが10代のころのインタビューで、


結果はどうでもいいかなあって思います 

ただお客さんをうっとりさせたかった。


と言っていました。


何かのコンクールでのインタビューでした。


ただ心で感じる目の前の人を、奏でる音でうっとりさせることだけを目標にする。


目が見えるというのは

有り難いことではあるけれど、


目が見えるからこそ

見た目や目に映るものに価値をおき、

判断し、


それにより


自分を窮屈にしてしまい


本当に大切なことには

生涯に渡り、

目を閉じてしまうかもなと思いました。


聞こえる聞こえないの違い

見える見えないの違い、


そんな違いより


本当に見るべきものを見ているか

本当に聞くべきことを聞いているか


心は何を見て聞いて感じているか


その感覚を

全身で研ぎ澄ますには



静寂や暗闇にいる時間も



大切なのかもしれません。



辻井さんはお母さんに


僕は目が見えないんだよね、

でも、

僕はピアノが弾けるからいいや。


と言った話がありました。



うっとりさせた人の数だけ、

見えない善徳を日々積んでいるのだなぁ


そんなふうに思うと、


本当に素晴らしいなと思いました。




【画像はおかりしました】



不思議なご縁と高尾山

2023-02-24 05:54:00 | ひとりごと

人との縁は不思議なもので、とある旅行会社の冨士淺間大社など5社をまわるツアーに昨年末に姉と参加して、同じくお客さんとして来ていたイクオさんと仲良くなり、今回は一緒に高尾山へ登拝しました。


双子の妹が上京する日に、イクオさんの都合があい、夏に富士山に一緒に登るので高尾山に先ずは登ってみましょうとのことでした。


妹が先にブログで書いています。


高尾山登拝 - お山にお宮がたちました


そちらに全て盛り込まれていますから、書かなくてもいいのですが😅


本当に楽しい御方で、最初から最後まで笑いっぱなしでした。


イクオさんは、皆さんの喜びが私の喜びです、、を体現されていて、また、富士山をこよなく愛し、そして富士山の素晴らしさを広めることを退職後にされています。


すぐに、あきちゃんと呼んでくれて、仲良しです。

そういうのって、いいですね☺️


イクオさんは漫談したり、落語家になったり、中国語をはなしたり、英語を話したり、アナウンサーになったり、神主になったり、お茶目な翁になったり、幾つ顔があるんだろうと、、思いましたね。


私の好きな古代史にも精通しており、徐福のお話や秦氏のお話をユーモアを交えて話してくださいましたから、ずっと笑いっぱなしでした。徐福の話をする時なんかは、近隣諸国から沢山文化的なものを日本は頂いたわけだから、そこには感謝して、しかし、決して卑下せずにうまく付き合う、そういう日本を🇯🇵大切にしたいね、、と。 


富士山を愛する🗻のは、祖国を愛する魂の持ち主だなぁ、皆が祖国を愛するように隣国も、他国も愛せば和楽だなぁ、、と思いました。


私は人生を、人を喜ばせるために使えているかなぁ、そんなことも振り返ってみないとだなぁと、イクオさんに会って思いました。


人が喜ぶのを見るのが私も好きです。

人の笑顔を見るのが好き。


仕事もそうであれば良いのですが、沢山の人と出会いながらも、喜ばすのはなかなか、、ですね。 

人間的魅力というのかな、

トーク力とか、

そういうのって、ホント難しいなと思います。


意外とワタシ、ヒトリが好きだしな。。


気の良い方というのは、イクオさんのような方なんだなぁと思いました。


昨年は、私より2回り位年上の方々と良き縁からお知り合いになる事ができる機会をもてました。


穏やかで優しい方、静かな方。恩師のような方。そして、イクオさん。イクオさんは行動力があり、優しくて面白い方です。


墓場には歩いて行こう!をモットーにされていました。


人生はどうにでもなり、全て自分に返ってくる、と感じました。健康も然り。

年のとり方、生き方を行動、言葉、姿で教えてくださいます。


素敵な人は思いやりがあり、優しい。

心地よい気を放つのは、

日々の心がけ、行動、言葉ですね。


高尾山、全く大丈夫でした!

富士山🗻にイクオさんと登ります。


イクオさんさ淺間大神の申し子のような御方ですから、安心していますが、体力、筋力トレーニングをやっていきたいと思います☺️


いまから、ワクワク楽しみです。











ツナグ

2023-02-09 07:43:00 | ひとりごと

映画ツナグを観ました。


死者を一度だけ呼びだす樹木希林さん演じるツナグ。


呼び出された相手(死者)も、一度しか呼び出されないから、選択する権利はあります。


また、その秘儀が繋がる家系には、掟を破ることにより、呪術が非常に怖い結果を生むこと、悲しみを生むことも映画ではありました。


イザナギ様がイザナミ様と逢う場面を思い出します。


生きがいの創造の著者、飯田史彦先生は、特殊な能力が実際にある方です。無償で自死により亡くなった方と遺族を繋いでいました。自死するとその瞬間から非常に後悔するようです。魂は残り、周りを悲しませたことを痛いほど感じ、自分の選択の愚かさを時間の概念のない闇の世界で後悔し続けるようです。

飯田史彦先生の著書を愛読している友が、この映画がすごく良かったというので観ました。


亡くなった誰かと一度だけ会えるとしたら、誰と会いますか?



どう答えますか?




映画では死者に会えたけれど、

会いたいけれど、会えない、それが生死のさかいかな。



今コロナのせいで、生きていても面会などが病院で禁止されています。仕方ないけれど、もっと自由に、会いたい人に会いたいな、生きているんだから、、と思います。



自分ではほぼ動けない状態で、家族とも会えない父。父だけでなく、そんな存在が、コロナ禍の中、沢山病院にはいるんだろうな。世知辛いですね。



死者と生きている人をツナグ、には、青森の恐山のイタコなどを思い浮かべる人もいるかもです。いまは、イタコも激減しているみたいですね。


イタコの存在を、「昔の人が生み出した一種の「グリーフケア」(深い悲しみの癒やし)の仕組みなのではないか」と語った方がいました。


人は、他者とツナガルことによって様々な気持ちを分かち合います。癒し癒される。また、反対に生きている他者とツナガルことにより、気持ちを掻き乱されることも。


映画では、呼び出された亡くなった方は、生きている人に会いたいと思ってもらえるのは嬉しいし、また、生きている人に前を向いて生きてほしい、とありました。生きている間に後悔しないように生きて欲しいと語ります。


死後の世界はわからないけれど、

目に見えなくても、縁ある魂は自分に必ず繋がっている。応援してくれている。


そんなふうに思えた映画でした。



また、生きているからこそ、繋がりは大切にしたいなとも思えました。



亡くなった誰かと一度だけ会えるとしたら、誰と会いますか?


私は、



今は居ないし、自分が生きている間には居ないかも。




この先そういう存在がでてきたとしても、100年以内に会えるから、

あちらはあちらで、こちらはこちらで頑張りますから、

お互い頑張りましょう、、という感じかな。😅



だから、映画にはならないけど、

私があちらに行っても、

呼び出さないでほしい。




多分、あちらにいったらあちらの世界で私は楽しむつもり😚



まだまだ生きて💪😊いきたいですけどね😉