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食事に6時間とは…  【連載】藤原雄介のちょっと寄り道㊼

2024-03-30 07:48:56 | 【連載】藤原雄介のちょっと寄り道

【連載】藤原雄介のちょっと寄り道㊼

食事に6時間とは…

パリ、サン・カンタン(フランス)

 

 

「そろそろ夕食の時間ですね」
 フランスの取引先技術部長のミレー氏が食後のエスプレッソをテーブルに置き、眉を上げながら真面目な顔でつぶやいた。彼のピンク色の顔は飽食とワインの酔いでツヤツヤと光り、更に赤みが増している。
「オヤッ、もうそんな時間? 本当だ、もうすぐ7時だね」
 営業部長のサバティエ氏が腕時計を見ながら真面目な顔で言葉を引き継ぐ。

 食事時間が長い事で有名なフランスでは古典的なジョークのやりとりだ。今ではフランスでも、食事時間がどんどん短くなっているらしいが、40年ほど前はまだゆっくりと時間が流れていて、食事に3、4時間かけることは珍しくなかった。

 私が体験した最長食事時間は6時間である。その日は、なかなか意見がかみ合わないプロジェクトの工程とコスト管理のミーティングを終えると午後1時を過ぎていた。パリの裏通りのレストランの席でアペリティフのキールロワイヤル(シャンパンに黒スグリのリキュールを少量加えたカクテル。食前酒として人気)を喉に流し込みフーッと溜息をついた時には、1時半を回っていた。

 よく6時間も食事を続けられますね、と疑問の声が聞こえて来そうだが、実際、6時間はさほど長い時間とは感じられなかった。食事を楽しむとは、会話を楽しむことでもある。

 フランス人は、おしゃべり、というより、自己表現をすることが好きなのだろう。一つの話題から連想ゲームのように会話は果てしなくフラフラと迷走し、膨らんでいく。

▲キールロワイヤル シャンペンの代わりに白ワインで作ると単にキールと呼ぶ


 山羊と羊の違いについて論じるだけでも、1~2時間はあっという間に経ってしまう。山羊と羊の毛の長さ、角の形状、生息地、肉の味、乳の味などの違いなどについて一通り各自が蘊蓄を傾ければ、話しはどんどん飛躍し始める。

 誰かが言う。
「よく『神の子羊』というが、羊は神の使いではなく、イエス・キリストを指すのは、知っているよね。だけど、羊と違って何故山羊は悪魔の化身なのか知っているかい?」

 誰かが答える。
「バカな質問をするんじゃない。そんなことは誰でも知っているだろ。山羊は
ギリシャ神話では豊穣の象徴だったが、古代ローマでは、キリスト教の拡大に伴い、いつの間にか欲望と快楽の象徴と見做されるようになったんだ。その内、山羊頭の悪魔が考え出され、悪魔崇拝者によって山羊は悪の象徴となってしまったという訳だ」

 今度は私が言う。
「大学時代、スペイン人の教授が、スペイン人は羊肉が大好きで、毛と蹄以外頭から脚まで全て食べるんだと言っていた。羊を屠るとき、首の動脈をナイフで切り、バケツに噴き出す血を見て、旨そうだと感じるらしい。普通の日本人なら、ああ、気持ち悪い、可哀想だと感じるのだけれど…フランス人はどうなの?」

 誰かが答える。
「気持ち悪い、可哀想と感じる人もいるだろう。でも、舌なめずりする人も多
いと思うよ」

 私は続ける。
「ウーン、私は気持ち悪いと思うけれど、スペインの田舎で羊の頭蓋骨を左右に真っ二つにきれいに切断して、脳みそが入ったまま、頭蓋骨を容器代わりに、オリーブオイル、塩、ニンニク、唐辛子、香草、スパイスをまぶしてオーブンで焼き上げた料理を食べた事がある。オーッ、気持ち悪い、悪趣味! そんな嫌悪感と罪悪感を覚えながら恐る恐る食べてみたら、フワフワとした食感でとても美味しかった。けど、何だか複雑な気持ちになったよ。フランスでも、勿論羊の脳みそは食べるよね?」

 

▲スペインの移牧祭り 羊の飼育には移動がつきもの。スペインの羊飼いには昔から、羊の移動に街中や公道を利用する権利が認められている


 羊と山羊の話が一巡したら、次は英国、ドイツ、イタリアの悪口で盛り上がる。
「イタリア人の羊の数え方を知っているか? あいつらは、頭数ではなく、脚の本数で数えるんだよ」
「イギリス人は、食べ物の食感は分かるが、味は分からない」
「ドイツ人の頭は、キャベツだ」(ヨーロッパのキャベツは、野球ボールのように固い。日本語の石頭と同じ意味)

 勿論、日本人を揶揄する悪口も山ほどあるのだが、流石に日本人(私)を前にしては言わない。更には、次のバカンスの予定、ワインの蘊蓄、気候変動、猥談…と新たな話題がドンドン飛び出してくる。多くの日本人は、こんな風な食事は肩が凝って面倒くさいので苦手と煙たがるようだが…。

 フランス人と会話するとき、彼らはだいたいテンションが低い、そして否定的な言葉が多い。交渉ごとに於いては、ニコリともせず、小さな「ノン(否定)」を積み重ねてくる。
 いちいち、その小さな総ての「ノン」を否定してからでないと前に進めないので、さほど短気ではない私でさえ相当イライラしてしまう。同意するときでも、単純に「ウィ」とは言わない。かなりの確率で ‘If you like.’ (私は乗り気ではないが、アナタが望むなら)というフレーズがくっついてくる。
 素直じゃないよ、ホントに。

▲左からミレー氏、サバティエ氏、右端が筆者

 

 フランス北部のサン・カンタン(Saint-Quentin)という古い街にある取引先の工場に1週間ほど滞在したことがある。オランダに持って行く自動倉庫用クレーンの工程・品質検査のためだ。
 製品はほぼ期待どおりの出来映えで検査は順調に進んでいた。毎日の昼食は、工場の役員用のキャンティーン(社員食堂)で食べた。工場とはいえ、毎日、きちんとした身なりのウエーターが前菜、サラダ、魚か肉料理、デザート、コーヒーを運んでくれる。ワインも供されるし、味もなかなかだ。

 しかし、3日目になると、「従業員用のキャンティーンで食べさせてくれないか」と申し出た。食事に最低1時間半は掛かるし、毎日のランチがフルコースに近いものだと、いくら美味しくても、濃厚なソースや量の多さに辟易してきたからだ。

 私たちをアテンドしてくれていたミレー氏は、大袈裟に肩をすくめて言った。

 ‘OK, if you like…’(いいですよ。そうしたいのなら)

 少なくとも私には、シンプルでフランス人の日常の食事に近いであろう従業員食堂の食事の方がはるかに合っていた。フランスの国民食とも言われる塩だけで味付けした薄いビーフステーキにフレンチフライが添えられた「ステークフリット」や、白身魚のムニエル、ソーセージの盛り合わせ、ポテトサラダ、シチューなどシンプルな料理が多いので飽きない。
 今はどうだか知らないが当時は従業員食堂でも、ビールと小瓶のワインはしっかり用意されていた。

コンセルバトワール音楽ホール。サン・カンタンにはアールヌーボー様式の建物が多い

▲ フランスの国民食ともいうべき「ステークフリット」

                  

 

  

【藤原雄介(ふじわら ゆうすけ)さんのプロフィール】
 昭和27(1952)年、大阪生まれ。大阪府立春日丘高校から京都外国語大学外国語学部イスパニア語学科に入学する。大学時代は探検部に所属するが、1年間休学してシベリア鉄道で渡欧。スペインのマドリード・コンプルテンセ大学で学びながら、休み中にバックパッカーとして欧州各国やモロッコ等をヒッチハイクする。大学卒業後の昭和51(1976)年、石川島播磨重工業株式会社(現IHI)に入社、一貫して海外営業・戦略畑を歩む。入社3年目に日墨政府交換留学制度でメキシコのプエブラ州立大学に1年間留学。その後、オランダ・アムステルダム、台北に駐在し、中国室長、IHI (HK) LTD.社長、海外営業戦略部長などを経て、IHIヨーロッパ(IHI Europe Ltd.) 社長としてロンドンに4年間駐在した。定年退職後、IHI環境エンジニアリング株式会社社長補佐としてバイオリアクターなどの東南アジア事業展開に従事。その後、新潟トランシス株式会社で香港国際空港の無人旅客搬送システム拡張工事のプロジェクトコーディネーターを務め、令和元(2019)年9月に同社を退職した。その間、公私合わせて58カ国を訪問。現在、白井市南山に在住し、環境保全団体グリーンレンジャー会長として活動する傍ら英語翻訳業を営む。


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