横蔵寺(よこくらじ)は、前回ご紹介した華厳寺から西へ車で10分ほどのところにあります。こちらは22体もの重文の美仏を伝えていることから「美濃の正倉院」と呼ばれています。
境内は山深い渓流沿いにあり、緑のイオンがとても清らかに感じられます。岐阜県でも有数の紅葉スポットでもあります。
苔に覆われた石垣がかけがえのない景観を造っている
平安から鎌倉時代にかけての美仏がこれだけ多く揃っていることから、地域でとても繁栄していた寺であることがうかがえます。しかし寺伝が充分に残っておらず断片的な姿しかわかっていません。
創建に関わるスケールの大きい伝説があります。主役は天台宗を開いた最澄です。最澄は自ら開いた比叡山延暦寺の本尊として薬師如来を自作しますが、その際余った木からもう一体の薬師如来を自作します。最澄がそのもう一体の薬師如来を背負って諸国行脚をしていると、横蔵寺付近で薬師如来が動かなくなったため、最澄が祠を開いて祀ったのが横蔵寺の創建だというものです。
信長の焼討で焼失した延暦寺・根本中堂の現在の本尊は、江戸時代初めにこの伝説を根拠に横蔵寺にあった薬師如来を移したものです。最澄が薬師如来を背負って諸国行脚できるかは大いに疑問ですが、平安時代から延暦寺との密接な関係があったことは間違いないでしょう。でないとこれだけの美仏が伝わる理由が見出せません。
赤い橋を渡ると世俗から離れ仏の世界に入る
駐車場・バス停から参道を進むと最初に赤い「医王橋」を渡ります。正面の石垣の空間を覆う木々の緑の中で欄干の赤さが目を引きます。お寺という非日常空間にこれから入ることを美しく表現しています。
山門
医王橋を渡ると左方向になだらかな上り道になります。渓流が近いこともあり、苔の香りがするのではと思えるほど空気はみずみずしさにあふれています。
山門前はとても神秘的な空間です。「美濃の正倉院」と呼ばれているようですが、山門に立つと「美濃の室生寺」という印象を持ちました。奈良の山深くにある美仏と緑のオーラの宝庫である室生寺と、空間の印象が似ています。さぞかし古くから人々の信奉を集めてきたのだろうと感じさせます。
室生寺と同じく、少し高台に本堂と三重塔があります。戦国時代に信長の軍勢に襲われて伽藍は全焼したため、いずれも江戸時代の再建です。信長は天台宗でも延暦寺に近い寺だけを襲撃しています。戦国時代でも横蔵寺と延暦寺の密接な関係がうかがえます。
寺宝を収めた瑠璃殿
横蔵寺の重文・仏像22体の内、秘仏の本尊以外は宝物館である瑠璃殿で、雨天日と冬季以外は公開されています。
大日如来坐像は平安末期の作で、ほぼ同時代に造られた奈良・円成寺の運慶作の国宝・大日如来と似ている印象を受けます。お顔の表情には慶派のような洗練感はありませんが、大日如来らしい若々しさの中に観る者の心を落ち着かせる包容力を併せ持っています。鎌倉リアリズムとは対照的な表現に見応えがあります。
深沙大将(じんじゃだいしょう)立像は、仏像としては珍しく、眼がどんぐりのように飛び出したお顔が印象的です。鎌倉時代にはユーモアなポーズも見られるようになりますが、平安時代の作です。とても前衛的な印象を受けます。
仁王像のペアは、洗練された憤怒相をしています。鎌倉時代半ば、運慶の次男と考えられている定慶(じょうけい)の作です。鞍馬寺・聖観音や千本釈迦堂・六観音と並ぶ、定慶の代表作と言えましょう。
華厳寺と共に「行きにくい」ところにありますが、わざわざ訪れる価値があります。おすすめです。
こんなところがあるのです。
ここにしかない「美」があるのです。
やはりわかりやすい田中ひろみの仏像イラスト
横蔵寺
【揖斐川町サイト】https://www.town.ibigawa.lg.jp/kankoujyouhou/0000006092.html
原則休館日:なし(宝物殿は12/1~3/31と雨天休み)
入館(拝観)受付時間:10:00~16:00(宝物殿・舎利殿)
※公開期間が限られている仏像や建物があります。
おすすめ交通機関:
JR大垣駅から車で55分
名神高速「関ケ原」ICから車で60分、東海北陸道「岐阜各務原」ICから車で70分
JR東海道線「大垣」駅→養老鉄道「揖斐」駅→揖斐川町コミュニティバス「横蔵」下車すぐ
※この施設には駐車場があります(紅葉期のみ有料)。
※鉄道やバスは本数が少ないため、事前にダイヤを確認の上、利用されることを強くおすすめします。
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