【新連載】呑んで喰って、また呑んで①
鼻血の原因はカエルの揚げ物、それともホビロン?
●ベトナム・ホーチミン
山本徳造(本ブログ編集人)
昼下がりのホー・チミン市。茹だるように暑い。喉もカラカラだ。ひとしきり取材を終えたので、同行カメラマンのナベさんと旧大統領官邸近くにある洒落たカフェに入った。
キンキンに冷えたアイスティーを一気に流し込む。あー、生き返った。ふっ。カフェで小一時間ほど休憩して、次の取材先に向かおうと歩き始めたときである。
「あっ、ない!」
ナベさんが悲鳴を上げた。ナベさんは顔面蒼白で、狼狽えまくっているではないか。先ほど撮影したばかりのフィルムがなくなっているというではないか。
先ほどまでいたカフェに急いで戻った。座っていたテーブルの上にも椅子にも床にもフィルムはない。ウエイターに尋ねたが、「知らない」の一言。プロのカメラマンにとって、大事なのはカメラ本体であるのは言うまでもないが、その次に大事なのは、撮影済みのフィルムである。
カフェを出た。次の目的地まで行くしかないが、とぼとぼと歩くナベさんの落ち込み様は尋常ではなかった。
「あれがイケないんだ。アレが……」
ナベさんが夢遊病者のようにつぶやく。
「アレって何ですか?」
「アレですよ、アレ」
「……」
紛失したフィルムには、アオザイ姿の女子高生たちが写っていた。東南アジアの女子高生を取材してほしいという雑誌社に依頼され、タイ、カンボジアの取材を終え、ベトナムのホー・チミンに入っていたのだ。
ベトナムの女子高生と言えば、制服は真っ白なアオザイを思い浮かべるだろう。そう、ここホー・チミンでの狙いはアオザイを来た女子高生だった。薄っぺらいアオザイからは下着が透けて見える。
ところが、ナベさんは硬派というか、クソ真面目。刺激が強すぎたに違いない。撮影中に興奮してしまったのだろう。撮影が終わっても、口数が少なかった。口をポカーンと開けたまま。そのときは気にもかけなかったが、ナベさんはすでに放心状態だったのだ。
そんな精神状態だったので、撮り終えたフィルムをポケットかバッグに入れるときにポトリと落としたのだろう。そう、ナベちゃんが言う「アレ」とはアオザイだった。
終わったことは仕方がない。ナベさんに元気を出してもらわなければ困る。もうこうなったらやけ酒をあおるしかないない。そんなわけで、夕刻からホテル近くの大衆食堂で酒盛りが始まった。
「お疲れさーん!」
ビールで喉の渇きを癒した後、ベトナム焼酎を注文した。ソーダで割ると、なかなかいけるではないか。さて、酒の肴は何にしようか。日本のベトナム大好きの女子なら、バインセオ(ベトナム風お好み焼き)やゴイクン(生春巻き)を注文するだろう。
しかし、やけ酒ですぞ。酒の肴も、そんな甘っちょろいものではダメ。私たちが選んだのは、カエルを揚げた料理だった。ニンニクもたっぷりであるね。これぞ、肉体派の男の料理だ。美味い!
「ひゃーこのカエル、美味いなあ」ナベちゃんはカエルを気に入ったみたいだ。「焼酎もいけるよ。けけけけけっ」
酒好きのナベさんが下卑た笑いを漏らす。さきほどの落ち込みは何処かえ消え去ったようだ。カエルの一皿目はあっという間になくなった。焼酎のボトルも空に。カエルも焼酎も何本か追加した。
「ベトナムに乾杯!」
「アオザイに乾杯!」
「女子高生にも乾杯しなくちゃ」
乾杯は何度も繰り返され、3時間は呑んでいただろうか。ナベちゃんはグデングデンに。足元がおぼつかないようだ。担いでホテルに戻ろうとしたのだが、ホテルの目の前で足が止まった。香ばしい匂いを発する屋台が。その屋台を覘くと鶏卵よりも大きな卵並べられていた。もしかしたらホビロンではないのか。
「ホビロン?」
屋台のおばさんに聞くと、そうだとうなづく。やはりホビロンだった。ベトナムのゲテモノ料理の代表格、アヒルの卵の孵りかけである。殻の中には、生まれる寸前のアヒルが入っているので、見た目はかなりグロテスクだ。しかし、食べると叫びたいほど美味い。サザエのつぼ焼きに似た味だ。
精力剤としても有名で、フィリピンでも「バロッ」という名の同じものが売っており、私はその味が忘れられなかった。もちろん、その屋台でも食べたのは言うまでもない。期待以上の味だったので大満足。ナベさんの口にも無理やり押し込んだ。
翌朝、目覚めたときは二日酔いもなく、爽快そのものの気分だった。ナベさんも元気を取り戻し、さっそく別の女子高の取材に。もうアオザイに免疫ができたのか、撮影は順調に進む。が、突然、ナベさんが「あっ」と言って、鼻に手を。手から血がポタポタと。鼻血だった。その原因は、アオザイなのか、それともホビロンだったのか。いまだ不明である。