goo blog サービス終了のお知らせ 

大善人へ身魂磨き

善でありたいと思う。日々精進。感情の渦に呑み込まれそうな時もあるけれど最後には明るく静かな大海原に和合したい。

長髄彦

2021-05-17 05:50:00 | アニメ

今日の話は、マニアックです。自分の整理のために書いておきたいと思います。

大和朝廷に刃向かった勢力は、土蜘蛛もそうですが、関西にいた長髄彦(ながすねひこ)もいます。


ジブリ映画が好きなかたなら、『もののけ姫』の主人公アシタカモデルはエミシとされていて、「大和の王朝との戦いに破れ、北の地の果てに隠れ住むエミシ一族の数少ない若者であり、一族の長となるべき少年。」とわかると思います。


宮崎駿さんは、アシタカを東北の蝦夷の英雄アテルイと考えて作品を作ったようですが、なんだか、調べていくと、私は、アシタカを長髄彦ととらえてもよさそうな気がします。

宮崎駿さんの作品だから、やはり、宮崎駿さんがアテルイだといえば、アテルイですね。失礼しましました。笑。


長髄彦は、奈良の生駒市を支配する豪族だったようです。(生駒は転勤族の家庭で育った夫が幼少期を過ごした地です。)生駒の地は登美(トミ)とよばれており、長髄彦は登美毘古(トミヒコ)の別名もあります。生駒市には、トミがつく地名があるようです。

長髄彦の「長」は昨日も書きましたが、蛇を意味する「ナーガ」にあたり、「スネ」はソネ(曽祢)かスワ(諏訪)にも関係すると指摘されていました。龍蛇信仰の諏訪大社と繋がりました。

記紀には書かれていませんが、別の書物には長髄彦の出自について、事代主神(飛鳥大神)の縁者で、三輪氏一族の族長だったともあり、大蛇が三輪山の眷属神とされる大神神社の三輪氏と関係があるかもとされているようです。地理では三輪山と生駒山はとても近いです。



長髄彦の本拠地、奈良県生駒山近くには、鳥見(登美)という地が二か所あるようです。現桜井市と現奈良市で、長髄彦の本拠は桜井市のほうだったようですが、奈良市の方とも無縁ではなく、かなり広くを勢力範囲としていたようです。


この二つの鳥見にはそれぞれ等弥(トミ)神社、登弥(トミ)神社があるようです。また、富(トビ)神社は、出雲にもあります。行ったことはありませんが。


奈良市の登弥神社のご祭神のなかの一人に登美建速日命という神がいらっしゃいます。この神が登美毘古すなわち長髄彦なのではと指摘されている方もいます。

土着の長だったにもかかわらず、神武東征の際、大和朝廷に敗北したが故、朝敵とみなされ古事記なんかでは、けちょんけちょんに書かれていますが。


言霊のトミにも注目します。

北の鳥見(登美)は長髄彦の本拠地であり、その守護神(金の鵄トビ)の発祥の地であり、南の鳥見(登美)は長髄彦軍とイワレヒコ軍(後の神武天皇)が再度あいまみえ、金の鵄が飛来したところであるとされています。


色々調べて、わかった事があります。金の鵄トビは金の鳥であり、化鳥(トビ)。トビの言霊は、トベ、サカ、ナガ、ナガラ、ナガオなどとも繋がる、蛇神の呼び名なのです。長(ナガ)髄彦=登美(トミ)毘古が、金の鳥を守護神としたのが納得です。


また、ヤワタ(ヤアタ)、ミワ(ミイ)の言霊も、蛇神です。


全国には、八幡神社が多いですが、これは、ヤハタ、ヤワタ。元は蛇神様を信仰していたとも。ちなみに、八幡信仰はもとは白山信仰です。土着の蛇神信仰を隠すために八幡に意図的に起きかえられたと思いました。


また、白山は越の国です。後風土記には、「崇神天皇の治世、越の国にある人がいた。名を八掬脛(ヤツカハギ)という。その脛の長さは八束であった。力があり強かった。彼らは土雲の後裔である。その一族は大勢いる」とあります。


八掬脛のに注目すると、「上野利根郡後閑村(現群馬県)には八掬脛社があり、長髄明神というとの事が、松屋筆記(七十八)に見えている。」と書かれているものもあり、八掬や、土雲(土蜘蛛)と長髄彦は、線で繋がりました。これらは、大和朝廷に逆らった勢力であり、一括り(ククリ)にされた朝敵だったのです。


また、八の掬は、キク。菊。クク。白山神社の御祭神、菊理姫、ククリヒメにつながり、また、天皇家の菊花紋にも関係ある気がします。


蜘蛛については、

金井南龍氏の著「神々の黙示録」で、南龍氏が白山にて白山神界の封印を解いた時に、天から白山の眷属なる金蜘蛛が降臨された

とコメントにて教えてもらいました。


多分、今日の話しはなんのこっちゃと頭がごちゃごちゃとしたと思います。すみません。私の頭は、空想が空想を呼びますから。簡単に、色々繋がったのを纏めると、

超古代、多分縄文時代とか?に、土着の龍蛇信仰をしている民がおり、クモの名前だったり、ナガの名前をつけられたり、持って?いました。

その一族は、島根(出雲)、長野、奈良の生駒山や三輪山、白山あたりに、(ほかにも沢山あると思いますが)土着信仰を守り住んでいました。


素戔嗚尊が高天原を追われてお造りになった国土の土着の民、つまり国造神は、水を崇める龍蛇など自然の恵を大切に思い生活していました。


しかし、何の因果でしょうか、素戔嗚尊が嫌われて高天原を追われるように、土着の民たちも、恭順でなかったが故、その自然信仰を隠されたり、追われたり、逃げて、生活することを余儀なくされたように思われます。


白山には、掬脛(ツカハギ)という、大和朝廷に反駁した一大勢力がありました。しかし白山の名前は、幡と置き換えられ全国の白山神社は、八幡神社と名前を変えられました。御祭神の理姫、ククリヒメも、記紀には一度しか登場しません。


しかし、そのお役目は、天照大神の両親であるイザナギ様、イザナミ様の仲をとりもつ、ククリ直すという、日本国にとってはなくてはならない存在でした。

天照大神の皇祖天皇家が、菊花紋をもつのはこのククリ姫と繋がりがある気がします。


私の生まれた高知にも、逃げた勢力は多分いました。明日、書きます。まだ、書くんかい!と怒られそうですが。苦笑。


その押し込まれ隠されていた魂が、顔を出してきたようなそんな気すらします。


龍神は、やがて鳳凰になるそうですね。長髄彦は別名トミヒコ。蛇を表すナガトミ(鳥)と繋がります。つまり、金の鳥。鳳凰へ。


私が以前みた夢、鷲か鷹が羽で丸を描いていた形。その時は、何を意味しているかわからなかったけれど、あれは、大鳥神社の神紋(鳳凰)と同じだ!と最近気付きました。



目黒 大鳥神社神紋


押し込まれた御霊がいたとしたら、令和の時代には、大鳥のように(飛び)トビたって欲しいと思いました。そして、金色にキラキラ輝いて欲しいです。


つづく



放られた祠

2021-04-27 05:52:00 | アニメ

ドライブすると、たまに、祠をみかけます。多分、昔は参拝されていたけれど、今は、殆ど参拝されなくなった祠。忘れ去られた放られた神様のいらっしゃる場所。


宮崎駿監督の千と千尋の神隠しで、千尋が神隠しにあう前に沢山の放られた祠をみて、両親に

「あのお家みたいなの何?」

と尋ねます。

すると、

「石の祠、神様のお家よ」

と答えます。

(画像は千と千尋の神隠しより)


神社も人が参拝するしないにより明暗が分かれます。明治に行われた、神仏分離でかなり沢山の神社は廃されたりもしたようです。


土着の日本神道は、経典、教祖もいない神の道です。

そこには自然への祈りがあります。

仏教が入ってきた当初、対立はあったものの、長い歴史の中で仏教を神道と融合させたのも、自然や和合を大切にする懐の深い日本だからこそ成せたことだと思います。宗教戦争なんか、世界では沢山ありましたから。


色んな場所で神様を感じ、神社や祠を建てお祀りをしていた昔からいうと、時代の移り変わり、行きにくい場所、過疎が進んだ場所では、お宮や祠を移されたり、廃されたり。


また、神社を社格で格付けし、昇格できないとかあったりです。人間社会に振り回される感じで、本来は逆じゃないかなぁ、なんて思います。



何故そこに祠やお宮が建てられたか?を振り返って想像して考えると、昔の人がそこに何らかの畏怖や敬意を感じる何かを感得したからです。


時代の流れとともにいなくなるのかといえば、日本国土をつくった神々はずっといらっしゃるのだとも思います。


祠やお宮がなくとも神様がいらっしゃる場所は沢山あるとも思います。


津野町力石の祠のことを知った誠さん。誠さんは、山の仕事をしていて、今までもそういう放られた祠を山で見つけると、無視できず、祀りなおししてきたそうです。


その数100を超えるようです。津野山神界の話を妹から聞き、この話を仲間にし、津野町力石に縁が無い方にも復興の輪を広げてくださっています。道を作った後、1000本以上の植樹をするよう手配もしてくださいました。


誠さんは、仕事が終わると奥さんの琴さんとずっと津野山神界の話をしているそうです。


携わる事が出来て楽しくて嬉しくて仕方ない、神事はそういうものだとも言っているようです。


八百万の神様、放られたり、忘れ去られた神様を見つけたら、手を合わすように変わっていくと良いなと思います。


誠さんの事務所は、高知のお山の上にありました。津野山神界の祠を護るお宮も建設中でした。






誠さんと琴さんの山の事務所にはお手製の祠と鳥居があり、鶏を飼っていました。







高知が地震になったら沢山の人が避難できるようにとヘリポートまで自分で作っていました。





誠さんは、津野山神界の金比羅様に初めてのぼった時、ここは、天国か、、と圧倒されたようです。


津野山神界の復興に凄い熱意と喜びで事を成しているのを見るにつけ、私には、誠さんご自身がエネルギーの強い生きた神様に思え、また、誠さんや琴さんのいる事務所のお山も、地上の天国のように思えました。







ピュアな魂 ドラえもんより

2021-04-19 05:42:00 | アニメ

ピュアな魂で真っ先に思い浮かべるのは妹です。


双子だから上下の姉妹という感じはしないのですが、一応先に生まれると姉、後に生まれると妹です。とにかく、赤ちゃんの双子とひとつ上の姉を育てた両親は大変だったと思います。写真なんか撮る暇無かったのか、姉と私たちの赤ちゃんの時の写真の枚数の比は100対1です。笑。育ててくれてありがとう。


もうお互いかなりよい年齢になりましたが、妹を一言でいうとピュアです。妹は疑うことをしりません。お人好しです。


大きな病になっても、ある治療が良いよときけば一心にその治療に専念し、体調がその治療によってたとえ悪くなっても、これは好転反応だと治療してくださる先生を信じ、治ることを疑わず、自分の感覚で良いと信じた治療を継続し、結局はなかなか治らない病まで綺麗に奇跡的に克服しました。


2年かかりました。この病、本当に大変で当時は医者も判別できなかった難しい病でした。起き上がる事ができない、座れない、辛い、痛い、体調の波が激しいのに、医者にいっても異常なし、気のせい、嘘だ、なんて言われます。


医者の言葉を信じるか、目の前の家族を信じるか、これにより家族関係を壊してしまう人もいました。悲しい病気だとつくづく思いました。専門医での早めの適切な治療と療養がとても重要です。


交通事故や身体に強い衝撃をうけた後にそういう症状になったら脳脊髄液減少症という病かもしれません。知っておくだけでも誰かを助けるかもと書いておきます。


お山の神様のことも、山さんの言葉に一点の疑いをもたないところは凄いなと思います。あの当時、母から電話で、津野町の神様が可哀想だと妹がすごく泣いて心配だと連絡をうけ私も心配になりました。


最初占いだと思ったので、占い師に違和感大ありの私は大丈夫か?と心配になりました。正直にいうと、神様より妹が心配で帰省しました。


しかし、山さんとあった瞬間に、この方は違う、人を騙す方でない、凄い良い方だと醸し出す空気感ですぐわかりました。胡散臭い(失礼)占い師ではありませんでした。

本業は全く別で自然に通じる事をされていて、神様の言葉が聴けるから、依頼あれば必要な事のみ言うスタンスの方でした。


お山では山さんがお山の神様と交信した後、妹が謝りました。その後、誠の心で私も謝りました。お宮を下ろしたりして、やったらいかん事を昔やった、と母から再々聞かされていたから、その事を言い当てる山さんの力はただものではないとも思いました。


人を信じることはとても大切です。人を信じると決めた自分を信じることになるのかな。


この世が嘘がまかり通らない世なら良いのに。皆んなが身魂磨き合う世界なら良いのに。


「今日、身魂磨いた?」

「あっ、まだ磨いてない磨かなきゃ」

みたいな会話がされる世界。

「魅せて、魅せて、どれくらい身魂磨いた?」

「まだまだ磨き残しあるよー。もっと綺麗に磨こうねー。これじゃあ神様うつらないよ」

「はーい、ピカピカになるまで磨き直ししてきまーす。」

みたいな世界。


歯磨きみたいに、毎日毎日欠かさず磨く。磨かないと気持ち悪く感じる世界。素敵ですよね。自然と笑顔が輝きがます。




性善説と性悪説とあります、性善説ならどんなに良いでしょう。しかし、悲惨なニュースを見聞きすると、この世に性善説だけではどうしようも理解できない、性悪な人が混じっているんだねぇと夫と話したりします。


(老)人の貯めたお金を平気で騙しとる詐欺師。いろいろ、、、嫌な話を聞くと私は気分が悪くなるし腹もたちます。「いずれ自分のまいた罪を刈り取る日が来るよ、神は全てお見通し」と、腹立つニュースを見ると思います。これも私の心にある言葉です。品川の荏原神社でも見せられました。





そうはいっても、鬼滅の刃を見た時、世の中の悪が鬼滅の刃の鬼にも見えて最後倒され、涙を流して消えていくのなんかを見ると、なんだか元はやっぱり善だったのかなぁ、とも思えてしまいました。鬼滅は娘が良いよーというので一度みました。


ところで、話は戻ります。


妹は道を母と手作りで作りました。その際も人にできて自分に出来ないことはないと色々調べて即実行、思い立ったらホームセンターへ。




大掛かりな道を作ってくださっている誠さんは、手作りのあの道を見て心を動かされたと言っていました。


妹は、人をすぐに信じるので、目の前には疑う余地のないピカピカ魂の人が集まるのかもしれないと思います。妹の周りの方は凄い優しい心の綺麗な人ばかりです。


この年齢になって妹の無垢さは、いろんな意味で凄いなと思います。幼児のピュアさと私はよく冗談で言ってます。喜怒哀楽がはっきりしていて嘘がなくわかりやすいです。


大病したりと今までは振り子の振り幅が大きい人生でした。




しかし、とても今幸せそうで嬉しいです。あの病の最悪な時も、再起不能かもと思える状況でも、「治すこと、治ることに集中」し、好きな仕事に復帰すると強い決意をもっていました。




母は、息してご飯食べて笑ってくれれば良いと、当時言ってました。優しい従姉は、辛いときにこそ、ニコニコニコニコと、ニコニコがいくつ書かれているだろうというニコニコだらけの手紙をくれました。





色んな優しさと縁であの辛い時を乗り越え、今はいつも笑っています。つくづく、神様に強くまもられているなと思います。


妹と双子で生まれて、色々ニコニコを分けてもらえるしお腹を抱えて笑わせてくれるし、楽しませてもらってます。


それぞれに家庭があり、夫がいて子供たちがいて、一緒に暮らした年月はお互いの家族で暮らした時間より短いのに、いつも話が尽きず、いつまでも笑い合えるのは幸せな事だなと思います。


【画像はドラえもん検索画像より】