深海生物研究者の日常

思いついたときに思いついたことを書きます

論文解説

2013-11-09 15:25:30 | 研究
先日出版された論文の解説をします.

簡単にまとめると,脊索動物の脊索ー神経管の関係と半索動物の前方背側内胚葉ー襟神経索の関係が似ている.両者の相同性は要検討であるが,近接する組織からのシグナルで管状の神経を形成するというメカニズムは,新口動物の共通祖先まで遡れる,という内容です.

脊索動物は,私たちヒトを含む動物門であり,その起源を明らかとすることは進化生物学における一大テーマの一つです.
脊索動物には,脊椎動物,ホヤ,ナメクジウオが含まれます.

脊索動物の特徴は,脊索と神経管を持っていることです.
これまで脊索動物の起源に関してはこれまで多くの研究がなされ,様々な仮説が提唱されています.その一つ一つの説について説明すると,本が1冊書ける勢いなのでここでは割愛します.
しかし,脊索動物の最も重要な特徴である脊索と神経管の起源は不明のままでした.

ギボシムシにはかつて脊索と相同であると考えれていた器官,口盲管,があります.口盲管は消化管の背側前端がさらに前方に陥入した構造です.口盲管は液胞に富んだ細胞から構成され,さらにその外側が線維性の結合組織で覆われていることなどから,脊索との相同性がWilliam Batesonによって指摘されていました.半索の名は,口盲管が脊索と相同であるということからBatesonによって付けられたものです.
しかし,近年の分子生物学的研究により,口盲管では脊索のマスターコントロール遺伝子であるbrachyuryが発現しないということがわかり (Peterson 1999, Development) ,その相同性には疑問がもたれています.さらに,Loweら (2006, Plos Biology) の研究から脊索動物の系統で体軸の背腹が逆転していることがわかりました.(背腹逆転仮説はGeoffroy–St Hilaireがオリジナルの大変古くからある仮説です.背腹逆転仮説を信じていない研究者もいます)口盲管も脊索も背側にあるために,背腹逆転仮説と矛盾することも相同性を否定する材料となっています.さらに口盲管は内胚葉であること,体の前後軸のごく限られた場所にしかないことなど,様々な理由で相同性は否定されています.

ギボシムシには神経管と相同と考えられていた器官も存在します.それが襟神経索です.ギボシムシは体の背腹正中に神経索を持っています.その神経索は表皮中に神経細胞の密集した場所があるという構造をしているのですが,ギボシムシの襟という領域でのみ,その神経索が体の中に落ち込み管状の神経索を作ります.それが襟神経索です.
襟神経索の形成過程は,William BatesonとThomas Hunt Morganによって観察され,その形成過程が脊索動物の神経管形成と類似していることがわかり,相同であると提唱されました.しかしながら,この相同性も,襟神経索と神経管がともに背側に存在すること(背腹逆転仮説に矛盾),体のごく一部にしか存在しないことなどから否定されています.

以上のように,脊索と口盲管,神経管と襟神経索に関しては,相同性を否定する証拠ばかりが見つかってきていました.しかし,新奇な形質の起源を解明するのに,相同であるかどうかが重要なのでしょうか?そもそも動物門というのは比較が不可能なほど形態的な隔たりがあるために分けられた訳です.それらを特徴づける形質に,他の動物における相同な形質が存在しないのはいわば必然でしょう.それなら,もっと踏み込んで,細胞の性質や,細胞同士の関係性という意味での類似性を探し,そこで使いまわされている分子メカニズムを探すことが必要でしょう.

そういうわけで,ギボシムシの口盲管と神経索の発生の再観察,そこでどのような遺伝子が発現しているかに注目して研究を開始しました.

口盲管と襟神経索はともに変態期の同じタイミングで形成され,そして,その発生初期においては隣接しています.襟神経索は神経細胞前駆体のマーカーであるelavポジティブな細胞が体の内側に陥入していくことで形成されます.その過程で,脊索動物において神経管と表皮の境界を決めているpax3/7やsoxEが同様に,襟神経索と表皮の境界で発現していました.さらに神経管の背腹軸を決定している遺伝子が,襟神経索においてほぼ同様のパターンで発現していたことから,管形成と管の領域化において,同様の分子メカニズムが使われていることが示唆されました.
また神経管形成や領域化において,脊索からのhedgehogなどの分泌因子が重要な役割を果たしているのです.ギボシムシの襟神経索形成期において,隣接する口盲管や口盲管の後方にある襟背側内胚葉においてhedgehogが発現しており,その受容体であるpatchedが襟神経索で発現していることがわかりました.このことは,前方背側内胚葉(口盲管+襟背側内胚葉)が出すシグナルを襟神経索細胞が受け取ることが出来ることを示しています.
また脊索が支持組織として機能する為に分泌している線維性コラーゲンをコードする遺伝子が,ギボシムシの前方背側内胚葉でも発現しており,細胞の性質が類似しているました.

以上の結果から,脊索と前方背側内胚葉,神経管と襟神経索はその細胞のタイプと,両者の関係という点において類似していることがわかりました.
しかし上記のような観点から,それらが相同である結論づけることは難しいでしょう.実際に何が起ったのかは,今後さらに多くの遺伝子の発現や機能解析を通して解明していく必要があります.ただ,今回の結果から少なくとも隣接する(おそらく起源は内胚葉)から外胚葉へのシグナルによって管状の中枢神経をつくるというメカニズムは,新口動物の共通祖先まで遡ることが出来るということが強く支持されることとなりました.

最新の画像もっと見る

コメントを投稿