ルセという街へ行く目的は、ドナウ川と、対岸のルーマニアを眺めるためである。
ヴェリコ・タルノヴォのツーリストインフォメーションは、この街へ到着した日にショボい宿を紹介してくれて信用できない感がないでもないが、ルセ行きのための各種情報はここで得た。バスは一日5便あり、11:00発のものへ乗ることにする。この移動は、朝に宿を出て、その便が出るアフトガーラ・ザパッドへ向かうことから始まった。
歩き方の地図でも「アフトガーラ・ザパッド行きバス停」と示されている場所で、10番のバスに乗る。切符は今まで経験したように運転手から買えばいいんだろうと思い、乗り込みながら「エディン・ビレート・モーリャ(切符1枚下さい)」と言うと、ドライバーは客席の方を示す身振りをした。よく分からないが、いいから座れということらしい。そのとおりにすると、一番前の座席にいたおねえちゃんが切符の束を持ってやってきた。制服その他の目印となるような物を何も身に付けていないが、この人は車掌のようだった。おねえちゃんは私の座っている所のそばへ立ち、何かを待つ様子。ああ、行き先を言うべきなのかと気が付いた。料金が一律だったソフィアのバスと違い、距離によって運賃が異なるらしい。アフトガーラの名前を言ったら頷いて、1枚の切符を束からもいだ。0.70Lv。
アフトガーラ・ザパッドは、これがホントにバスターミナル?と思うような代物だった。オフィスの入った建物、発着場のベンチや屋根、出入りしている車両の大きさなど、いろいろな物がおしなべて貧弱なのである。その有様は、誰も使わないから何となく広場になった場所へ、何となくバスみたいな物とか人が集まって、何となくターミナルみたいになっているくらいに見えなくもない。しかし表示を見たらルセと書かれた発着場があるし、建物内で調べるとそこへ行く便はちゃんとある。アフトガーラの佇まいがどうであれ、目的地まで行ければいい。
時間が近付き、1台のミニバスが来た。フロントガラスにルセと表示を出していて、その姿を認めた人たちが集まってきた。見るとその中に、チケットらしき紙切れを持ったおばちゃんがいる。このバスでも今まで経験したのと同じく、切符は車内で買えると思っていたが違うのだろうか。おばちゃんに「トヴァ・ビレート(それ、切符)?」と話しかけると、黙って建物を指差した。礼を言いながらそちらへ走り、窓口で行き先を叫んだ。おばちゃんが持っていたのと同じ紙切れを渡され、料金は11Lv。ところがいざ乗り込んでみると、その紙切れを前もって買っている人と、車内でカネを払っている人との割合は同じくらいだった。
それよりも不安に思ったのは、バスの周囲へ集まってきた人々の数が意外と多いことだった。使われる車両は大型のいわゆる「バス」ではなく、ワゴン車のようなミニバスである。座席の定員オーバーで、道中ずっと立ちっぱなしになるのはまだいい。その限度すら超えて、乗れない可能性もあるのではないかと思われた。運転手にそうしたことへの配慮、例えばチケットを既に持っている人を先に乗車させるなどの気遣いはまるでないように見える。せいぜい、人と荷物とが交錯する混乱を防ぐためだろう、大きな荷物を車両後部へ格納するのを客の搭乗案内に優先してやったくらいである。乗客の方だって、並んで乗り込むなどということをするわけがない。もちろん私もその群れの中へ紛れ込み、何とか座ることができた。ところがこれも、いざ乗り込んでみると全員が着席できてしまい、ちょうどいい具合にほぼ満席となった。やはり私のような現地の事情を何も知らない外国人観光客と違い、運転手や地元の人々はこうした呼吸というか匙加減というか、状況対処の方法を心得ているのだと思われる。
ルセへは約2時間で着いたと思う。鉄道駅のそばにあるアフトガーラを出ると、何だか街が閑散としている。土曜日だからか、人も行き交う車もその姿はまばらである。バスかトロリーバスへ乗って街の中心へ行こうと思ったが、どのくらい待つことになるのか見当もつかない。地図を見ると2キロほどの道のりなので、歩くことにした。
この街についても私は、事前に手頃な宿を見付けられずにいた。やはりツーリストインフォメーションを頼ることとし、そこへ行くも、ガラスのドアには鍵がかかっている。掲げられた表示に午後は13:00からとあり、もうその時間は過ぎてるけどなと思っていると、「I'm sorry to late」と英語で話しかけられた。振り返るとイケメンのにいちゃんが額に汗を光らせながら立っていた。私がドアの前にいるのを遠くから見て、走ってきたらしい。
ソフィアのインフォメーションにいたにいちゃんも好青年だったが、ルセのにいちゃんはそれ以上だった。丁寧かつ分かりやすい英語で、次のように対応してくれた。
あなたの条件に合う宿泊場所の候補は三つ。一つ目はThe English Guest House。この街を訪れるバックパッカーによく知られた所で、インフォメーションから近い場所にある。部屋の種類や料金は様々なので、実際に見て検討すること。二つ目はHotel Amor。一つ目の宿の次にここから近く、シングル又はダブル1泊40Lv。三つ目はその名もRuseというホテル。駅からここへ至る主要道路のボリソヴァ通り沿いにあって、同じく1泊40Lv。これら三つを、この順番で回っていくのがいい。それ以外の街の中心にあるホテルは、概して料金が高い。
にいちゃんは最後に、インフォメーションが閉まる時間を私へ告げ、もし困ったことがあったらまた来てくださいと笑顔で言った。
私が泊まったのはこれらのうち、2番目のHotel Amor(13 Mostova St., Ruse 7000)だった。ホテル予約サイトなどではPension Amorと書かれることもあるようだ。チェックインの際に朝食を付けるかどうか尋ねられ、有りなら40Lv、無しだと37Lvとのことなので後者を選んだ。
入口に呼び鈴があり、出入りするたびに押していたら「No」と強く言われた。じゃあこれは何のためにあるのかねと英語で訊こうとしたが、やめた。宿代を払う時にレシートを下さいと言ったもののなかなか通じず、少し苦労したことを思い出したからだった。呼び鈴の件の際も「No」の一言しか言わず、これらのことから分かるように、スタッフは余り英語が得意ではないようだった。
こうした出来事はあったものの、私はここを、今回の旅行で最もコストパフォーマンスが良かった宿だと思っている。改装して間もないらしい建物の中は綺麗だったし、部屋にはシャワー・トイレ、テレビ、エアコン、机と椅子が備わり、有料かどうかは知らないが機器を持っている人ならWi-Fiの利用が可能である。街の中心に近いが住宅街にあるので、周囲は比較的静かだと思う。もっとも、私が高評価を与えるのは、今回の旅行で好きなクラシック音楽のケーブルテレビチャンネルを見られたのはここだけだったことが影響しているのを、認めざるを得ないのだが。
※本記事中の「歩き方」とは、「地球の歩き方」編集室の著作編集による「地球の歩き方」シリーズのA28『ブルガリア ルーマニア』2011年~2012年版(ダイヤモンド・ビッグ社、2011年2月改訂第8版)を指します。