goo blog サービス終了のお知らせ 

家族団欒ブログ

家族団欒の広場です

読書雑感

2020年09月28日 | その他
タイトルは「読書雑感」にしました。
ジジが本のことで思い出すのは貸本屋のこと。小学校低学年の頃の話ですが、東三河の田舎町に住み、本屋が自宅から半径500メートルに2軒ありました。本を買う余裕がなかったからほとんど立ち読みでしたが、本屋はいやな顔をしませんでした。
 
  画像はインターネットから借用しました
もう一つは貸本屋のこと。貸本屋は銭湯の隣にあり、わずか数坪の小さな店でしたが、風呂に浴びて貸本屋へ。ゆっくり読みたいというときは借り出しましたが、貸本代金がいくらだったか忘れました。
小遣いなんて無かったから貸本屋で立ち読みでした。でも本屋の主人はいやな顔をしませんでした。戦後間もない時だったから、貸本屋の店主は心得ていたのでしょう。
本は貸本屋で読むものと習慣が子供の時に出来上がっていて、今でもほとんど本を買うことはありません。幸いにして自宅近くに市立図書館が3カ所あるから借り出して読んでいるのです。 ジジ

面構え

2020年09月26日 | その他
過日(6月18日)、このブログに「ほうれい線」のことを書きました。
「ほうれい線」なんて言葉は知らなかったのですが、鼻の両側に発生する縦線のこと。赤ん坊のときにはないが、年をとるにしたがって線が濃くなり、一見してこの人は老人になったなあ、ということを証明するようなもの。
顔の表情は誰もがちがう。一覧双生児だってどこか違うはず。そうでなかったら家庭内で親父や母親が困る。 

 年をとったらどうなるか(インターネットより借用)
「顔」の字を分析してみよう。大きくわければ「彦」+「頁」。高橋政巳著『漢字の気持ち』によると、「彦」は美男子のことで「頁」は礼拝している人を横から眺めた姿だそうです。両方合せて「男子が儀礼式で美顔をしているさま」とのこと。
ジジはそういうことを知らなかった。顔で大事なのは「面構え」だとばかり思っていました。あえて言うならば、トランプ大統領や自民党の石破総裁落選者だってライオンみたいな面構えだし、狸みたいな面構えをしていても言うことは辛らつ。
その点でいうと、ジジの面構えの方がよっぽどいい。ただし男前であること金満家であることとは不一致。ジジは清廉潔白だから金権亡者の政治家とはちかうもです。ハハハ、やせ我慢の本音がでた。 ジジ。

石山本願寺

2020年09月21日 | その他
かつて日本仏教13宗のことを書きました。13宗の中には、もちろん浄土宗や浄土真宗がありますが、浄土真宗を起したのは親鸞でした。日本は清な国だから浄土なのです。
日本の国土を破滅させたのが大東亜戦争や太平洋戦争。もっとも浄土宗が起こったのは平安時代から鎌倉時代にかけてだから、大東亜戦争も太平洋戦争も関係はない。親鸞はお墓の中でホッとしていることでしょう。
  
ジジは京都の法然院に行ったことがあります。法然院は法然が修行を積んだところ。東山奥の山中の静かな所でしたが、坊さんがたくさんいました。それに親鸞の本願寺(京都)にも行きました。後世の蓮如上人が京都駅前に立派な本願寺を建立したのですが、蓮如上人は本願寺の経営に成功し、孫正義氏みたいな人物でしょう。
蓮如というと石山本願寺。大阪城の敷地は元は石山本願寺があったところ。ジジは大坂城のそばに住んでいたから(上掲左図の印の場所。はジジが通った幼稚園)、時代が時代なら「おい、蓮如。チャンバラごっこやろう?」と気軽に声をかけていたはず。しかし、蓮如は足元にも及ばないスーパーマンだったのです。 ジジ。

白砂青松

2020年09月19日 | その他
地球の表面には陸と海があります。陸と海とではそこに棲息する生物が違います。生物は酸素を吸収し炭酸ガスを吐くのですが、陸と海とでは呼吸方法がちがいます。
陸上の生物である人間は長い歴史のなかで、水中の呼吸法を捨ててしまいました。例え話ですが、ジジは若いとき砂浜から離れて海の沖の方まで出ていったとき溺れました。この世からおさらばかと思ったとき助けてもらったのです。
 
話が変わりますが、海岸にはとテトラポットがずらっと並んでいます。誰が思い付いたかは知りませんが、日本の海岸の約半分はテトラボットが置かれています。実際にテトラポットを海岸に置いてみると、思わぬ結果がでてきました。
陸と海が遮断されたのです。テトラポットの下の砂がけずられ、それとともに砂浜が消滅していくという現象が起っています。海岸には白砂と松林がありますが、砂が削られるに従い青松が枯れ、風景が変化しつつあるようです。 ジジ

勝海舟曰く

2020年09月14日 | その他
先日、国会議員と選挙民のことを書きました。国会議員は政策のことは無頓着、選挙資金のkとばかり算段しているように見えます。一層のこと江戸時代に戻したらどうでしょうか。。
      
 勝海舟(左)       坂本龍馬(右)
そこで勝海舟のことを書きます。勝海舟は咸臨丸で渡米し、アメリカの議会制度を学んで帰国し、江戸幕府の重鎮どもに経験談を伝えました。ボケた老中連中が「アメリカとはどうだったか?」と質問するのに対し、「はい、賢い人が上にいる国です」と皮肉たっぷりのきつい回答。老中連中はポカンとしていたそうです。
もう一つ書きます。勝海舟は神戸に海軍塾を開いていました。塾長は坂本竜馬。龍馬が「ワシントンはどうでしたか。大統領のご子孫は?」との質問に「大統領は下働きの女たちの給与のことを心配していたわ」と言うと、龍馬はキョトン。海舟は続けて「徳川将軍は下働き者の給与を心配したことがあるか」と言いました。
勝海舟は身分の低い人物でしたが、頭は冴えていました。日本の行く末が心配で日本がどうあるべきか、朝から晩まで考えていたのでしょう。言い換えれば、江戸幕府の将軍や重鎮は頭が空っぽだったということです。他山の石というべきか。 ジジ

入道雲

2020年09月12日 | その他
きょうは朝がたは少しは涼しさを感じるようになりました。空は曇っているが、昨日は青空にもりもりと雲が湧きあがっていました。空に一面に広がる入道雲でした。


暑い夏の日、太陽が燦燦と輝くと空気は熱くなり、空には水蒸気が集まって雲になり、それが入道雲になります。
入道とは茶坊主のこと。小妖怪かも知れない。京都五条の橋で弁慶が牛若丸と一戦を交えましたが、身軽な牛若丸があちこち飛び回るから降参しました。牛若丸こと源義経は刀の達人だったのでしょう。インターネットに、3尺たらずの小坊主が訓練を重ねるうちにどんどん大きくなり大入道になったとか、人間の形をしているがじつはイタチが化けているのではないかと、書いてありました。
それは天空を見ても分かります。入道雲はイタチになったり、タヌキになったり、ムジナになったり、茶坊主になったりします。入道雲は刻一刻と姿をかえるから妖怪みたいなものでしょう。 ジジ

ニワトリとは

2020年09月11日 | その他
ニワトリは早朝からコケコッコーと鳴きます。朝方、布団の中でうつらうつらしているとニワトリの鳴き声が聞こえてきます。ニワトリは名前からして「庭の鳥」。狩猟時代から家庭で走り回っていたのでしょう。ニワトリは弥生時代に中国大陸から渡来しました
  
 尾長鶏(左)と軍鶏(右)。インターネット画像を借用
ニワトリの大腿骨に見事な穴が開いていて、その穴に竹の楊枝を突っ込み、反対側から出てきた楊枝の角度で運を占う習慣がアジア各地で見られたそうです。また、生きているニワトリに首を刎ね、数歩だけ歩いたあと地面に倒れるそうですが、脚の開き方をみて運を占うこともあったようです。
つまり古代人は占いに利用してから食べる慣わしがあったようです。現代のニワトリはもっぱら食用として飼育されていて、占いには使用しません。ニワトリは可哀想な鳥だなあと思いながらも食べるのです。人間は殺生な生物です。 ジジ

天気予報と自己責任

2020年09月09日 | その他
近場の散歩であれ電車に乗って遠方に出かける場合であれ、天気予報が気になります。
テレビの天気予報は「天気がくずれそうだから、傘を持って行った方がいいでしょう」とのことだから傘を持って出かけますが、晴れてくると裏切られた思いになります。

千葉県は千葉県、神奈川県は神奈川県。風土が違うので天気もちがう。天気予報に責任を負わせるのは酷ではないか。
国家の政治判断だって似たようなものです。予報(予測)は予報(予測)であり、それをどう判断するかは個人の問題。新型コロナウイルスについても、政府や広域天気予報は大まかな指示で十分ではないか、あとは個人が判断すべきでしょう。 
最近の傾向は、お節介のやり過ぎです。お節介のやり過ぎが常識化するとメデイア依存症になり、自存性が落ちます。江戸時代は自存性(自己責任)がもっと強かったはず。通信手段の進歩でますますメデイア依存症になることを危惧しています。 ジジ

黒酢

2020年09月08日 | その他
大学の同級会で鹿児島県出身の友人が黒酢なら鹿児島産だと薦めてくれました。
それではと鹿児島産の黒酢を買ったのですが、いつまで経っても冷蔵庫に眠ったまま。後日、そのビンを取り出して味わってみても酸っぱい。酸っぱいから酢は酸性かと思ったがアルカリ性だという。
 
黒酢のビンに貼ってあるレッテルを見ると、「深いコクとまろやかさを楽しみください」とある。国産玄米100%。さすがは薩摩の黒酢だなあ。もったいないから冷蔵庫に温存したままだったのです。
鹿児島県産の黒酢を写真でみると、後楽園ドームほどもある屋外に壺が百万個も並んでいる。どうせ製造するなら広さと熱意がなかったら、本格的な黒酢ができないのかもしれない。
黒酢とは関係ないが、終戦直後の思い出。食料不足で栄養が悪かったためか、鹿児島産の黒酢が入手できなかったからか、ジジはよく寝小便を漏らしました。夜な夜な便所の近くで泣きじゃくっていると、隣のおばちゃんが出てきて「どうしたの?」と慰めてくれたのです。隣のおばちゃんの声援で寝小便が引っ込みましたが、あのおばちゃん、いつまでも天国で見守ってくれていたのだろうか。 ジジ 

寺檀紛争

2020年08月28日 | その他
散歩していると、あちこちに特異なカンバンが目に付きます。お寺と檀家衆がもめているのです。色あせたカンバンから想像するに、10数年来の長期紛争のようです。カンバンには「寺を私物化するな!」とあり、住職が財テクや妾を囲って寺の財産を処分しているとすれば、檀家衆はたまりません。

旧約聖書に「人はパンのみにて生きるに非ず」という言葉があります。日本人ならパンがなくてもお米があるが、お米が手に入らないときもありました。太平洋戦争終結直後はコウリャンとかサツマイモの蔓(つる)やイナゴの佃煮が立派なご馳走でした。かつて「貧すれば鈍する」という言葉がありましたが、現今では「鈍すれば地獄落ち」です。
 
平成・令和の時代になって物質文明は豊かになりました。江戸時代の人は、スマホやケータイの中で数万人が議論しながらスマホやケータイを動かしていると思っているでしょう。時代が変わりました。 ジジ


「月」と「肉」

2020年08月25日 | その他
先日は月が大きくみえるスーパームーンでした。ジジは見落としましたが、地球は太陽の子分。月は地球の子分。だから月は太陽の孫子分という訳です。
話が変わりますが、「月」によく似た漢字に「肉」があります。「門」の中に2つの「人」を真っすぐにすると「月」になります。国語辞典の「月」の項をみると、脳・胸・肺・肘・腹・胴・脚など身体の部位を示す文字がたくさんありますが、左側の「月」は「肉」のことです。
病がこうじて瀕死になると栄養をつけなけねばなりません。イノシシやシカやウサギなどの獣類、キジやニワトリなどの鳥類を密かに食べます。これを称して「薬食い」と言いました。
   
 インターネット画像を借用しました
明治時代になって西洋風の食事を受け入れ、鳥類や獣類を大ぴらに食べるようになりました。その代表格に「すき焼き」がありますが、なぜ「すき焼き」と言えば、畑をたがやす鋤(すき)を鉄板代わりにして生肉を置いて焼いたからだそうです。 ジジ


バナナ

2020年08月24日 | その他
日本はバナナを輸入しています。フィリッピ産が圧倒的に多く、その他の国々からの輸入は微々たるものです。バナナは人間の手足の指のような形をしているから“バナーン”(手足の指のこと)と呼んでいたのが、後に“バナナ”に変化したそうです。
フィリッピンには広大なバナナ農園がありますが、バナナは元々は雑草でした。貧乏人はそこら中に生えているバナナを食べて飢えをしのいだと言われています。
 
 バナナ(左)とバショウ(右)。インターネットから借用
日本には“バショウ”があります。バショウはバナナとそっくりですが、バナナは熱帯植物で日本では地植えでは育たないのに対して、バショウは温帯性植物でフィリッピンでは育たないそうです。
バショウというと松尾芭蕉ですが、松尾芭蕉は伊賀の藤堂家の武士でした。後に江戸に出て庭にバショウを植えたから俳号を芭蕉にしたようですが、松尾芭蕉はあちこちを旅したのは、秘密警察的な隠密行動だったようです。 ジジ

アンパンマン(1)

2020年08月02日 | その他
先日、このブログに「朝食のパン」の話を書きました。それから数日たって、やなせたかし著『人生、90歳からおもしろい!』にお米のパンの話が書いてありました。お米のパンがあるとは迂闊でした。
   
 いずれもインターネット画像を借用
やなせたかしさんは「アンパンマン」の作者です。漫画家です。
お米のパンは「外見は普通のパンと変わらない。食パンも、フランスパンも、コッペパンも、クロワッサンも、それぞれ独特の風味でおいしい。上質のパンという感じがするが、噛んでいるとあれれ、これはパンではなくて昔なじみの味だなあと不思議な感覚におそわれる」と、これはアンパンマン氏の言い分。
ジジはお米のパンを食べた記憶はないが、試しに一度食べてみるか。しかし、どこかに売っているのか。お米の餡パンは、「噛めばモチモチ」。お米が原料だからお餅の味がするのかなあ。日本には餡パンがあります。餡パンは世界広しといえども、日本特産品らしい。 ジジ

正岡子規と野球(のぼーる)

2020年07月21日 | その他
大学時代の友人から短歌同人誌を郵送してもらって、
  茜色に染まる槍、穂高を仰ぎつつビールの杯を重ねし夕べ
を一昨日、このブログに紹介しましたが、2冊目の短歌集からもう一つ紹介します。
                  *****       *****      *****       *****       *****   
  野ボールを愛しプレイしそのあげく野球と名づけし子規は升(のぼ)さん
子規は野球が大好き人間。子規は歌道に進みましたが、本来ならプロ野球のコーチをしていたかも知れません。東大予備部門に在籍時代、野球に熱中。しかも子規の幼名は「升」=「のぼる」と読みました。「の(野)」+「ぼーる(球)」=「野球」なのです。

    インターネット画像を借用
  夏草やベースボールの人遠し  子規
今は7月下旬。本来ならば太陽がギラギラと照りつける頃ですが、今年はいつまでたっても雨で野球どころではありません。子規が言うには「ベースボールほど愉快な戦争はない」と。東大時代にベースボールをプレイする人が遠方に見えたとき、そこまでダッシュしてコーチをしたかったのでしょう。
子規は野球用語をたくさん翻訳しています。たとえば、Batter(→打者)、 Base on ball(→四球)などなど。子規は歌壇の巨匠ですが、野球に専念していたら田中まーくんや大谷two wayを手取り足取りしてコーチしたかったのでしょう。その結果がどうなるかは知りませんがね・・・。 ジジ

常念岳の山小屋から

2020年07月20日 | その他
大学時代の友人から短歌の同人誌を郵送で送られてきました。本来なら柏高島屋別館の高層レストランでビールを飲みながら昼食会で歓談、そこで受け取る予定の同人誌でしたが、コロナウイルス問題で郵送入手しました。
その同人誌に載っているのが、
  茜色に染まる槍、穂高を仰ぎつつビールの杯を重ねし夕べ
常念岳の山小屋から夕日を浴びた槍、穂高連峰を眺めたもの。この歌は、『わが至福の時間』という題詠のもとに詠んだ歌です。

 (左)アーベントロート (右)長男宅から見た常念岳 
ジジは貧困学生で、アルバイトで忙しかったら山登りは出来ませんでした。
友人にとっては、空気の澄んだ常念岳より槍・穂高連峰を詠んだのは至福の時間だったでしょうし、彼は百名山に挑戦して完遂しています。登山狂と言ったら失礼ながら実に情熱家です。
ジジが山登りしたら谷底に陥落。いまさら山登りは無理だから、散歩して腰の衰えをカバーしています。 ジジ