この街には3泊した。以下に、その経験から得られた情報などを雑多に記述する。
宿について
私は外国を旅行する場合、原則として泊まる所に予約を入れることをしない。そのやり方でほぼ毎年のように日本を出て10年以上になるが、ここ数年は、周囲の風潮がちょっと変わってきたなと感じていた。それは、事前に宿を比較検討して予約する利便性や効率性が、ネットの普及により飛躍的に高まってきたと思えることである。旅行情報を検索しているとホテル予約サイトがやたらと出てくるが、そこでは自分のような貧乏旅行者が泊まる安宿も多く紹介されている。それらについて最新の料金などを比較し、好みの所が見付かったら即座に寝床を確保することのメリットは、決して小さくない。私はブルガリア旅行1で書いたように、細かく予定を立てずいろいろなことを行き当たりばったりに決めるのが好きだ。予定がいちいち決まっていたのでは、急に気が変わったり、交通機関のストライキや気象の急変に遭遇したりと状況が変化した場合、柔軟に対応できない。しかし泊まる所を予約した方が、経済的にも、現地で宿探しをする労力の観点からも、より効率良く旅行できるとなると幾分心が揺らぐ。そこで今回は、最初に訪れる都市であるソフィアの宿だけ、ネットで予約を入れてから出発した。
選んだのはeasyHotel Sofia(108 Aldomirovska Street, Sofia 1330)で、Agodaというホテル予約サイトを通して手配した。ここへ決めた理由を以下に列挙する。
・個室へ泊まりたかったが、共同のシャワー・トイレは避けたかった。私にとって、これらの設備が部屋に備わり自分だけがいつでも使える状態にあるかどうかは、宿の居住性へ重大な影響を与える。選んだホテルは全室シャワー・トイレ付きだった。
・今回の旅行では、1泊の宿代について上限を40Lvか20ユーロと決めていた。このホテルにおけるシングル又はダブルの1泊は、ネットで予約すれば19ユーロだった。なお、飛び込みで行った場合は23ユーロとのこと。
・実際に泊まった人がブログでここを紹介していた。夫婦らしいその人たちは何回かブルガリアを訪れており、ソフィアでは決まってこのホテルを使うようだった。後述するがここは他の一般的なホテルと少し違った特徴を持っていて、そのブログにも好き嫌いが分かれるだろうという意味のことが書かれている。しかし私には気にならなかった。
ではその、他のホテルとは違う特徴とは何か。主なものは次のとおりである。
・チェックインは15:00からだが、8ユーロで13:00からが可能
・チェックアウトは10:00までだが、8ユーロで12:00までが可能
・部屋の掃除8ユーロ
・ベッドシーツ交換4ユーロ
・タオル交換1枚2ユーロ
・テレビ視聴24時間2ユーロ
・Wi-Fi利用24時間2ユーロ
・荷物預かり1個2ユーロ
私の泊まった部屋はダブルベッドをやっと置ける程度の広さで、もちろん机や椅子などない。窓から見えるのは、中庭のような物を挟んで50メートルほど離れた対面にあるマンションのベランダだった。通りに面した部屋ではもっとマシな景色かもしれない。壁は薄い。隣の部屋へ朝5:00に出発するカップルが泊まった時は、3:00からその話し声などが聞こえた。
要するに、必要最低限のものしか提供しません、それ以上のことを要求するならカネが必要ですよという姿勢を徹底した宿なのだ。これで建物や設備が古く、シャワーからの湯量が貧弱で、エアコンも有料なら誰も泊まらないだろうが、これらは幸いにもそうしたことはなかった。清潔かどうかも大きな問題だが、これは個人の主観に大きく依拠すると考えるため言及を避ける。なお、私が接したスタッフは全員英語を話したのでコミュニケーションに問題はなかった。
こうした特徴を持つeasyHotel Sofiaだが、私は日本から3泊の予約を入れ、そのとおりに3泊した。繰り返しになるが自分にはこれらの特徴が全く気にならなかったし、不要なサービスが削られることで料金が安くなるなら、むしろ大歓迎である。自分が経験したり調べたりした限りでは、シャワー・トイレが付いた1泊40Lvか20ユーロ以下の部屋を首都ソフィアで探し出すのは決して容易ではなく、地方でも都市によって難しい場合がある。このホテルを知ることができ、実際に泊まれたのは僥倖だった。私は毎日、ベッドの上に新聞紙を敷いて、FM放送の受信もできるMP3プレーヤーに外部スピーカーを接続し地元のラジオを聞きながら、近くのスーパーで買ったワインとパン、肉のパテやサラミで一人宴会をした。
ツーリストインフォメーションについて
前回書いたように、到着初日にホテルを目指す際、道に迷った。原因は地図の読み間違いという単純なものだったが、初めて訪れる国と都市、しかも入国した当日、時間はもう夕方とあってほんの少し焦った。もう自分の力ではどうにもならんと判断し、現地人に尋ねることとしたが、そこら辺を歩いている一般人では心もとない。この国に限ったことではないが、人々には自分の知らないことでも自信満々で口にする傾向があるようで、その被害に遭った経験を記してくれているブログを事前に見ていた。信頼できる情報源に頼る必要があった。
この街にツーリストインフォメーションは二つあり、まず、その時にいた場所から近い方を目指した。これは歩き方によるとブルガリア全体のインフォメーションで、しかもよく見るともう閉まっている時間だった。場所も結局よく分からず、二つ目の物へ向かった。
こちらはソフィアのインフォメーションで、ソフィア大学そばの地下鉄駅施設内にある。ほんの小一時間前に空港からバスで着いた場所であり、やれやれそこへ戻ることになるのかよと思ったが、ほかに選択肢はない。
結果は、このインフォメーションに大感謝であった。流暢に英語を話し説明も分かりやすい職員のにいちゃんと、彼がくれた市街地図のお陰で、今度は全く迷うことなくホテルへ着くことができた。そしてバス、トラム、トロリーバスの路線図も兼ねているこの地図は、ソフィア滞在中ずっと役に立った。
地下鉄などについて
道へ迷った時に地下鉄へ乗ったり降りたりを繰り返し、また投宿後は地下鉄駅を使うのが一番便利だったこともあって、これがこの街で最も頻繁に乗った交通手段だった。歩き方には料金が1.40Lvとあるが、バスなどと同じ1Lvだった。切符は、小銭があれば自動券売機で、なければ窓口で買った。
カルタという一日乗車券を買ってみた。地下鉄、バス、トラム、トロリーバスに乗り放題で値段は4Lv、これらに4回乗ればもう元が取れたことになる。後述する国立歴史博物館を訪れた日に使ったのだが、地下鉄駅へ行き窓口へ「カルタ」と言うも、なぜか通じない。もう一度言っても、やっぱり通じない。綺麗な顔立ちをした窓口のおばちゃんは「はぁ?」という表情で何か別の名前を言った。私は、いやそれじゃない、ちょっと待ってくださいというジェスチャーをしてそこから少し離れた。なぜ通じない? 何が悪いんだ? カルタという名前じゃないのか? 悩んでいると突然、おばちゃんがこちらへ向かって叫んだ。
「カルゥゥタァ?」
ものすごい巻き舌である。そうか、こう言わなければ通じないのか。だが私は、世界各地の言語でたまに聞くこの発音が苦手だ。「ダー(はい)」を連発し、首を10回くらい縦に振った後、おばちゃんを真似して言ってみた。
「カるータぁ」
彼女の発音の足元にも及ばない。おばちゃんは綺麗な顔に微苦笑を浮かべながら、名刺くらいの大きさの紙を取り出した。印刷された年・月・日のうち、今日に相当する箇所へそれぞれパンチ用の鋏で星形の穴を開けていく。明るめの紫1色で刷られた、偽造防止用のデザインが美しい切符だった。
国立歴史博物館への道
私は外国へ行くと大抵、こうした「国立博物館」とか「国立歴史博物館」の類いを訪れる。その国の現在や過去における全体像を比較的簡単に把握できる気がするからだ。
ブルガリアの国立歴史博物館は首都の郊外にあるが、歩き方には「2番のトロリーバスで終点下車。所要25分、そこから徒歩1分。」とある。行き方が簡単なので覗いてみることにした。地下鉄でまたもやソフィア大学そばの駅へ行き、地上へ出て2番のトロリーバスへ乗る。しかしこのバスは途中の軍病院がある所で車両基地のような施設へ入って、乗客が全員降り、私も車両から追い出されてしまった。わけが分からないまま近くの停留所へ行き、そこにある掲示やインフォメーションでもらった地図を参考にして、博物館付近の地区を目指す他の路線バスへ乗り継ごうとした。だがそうした車両は一向にやってこない。それならばと思い、2番と同じ道を走るが途中までしか行かない9番のトロリーバスを使って、残りは歩くこととした。
9番を降り、地図と、頭上にある架線を頼りに歩き始める。これを目印にすればトロリーバスの通る道をたどる場合に迷いようがない。そして少し歩いただけで、一連の事情を理解した。2番や他の路線バスが走るはずの博物館近くへ至る道は、1キロ以上にもわたって工事中だったのである。長い工期なのか、あるいはもうトロリーバスがここを走ることはないのか、架線は寸断されていた。
帰りは107番の路線バスが通る場所まで歩き、そのバスからトラムへと乗り継いで宿に戻った。
※本記事中の「歩き方」とは、「地球の歩き方」編集室の著作編集による「地球の歩き方」シリーズのA28『ブルガリア ルーマニア』2011年~2012年版(ダイヤモンド・ビッグ社、2011年2月改訂第8版)を指します。