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伽藍を構成する堂宇の役割:美術鑑賞用語のおはなし

2018年05月16日 | 美術鑑賞用語のおはなし



お寺の伽藍には様々な建物があり、実に多様な名前が付けられています。そのネーミングは建物の役割と密接な関係があります。建物や内部空間を参拝・鑑賞するにあたっては、名前の意味を知っておくと理解の幅が大きく広がります。お寺の建物の役割についてお話ししたいと思います。

なお寺によっては長い歴史の中で、本堂や講堂のような重要な堂宇が失われ、再建されないままになっているところも珍しくはありません。この場合は、失われた堂宇の役割を現存する堂宇で担っています。


本堂(金堂・中堂・仏殿・大雄宝殿)

寺にとって最も大切な、信仰の対象である本尊(ほんぞん)を安置し、祈りをささげる堂宇のことです。本堂(ほんどう)は時代・宗派に関わらず最も一般的に用いられる名称です。

金堂(こんどう)は、平安時代前半までに創建された古代寺院に多い名称です。この頃の仏像はほぼ金箔で覆われていたことが金堂という名称の由来になったと考えられています。中堂(ちゅうどう)は、延暦寺など天台宗山門派で用いられます。仏殿(ぶつでん)は禅宗の臨済宗・曹洞宗で用いられ、黄檗宗では大雄宝殿(だいゆうほうでん)と呼びます。

本堂は最も大切な堂宇であるがゆえに、多くの寺では最大の建造物になっています。

興福寺のように金堂が3つあった寺院もあります。また室生寺や當麻寺のように、金堂と本堂が両方現存する寺もあります。中心的な信仰対象の並列や追加・変化に対応するためです。

【Wikipediaへのリンク】 本堂


内陣&外陣(正堂&礼堂)、須弥壇

本堂のような仏像を安置する比較的大きな堂宇の内部は、内陣(ないじん)・外陣(げじん)に分かれていることがよくあります。内陣は仏像を安置する須弥壇(しゅみだん)を中心に、僧侶が祈りをささげる神聖なエリアです。外陣は参拝者が本尊に祈りをささげるエリアです。


東大寺・法華堂、

参拝の便のため、外陣を後世に付け加えた建築も少なくありません。内陣部分を正堂(しょうどう)、外陣部分を礼堂(らいどう)と呼ぶ場合もあります。

【Wikipediaへのリンク】 内陣


講堂(法堂)

説教や経典の講義を行う堂宇のことです。現代の学校にある講堂(こうどう)に近い意味です。大人数を収容するため、金堂と同じかそれ以上に大きい場合もあります。禅宗寺院では法堂(はっとう)と呼びます。天井に描かれた円形の雲竜図は、随所で人気を集めています。

【Wikipediaへのリンク】 法堂



お寺の塔は、そもそもは仏教を開いた釈迦の遺骨やその代替物である仏舎利(ぶっしゃり)を収める堂宇です。層塔や多宝塔など様々な種類があります小型の石造の塔もたくさんあります

仏教伝来直後の飛鳥時代は、塔は金堂と並んで最も重要な堂宇でした。徐々に本尊を安置する金堂がより重視されるようになり、塔は寺のランドマークとしての役割が加味されていくようになります。

禅宗寺院にはほとんど塔はありません。塔に代わるランドマークとして、入口に堂々と建つ三門がその役割を担っているのかもしれません。

【Wikipediaへのリンク】 日本の仏塔


開山堂(祖師堂・御影堂)

いずれも寺や宗派を開いた僧をまつる堂宇です。開山(かいざん)とは、その寺を開いた初代の住職(管理責任者)のことです。祖師(そし)とは、その宗派を開いた僧のことです。

御影堂は開山・祖師の肖像彫刻・絵画を安置する堂宇です。一般的に「みえいどう」と読みますが、浄土真宗では「ごえいどう」です。浄土宗や浄土真宗では、本堂と並んで最も重要な堂宇に位置付けられます。

【Wikipediaへのリンク】 開山堂


太子堂、大師堂

いずれも寺にとって特に重要な人物をまつる堂宇です。漢字と発音が似ていますが、まつる対象は全く異なります。

太子(たいし)堂は、飛鳥時代のヒーロー・聖徳太子をまつります。法隆寺や四天王寺では、太子堂ではなく聖霊院(しょうりょういん)と呼びます。

大師(だいし)堂は、ほとんどが真言宗の開祖である弘法大師・空海をまつっています。天台宗の寺で、智証大師や元三大師をまつる堂宇を大師堂と称する場合もあります。真言宗の寺では、大師堂は御影堂(みえいどう)と呼ばれることがよくあります。

大師とは、朝廷による高僧への尊称の一つで、主にその高僧の死後に贈られます。開祖や中興の祖のような各宗派で最も尊敬される高僧に贈られており、あらゆる宗派に渡ります。しかし堂宇の名称になっているのはほぼ、真言宗と天台宗の寺に限られます。

【Wikipediaへのリンク】 太子堂
【Wikipediaへのリンク】 大師堂


仏像名+堂

阿弥陀堂・薬師堂・観音堂・釈迦堂・不動堂・大日堂・文殊堂・毘沙門堂など、安置されている仏像の種類の名称をそのまま付けた堂宇です。浄土真宗の阿弥陀堂ように、本堂として位置づけられている場合もあります。

死後の来世に極楽往生へ導いてくれる阿弥陀如来をまつる「阿弥陀堂」は、平安時代の浄土信仰の面影を伝える寺に数多く遺されています。平等院鳳凰堂に代表されるように、浄土庭園の幻想的な景観と相まって、荘厳なたたずまいを見せるものが少なくありません

【Wikipediaへのリンク】 阿弥陀堂


戒壇堂


大宰府・戒壇院

戒壇(かいだん)とは、正式な僧侶として厳しい仏教の規律を守れることを朝廷が認定する授戒(じゅかい)を行う場所のことです。

奈良時代に来日した鑑真は、仏教の規律をきちんと理解して授戒ができる高僧が日本にいなかったため、聖武天皇に招へいされました。奈良・東大寺、福岡・戒壇院、栃木・薬師寺の三か所に戒壇院が設けられ、国家による正式な僧侶としての認定が行われました。

その後最澄の尽力で延暦寺にも戒壇院が設置されますが、平安時代後期にかけて国家による戒壇は徐々に行われなくなっていきました。鎌倉時代以降は各宗派が独自に僧侶としての認定を行うようになります。

戒壇堂という名称の堂宇は、東大寺と延暦寺に現存しますが、いずれも江戸時代の再建です。

【Wikipediaへのリンク】 戒壇


鐘楼、鼓楼

鐘楼(しょうろう)は、梵鐘(ぼんしょう)、いわゆる釣り鐘を吊るし、時報や合図を告げるための堂宇です。一般的には大晦日の除夜の鐘の会場として知られています。

鐘ではなく太鼓を設置して時報や合図、緊急事態を告げた堂宇は鼓楼(ころう)と呼ばれます。城に設置されたものは太鼓櫓(たいこやぐら)と呼ばれます。

【Wikipediaへのリンク】 鐘楼
【Wikipediaへのリンク】 鼓楼


経蔵

経蔵(きょうぞう)とは、経典・書物を収蔵する堂宇です。校倉造の高床式倉庫や、八角形の回転する書架に収めた輪蔵(りんぞう)があります。

【Wikipediaへのリンク】 経蔵


僧堂(禅堂)

僧堂(そうどう)とは、僧侶が修行する堂宇のことです。主に禅宗寺院にあり、中国風を重んずるため床は土間です。座禅や食事が行われます。臨済宗では食事は食堂(じきどう)で行うのが一般的であり、僧堂を禅堂(ぜんどう)と呼びます。中国式にのっとった禅宗伽藍では、法堂の西側(向かって左)に主に設けられます。

【Wikipediaへのリンク】 僧堂


僧房(僧坊)

僧房(そうぼう・僧坊)とは、寺における僧侶の住居のことです。寺院を構成する堂宇の中では、塔と並んで最も古い形態です。奈良時代までは講堂の東西(向かって左右)や北側(向かって上)に設けられることが一般的でした。

奈良・元興寺に奈良時代の僧房を鎌倉時代に改築した本堂が現存しています。平安時代以降は、大規模な僧房の建設は少なくなります。

【Wikipediaへのリンク】 僧房


本坊

本房(ほんぼう)とは、複数ある僧房の中で中心的な建物を指します。現代では僧侶の住居ではなく、寺の管理オフィスである寺務所(じむしょ)として使われる例が多く見られます。


食堂

「じきどう」と読みます。その字の通り僧侶が食事をとるレストランのことです。奈良時代までは講堂の東側(向かって右)や北側(向かって上)に設けられることが一般的でした。平安時代以前の食堂で現存するものはありません。



庫裏(庫院)

「くり」と読みます。寺の食事を用意するキッチンのことです。庫院(くいん)と呼ぶ場合もあります。現代では僧侶の住居や寺務所(じむしょ)として使われる例もあります。中国式にのっとった禅宗伽藍では、法堂・方丈の東側(向かって右)に主に設けられます。

【Wikipediaへのリンク】 庫裏


東司


一休寺・東司

「とうす、とんす」と読みます。トイレのことです。中国式にのっとった禅宗伽藍では、三門の西側(向かって左)に主に設けられます。

禅宗寺院では、寺を構成する主要な堂宇である七堂伽藍の一つに含めているところもあります。トイレではありますが、驚きです。生物の最も基本的な営みとして、食物の摂取と新陳代謝後の排泄を重視しているのでしょう。雪隠(せっちん)と呼ぶ場合もあります。

京都の東福寺や一休寺の東司は、重要文化財のトイレとしてよく知られています。もちろん実際に使用してはいけません。

【Wikipediaへのリンク】 東司


浴室

その字の通り、風呂のことです。湯屋(ゆや)とも言います。中国式にのっとった禅宗伽藍では、三門の東側(向かって右)に主に設けられます。

古来は、サウナのように蒸気を浴びる入浴方法でした。現代のように湯船につかる入浴方法は、天然の温泉以外では、鎌倉時代に東大寺を復興した重源が中国からもたらしたのが最初と考えられています。東大寺や山口・阿弥陀寺にその遺構が見られます。


草庵

草庵(そうあん)とは、人里離れたところに設けた小さな建物で、俗世間から隠遁した知識人や修行僧の生活の場のことです。草ぶき屋根の粗末な庵(いおり、小屋のように小さい建物)が語源です。

おおむね室町時代まで見られます。安土桃山時代以降は隠遁・修行する場ではなく、市中に設けられた茶室の様式として用いられるようになります。

【Wikipediaへのリンク】 草庵


方丈

方丈(ほうじょう)とは、主に禅宗寺院の責任者である住職の住居のことです。塔頭のような小規模な寺では本堂を兼ねることも一般的です。

元来は1丈(約3m)四方の小さな草庵のことを指していました。鎌倉時代の著名な随筆である鴨長明の「方丈記」は、こうした草庵で執筆されたことで名付けられました。

【Wikipediaへのリンク】 方丈


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