
【連載】頑張れ!ニッポン㊹
職人型完璧主義の功罪
釜原紘一(日本電子デバイス産業協会監事)
日本の完璧主義が、物事の進捗を遅くしている要因の一つではないだろうか。だが一方で、完ぺきを求める精神は、日本製品の高い品質と、高い信頼性につながっているとも考えられる。まさに「完璧主義は功罪半ばする」というところだろう。
では何故日本において完ぺき主義が重視されるか。それにはいくつかの要因がある。第1に挙げられるのは、日本に根付く職人気質だ。
古くから日本のものづくりには、細部にまで気を配り、最高の品質を追求する職人気質が息づいている。職人気質と品質へのこだわりは、自動車や精密機器など、世界に誇る日本の製品の基盤となっている。
「工場には職人気質の人が実に多いなあ」というのが私の長い工場生活を通じての実感である。「日本のエンジニアの給与水準が世界的に見て驚くほど低い」と言われるが、日本の職人気質も影響しているのではないだろうか。
職人気質の人は、報酬などは二の次で、自分の仕事の出来栄えに生き甲斐を感じる。経営者はこのような特性を良い事に、安月給で技術者をいいように使っているのではないかと疑いたくなる。
「カゴに乗るひと担ぐひと、そのまたわらじを作るひと」と言う言葉がある。中国や米国の社会ではカゴに乗りたがる人が多いように感じられるが、日本では「わらじを作る人こそ大切なのだ」とばかりモクモクとわらじ作りする人が多いように感じる。
私はこれまで機会があるたびに「日本の技術者の給与が安い」と訴えているので、「技術者のくせに金にこだわる卑しいやつ」と思われるかも知れない。
だが、私も工場では長年「わらじづくり」をやってきたとの思いはある。
第2点は完ぺき主義の背景に、「恥の文化」が深く関わっているのではないかという事だ。日本では「市場に出すからには絶対に不具合があってはならない」と言う意識が強い。そのため、リリース前のテスト期間が長く、多岐にわたる検証が行われる。
あらゆるシナリオを想定し、考えられる限りのバグや不具合を潰してから市場に投入する。市場で不具合が出たら会社の信用を失うと言う意識は強い。
そのくせ、試験データを改ざんしたり、合格基準に満たない製品を、実用上問題ないからと出荷したりする事例もある。そんなことが発覚したら、却って会社の信用を失墜してしまうだろう。
第3点は日本の消費者の品質への極度に高い要求があると思う。現役時代には日本の消費者は世界一厳しいとよく聞かされた。だから日本市場で通用する製品は世界のどこへ出しても満足されるのだとも言われた。
行き過ぎた完璧主義
確かに日本では(海外のことは知らないが)買った品物について細部に渡って厳しい目が向けられる。例えば商品の包装なども少しでもシワがあったり、汚れがあったりすると返品の対象になる。
日本の消費者は、サービスについても多くの事を要求する。だから、デパートなどではお辞儀の角度まで注意して訓練するようだ。
「お客様は神様だ」とばかり、店員はお客の言う事に逆らってはいけないと言い聞かされる。お客が激怒して店員に「土下座しろ!」と要求する場面をテレビで見たことがある。
こうした行きすぎた行為が問題になって、最近は「カスハラ(カスタマーハラスメント)」として取り上げられ、理不尽な要求をするお客に対しては、毅然と対処するようになりつつあるようだ。
お辞儀の角度を研究したり、包装にこだわったりという事は、日本の「おもてなし文化」の現れとして称賛される面もある。しかし、私としては「何と無駄な事をやっているのだろう、そのエネルギーをもっと生産的な事に回せないものか。そんなことをしている間に世界はどんどん先へ行っているよ!」と言いたい。
行き過ぎた完璧主義は「失敗を許さない文化」と関係するのではないだろうか。失敗を許さない文化は、オリンピックで金メダル候補と期待された選手が、実力を発揮できず敗退する事と関係ないだろうか。
逆に外国の選手などは、本番でとんでもない記録を出して金メダルを取ったりする。まあこれは単なる印象を述べたまでで、きちんと統計を取ったわけではないので、聞き流して頂いた方がいいだろう。
アジャイル開発で成功したマイクロソフト
ところで、パソコンの基本ソフト(OS)などで寡占的なシェアを持つマイクロソフト社は、新製品開発で日本の企業とは異なる発想で取り組んでいると聞く。同社が提供するソフトは、時々バグが見つかることがある。我々の感覚では「こんな欠陥商品を売るとはけしからん!」という事になるに違いない。
しかし、彼らはリリースした自社製品にバグが見つかっても、慌てることも無く、素早くバグを除去した改良品を提供する。彼らが扱う製品はソフトなので、改良版はネットを通して ユーザーに供与される。
マイクロソフト社は、いわゆる「アジャイル開発」という考えでソフトを開発している。アジャイル (agile)は、「素早い」「機敏な」「頭の回転が早い」といった意味。つまり、アジャイル開発とは、「計画→設計→実装→テスト」といった開発工程を機能単位の小さいサイクルで繰り返す開発手法の一つである。
わかりやすく言うと、ある程度の完成度になったら、取りあえず市場にリリースして多くのユーザーに使ってもらって、潜在的なバグや改善点を見出すやり方を取っているのだ。その代わり、不具合が見つかった時の対応は素早く、その点に関する体制には万全を期している。 ソフトの開発にあっては、バグを完璧にゼロにすることは不可能に近いとの事で、「完璧を目指すより早くリリースして改善を繰り返す」という考え方に基づいており、アジャイル開発に近い考え方だそうである。
▲アジャイル開発(Fujitsu.comより)
ユーザーからのフィードバックや発見されたバグは迅速に改善して、ユーザーには無償で提供されるから、常に最新のバージョンをユーザーは使用できることになる。「Windows Update」はその典型だ。世界中に膨大な数のユーザーがいるため、市場にリリースすることで、多様な利用環境下でのデータ(バグ報告、利用状況など)を大量に収集できる。これは、社内テストだけでは不可能な規模と多様性である。
▲マイクロソフト本社(ウィキペディアより)
もちろん日本企業には良い所も沢山ある。その長所を活かし、経済の復興を目指したい。だが、経営スピードの点ではどうしても見劣りがするのだ。
過去30年の停滞を経て、米、中、台湾、韓国と言ったIT先進国に置いて行かれた感がある。だが、失敗を恐れて慎重にテストや確認を繰り返して、市場へ投入するタイミングを失っては元も子もない。リスクを取って、一歩前へ踏み出そうではないか。
【釜原紘一(かまはら こういち)さんのプロフィール】
昭和15(1940)年12月、高知県室戸市に生まれる。父親の仕事の関係で幼少期に福岡(博多)、東京(世田谷上馬)、埼玉(浦和)、新京(旧満洲国の首都、現在の中国吉林省・長春)などを転々とし、昭和19(1944)年に帰国、室戸市で終戦を迎える。小学2年の時に上京し、少年期から大学卒業までを東京で過ごす。昭和39(1964)年3月、早稲田大学理工学部応用物理学科を卒業。同年4月、三菱電機(株)に入社後、兵庫県伊丹市の半導体工場に配属され、電力用半導体の開発・設計・製造に携わる。昭和57(1982)年3月、福岡市に電力半導体工場が移転したことで福岡へ。昭和60(1985)年10月、電力半導体製造課長を最後に本社に移り、半導体マーケティング部長として半導体全般のグローバルな調査・分析に従事。同時に業界活動にも携わり、EIAJ(社団法人日本電子機械工業会)の調査統計委員長、中国半導体調査団団長、WSTS(世界半導体市場統計)日本協議会会長などを務めた。平成13(2001)年3月に定年退職後、社団法人日本半導体ベンチャー協会常務理事・事務局長に就任。平成25(2013)年10月、同協会が発展的解消となり、(一社)日本電子デバイス産業協会が発足すると同時に監事を拝命し今日に至る。白井市では白井稲門会副会長、白井シニアライオンズクラブ会長などを務めた。本ブログには、平成6年5月23日~8月31日まで「【連載】半導体一筋60年」(平成6年5月23日~8月31日)を15回にわたって執筆し好評を博す。趣味は、音楽鑑賞(クラシックから演歌まで)、旅行(国内、海外)。好きな食べ物は、麺類(蕎麦、ラーメン、うどん、そうめん、パスタなど長いもの全般)とカツオのたたき(但しスーパーで売っているものは食べない)