アカバネーゼのささやき

夫の裏切り!妻の仕返し!夫婦とは?自立に目覚めた私が起業するまで!

オツな温泉旅行 その3

2006年06月30日 | Weblog
お湯に濡れたバスタオルを外し、大急ぎで浴衣に着替えた

お昼のお弁当も美味しかったけど、こんなに長く温泉に浸かっていたので、すっかりお腹が空いてしまった


夕食は部屋ではなく、離れにある素晴らしい日本庭園の見える個室を頼んでおいてくれた

「どうして部屋食にしなかったの~?」

隣の部屋でテレビを観ているらしい彼に向かって、襖ごしに聞いた

「なんかサ、すごく二人が盛り上がってたりしたら、部屋にご飯持って来られた時に慌てるかな・・っていう設定だったんだよね


・・あまりにサラっと言うので、なんの事だかピンと来なかった

浴衣の帯を締めながら、急にコトの意味がなんとなくわかり、彼も男なんだ・・と思うと急にドキドキしてきた!


何も知らないふりをして、濡れた髪を大きな髪留めでザクッと止めて、

「お待たせ~」

と隣の部屋に行くと、

「あ!仕事中に髪の毛を留めてたヤツだ!それ、なつかしいな~。あかばねっちさぁ、お客さんが来たら慌ててそれを外してから接客に出てたでしょ?その時にいつもシャンプーのいい匂いがしてたんだ」

「へぇ~、いろいろとジロジロ見てたんだねぇ?全く知らなかったよ」

「いつも概要を覚えるのに必死だったもんね?」

「でも、高校野球で甲子園に出た話は聞こえていたよ。すごいね!」

「奇跡の1回だけだよ。せっかくそれをこの後、自慢しようと思ってたのに・・」

と、後ろから髪留めを眺めて、その後

「あ、お化粧、しなくていいよ。なんかその情けない顔がいいよ!」

「・・それって、褒めてるの?」

「そうだよ!いつもは仕事ができる女風だけど、実は情けない顔・・って事知ってるのはボクと他の人だけだからサ。あっ!でも他の人は、仕事をしているときのあかばねっちを知らないんだよね?あんなに優しい顔でお客さんの話を聞いてあげるところ、ボクしかしらないんだよね!勝った!」


「情けない顔ねぇ・・・」

「あれから、きっといい仕事するようになったんだろうね?一緒の現場で仕事したかったな」

「ホント、一緒だと楽しいだろうね!」

「でも、ボクはヤキモチ焼きだから、あかばねっちがすごく長くオジジと接客してると、もうそろそろ帰って下さい・・って言いそうだよ」

「あ!私も若いおねーちゃんと、長話してるとムカつくかも!」

「じゃあ、これでよかったんだよね? ボクはこれから5年か10年か、、東京に帰ってこられないんだよね?」

「そんなに長く?」

「先輩はみんな転勤すると長くて、あっちでヨメさん見つけてくるから・・・」


・・・・沈黙

廊下に出る寸前に、そんな話をしたもんだから、急に切なくなってしまった

「イヤだな・・・行きたくないな」

「私も、もう仕事続けても楽しくないよ」

スリッパを片方履いたままの姿勢で、彼がきつくきつくハグしてきた

とても切ないハグだった

情熱的ではなく、刹那的な、未来への絶望さえ感じる長い抱擁だった



長い廊下を浴衣にスリッパという姿で、二人はうつむきながら歩いた

4人連れの女性グループとすれ違った時も、配膳のカートとすれ違った時も、彼はどんなに邪魔でも、繋いだ手を離さなかった

さっきまで、裸でお風呂に入っていたのに、そのときは一度も指先さえ触れることがなかったのに、今は、胸が苦しい


桔梗の花が生けてある離れの部屋は、ひっそりと明かりが灯り、まるで今日の二人のためだけに用意された空間のようだった

どこかでタイミングを見計らって乗せたと思われる七輪の上には、地鶏やきのこがこんがりと乗ってあり、なんか、その絶妙なタイミングが、かえってどこかで二人を見張られているような気分になり、ちょっと不気味だった

ふと、家族のことが頭をよぎった

『電話しなきゃ』

でも、この雰囲気で彼に何も言えない・・


本当に素晴らしい気配りのお料理ばかりで、一つ一つ私たちは堪能した

「美味しいね」

「本当だね」

ただ、それだけ・・・

この雰囲気に何の演出もいらなかったし、モノマネも楽しい話題も作る必要はなかった

ただ、一緒に向き合って二人だけの空間を堪能したかった




・・・つづく



オツな温泉旅行 その2

2006年06月29日 | Weblog
霧の中でほんのり暗い岩の影から、彼が手招きする

「タオルをグルグル巻きにしてくればいいからサァァ!」

なんだか、座敷に正座している自分のほうが気恥ずかしいような気持ちになって来た


えいっ!行ってしまえ!


私は洗面室に入り、勝負のつもりで着てきたスカートもセーターも下着もとっとと脱ぎ捨て、髪をしっかり縛り、大きなバスタオルを巻いた

自宅にあるバスタオルより大きなそのタオルは身体を二周してもまだあまり、暑苦しかったが、いきなり裸になる勇気はない


私はタオルの端をしっかり胸に押し込み、鏡をみて、全体を点検して…、いざ出陣した

障子を開けると冷たい風がいっぱい入ってきて、タオルがないと立っていられないほど雨が冷たい

私は岩の上を注意深く歩き、そっと浅瀬から中に入っていった

タオルがお湯に浸かったとたん、急に身動きが不自由になり、その場でゆっくりと身体をお湯に沈めた

なんか温泉のレポーターのようだ

こうなると、黙っていられない

テレビレポーター風に…

「Nさん、いかがですか?ここのお湯の源泉は?効能は?」

すかさず彼は、また上司の真似をして

「あのねぇキミはねぇ、いくら肩凝りに効くからといってもナァ、お客様の満足度をどれ位わかっているつもりなのかねぇ!」

というので、負けず嫌いの私も…

「よろしいですか?もう一度、お話しますよ!そこよろしいですか?では朝礼お願いしま~す」

と新ネタで攻めてみると、彼はたいそう悔しそうに

「それ、忘年会で使えるよ!かなりいいよ~」

と、褒め称えた


まさかこんな山奥の温泉でモノマネ練習されているとは、会社の誰も考えないだろうな・・・

二人の元気な笑い声が、山に響いていた


雨は霧のように降っており、まるでミストサウナだ

・・と思ったと同時に、彼が

「この間、ミストサウナの体感コーナーでサ、急にしぶきが出なくなったから・・Sさんが中に入ったら、突然水が吹き出て、びしょ濡れになったんだよ!」

「うっそ~!!バカだ~Sさん」

「・・ま、ボクも体感コーナーに手を入れてたら、手に書いてたお客さんの大切な電話番号が消えて、大騒ぎしたけどねっ!」

「バカだ~Nさんも!」

私はタオルが重くて、もう体力の限界だった

もうとても岩をよじ登る力がなく、フラフラしてきた

「どーしたの?」

「タオルが重い・・・」

「そんなことは知らないよ~、じゃあ、外せば?」

私は、タオルがずり落ちないように、しっかり手で支えながら、彼に向かってお湯をかけた

すると・・・

「あかばねっち、お湯、弾かないんだ!」

「は??」

「お湯がベターァってなるんだね」

「うっそ~みんなならないの?」

彼の腕を見たら、お湯が玉のように弾いている

ガーーーーン・・・これが、歳なのか~

「今度、お風呂に入るときは、サラダオイルでも塗ってから入るよ」

「はははははは!これじゃあ、リゾートではもてないね!いいねぇ

「ムカつく・・・」

私は、もう一度自分の腕にお湯をかけてみた

お湯はザァーっと腕から流れ、玉のように弾くことはなかった。。。

かなり落ち込んだ

彼が、「お湯が弾かなくても、ずっと大好きだよ」

と言った

「お湯が弾かなくても・・・は、関係ないでしょ!」

ちょっとスネて、岩に座っていると、

「どうしよう?すごく可愛いって思うんだけど、えっちな気分になれないよ?」

「知りません!それはそれでいいんじゃないですか?」


彼は、時計を見ながら、

「あ、ご飯の時間だ!」

と言った

彼は、あっという間に上がって、タオルを巻き、再び浴衣姿で、私に替わりのタオルを取ってきてくれた


「大急ぎで準備してくださ~い」

と、ニコニコして叫んだ

誰かのモノマネだと思ったが、考える余裕はなかった

タオルが重過ぎて、握っている手が限界だった

次に入るときは、タオルなんていらないや!と単純にそう思った


彼から「旅人と太陽」の話をされたのは、1時間後だった

「無理やり上着を脱がそうと思っても、どんな風にもどんな雨にも負けないものなんだよ。優しく太陽が照りつけたら、旅人はすぐに上着を脱ぐんだよね」

・・・私は旅人か!


楽しい時間は少しずつ減って行く

朝なんてこなければいいのに・・・





・・・つづく


オツな温泉旅行

2006年06月28日 | Weblog
「ねぇ、この温泉旅行で何が一番楽しみ?」

薄暗くなりかけた高速道路をのんびり走りながら、彼が尋ねた

「え?そうねぇ、やっぱりあのお料理でしょう?」

「Nクンは、何が楽しみ?」

「あ。ボク?ボクは一緒に温泉に入ることが楽しみ」

・・・私はかなり照れてしまい、顔を少し赤らめて

「えらくストレートにきましたねぇ~ちょっとくらいひねりなさい!」

と答えると、彼は真顔で

「本当に一緒に温泉に入りたくてここを選んだんだ!一緒にお酒を飲みながら、いっぱい話したい事があるんだ!えっちな発想じゃなくてさ、、なんかおじいさん、おばあさんになって二人で昔話を話すような感じかな?」

「なんでおじいさん、おばあさんなのよ!」

「なんか誰にも邪魔されずに、ずっとモノマネ大会だな!」

「はははははは!いいよ!それは…」

「私ね、お風呂とトイレは一人がいいな。なんか落ち着かないじゃない。まして、男の人と一緒に入るのは、なんか安心できなくて、とてもリラックスはできないでしょ」

「大丈夫!大丈夫!お風呂の中で襲うような事はしないから!本当に温泉を一緒に満喫したいんだよ」

車はインターをおりて、山道に入った


少し雨がふりだし、彼は時計を見ながら

「大幅に到着時刻が変わったから、旅館に電話してくれる?夕食の時間も遅らせて?」

「はいはい!了解」


「もしもし??今日予約をしてますNですが、あと30分くらいで到着予定です。夕食は1時間遅らせてもらえますか?」


はい、よろしくお願いします・・・と電話を切って彼の横顔を見たら、とても満足げにニンマリしている

「あかばねっち、ボクの奥さんみたいだな!なんか超感激しちゃったよ」

「じゃあ、そろそろ誰か見つけて結婚でもしたら?」

「う~ん・・・、もしもあかばねっちに出逢わなかったら、ボクはもしかしたらこの春に結婚してたかもしれないな」

「え?」

「ずっと黙ってたんだけど、ボク、最初に仕事していた時、彼女いたんだ。でもあかばねっちに出逢ってから、すっかりキミに夢中になってしまって…、全然彼女に連絡しなくなってしまって、結婚の話もなくなってしまって、で、別れちゃった…」

「し・知らなかったよ、なんかゴメン

「別に謝らなくてもいいよ!だってボクが決めた事だから

「黙ってたことがずっとイヤだったんだ。だからこの旅行で話そうと思ってた」

「そうだったんだ…」

「キミに出逢っちゃったから仕方ないんだよ」

・・・

しばらくの間、沈黙が続いた


二つ目の信号を右に曲がると、竹やぶが続き、旅館の看板がひっそりと立っていた

駐車場に車を止めていると、旅館の女将さんらしき人と番頭さんが傘を持って車のそばまで迎えに来てくれた


格子戸をくぐり、「足元をお気をつけ下さい」と飛び石を一つ一つ丁寧に歩いた

少し前を彼と女将さんが傘に入って、少し笑い声が聞こえた

私は、その後姿に少しだけ嫉妬し、少し急いでついていった

立派なお庭を抜け、美しい黒の御影石の玄関口についた


彼は、まるで花嫁を迎える花婿のように玄関で一人こちらを向いて待っており、番頭さんが私を彼に、そっと譲ってくれた


彼と結婚するはずだった彼女のことをふと思い、なんか気まずい気持ちがしたが、でも今は、彼と一緒にこの玄関をくぐりたい・・と強く念じた

玄関で靴を脱ぐと、彼はまるでモデルルームでお客様を案内するかのように、いつもの癖で無意識に靴を揃えなおしていた

その姿が、とても可笑しかったので、ちょっとクスっと笑ってしまった


長く続く廊下には、各居室の前に美しく花々が生けてあり、どの部屋の前でも生け花の観賞だけでもしたいほど見事だった

桔梗の花の前で女将さんはとまり、どうぞ…と扉を開けてくれた

そこはほのかに香の匂いが漂い、なんともいえない品のよさと、心地よさをかもし出してくれた

二人で泊まるには贅沢すぎる広い和室と、半分開いた障子の向こうに立派なお庭にかけ流しの温泉が見える

温泉のザーザーという水の音と、雨でぬれた木々、岩、ほんのりと明るい行灯の光、私はこの幻想的な風景に現実を忘れ、気が遠くなりそうだった

女将さんがお茶を入れ、食事の時間を告げ、扉を閉めた

また、扉の隙間からあの香の匂いが漂い、うっとりした


「どう?気に入った?」

「ありがとう、こんなに贅沢なお部屋を・・・」

「写真を見たとき、絶対にこの部屋じゃなきゃ。。って思ったんだ。ショボイ旅館に泊めたくないから」

私は、まだ緊張して膝の上に荷物を抱えたまま、正座をしていた


「さ!お風呂はいるぞっ!」

あっという間に、彼は隣の部屋で服を脱ぎ、私が照れる暇がないほど早く、ざぶーーーーーーんと大きな音をたて、お湯の中に入った

「雨が気持ちいいよ~あかばねっちおいでよ~」


彼の声が、岩をこだまして、とても魅力的な声にしていた

私は大きく深呼吸をした


・・・つづく

いざ、出発!

2006年06月27日 | Weblog
彼はとてもマイペースな人だ

こんなにもこんなにも楽しみな旅行、どんなに早朝から迎えに来てくれるの…?と思ったが、

「前日に仕事が終わるのが遅かったから・・・」と、のんびり朝寝坊


逢ってから寝れば?

と私のほうが、焦っているのに、返事も来ない


11時を過ぎてから、今起きました~・・とメールが来た

やれやれ・・・

迎えに来るのはお昼を過ぎてからになりそうだ・・・


なんだろう?

この不思議な安定感・・・

何年も昔から付き合っているような…


不思議な気持ちだった

「若いカレシと人妻!!」という設定など到底なく、気心の知れた女友達と一緒に美味しいモノを食べに行く旅!!・・のような気分


なんとなく朝の興奮も消えて、のんびりと新しいマンションの物件概要なんかを覚えて、朝から余裕のお勉強!

そろそろ来る頃かなぁ~と時計を見るともう1時!!


「今、どこですか?お昼はどうしますか~?」

「昔、やった販売センターの近くに有名な割烹料理屋さんがあって、そこのお弁当が有名で超美味しいから、そこのお弁当注文したんだ~!持って行くからね~」

と電話があった

うんうん!なかなか気が利くじゃん!


お腹がペコペコになって、心の広いおねーさんにもそろそろ限界が来た頃、彼はのんびりやってきた

「お待たせっ!間もなく到着~」

すっかり、朝のバッチリメークも剥げて、マツゲも下がり、口紅だけが上塗りされて濃い・・・

も~どーでもいいや!

私が、のんびりと待ち合わせ場所まで行くと、

「遅いっ!」

とのたまった!


「は?遅いのはどっちよ?朝から何時間待ったと思ってるのよ?」

「いつも優しいな~と思ってたけど、やっぱり怒るんだ~!ごめんごめん」

ムカッ!!

「はい。お弁当!お汁も保温ポットに入れてもらってきたよ」

「うわ~~い!すっごい嬉しいっ!!」

キャー六角形の木の器に入ったお弁当の包み!!

・・・すっかり、お弁当にごまかされていたが、とても魅力的な誘惑だった



「提案なんだけど・・・」

「はい、所長!何でしょう?」

「もう、お腹が減って死にそうなんだよね。昨日の夜も夕飯なしだったから、もうアクセル踏む力も残ってないんだ~」

「それは、私だってお腹ペコペコだよ?」

「おベント、この辺で食べよう!」


・・・本当なら、ステキな高原の中で、爽やかな風景を眺めながら美味しい炊き込みご飯を食べたかったのに・・・

どーして、家の近くのいつも見慣れたこの風景で、おばちゃんの自転車こぐ姿や、子供の騒ぐ声を聞きつつ、お弁当を食べなきゃいけないのよ!!

・・・ったく~

でも、お弁当の誘惑には勝てなかった

プラスチックのカップに注がれた、お澄ましのダシの匂いに負けてしまった


ああ、美味しい!

もう、どこでもイイや!

これが食べられるなら、どんな景色でも、どれだけ待たされてもイイや!・・・と見事に「餌付け」されている私であった!!


お腹がいっぱいになったからと、ここでお昼寝なんかしたらシバク!・・と思っていたが、それは大丈夫そうだった


「いざ、出発!」

彼の運転はのんびりだ

バスの後ろで乗降中に待たされても、ニコニコ笑っている

信号はしっかり守り、高速道路でものんびり走る

こういう性格の営業マンでも立派な仕事人になるものなんだ

ま、彼の他社の物件まで褒めてしまう彼の人の良さが、今の営業成績に繋がっているのかもしれない


自分たちの生い立ち、子供の頃の思い出、なりたかった職業・・・いろんな話をした

ついつい調子にのって…
主人との出会い、結婚、ついでに子供の自慢話…までしてしまったが、彼はずっと笑って聞いてくれた

「万博」と聞いて大阪万博ではなく、つくば万博が浮かぶ彼との会話

結構ちぐはぐだが、なんか、笑ってしまう


サービスエリアでは、彼が口を尖らせて帰ってきた

「ここ、ジャスミンティがないよ!次も停まって探すゾ!」

本気で怒る彼も、どんな事も、私にとっては楽しい話題ばかりだった


見た目はオバサン、でも、心の中は学生気分の私だった・・・





・・・つづく


何も見えない二人

2006年06月25日 | Weblog
仕事が終わると、彼の販売センターの近くの路地で逢う事が日課になっていた


そこは仕事仲間もよく通る道

目の前のパーキングは社内の人もよく使う

ついさっき接客したお客さんが通るかも・・・


そんな事も、二人には見えないらしい


彼の目には私しか映っていないし、私も彼以外、何も見えなかった

危ない、危ないよ・・・



話したいことが山ほどあるのに、逢うとただ手を繋いで看板の前でうつむいていた

たった5分の充電時間だったが、二人には不可欠な時間だった


一日にあったことを話す・・・お互いに頑張ったね…と認め合う

ただ、それだけだったが、その時間のために、一生懸命に営業ウーマンも妻も母も主婦もPTAも全てこなした


「今度何を着て行こうかな?」

「長いスカート」

「オバサンっぽくない?」

「誰か他の人にキミの足を見られるのが悔しいから・・」

「その意見、異常だよ!誰がオバハンの足を見るの?」

「キミが思っているほど、おばさんじゃないよ。僕は心配で仕方がない!」


・・・他の誰かが聞いたら、後ろから飛び蹴りされそうな台詞。。


調子に乗ってついでに、もう一つ自慢しておこう!


会社の帰りの待ち合わせ場所で、看板の前で立っている私に、手でほっぺを挟んで


「ねぇもっと老けてよ」

「は??」

「今のままだったら心配だよ」

「これ以上おばちゃんになって、どうするの?」

「そうしたら、誰もキミに振り向かないもん・・」


友達にその台詞を言ったら

「車、一台くらいそのコに貢いだでしょ!」

と言われた

車一台貢いでも、そんな台詞を言う人は、たぶん一生で彼だけだと思う!

ありがたい、、、ありがたい!!


私も必死で働いたが、彼も相当忙しかったようだ

自分の送別会が二日おきに開催され、毎晩さんざん飲まされて、そのまま、また会社まで戻って仕事をこなす日々が続いていた

私と主人の間の出来事を聞いてから、彼は、とても気を使うようになり、どんな夜中でも、私のおやすみメールに対して、必ず、今現在の状態をメールで伝えてくれるようになっていた

「今、販売センターのパソコン前だよ」

「今日は同期で飲んでるよ」

「今、本社ビルの前でタクシーに乗ったよ」

「今日はオールになりそうだよ。キミの写メールを置いて仕事してるよ」


必ず、写メールで自分のデスクや、本社ビルを見上げた写真、販売センターのエントランス・・・いろんな写真が毎晩送られて来る

「別に疑っていないKら、写真はいいよ。」

「ずっと、安心して欲しいから」

どんな状態でも返事をくれた

いいよ・・といいつつ、なんだかその誠実さが嬉しかった


「私も誠実よ!」

・・と言いたいところだが、私は、家に『他の人』がいた

それだけヤキモチ焼きの彼が『他の人』の事を、悪く言わないのが不思議だった

彼と『他の人』の関係は、これからもずっとずっと続いて行くのだが、二人の間に不思議な連帯感や、特別な信頼感があるのはなんだろう・・?



いよいよ明日から旅立ち…だという日、私は夕食のとき、

「予定通り、いつものメンバーで明日1泊で温泉行ってくるね~。お留守番よろしくね」

子供も主人も、テレビを観たまま何も言わずに

「は~い」

と言っている

主人は、もともととてもマメな人だっただから、私が旅行に出かけても、ご飯も作ってくれるし、いつも安心して出かけることができた

私が母と海外に行った時なんて、子供のお弁当まで作ってくれた


平和な顔でテレビを観ている主人を横目で見ながら、ふと

『もしも、主人がこの旅行の相手を知ったら、殺されるだろうな・・・』

と、頭をよぎった・・・


でも、私の頭の中は、明日、一緒に彼と過ごしたい・・というその気持ちでいっぱいだった


この行為が主人を裏切る、家族を裏切る…主人を深く深く傷つける行為だと気づかされるのに、あまり時間はかからなかった




・・・つづく

旅立ちの前に

2006年06月23日 | Weblog
今でも主人が言う

「あの時ほど家の中がきれいだったことはない!」・・と



一泊の逃避行をするために、私は毎日万全の準備で頑張った


まずは自分磨き・・・

いつもよりも高級なシャンプー&リンスに変えた

毎日、腹筋を50回やる!

今までもったいなくて、ほんのちょっとしか使わなかったエスティローダーの栄養クリームを顔にたっぷり塗ってから寝る!


次は家の掃除

きれい好きの主人のご機嫌をとるために、どの部屋も念入りに掃除をした

捨てたゴミは大晦日の掃除よりも多かった!

フローリングもピカピカ

カウンターやテーブルの上には何も乗っていない

ピカピカのキッチン

どこも全くぬめりのない浴室!

入居したてのような爽やかなトイレ!



主人のワイシャツは全部クリーニングに…

シーツを久しぶりに交換して、糊をきかせて浴室で夜中にジャンジャン乾かした

たった1日の留守たが、その日のためにカレーもハッシュドビーフも作り置きして、バッチリ冷凍した

着々と準備は進む・・・



その間に、彼からは何十通メールが来ただろうか?

「どこに行きたい?」

「すごい豪華なところ見つけたよ」

「ここは行ったことある?」

「こんな旅館はどう?」

「高原はどう?」

「ロープウェイだって!」

「どんなご飯が食べたい?」

「平日限定だって!」

「部屋に露天風呂がついてるのがあったよ」

「すごいよ~、早くネットで見てみて~」

「自転車に乗れる?」

「大学の時の写真持ってきて!」

「歩いても痛くない靴で来て」

「おい!聞いてるの?」


一日中、ポケットの中で携帯は振動し続け、私は何度トイレに行ったことか!

メールの中身はウキウキ、ワクワクがいっぱい詰まった宝物ばかり!
どれも幸せな悩み!


「ちゃんと仕事してるの?ネットでそんな物ばかり調べてたらダメよ!」

「いいんだよ。すごい重要案件だから!

「場所はお任せします。ただ、誰か他のコと行ったところはちょっとイヤかも

「じゃあ、行ってないところなんてないなぁ…

「うっそ~、信じられない!もう、いい

「そんなの嘘だよ、、、○○温泉はゴルブでしか行ったことがないよ」

「その辺、あまり良くわからないから任せるよ」

「ネットで打ち出すから、今日、夕方会える?」


まるで、子供のようにはしゃいでいる彼を見て、反対に私は動揺していた


遠い昔、新婚旅行を決めた時でも、私と主人はこんなに熱心ではなかったと思う


結婚してから、他の男の人と親しく話す…なんて事もなかったのに、いきなり『旅行!!』なんて、、、なんと大胆な事!

日に日にどうすればいいのかわからなくなってきた

楽しみな気持ちと、不安な気持ち・・・

今なら引き返せる…という気持ちと、このまま後悔したくない…という気持ちの戦いだった


でも・・「泊まる」という行為はとても照れくさかったが、それよりも、彼と一緒に時間を気にせずに、山ほど話したかった


その日の夕方、販売センターからそう遠く離れていない路地で、二人は「緊急会議」を開いた

何事にもまじめなN所長は、一冊の物件マニュアルが出来上がるほど、旅行資料を集めていた!

「ねぇ、本当に仕事してるの?

そんな質問には答えずに・・


「ここは?○○料理が有名なんだって!

「いいねぇ

「ほら!ここ見て!すごいきれいでしょ?」

「いいねぇ

「そうそう、ここあと一部屋で満室なんだけど、すごい評判が良かったよ」

「いいねぇ

「ねえ!あかばねっち、本当に行きたいの?

「Nクンが必死で探しているのが嬉しいな

「じゃあ、真剣に見てくれよ!」

「こうして探してる時間が楽しいね

「じゃあもう、ここに決めるからね!


そこは、1泊一人4万円もする旅館だった

「ちょ・ちょっと!こんなに高いところは無理だよ!車の中で話しててもいいくらいなのに・・・無理するのはやめようよ。今、物入りでしょ?」


「いいよ、最高の時間にしたいから。これが、きっと最初で最後だから・・・」


胸がドキっとした

もう、これで最後なんだ

もう、逢えなくなるんだ・・

せっかく出逢ったのに、こんなに楽しいのに、、二人はこんなに気が合うのに・・・


人通りのある路地裏で、黙って二人は手を繋いだままうつむいていた


ただ、それだけで充電できた

それだけで、心の中はいっぱい満たされていた




・・・つづく




君と一緒にいられるのなら

2006年06月22日 | Weblog
主人が隣で寝返りをした

今日の彼の台詞、来週の事・・・いろんな事を考えて眠れない・・


なんだろう、、?

一緒に寝ていることがとても罪深いことに思えた

それは、心の中で違う人を想っている…という主人に対しての後ろめたい気持ちの罪なのか、

彼に対して、彼の事を思いながらも主人の隣で寝ている…という気まずい自分に対しての罪なのか…それはわからない


仕事が忙しいから、仕事で疲れているから・・といって、なんとなく寝る時間をずらしている自分がいた



本当に、自分勝手な私・・・

あの時、主人が他の女性を想っている時、何が何でも許せなかった

どんなことをしてでも、主人を取り戻したい…と、あれだけ苦しんだというのに・・・

主人と彼女を別れさせておいて、今度は、私への無関心を望むなんて・・・


もしも、主人が私を裏切ることなく、ずっとあのまま私を愛し続けていたら、今の私はどうしただろうか・・・?

きっと仕事をすることもなく、お気楽奥さまを続けていただろう

Nさんに出会った時、私は『主人への仕返し』・・・?と思ったのだろうか?

主人との間に何も事件がなかったら…、Nさんと出逢った私は、彼に惹かれることなく、ただのオバサンで今も生きていたのだろうか?


いや・・・
決して『仕返し』なんかじゃない

本当に『心』の部分で彼に出会ってしまって、いつも助けてくれた彼に惹かれていく自分が止められなかった

でもそれは、自分への『言い訳』?



私だけが幸せに…なんて言いません

どんな罰でも受けます


でも、今だけ、神さま、邪魔をしないで下さい

・・私、彼と一緒にいたい


彼と一緒にいる時間は、素顔の自分でいられるような気がする

自分を飾らず、素直に笑いこけて、女優にもならなくてもいい

温かくて、なつかしい彼に包まれたい

「絶対に傷つけない」と言った彼の言葉を、今度こそ信じてみようかと思った


私はずっとどこかで彼に「頑張ったね。すごいね!」と褒めてもらいたくて、ここまで頑張ってきたのかもしれない


ただそれだけ・・

・・・でも、コレが「不倫」というものなんですか?



夜が明けた

カレンダーを見た

あと一週間は2列しか残っていない


一生懸命に仕事をする

家の中を一生懸命に片付ける

お母さんを完璧にやる

妻を完璧に・・・?  ちょっとこれはわからない


来週にご褒美をもらうために



2週間後の別れを意識してから、二人は頻繁にメールを交わすようになっていた

まるで、誰かからのお許しが出たみたいに・・

どちらもメールを止めることができず、仕事中も、帰りの電車の中も、そして、家の中に入ってからも…


メールをして返事が来ると、二人は繋がっている…という安堵に包まれた

彼もまた、いつでも返してくれるメールで私の気持ちを確かめているようだった



「おはよう!今日もいい一日ですように!」

「今日、電車で○川さんに会ったよ」

「今日、どんな髪型してるの?」

「お昼何を食べた?」

「今日、ステキなご夫婦のお客さんがきたよ」

他愛もない会話・・・


思い切って

「おはよう!来週は火曜、水曜はお休みどうでしょうか?」

と切り出した

「休めそう?」

「休めるわけない!もうめちゃくちゃ忙しいよ でも絶対に休む!

「だ・大丈夫?」

「大丈夫じゃないよ。ヤバイヨ!でも、優先順に並べたら、これが一番重要な事だから」

改まって

「二日間…って、水曜と金曜の休みでもいい?」

「あの、できれば連休で・・・」

「でも、また7時までに帰らなきゃでしょ?僕の送別会をしてくれるらしいから、その後に顔を出そうかと思って…」

「あの。。実は、来週いつもの仲間と温泉に行く予定だったの。それが今回、仕事を一人休めなくなってしまって…旅行中止になりそうなの」


いきなり電話がかかってきた

「・・・なんて?」

「だから、その二日間をあなたと過ごそうかと思って」

「ホントに?信じられないよ!え??1泊できるの?」

「うん。だってもう時間がないから。時間に追われるのが嫌だから」

「でも…」

「イヤならいいよ、一人でのんびりするから!

「イヤなわけないでしょ?!」

「仕事大丈夫?」

「それまで、毎日会社に泊まりこんで仕事するよ。きみと一緒にいられるのなら」


二人とも、仕事中な事を忘れて、モデルルームの影から電話をしていた


この時の二人には、もう何も見えていなかった




・・・つづく


大胆な決心

2006年06月20日 | Weblog
「今日、何時に帰らなきゃいけないの?」

デザイナーズチェアのコーナーのダイアモンドチェアに腰かけたまま、不安そうに彼は私を見上げて言った


時計を見た

なんて時間の過ぎるのは早いのだろう…

窓のないこの不思議な空間は、現実を忘れさせてくれた
いろんな国からやってきた家具たちは、私たちの心に、非現実的な空想を作ってくれた

でも、時計からは逃げられない・・


「ごめん、もう帰らなきゃ…。」


仕事のない平日に、夜7時を過ぎる事はなかったから、かなりマズい…

私は、ある決心をしながら、黙って階段を下りた

中でずっとリードして案内してくれた彼だったが、帰りは不安そうに私の後ろからついて来た


賑やかな通りを離れたこのビルの下には、なかなかタクシーは来ない

「駅はどっちにあるんだろう?」

「タクシーで僕んちまで一緒に帰ろう?そしたら、うちから家まで僕が運転して送ってあげるよ」

私はあの長い道のりを思い出し、苦笑いした


「それってスゴい遠回りでしょ!今の時間、首都高混んでるし、タクシー代がもったいないよ。まっすぐ電車で帰るから」

「…違うよ。家に帰したくないんだ」

「・・・」

「…きみともっと一緒にいたいよ」


私は、不安な目で訴える彼の冷たい頬を両手で包み、明るい声で答えた


「わかってる。来週どこかに行こう?仕事、連休取ろう。忙しいと思うけど…」

私は後悔したくなかった


だから彼のために2日間全部あげる
時間にも誰にも邪魔されない2日間

「この時間を作るために必死で仕事しよう? 私は、この日のために仕事も頑張るし、家の事も完璧にするよ。よしっ!今日は帰るから。わかった?」

「…わかったよ」

「おうっ!よろしい!」

「あかばねっち、男前だねっ!惚れるよ」

「まかせなさい!


少し照れくさそうに彼が

「お願いがるんだ。。。・他の人と仲良くしないで欲しいな」


「じゃあ、言わせてもらうけど、N君もいつもメールが来る本社の契約部のおねーちゃんと仲良くしないでよ!」

なんとも言えない嬉しそうな顔をした彼は

「どーしよーかなー?」

と生意気にも答えた

「ムカつく!」


私は駅の階段を駆け上がろうとしたが、彼がバッグを引っ張り

「大丈夫、僕はきみを絶対に悲しませないから」

と言った

「他の人と、別に仲良くしてないから!」

と明るく私も笑った


駅前には通勤帰りの人が行き交っていたが、私たちは、一瞬の隙に1秒間のキスをして、そのまま何もなかったかのように改札に急いだ


私はお母さんモードに切り替え、改札から

「遅くなってごめんね~。ご飯を2合炊いておいてくれる?よろしくね!後でその話聞くからね!待っててね

と子供に電話した


お母ちゃんになった私を彼は優しい瞳で見ていた


「ごめん、お子に謝っておいて。僕のせいで…」

「ホントに、おにいちゃんの方は世話がやけるよ~」

「なんか、急に強気だなぁ・・・

「ゴメンゴメン、調子に乗っちゃった


「今日は、また惚れ直しちゃったよ。」

嬉しかったが、照れている暇はない!

「それはどうも、、、じゃあ、ここでバイバイ、私はここで乗り換えるから」

「あかばねっちと同じ電車に乗ってる男、全員にヤキモチ焼くよ」


「そーゆー言葉、初めて言われた!いつか友達みんなにに自慢するよ!」

「今日は、敬語で話さなかったね!なんか嬉しかったよ」


「・・、先輩生意気言ってすみませんでした。今日はお先に失礼しま~す」

「じゃあ来週、研修、お休みしないように、しっかり仕事するように」

と、また苦手な上司のモノマネで言った


「研修」・・・あとで、その言葉の刺激にめまいがしそうになった。。。

私は、いつの間にこんなに大胆になってしまったのだろう・・


別れまであと14日・・・

この広い世界で出逢った二人

せっかくいただいたこの出逢いを大切に育てたい



・・・つづく




現実逃避

2006年06月19日 | Weblog
あと15日間、どうやって過ごせばいいのだろう?

もうすぐ逢えなくなってしまう・・・

毎日いつもいつも逢っていたわけではないし、一緒に仕事をしているわけでもない


でも、いつでも彼は飛んできてくれる

いつでも私が飛んでいけば逢える


・・・だから、その支えがあったからどんな事も越えてこられた


もう、仕事の帰りに誰も助けてくれない…

病気の彼に、熱さまシートを貼ってあげることはできない…


タクシーの中で、二人とも無言だった

彼は「お台場」と行き先を告げた


彼の手から私の手に、切ない想いが充電される

私の手から彼の手に、迷いと悲しみが放電される


どうすればいいのかわからなかった

いい大人なのに「性欲」ではない、「母性」?でもない

なんだろう?この気持ちは?

ただずっとこうしていたい、まるで母体の中にいるような安心感

「この人に任せていれば大丈夫・・・」という思い

父親がすぐ隣で見守っていてくれるような暖かさ


こんなに緊張しているシーンなのに、眠くて仕方がない

このまま少し肩にもたれてもいいかな・・・


誰かがほっぺたを指でツンツンとつついている

なんとなく目が覚めるとレインボーブリッジを渡っていた


私は、彼が隣にいることを確認したら、また眠くなってしまった

「僕もウトウトしてた。。。なんだかすごく眠たいね。でもあかばねっちのイビキで目が覚めたよ!」

「う。。うそ~っ!」

「本当だよ!グググって聞こえて、起きたんだから」

ゲッ~ガハハハハハハハ~

二人で顔を見合わせて大笑い!!

急に彼は「あ、有明の方に言ってください」

と言った


タクシーの停まったところは大きな家具屋さんだった

「今度のモデルに使うソファやインテリア、一緒にみてくれる?」

「はい、付き合います」


平日の輸入家具の店は、とても空いていた

「インテリアが好きで、いろんなところに見に来るんだ」

「私は、新居に入る前、主人と何度も家具を見に行ったよ」

「あのさ、ご主人のこと『他の人』って呼んでもいいかなぁ?なんか悔しいからさ!」

「フフフフフ、『他の人』かぁ・・わかりました」


家具屋さんの広いフロアはたくさんのエリアに分かれており、私たちは二人でゆっくりと歩いた


「いつも仕事仲間と一緒に来るか、一人で打ち合わせで来るかだったんだ。いつもカップルが一緒に家具を選びに来ていて、すごくうらやましかったんだ」

「誰かとデートで来ればよかったのに…」

「一緒に家具を見たい人は、今までいなかったな」

「僕はこんなソファが好きなんだ」

「いいねぇ、なかなかセンスいいんじゃない?」

「こんな風に使いたいんだ」

「これはどう?」

「君と一緒だったらいいのに…」

「え?」

沈黙...


「他の人の事をずっと愛してる?」

「他の人には、彼女ができちゃって・・。ま、結婚したらいろいろあるんだよ」

「他の人のこと、今でも好きなんでしょ?」

「ずっと好きだったよ。本当に好きだと思ってた。でも、今はわからない」

「どうして、こんなにステキな奥さんがいるのに、きみを悲しませるの?」

「そんなにいい奥さんじゃなかったのかも」

「僕は絶対に君を悲しませないのに」

「それはわからないよ。結婚したらみんな変わるんだよ」

「絶対に悲しませない、一生きみを愛するよ」

「そんなこと、誰も信じられないよ。時間が経てば人の気持ちは変わるから」

「どうしてそんな絶望的な考えなの?」

「もう、疑ったり裏切られたりするのが怖いから」



「じゃあ、僕と結婚して?絶対に変わらないって誓うから」

「そんなの信じられないよ。いいの、このままで 結婚なんてもう誰とも一生しないよ」

「誰がきみをそんな人に変えたの?」

彼は悲しい目をして振りむいた


キッチンの食器棚がいっぱいあるフロアで、彼は私を抱き寄せた

「絶対に悲しませないから」

二人は食器棚の影で、静かに長いキスをした



なぜだか、涙が止まらなかった

なんだか、やっとここに落ち着いた・・・というような、不思議な安堵感だった

彼はずっとそこでおでこをくっつけたまま、

「だから結婚しよう?」

と言った


私は、鼻水をすすりながら、

「私、もう結婚してるってば」

「子供さんからママを取り上げられない。だから、ずっとずっと先でいいから結婚しよう?」

「そうしたら私はおばあさんになってしまうよ」

「仲良しのおばあさんと、おじさん・・でいいじゃん!」


真新しい家具に囲まれて、私たちは会社のことも、「他の人」のことも、全部忘れて現実逃避していた

ゆっくりと幸せな時間だった



・・・つづく



東京ラブストーリー

2006年06月18日 | Weblog
神さまはイジワルだ

大切に大切に育ててきた彼への気持ち

丁寧に丁寧に育てた小さな愛

決して無理はしなかったし、二人は決して走らなかった

強引なことはしなかったし、まるで中学生同士のような純愛だった

いい大人同士だったが、遠くからいつも見守っていた

「存在」することがお互いの幸せだった



いつもの仲良し友達とランチをしながら、笑いこけていた午後、夫のぼやき、子供の話、次のランチの場所・・・

平和な昼下がりに、とつぜん携帯がなった

絶対にメールしかしない彼だったのに、突然、彼からの直接の電話・・

何か、イヤな予感・・・


「もしもし?・・・」

「どうしたの?何かあったの?」

「・・僕、転勤になったんんだ」

「え?」

「今、辞令が出た。無意識にあかばねっちに電話した」

「どこに?」

「今月いっぱいで東京から関西の方に移動になった」

「え?なんて?」

「だから…転勤なんだ」

「どうして?N君なの?」

「行きたくないよ

「どうしてあなたが?」

「だって、僕は独身だし、転勤はどこでも受けます・・・って、希望を出してた」

「・・・」

「きみが東京にいるのに・・・」

「そうだよ、、私がいるのに・・・?」

「君がいてくれるから頑張れたのに…」

「私もあなたがいるから、ここまで頑張ってきたのに」


初めて、素直に二人の気持ちを声に出して言った


「ずっと一緒にいたいよ」

「私も離れたくない」


私は、友達のいる前で、ショックでご飯が食べられなくなってしまった

みんなは心配そうに私を見ている

「どうしたの?ご主人?何かあったの?」

「ううん、大丈夫」

「顔色悪いよ」

「・・・ごめん、帰る」

「何があったの?」

「仲良しの仕事仲間が転勤で…」

「もしかして、メールがたまにくる仲良しの男の子?」

「・・・うん」

「どうしたの?何で泣くの?」

「私、彼が好きかも」

「?!?!」


すぐに、店をあとにした

彼に電話をした

「ランチやめて帰ってきた。どこにいるの?」

「本社にいる。逢える?」

「行く、すぐにそっちに行くから」


もう、完全に自分の気持ちのバランスを崩していた

自分の気持ちが止められなくなっていた


本社ビルの1階のカフェで私は座っていた

近くには知っている上司

後方には前々回、一緒に仕事をしたアドバイザーのスタッフ


私たちは上司と部下なのに、一緒の仕事仲間なのに・・・二人の気持ちが意識しすぎて、一緒に座れない

私たちは二人のことを恋人同士だと思っていた

だから、申し合わせたように、一緒のテーブルに座れなかった

すました顔で一緒に隣に座ればよかったのだ・・・打ち合わせでしょ?


なのに、2メートルほど離れた席に彼はやってきて座った

悲しい目をしてこちらを向いている

私は彼の目を見たとたん、涙があふれてしまった


私たちに残された時間はあと15日・・・


2メートル離れた場所からメールが来た

「わざわざ来てくれてありがとう」

「当然でしょ?」

「ごめん、いきなり電話してしまって」

「大丈夫」

「一番に伝えたかったから」

「でも、いい伝言じゃなかったよ

「もう出よう?」

二人は同時に席を立ち、別々にレジに並んだ


正面の広い道まで二人別々に歩いた


ふいに彼がタクシーに手を上げた

彼が誘導し、私は黙ってタクシーのシートに座った

彼が横に座り、黙って私の手に、自分の手を重ねた


会社の前で誰かが二人に気が付いたかもしれない

でも、そんなことはどうでも良かった・・・



タクシーのラジオから古い曲が流れていた

口ずさめるが、何と言う曲だったっけ?


あっ「東京ラブストーリー」で流れていた曲だ・・







・・・つづく