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家族団欒ブログ

家族団欒の広場です

蕗の薹

2022年02月21日 | 食事・食品
この時期になると、わが家の北側の庭に蕗の薹が頭を出してきます。
先日の雪の後、見に行くと頭を出していました。
   
大きくなる前に採取して、野菜てんぷらにして春の香りを楽しみました。
結構美味しい野菜てんぷらになりました。フキノトウ、サヤエンドウ、ゴボウ、シメジ、ジャコ玉ねぎのかき揚げ等々。   KUN

おでん屋

2021年04月09日 | 食事・食品

もう春ですが、冬の寒い時は「おでん」が食べたくなりました。おでんとは田楽の省略形(女房言葉)のようですが、社長は東京人らしいから紀伊国屋文左衛門とは関係ないようです。なせなら、紀伊国屋文左衛門が大儲けしたのは、紀州ミカンだったからです。

  画像はインターネットから借用しました
ジジの東京本社は大手町交差点の角にありましたが、ジジの勤務先は内幸町分室でした。分室から近い駅といえば新橋駅。その途中におでん屋(田楽屋)がありました。
自宅への帰途の途中に一杯ひっかけて帰ったものですが、数十年の前のことだから店の名前は忘れました。店はけっこう広かったし材料も味付けも、どこの店でも同じようなものですが、肝心なのは店の雰囲気がよかったのです。もう何十年も前のことだから、今でも店が残っているのかなあ。 am


玄米

2020年11月17日 | 食事・食品
昭和20年といえば終戦の年。昭和20年8月15日、ラジオから流れる玉音放送を聞いて「戦争は終わった。空を見上げても敵機ではなく、白い雲が流れていました」。
贅沢なんか言える時節ではない。戦中戦後はムギ飯を食べるのが精一杯でした。
むかしは「玄米」という粗削りお米がありました。「玄」は「黒い・暗い」という意味で黒っぽいお米を炊いて食べていたのです。いまでこそ、稲のモミを削って、削って白米にしていますが、戦中戦後時代は白米なんて夢でした。
室町時代から江戸時代前期にかけては黒いお米を食べていたようです。農業技術の進歩で、第6代目将軍徳川吉宗は白米を食べていたか。和歌山出身の吉宗は白米を知っていたのではないか。
白米を食べると増えるのが「脚気」。稲の穂を完璧にけずると白米になるものの、ぬか(糠)の中にビタミンCが逃げてしまうから、白米にはビタミンCが欠落。徳川吉宗は脚気の元祖ではなかったか。 ジジ

金山寺味噌

2020年09月07日 | 食事・食品
味噌と醤油は味付けに使われる大切な調味料。いつ頃に誕生したか調べてみました。
一説によると源平時代に遡るらしい。臨済宗に覚心(1207~1297年)という僧侶がいました。覚心はいまの松本市の近くにある神林と里で生まれたのですが、15歳になると松本市の南方にある神宮寺(ジジも訪れたことがあります)で、奈良仏教(天台宗・真言宗)や京都仏教(浄土宗・浄土真宗)を勉強しました。
 
 画像はいずれもインターネットから借用
覚心は40歳を過ぎて中国に渡り仏教の思想体系を学び、日本に戻るとスカウトされました。結局、スカウトされた先は紀州の湯浅というところ。湯浅の水は透き通るような清い水。この水を何とか活用できないかと考えたとき頭に浮かんだのは味噌でした。
中国の径山寺(きんざんじ)で学んだ味噌がおいしかった、和歌山の味噌をもっと美味しくしたいと工夫して出来たのが「金山寺味噌」でした。金山寺味噌は料理が足りなくなったとき、ご飯の上に載せてたべると旨い。そして金山寺味噌の底にたまっていた水も旨い。それが醤油でした。
時代が変わって江戸時代。大消費地になった江戸に味噌・醤油を供給したのは下総国野田村でした(野田味噌・醤油)。それでも足りないときは紀州から運んできたそうです。 ジジ
 

いわしのゴマ漬け

2020年08月22日 | 食事・食品
にしん御殿は聞いたことがあるが、いわし御殿は聞いたことがありません。北海道でニシンがたくさん獲れて大儲けして「にしん御殿」(下記参照)が建ったという話があります。
 
ニシンもイワシも下等な魚で人間が食するというよりも、飼料や肥料にしたものでした。
イワシはすぐ腐ってしまう弱い魚だから「鰯」と書きますが、その一方で「イワシの頭も信心から」という諺もあります。節分の時、イワシをぶら下げておくと、臭いから鬼が寄り付かないと信じられています
昭和時代初期の話ですが、日本の漁獲総量の半分はイワシだったそうです。それほど大量収穫だったのに、最近は収穫が減ってきたようです。獲りすぎて逃げ出したのか、イワシが弱ってしまったのか分かりませんが、やっぱりイワシを「魚・弱」と綴った祟りでしょう。
わが家の女房はイワシやニシン、サバなどの背中が青い魚が大好きですが、ジジは大好きとはいえません。九十九里浜の名産品に「鰯のゴマ漬け」がありますが、ジジの箸は敬遠気味です。 ジジ

朝食はパン食

2020年07月14日 | 食事・食品
ジジはサラリーマン時代、朝昼晩3食ともお米のご飯を食べていました。お米のご飯を食べないと力が出ないと信じていたからです。しかし、サラリーマンを卒業した今は、朝食はパン。その方が腹に負担にならないからです。
パンは最寄りの食パン屋で買うのですが、少し歩けば高級パン屋があります。先日、試しに買って食べたところ、生地が柔らかく、ところどころに空洞さえあります。
 
安いパンと高いパンとでは何がちかうか。高級パン屋の店員にたずねても、企業秘密なのか教えてくれません。安いパンは中身がぎっしり詰まっているのに対し、高級パンはすき間だらけ。すき間があるからソフトなのかな。
この年齢になると、少々割高でも美味しいパンを食べたい。散歩を兼ねて歩け、歩けで高級パン屋に行けば店員が歓迎してくれます。高級パン屋は大通りに面しているからクルマの往来がはげしいけど、歩道があるから大丈夫。お陀仏にはならないよう注意しています。 ジジ


フキノトウ

2020年02月29日 | 食事・食品
わが家の裏庭の狭いところに今年もフキノトウ(蕗の薹)が顏を出しました。フキノトウはやがて大きくなってフキになりますが、春がやって来るのを待ちわびて芽を吹くのがフキノトウです。
 
へそ曲がりのクネクネした字を書く相田みつをに「苔のつぶやき」という作品があります。
  わたしは殆ど陽が当たらない 
  わたしには杉の木や松の木のように 
  高くカッコいい姿にはなれない
  その代わりどんな風が吹いてきても
  倒れるといいうことがない   (以下略)
 
題名は「苔のつぶやき」ですが、「蕗の薹のつぶやき」も同じようなものでしょう。くーたんが裏庭に生えているフキノトウを摘んできて天ぷらにしてくれました。てんぷらは、フキノトウ(画像上左)、ウド(画像上右)の穂先、エリンギ、イカ、それにジャコと玉ねぎのミックス揚げなどです。
 
春の香りがいっぱいだし、柔らくて苦味のあるフキノトウが春の味覚をもたらしてくれるのです。ああ、旨かった。
                          ジジ


柿食えば・・・

2019年12月28日 | 食事・食品

ジジが一番好きな果物は「柿」。リンゴやミカン以上に柿が大好きです。
正岡子規は若いとき、松山で教師をしていた漱石を訪ねて世話になり、しばらくは同居生活をしていました。
  ←法隆寺
そんなある日、子規は奈良を訪れました。奈良は御所柿で有名ですが、東大寺前の宿屋ではどんぶり鉢に大盛した柿にぱくついたそうです。その次に訪れたのが法隆寺で、名句を残しました。
      柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺

がそれですが、元々は「柿食へば鐘が鳴るなり東大寺」だったのを法隆寺を訪れて「柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺」に書き換えたとの説があります。子規は柿を7個も8個も食べるが当たり前だったらしいのですが、金欠で財布が空っぽで腹がペコペコだったと事情もあったのかも知れませんね。

ところで、柿を食べる習慣は縄文時代からありました。万葉集には柿本人麻呂という歌人もいたし、当時の竹簡には「加岐」とか「賀岐」とかいう当て字もあったらしいから、岐阜は柿の本場だったのでしょう
  ←富有柿
柿の代表的品種に「富有柿」があります。富有柿の原産地は岐阜県で品種改良の主は福島才治という人物だそうです。
品種改良で甘い柿をつくり出したとき、品種名を「福寿」にするか「富有」にするか夜も寝ずに熟慮したが、小学校の恩師に相談したところ、「「福寿」は畏れ多い。罰が当たる。「富有」にしたらどうかな」とアドバイスをもらったそうです。
小生のフログネームを「ジジ」とするか「ジジイ」とするか夜も眠らず思案したのと、発想が同じようなものだわ。

                    ジジ


                                                                              


ブルーギル

2019年05月16日 | 食事・食品

先日、パソコンを開いてIP「Yahoo」を開くと、「陛下のブルーギル発言」という一行がありました。
陛下とブルーギルと何か関係があるのかなとクリックすると【ブルーギルは50年近く前、わたくしが米国より持ち帰りました】とありました。今は上皇陛下となられましたが、皇太子時代に訪米先のシカゴ市長から贈られたブルーギルを持ち帰り、水産庁の研究所に寄贈されたそうです。魚類学者の間では知られた話のようですが、上皇陛下が公の場で語られたのは初めてだった、と書いてありました。
  
それで思い出したのはジジが20代半ばにして、米国テキサス州ダラスに駐在していた時のことでした。
独身だったから郊外の住宅の一室に下宿していたのですが、離婚していたおばちゃんはボーイフレンドのおじちゃんとよく釣りに出かけていました。ダラスは内陸ですから大きな湖水や池で釣るのですが、魚はブルーギルとかキャットフィッシュ(なまず)と言っていました。
ブルーギルにしてもキャットフィッシュにしてもけっこう大きい淡水魚です。裏庭に釣魚専用の冷凍庫が据えてあって釣ってきた魚を冷凍保存していましたが、ときどき出してきて料理するのだろうか。”あんな魚を食べるのですか”とでも言ったら下宿代を値上げされるかもしれないから「あ、そう」と言うのが精一杯でしたが、釣られた魚も哀れなら、おばあちゃんに釣り上げられたボーイフレンドおじちゃんにも可哀想でした。 
                                       ジジ


父の日

2017年06月19日 | 食事・食品

きのうは初夏と思えない肌寒い一日でしたね。

このところ安曇野のユイちゃんがママのスマホを使って、しきりにLINEメールを
届けてくるようになりました。LINEでの会話に興味がわいたようです。
メッセージに加えて、可愛いスタンプがポコポコ入ってきます。
こちらも次男夫婦の、誕生したばかりの姫の可愛いらしい画像を送り届けました。

      
きのうは「父の日」でした。ユイちゃんはママに手伝ってもらって、甘いもの大好き
パパにシフォンケーキを焼いたようです。とても美味しそうなケーキ!です。
ユイちゃんはシフォンケーキをとても上手につくりましたね。見事なものです!
ユイちゃんは、ケーキにきれいなデコレーションを飾りつけ、パパへの感謝の手紙も
添えて、パパの帰りを待ったようです。パパはさぞかし喜んでくれたことでしょうね。
      
                                  KUN


麦秋

2017年06月17日 | 食事・食品

                                          麦秋

関東も梅雨シーズンですが、関東の梅雨は毎日降っているわけではなく、きょうもあらから快晴です。
ジジの自宅近くにある自然(沼地)公園内の小さな畑の小麦は黄茶褐色に色づき、収穫が終わりました。
         
俳句の世界には「麦秋」という季語があります。「秋」という字は「禾」に「火」。「禾」の頭の「ノ」は穂、「火」は燃えるように色づいたことを意味し、だから「秋」は四季の秋をあらわすのですが、麦にとっては今が「秋」です。
    デジカメの窓の向こうは麦の秋   凡愚
    クレヨンの黄を麦秋のために折る  林桂
    青梅の林見えけり麦の風        子規
「麦の風」という季語もあるようです。黄色に色づいた麦穂の間を吹き抜けていく、さわやかな風をいうのでしょう。
          
先日の週末には、公園保存会の人たちが総出で、鎌を手に小麦を刈り取りました。小麦は長い竿に掛けられて干され、間もなく昔ながらの脱穀機にかけられ、やがてうどんや素麺になるのでしょう。その頃には灼熱のお天道様が照りつける夏の到来です。
                                           ジジ


昆布

2017年06月10日 | 食事・食品

ジジは海藻類は大好きです。ノリもワカメもヒジキもコンブもよく食べますが、中でもよく食べるのはノリ(海苔)。それも乾海苔。乾海苔とは浜辺で干した板海苔で、焼く前の乾燥した海苔のことです。
   
                          乾海苔                       焼海苔
ところが最近はなかなか乾海苔が手に入りません。食品スーパーに置いてあるのは焼海苔ばかりで、乾海苔が置いてある店は滅多にありません。おそらく家庭で焼くのが面倒なもんだから、誰もが焼海苔を買うようになったからでしょう。でも乾海苔は焼海苔に比べて風味が全然ちがいます。
ただし、きょうはノリ(海苔)の話しではなく、コンブ(昆布)の話しです。
      
           アラメ             ワカメ              ヒロメ
海に囲まれた日本列島の住人は古代から海藻類をよく食べましたが、古人は海藻類を総称して「め」といいました。個別的にはアラメ(荒布)、ワカメ(若布)、ヒロメ(広布)などがそれです。
古代人は「コンブ(昆布)」をヒロメといっていました。『続日本紀』の霊亀元年(715年)の記述に、蝦夷の須賀君古麻比留(すがのきみこまひる)らが朝廷に「昆布」を献上したと書いてあるそうです。蝦夷の海の特産物であるニシン(鰊)とかサケ(鮭)がアイヌ民族のことばと思われることから、コンブ(昆布)もアイヌのことばではないか、との話があります。
そのニシン(鰊)やイワシ(鰯)は今でこそ全国で食されていますが、江戸時代までは人間の食べるものではなく、畑や田んぼに撒く高価な乾燥有機肥料だったそうです。紫式部がイワシを食べてご主人の顰蹙(ひんしゅく)をかったという話がいまも語り継がれています。
                                       ジジ