2011年7月13日
準決勝 対スウェーデン戦
今度の相手はスウェーデンだ。
もう何年前だろうか、私は、日本女子代表の指導者へインタビューしたある記事を読んだことがある。現役監督か監督経験者だったと思うが、その発言の一部をなぜかよく憶えている。だいたいこんな内容だった。
「強豪国では、遠征に選手の旦那や子供が付いて来ていて、チームにはベビーシッターまで帯同している。だから選手は精神的にものすごく充実して試合に臨める。こりゃあ戦う前から負けてるなと思いましたね」
これは、スウェーデンかアメリカの話だったと記憶している。どちらも女子サッカーの超先進国であり、この世界をリードする存在だ。これまで日本は、こうした相手に対し試合で苦戦し続けてきただけでなく、後方支援の実力でも敗北していたというわけである。
このインタビューから数年が経ち、今回、この「戦う前から負けて」いると思うしかなかった相手と激突することになった。強豪スウェーデンの地位に揺るぎはなく、彼女らが今大会における優勝候補の一角であることはいうまでもない。
だが、日本は進化した。今の日本チームは、欧米に煮え湯を飲まされ続けてきたかつてのチームではない。今の日本チームは、あのドイツを倒したのだ。日本は、確実に変わってきていた。私は今まで、日本女子代表に関して、善戦してフェアプレーも高く評価されるがここ一番で勝てない、くらいの印象しかもっていなかった。「強い」というイメージはまったくなかったのだ。しかしこのイメージは、ドイツに勝ったことで一変した。今の日本がスウェーデンと戦い、勝利することは相変わらず想像しにくい。しかしだからといって、負ける気もしなかった。
試合結果は、テレビのニュースで知った。そしてこのスウェーデン1得点、日本3得点と勝利の歓喜、涙に暮れるスウェーデン選手の映像を、その後画面で何度も見た。
タイのテレビも、日本がヨーロッパの強豪国を撃破していく様子をニュース番組などで取り上げ始めた。概ね好意的な報じられ方だったと思う。
各種メディアを見ていると、サッカー好きなタイ人が日本へ向ける関心の度合いは決して低くない、と感じられる。タイのスポーツチャンネルを見て驚いたのだが、ヨーロッパの主要リーグと並んで、日本のJリーグに関する情報が扱われていた。試合結果や各チームの順位を伝えるだけでなく、試合の中継まであった。映像は生ではなく録画のようだが、タイ語の実況と字幕付きである。近年、タイのリーグへ行く日本人選手が現れ始めたし、日本は同じアジアのなかでは比較的強いので、興味をもつサッカーファンが増えてきているのかもしれない。
今ごろ日本では大騒ぎだろうな、と思った。サッカー日本女子代表の知名度は、男子の代表に遠く及ばない。しかし今の彼女らは、あと1勝でW杯優勝である。あと1試合勝てば、世界一なのである。今ごろ日本では著名人から一般人まで、「なでしこジャパン」の「な」すら口にしたことのなかったひとたちが、至る所で急に熱く語り始めちゃってるんだろうな、と思った。まあかくいう私も、顔と名前が一致する選手は澤以外ひとりもいないし、これまで監督の名前すら知らなかったのだが。
一方、某巨大掲示板サイトでは、相も変わらずお約束の展開が繰り広げられていることだろう、と思った。澤が「澤兄貴」と妙な敬称の付け方をされて親しまれてることだろう。そして、日本女子代表のニュースが取り上げられるたびに掲示板へ貼られる、東スポの「沢がモテていた」と題した、失礼極まりないが微苦笑を禁じえない記事の画像が今回も貼られまくってることだろう、と思った。
2011年7月17日
決勝 対アメリカ戦
さあこうなると、決勝の中継を何としても見なくてはならない。日本のサッカー代表チームが、全世界規模の大会でその頂点に立つかもしれないのだ。もし実現すれば、性別、年代別のどのチームも為し得なかった快挙である。試合の日には、イサーン最大の街であるナコーン・ラチャシーマー、別名コラートにいた。ここでもテレビ付きの部屋に泊まれた。
この国の主要英字紙であるBangkok PostとThe Nationはいずれも、アメリカのThe New York TimesやUSA Todayと同じように、紙面がいくつかの冊子に分かれている。主要記事の冊子と、経済、スポーツ、文化など、いくつかの分野別の冊子とに分かれた紙面構成になっているのだった。したがって、主要記事の冊子1面、つまり新聞全体の1面の他に、各分野ごとの1面というものが存在し、スポーツの1面は多くの場合、当日のトップ記事に関する全面写真だった。
決勝が行なわれる日曜日の朝には、Bangkok Postを買った。スポーツのトップはもちろんW杯であり、これから行なわれる試合の見どころ、注目選手などの記事がある。そしてその1面は、日本サポーターが掲げる巨大な日の丸の写真だった。日の丸の中心に毛筆で大きく「夢」と書かれ、周りが寄せ書きで埋め尽くされている。こうした写真が1面へデカデカと使われることに様々な意味で驚いた。だが、紙面へ目を近づけて寄せ書きを読むと、「ヤットさん」がどうのこうのという書き込みがある。どうやらこれは今大会で撮影されたものではなく、過去に男子の代表が試合をした際の写真らしい。なーんだ、使いまわしかよ、と私はガッカリした。「ヤット」とは某男子選手の愛称である。
記事に関しては、ふたつの英字新聞とも、W杯に関するものはすべて欧米の通信社による配信記事だった。独自に取材して書かれたものはひとつもなく、少なくとも私が見た限りでは皆無だった。
外国のスポーツイベントであっても、タイ人選手が登場するとオリジナルの記事が作られることもある。今回の旅行中には、女子ゴルフの大会で活躍した選手に関するものを見た。
こうしたことはスポーツに限らず国際面などでも同じであり、日本に関するニュースが載っても、それは必ずAPやAFPにより配信されたものだった。
試合開始は日曜の深夜、月曜の未明である。いったん眠り、夜中に目を覚ましてテレビを点けた。音量を最小まで絞る。新聞には、タイのテレビ局とアメリカのスポーツチャンネルが生中継をやる予定とあった。
歴史的快挙の瞬間を、画面上とはいえ目にすることができるか。それとも、やはりアメリカは強かった、勝てなかったという結果になるか。
タイの地方にある、安宿の一室。画面に選手が入場する様子が映った。周りの部屋は寝静まっている。
テレビから、静かに君が代が流れ始めた。
準決勝 対スウェーデン戦
今度の相手はスウェーデンだ。
もう何年前だろうか、私は、日本女子代表の指導者へインタビューしたある記事を読んだことがある。現役監督か監督経験者だったと思うが、その発言の一部をなぜかよく憶えている。だいたいこんな内容だった。
「強豪国では、遠征に選手の旦那や子供が付いて来ていて、チームにはベビーシッターまで帯同している。だから選手は精神的にものすごく充実して試合に臨める。こりゃあ戦う前から負けてるなと思いましたね」
これは、スウェーデンかアメリカの話だったと記憶している。どちらも女子サッカーの超先進国であり、この世界をリードする存在だ。これまで日本は、こうした相手に対し試合で苦戦し続けてきただけでなく、後方支援の実力でも敗北していたというわけである。
このインタビューから数年が経ち、今回、この「戦う前から負けて」いると思うしかなかった相手と激突することになった。強豪スウェーデンの地位に揺るぎはなく、彼女らが今大会における優勝候補の一角であることはいうまでもない。
だが、日本は進化した。今の日本チームは、欧米に煮え湯を飲まされ続けてきたかつてのチームではない。今の日本チームは、あのドイツを倒したのだ。日本は、確実に変わってきていた。私は今まで、日本女子代表に関して、善戦してフェアプレーも高く評価されるがここ一番で勝てない、くらいの印象しかもっていなかった。「強い」というイメージはまったくなかったのだ。しかしこのイメージは、ドイツに勝ったことで一変した。今の日本がスウェーデンと戦い、勝利することは相変わらず想像しにくい。しかしだからといって、負ける気もしなかった。
試合結果は、テレビのニュースで知った。そしてこのスウェーデン1得点、日本3得点と勝利の歓喜、涙に暮れるスウェーデン選手の映像を、その後画面で何度も見た。
タイのテレビも、日本がヨーロッパの強豪国を撃破していく様子をニュース番組などで取り上げ始めた。概ね好意的な報じられ方だったと思う。
各種メディアを見ていると、サッカー好きなタイ人が日本へ向ける関心の度合いは決して低くない、と感じられる。タイのスポーツチャンネルを見て驚いたのだが、ヨーロッパの主要リーグと並んで、日本のJリーグに関する情報が扱われていた。試合結果や各チームの順位を伝えるだけでなく、試合の中継まであった。映像は生ではなく録画のようだが、タイ語の実況と字幕付きである。近年、タイのリーグへ行く日本人選手が現れ始めたし、日本は同じアジアのなかでは比較的強いので、興味をもつサッカーファンが増えてきているのかもしれない。
今ごろ日本では大騒ぎだろうな、と思った。サッカー日本女子代表の知名度は、男子の代表に遠く及ばない。しかし今の彼女らは、あと1勝でW杯優勝である。あと1試合勝てば、世界一なのである。今ごろ日本では著名人から一般人まで、「なでしこジャパン」の「な」すら口にしたことのなかったひとたちが、至る所で急に熱く語り始めちゃってるんだろうな、と思った。まあかくいう私も、顔と名前が一致する選手は澤以外ひとりもいないし、これまで監督の名前すら知らなかったのだが。
一方、某巨大掲示板サイトでは、相も変わらずお約束の展開が繰り広げられていることだろう、と思った。澤が「澤兄貴」と妙な敬称の付け方をされて親しまれてることだろう。そして、日本女子代表のニュースが取り上げられるたびに掲示板へ貼られる、東スポの「沢がモテていた」と題した、失礼極まりないが微苦笑を禁じえない記事の画像が今回も貼られまくってることだろう、と思った。
2011年7月17日
決勝 対アメリカ戦
さあこうなると、決勝の中継を何としても見なくてはならない。日本のサッカー代表チームが、全世界規模の大会でその頂点に立つかもしれないのだ。もし実現すれば、性別、年代別のどのチームも為し得なかった快挙である。試合の日には、イサーン最大の街であるナコーン・ラチャシーマー、別名コラートにいた。ここでもテレビ付きの部屋に泊まれた。
この国の主要英字紙であるBangkok PostとThe Nationはいずれも、アメリカのThe New York TimesやUSA Todayと同じように、紙面がいくつかの冊子に分かれている。主要記事の冊子と、経済、スポーツ、文化など、いくつかの分野別の冊子とに分かれた紙面構成になっているのだった。したがって、主要記事の冊子1面、つまり新聞全体の1面の他に、各分野ごとの1面というものが存在し、スポーツの1面は多くの場合、当日のトップ記事に関する全面写真だった。
決勝が行なわれる日曜日の朝には、Bangkok Postを買った。スポーツのトップはもちろんW杯であり、これから行なわれる試合の見どころ、注目選手などの記事がある。そしてその1面は、日本サポーターが掲げる巨大な日の丸の写真だった。日の丸の中心に毛筆で大きく「夢」と書かれ、周りが寄せ書きで埋め尽くされている。こうした写真が1面へデカデカと使われることに様々な意味で驚いた。だが、紙面へ目を近づけて寄せ書きを読むと、「ヤットさん」がどうのこうのという書き込みがある。どうやらこれは今大会で撮影されたものではなく、過去に男子の代表が試合をした際の写真らしい。なーんだ、使いまわしかよ、と私はガッカリした。「ヤット」とは某男子選手の愛称である。
記事に関しては、ふたつの英字新聞とも、W杯に関するものはすべて欧米の通信社による配信記事だった。独自に取材して書かれたものはひとつもなく、少なくとも私が見た限りでは皆無だった。
外国のスポーツイベントであっても、タイ人選手が登場するとオリジナルの記事が作られることもある。今回の旅行中には、女子ゴルフの大会で活躍した選手に関するものを見た。
こうしたことはスポーツに限らず国際面などでも同じであり、日本に関するニュースが載っても、それは必ずAPやAFPにより配信されたものだった。
試合開始は日曜の深夜、月曜の未明である。いったん眠り、夜中に目を覚ましてテレビを点けた。音量を最小まで絞る。新聞には、タイのテレビ局とアメリカのスポーツチャンネルが生中継をやる予定とあった。
歴史的快挙の瞬間を、画面上とはいえ目にすることができるか。それとも、やはりアメリカは強かった、勝てなかったという結果になるか。
タイの地方にある、安宿の一室。画面に選手が入場する様子が映った。周りの部屋は寝静まっている。
テレビから、静かに君が代が流れ始めた。