台湾「讃!」ということで~。これUDNで見つけたたぶん昔の写真かな?
ということで阿信兄貴の15周年メッセージの続き
無數的音樂共識在這裡.. のところからだったような・・ では頑張って.. 気になるのは 意訳のつもりが異訳になる
ってところ.. なんせ翻訳機2台駆使しても分からない場合があったり~
どうぞ、、多めに見てやってください <(_ _)>
**以下続き**
無数の音楽の共用知識はこの中で出会い形作られて行ったというのは素直に認める、話題は波の光に
一つ一つちりばめられて、水気を含んだ霧が浮かぶかすかな太陽の光が木の小屋の中に一片の朦朧とした光をさして
それはまるで記憶と同じく浮かんで 遥か遠く..
(なんかこの部分は詞的なところに感ずるのですが私。。夜の光が湯気とともにこーー一筋さす感じですかね~)
だけど、僕のはっきり覚えてる一貫した印象はぎゅうぎゅう詰めの車は更に時々真っ暗な山間の音楽の音と
高揚した討論の話し声とで、大きく揺れて、当時僕たちが車で聞いていた音楽は啓蒙の時代の羅大佑で
みんなで口をそろえてリラックスした声で歌ってたっけ、そしてOasisは
サッカーファンをとりこにさせ、U2はいつも僕らの鳥肌を立たせてくれた
それからビートルズの歌は静かに僕たちの中に存在するんだ。
(このあたりはどんな音楽に影響されたかってところかな~。わたしの時代もOasisとかU2とか流行ってたかも。
もっと前だとカルチャークラブとか笑 これはいとこの兄貴がよく聴いてた)
練習スタジオでは、怪獣は台大の後門から歩いてくるんだけど、まさか僕のほうが休講になって
彼をお待ち申し上げるパターンが多かったのは意外!、で僕らは一緒に下で買ってきたパンを
買うついでに輔大から下校するマサを待って、遥かかなたの淡大からドタバタと
やってきて丁度車を止めようとしてる石頭にばったり出くわす感じ。
これが僕らの一番楽しみに待ってる時間!! 眠ってるエレキギターを箱から出して
スピーカーはまさにヒーター!!暖まってるぞって感じ。
ちょっと確認させて、僕たちの生活の中で一番大事なことは、
そのときから始めてずーーーっとしてることは音楽なんだ。
(お、ここで初めて気づいた。案外大学の同級生かと思いきや、、そうではなかったのか??
Wikiで調べたら 阿信:実践大学インテリアデザイン学科 怪獣:国立台湾大学社会学部
マサ:カトリック教輔仁大学社会学部 石頭:淡江大学水環係学科
ミンさん:国立台湾伝統演劇学院 ですが、師範大学付属中学 ここですね~ミンさんは別ですが
後の4人は同じ高校の先輩後輩な感じ?)
すごい!!長い付き合いなのだな~。
こういう仲の友達同士っていうのはいいな~とつくづく思ったりするのです
腹を割った付き合いってのかな~だからいろんな事ぶつけていい形で
音楽もバンドも続けていけるのだな~とおもった。
改めて五月天の魅力感じた!!(^v^)