

もう春ですが、冬の寒い時は「おでん」が食べたくなりました。おでんとは田楽の省略形(女房言葉)のようですが、社長は東京人らしいから紀伊国屋文左衛門とは関係ないようです。なせなら、紀伊国屋文左衛門が大儲けしたのは、紀州ミカンだったからです。
画像はインターネットから借用しました
ジジの東京本社は大手町交差点の角にありましたが、ジジの勤務先は内幸町分室でした。分室から近い駅といえば新橋駅。その途中におでん屋(田楽屋)がありました。
自宅への帰途の途中に一杯ひっかけて帰ったものですが、数十年の前のことだから店の名前は忘れました。店はけっこう広かったし材料も味付けも、どこの店でも同じようなものですが、肝心なのは店の雰囲気がよかったのです。もう何十年も前のことだから、今でも店が残っているのかなあ。 am
ジジが一番好きな果物は「柿」。リンゴやミカン以上に柿が大好きです。
正岡子規は若いとき、松山で教師をしていた漱石を訪ねて世話になり、しばらくは同居生活をしていました。
←法隆寺
そんなある日、子規は奈良を訪れました。奈良は御所柿で有名ですが、東大寺前の宿屋ではどんぶり鉢に大盛した柿にぱくついたそうです。その次に訪れたのが法隆寺で、名句を残しました。
柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺
がそれですが、元々は「柿食へば鐘が鳴るなり東大寺」だったのを法隆寺を訪れて「柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺」に書き換えたとの説があります。子規は柿を7個も8個も食べるが当たり前だったらしいのですが、金欠で財布が空っぽで腹がペコペコだったと事情もあったのかも知れませんね。
ところで、柿を食べる習慣は縄文時代からありました。万葉集には柿本人麻呂という歌人もいたし、当時の竹簡には「加岐」とか「賀岐」とかいう当て字もあったらしいから、岐阜は柿の本場だったのでしょう。
←富有柿
柿の代表的品種に「富有柿」があります。富有柿の原産地は岐阜県で品種改良の主は福島才治という人物だそうです。
品種改良で甘い柿をつくり出したとき、品種名を「福寿」にするか「富有」にするか夜も寝ずに熟慮したが、小学校の恩師に相談したところ、「「福寿」は畏れ多い。罰が当たる。「富有」にしたらどうかな」とアドバイスをもらったそうです。
小生のフログネームを「ジジ」とするか「ジジイ」とするか夜も眠らず思案したのと、発想が同じようなものだわ。
ジジ
先日、パソコンを開いてIP「Yahoo」を開くと、「陛下のブルーギル発言」という一行がありました。
陛下とブルーギルと何か関係があるのかなとクリックすると【ブルーギルは50年近く前、わたくしが米国より持ち帰りました】とありました。今は上皇陛下となられましたが、皇太子時代に訪米先のシカゴ市長から贈られたブルーギルを持ち帰り、水産庁の研究所に寄贈されたそうです。魚類学者の間では知られた話のようですが、上皇陛下が公の場で語られたのは初めてだった、と書いてありました。
それで思い出したのはジジが20代半ばにして、米国テキサス州ダラスに駐在していた時のことでした。
独身だったから郊外の住宅の一室に下宿していたのですが、離婚していたおばちゃんはボーイフレンドのおじちゃんとよく釣りに出かけていました。ダラスは内陸ですから大きな湖水や池で釣るのですが、魚はブルーギルとかキャットフィッシュ(なまず)と言っていました。
ブルーギルにしてもキャットフィッシュにしてもけっこう大きい淡水魚です。裏庭に釣魚専用の冷凍庫が据えてあって釣ってきた魚を冷凍保存していましたが、ときどき出してきて料理するのだろうか。”あんな魚を食べるのですか”とでも言ったら下宿代を値上げされるかもしれないから「あ、そう」と言うのが精一杯でしたが、釣られた魚も哀れなら、おばあちゃんに釣り上げられたボーイフレンドおじちゃんにも可哀想でした。
ジジ
きのうは初夏と思えない肌寒い一日でしたね。
このところ安曇野のユイちゃんがママのスマホを使って、しきりにLINEメールを
届けてくるようになりました。LINEでの会話に興味がわいたようです。
メッセージに加えて、可愛いスタンプがポコポコ入ってきます。
こちらも次男夫婦の、誕生したばかりの姫の可愛いらしい画像を送り届けました。
きのうは「父の日」でした。ユイちゃんはママに手伝ってもらって、甘いもの大好き
パパにシフォンケーキを焼いたようです。とても美味しそうなケーキ!です。
ユイちゃんはシフォンケーキをとても上手につくりましたね。見事なものです!
ユイちゃんは、ケーキにきれいなデコレーションを飾りつけ、パパへの感謝の手紙も
添えて、パパの帰りを待ったようです。パパはさぞかし喜んでくれたことでしょうね。
KUN
麦秋
関東も梅雨シーズンですが、関東の梅雨は毎日降っているわけではなく、きょうもあらから快晴です。
ジジの自宅近くにある自然(沼地)公園内の小さな畑の小麦は黄茶褐色に色づき、収穫が終わりました。
俳句の世界には「麦秋」という季語があります。「秋」という字は「禾」に「火」。「禾」の頭の「ノ」は穂、「火」は燃えるように色づいたことを意味し、だから「秋」は四季の秋をあらわすのですが、麦にとっては今が「秋」です。
デジカメの窓の向こうは麦の秋 凡愚
クレヨンの黄を麦秋のために折る 林桂
青梅の林見えけり麦の風 子規
「麦の風」という季語もあるようです。黄色に色づいた麦穂の間を吹き抜けていく、さわやかな風をいうのでしょう。
先日の週末には、公園保存会の人たちが総出で、鎌を手に小麦を刈り取りました。小麦は長い竿に掛けられて干され、間もなく昔ながらの脱穀機にかけられ、やがてうどんや素麺になるのでしょう。その頃には灼熱のお天道様が照りつける夏の到来です。
ジジ
ジジは海藻類は大好きです。ノリもワカメもヒジキもコンブもよく食べますが、中でもよく食べるのはノリ(海苔)。それも乾海苔。乾海苔とは浜辺で干した板海苔で、焼く前の乾燥した海苔のことです。
乾海苔 焼海苔
ところが最近はなかなか乾海苔が手に入りません。食品スーパーに置いてあるのは焼海苔ばかりで、乾海苔が置いてある店は滅多にありません。おそらく家庭で焼くのが面倒なもんだから、誰もが焼海苔を買うようになったからでしょう。でも乾海苔は焼海苔に比べて風味が全然ちがいます。
ただし、きょうはノリ(海苔)の話しではなく、コンブ(昆布)の話しです。
アラメ ワカメ ヒロメ
海に囲まれた日本列島の住人は古代から海藻類をよく食べましたが、古人は海藻類を総称して「め」といいました。個別的にはアラメ(荒布)、ワカメ(若布)、ヒロメ(広布)などがそれです。
古代人は「コンブ(昆布)」をヒロメといっていました。『続日本紀』の霊亀元年(715年)の記述に、蝦夷の須賀君古麻比留(すがのきみこまひる)らが朝廷に「昆布」を献上したと書いてあるそうです。蝦夷の海の特産物であるニシン(鰊)とかサケ(鮭)がアイヌ民族のことばと思われることから、コンブ(昆布)もアイヌのことばではないか、との話があります。
そのニシン(鰊)やイワシ(鰯)は今でこそ全国で食されていますが、江戸時代までは人間の食べるものではなく、畑や田んぼに撒く高価な乾燥有機肥料だったそうです。紫式部がイワシを食べてご主人の顰蹙(ひんしゅく)をかったという話がいまも語り継がれています。
ジジ