
【連載】頑張れ!ニッポン㊶
侮れぬ中国の先端技術
釜原紘一(日本電子デバイス産業協会監事)
▲「中国製造2025」(東洋経済より)
中東での戦火の行方もさることながら、私はやはり米中対立の先行きが気になる。米国は中国での先端技術開発を遅らせるために、これまでいろいろと手を打ってきた。しかし、中国は自力での先端技術の開発を強化しており、一部分野では世界をリードするまでになったとの報道がある。
ところで皆さんは「中国製造2025」という言葉をご存じだろうか。これは2015年に中国政府が発表した製造業の高度化を目指す国家戦略だ。
中国が従来の「世界の工場」として安価な製品を大量生産する役割から脱却し、ハイテク産業で世界をリードする「製造強国」にしようという戦略である。
▲「新世代の情報技術と製造の深い統合」を打ち出した「中国製造2025」(Kknews.netより)
今年はそのゴールの年となる筈であるが、設定された約260の目標のうち86%以上が達成されたという。特に巨額の資金がものをいう分野や、中国14億人の巨大市場から恩恵を受けやすい産業では大きな成功を収めているらしい。
ただし、半導体では2025年までに自給率を70%にするという目標は達成できず、現状は25%程度ではないかと推測されている。例をあげれば、7nm(ナノメータ:1nmは10億分の1m)以下の最先端プロセス技術に必要なEUV(極端紫外線)露光装置などの製造装置や、設計ツールの多くを海外に依存しているのだ。
米国は世界で唯一EUV露光装置を製造しているオランダのASML社に、中国への輸出をしないように要請し、同社もその要請を受け入れた。それどころか、同社は我が国のラピダス社への協力を表明し、既にEUV露光装置はラピダス社で稼働している。
半導体以外でも世界をリード
半導体はともかくとして、他の分野では世界をリードするまでになった物も多く生まれている。まず、次世代通信規格(5Gなど)の分野では、ファーウエイ(華為 Huawei)やZTEといった中国企業が5G技術で先行し、グローバル展開や特許出願数、インフラ整備でリーダー的な地位を確立している。
例えば、ファーウェイは米国の想像を超えるほどの技術力を背景に通信インフラで世界市場を征するまでになった。スマートフォンでは世界第3位のシェアを持つまでに成長している。
中でも2023年9月には自社開発の先端半導体デバイスを搭載した新型スマホ「Mate60Pro」を発売し、話題となった。これには7nm(ナノメータ)プロセスの5Gチップを搭載している事が判明したからだ。
▲ファーウェイ本社(ウィキペディアより)
EV(電気自動車)分野では低価格EVの投入など、価格競争力において優位性を示している。注目すべきは、新エネルギー車(NEV)分野での中国企業の躍進だ。その中心的存在がBYD(比亜迪)だ。
BYDはもともと電池メーカーとしてスタートしたが、近年では電気自動車(EV)やプラグインハイブリッド車で急成長を遂げ、グローバル市場でもテスラと肩を並べるか、それを上回る販売台数を誇るまでになっている。BYDの急成長は中国のNEV産業全体の牽引役となり、グローバルな自動車市場の勢力図を大きく塗り替えつつある。
太陽光パネルでは、中国企業が世界市場の約80%を占めるなど、圧倒的なシェアを誇っている事はご存じの方も多いだろう。
産業用ロボットの分野でも、ロボット導入台数が増加し、中国国内のサプライヤーの価格競争力も向上している。労働者1万人あたりのロボット台数はドイツよりも中国の方が多いという報告もある。
日本はロボット先進国と言われていたが(マスコミは今でもそう思っているかも知れない)、今は中国や米国に大きく離されている。とにかく投入する資金の額や、ロボットに係わる人材の多さがケタ違い。
以上の他、AI(人工知能)、宇宙開発分野でも中国は力を付けている。AIでは先に紹介したディープシークの例でもわかるが、著しい進展が見られ、西側諸国を驚かせた。そして、宇宙開発では世界で初めて月の裏側に人工衛星を着陸させている。
米国が中国の「千人計画」を警戒した
何故中国はこのように力を付けて来たのか。一つには優秀な人材が増えている事も要因と考えられる。そこで注目すべきは「千人計画」(海外ハイレベル人材招致計画)だ。これは2008年に中国政府が開始した、海外で活躍する優秀な科学者、研究者、技術者、起業家などを中国に誘致するための国家戦略プログラムである。
中国の優秀な人材が海外に流出し、そのまま定着する「頭脳流出」を食い止めること、そして海外の先進的な科学技術やノウハウを中国に取り込むことが主な目的だ。計画に選ばれた人材には、研究資金、高額な給与、住宅手当、医療保険、子女の教育費補助、運転手付きの車などの破格の待遇が提供される。
当初は主に海外在住の中国人研究者・技術者が対象だったが、後には外国人研究者も積極的に招致されるようになった。中国の発展に不可欠な半導体、AI、バイオテクノロジー、航空宇宙、新エネルギーなどのハイテク分野や、経済、金融、法律などの専門分野が重点的に誘致の対象となる。米国は「千人計画」を、中国による知的財産窃取、技術移転、産業スパイ活動のツールと見なし強く警戒してきた。
多くの米国在住の研究者が、米国の研究機関で得た情報や技術を中国に不法に持ち出したとして国際的な批判が高まったことで、中国では「千人計画」という名称は公式の場ではあまり使われなくなり公式サイトも消滅した。
しかし、報道によると、現在この計画は「启明計画(Qiming jihua)」と改称され、中華人民共和国工業情報化部が管理しているとの事だ。名称は変わったものの、海外の優秀な人材を誘致し、技術を獲得するという中国の国家戦略は依然として継続している。
中国は米国に追いつき追い越し、習近平の提唱する「中国の夢」の実現に向けて、壮大な国家戦略のもとに着実に成果を上げている。恐るべし中国! 日本よ、目を覚ませ!
【釜原紘一(かまはら こういち)さんのプロフィール】
昭和15(1940)年12月、高知県室戸市に生まれる。父親の仕事の関係で幼少期に福岡(博多)、東京(世田谷上馬)、埼玉(浦和)、新京(旧満洲国の首都、現在の中国吉林省・長春)などを転々とし、昭和19(1944)年に帰国、室戸市で終戦を迎える。小学2年の時に上京し、少年期から大学卒業までを東京で過ごす。昭和39(1964)年3月、早稲田大学理工学部応用物理学科を卒業。同年4月、三菱電機(株)に入社後、兵庫県伊丹市の半導体工場に配属され、電力用半導体の開発・設計・製造に携わる。昭和57(1982)年3月、福岡市に電力半導体工場が移転したことで福岡へ。昭和60(1985)年10月、電力半導体製造課長を最後に本社に移り、半導体マーケティング部長として半導体全般のグローバルな調査・分析に従事。同時に業界活動にも携わり、EIAJ(社団法人日本電子機械工業会)の調査統計委員長、中国半導体調査団団長、WSTS(世界半導体市場統計)日本協議会会長などを務めた。平成13(2001)年3月に定年退職後、社団法人日本半導体ベンチャー協会常務理事・事務局長に就任。平成25(2013)年10月、同協会が発展的解消となり、(一社)日本電子デバイス産業協会が発足すると同時に監事を拝命し今日に至る。白井市では白井稲門会副会長、白井シニアライオンズクラブ会長などを務めた。本ブログには、平成6年5月23日~8月31日まで「【連載】半導体一筋60年」(平成6年5月23日~8月31日)を15回にわたって執筆し好評を博す。趣味は、音楽鑑賞(クラシックから演歌まで)、旅行(国内、海外)。好きな食べ物は、麺類(蕎麦、ラーメン、うどん、そうめん、パスタなど長いもの全般)とカツオのたたき(但しスーパーで売っているものは食べない)