堀川通の入口、表裏両千家のすぐ近く
毎年春恒例、長谷川等伯による巨大な涅槃図の原本公開が京都・本法寺で間もなく始まります。本法寺(ほんぽうじ)は、京都の上京エリアにある日蓮宗(法華宗)の寺院です。安土桃山時代の長谷川等伯や本阿弥光悦ら、日本を代表する芸術家との深いゆかりがある寺です。両者の作品も寺には多く残されています。安土桃山時代の都の文化を今に伝える稀有なスポットです。
京都市上京区(かみぎょうく)は、室町時代から武家や貴族の屋敷とともに富裕な町衆が住んだ高級住宅街でした。現・京都御所、室町幕府の花の御所、秀吉の聚楽第、西陣、すべて上京区にあります。ほぼ中央を南北方向に通る堀川通と東西方向に交差する寺之内通(てらのうちどおり)は、秀吉の都市政策により主に法華宗(日蓮宗)の寺院が集中して配置されたエリアです。
鴨川の西岸にも寺町通と呼ばれるエリアがあります。ここも秀吉の都市政策により寺院が移転したエリアです。それまでは寺院が市中に特に集中しているエリアはありませんでした。有名な本能寺など、秀吉の時代を境に現在と所在地が異なる寺院は少なくありません。
境内に建つ等伯の銅像
長谷川等伯は1571(元亀2)年頃、故郷の七尾の菩提寺の本山だった本法寺を頼り、京都に出てきました。七尾ですでに画業で名を挙げていましたが、京都で絵の腕にさらに磨きをかけようとしたのでしょうか。現在も本法寺に隣接する塔頭の教行院(きょうぎょういん)に生活の拠点を得て、当時の最先端都市だった京や堺で絵を学びます。並行して千利休ら有力者とのパイプを築いていったと考えられています。
1591(天正19)年、秀吉の嫡子・鶴松の菩提寺の障壁画のオファーを等伯(長谷川派)がゲットし、狩野派と並ぶ都の一流絵師としての地位を確立します。現在の智積院に遺るその絵が、数ある日本の障壁画の中でも最高傑作と言える国宝「桜楓図」です。
【公式サイトの画像】 チラシ 裏面「大涅槃図」
都での地位の形成に感謝したのでしょう、等伯は本法寺に「涅槃図(ねはんず)」を寄進します。京都の寺院に遺る多くの涅槃図は大作です。本法寺のものも10×6mの大きさです。涅槃図は描かれた際の関係者をモチーフにすることはよくあります。先立たれた最愛の息子・久蔵や世話になった歴代住職を思わせる人物が多数描かれています。等伯の人生ドラマをすべて表現した絵と感じさせます。
本法寺裏の表裏千家のある小川通、無電柱化され空間が美しい
等伯は千利休と懇意であったと考えられています。千利休の脈を今に伝える三千家の内、表千家・裏千家は本法寺入口の反対側に面する小川通に今も続いています。上京の洗練された雅な都の文化を今に伝えるエリアです。涅槃図の原本は春だけの公開です。安土桃山時代の歴史絵巻を今に伝える“ホンモノ”を、ぜひ見に行ってください。
こんなところがあったのか。
日本にも世界にも、唯一無二の「美」はたくさん。
寺の住職が涅槃図の魅力を徹底解説
本法寺
平成30年 春季特別寺宝展 長谷川等伯 大涅槃図開帳
http://eishouzan.honpouji.nichiren-shu.jp/topics/2018_spring_flyer.htm
会期:2018年3月14日(水)~4月15日(日)
原則休館日:なし
※展示作品は、展示期間が限られているものがあります。
※大涅槃図の複製は、宝物館で通年公開されています。
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