2013年7月28日~31日
帰国のためリスボンへ戻る。エストレモスからのバスについては、エヴォラの宿にあったネット使い放題のパソコンで調べておいた。何本か便があり、私は8:50のものに乗った。15ユーロ。
日本からリスボンへ着いた時に泊まり、ポルトガル旅行5でも書いたLuarへ行く。違う宿を試そうかという気持ちもあったが、それを億劫がる気持ちの方が勝った。フロントに以前と同じにいちゃんが座っていて、今回は英語ではなくポルトガル語で彼とチェックインの手続をする。こう書くと、私が流暢に外国語を操っているような印象を与えるかもしれない。しかし前項と同じことを書いて恐縮なのだが、要は旅行で使う幾つかのやりとりに慣れ、それをここでも繰り返しているのである。にいちゃんは前回と比べ、別人のように愛想がよかった。
帰国に向けた最初の便、つまりリスボン~ドバイの飛行機が発つ日。チェックインカウンターは出発時刻の3時間半前に開いた。私はいつも通路側の座席を指定するのだが、この時はそれを忘れてしまった。搭乗券を見ると、座席番号にはリスボン~ドバイ、ドバイ~羽田でそれぞれ「B」「A」のアルファベットがある。しまった、「B」は横3列の真ん中、「A」は窓側かと思ったが、実はどちらも最後尾にある横2列の席で、大きな問題はなかった。
ドバイの空港にあるベンチは肘掛が大きく張り出した構造で、人が横たわれないようになっている。リクライニングチェアのようなものが置かれた一画が幾つかあるものの、どれも先客がいた。だがいずれにせよ、私はこうした状況や、移動中の乗り物内で眠れない人間である。どうせ飛行機に乗れば10時間近く座ってるんだからと思い、空港内にあるほとんど全てのターミナルへ行ってみたりして、次の便を待つ時間の大半を歩き回って過ごした。
ドバイ~羽田の機内はガラガラだった。全ての乗客が機内へ入り、ドアが閉められたのを確認してから空いている座席列へ移った。足をのばし、頭・腰・足を同じ高さにして寝られるのは有り難かった。
羽田へは定刻より少し遅れて0:10に着いた。この時間に空港を離れることのできる交通手段はかなり限られている。エミレーツ航空が到着から1時間後に、品川駅までのシャトルバスを出してくれるということだったが、そこへ着いた後の適切な行動を思い付かない。結局、想定していたとおりに羽田で夜明かしをすることにした。
空港内のベンチはドバイのそれと違い肘掛がない。しかも国際線ターミナルの至る所に置かれているので、あぶれる心配はないように感じられた。建物の中には意外と多くの人がいて、翌朝早くに発つ便の乗客たちらしかった。
私が選択した夜明かしの方法は、展望デッキで外を眺めることである。まさか真夜中でもそこを開けているとは思わなかったが、人が少なく、静かに音楽が流れていて、ひたすらぼんやりするには最適な場所だと思われた。
翌朝、京急線のシャッターが開くのを待って切符を買い、電車に乗った。
こうして、今回のポルトガル旅行は終わった。
帰国のためリスボンへ戻る。エストレモスからのバスについては、エヴォラの宿にあったネット使い放題のパソコンで調べておいた。何本か便があり、私は8:50のものに乗った。15ユーロ。
日本からリスボンへ着いた時に泊まり、ポルトガル旅行5でも書いたLuarへ行く。違う宿を試そうかという気持ちもあったが、それを億劫がる気持ちの方が勝った。フロントに以前と同じにいちゃんが座っていて、今回は英語ではなくポルトガル語で彼とチェックインの手続をする。こう書くと、私が流暢に外国語を操っているような印象を与えるかもしれない。しかし前項と同じことを書いて恐縮なのだが、要は旅行で使う幾つかのやりとりに慣れ、それをここでも繰り返しているのである。にいちゃんは前回と比べ、別人のように愛想がよかった。
帰国に向けた最初の便、つまりリスボン~ドバイの飛行機が発つ日。チェックインカウンターは出発時刻の3時間半前に開いた。私はいつも通路側の座席を指定するのだが、この時はそれを忘れてしまった。搭乗券を見ると、座席番号にはリスボン~ドバイ、ドバイ~羽田でそれぞれ「B」「A」のアルファベットがある。しまった、「B」は横3列の真ん中、「A」は窓側かと思ったが、実はどちらも最後尾にある横2列の席で、大きな問題はなかった。
ドバイの空港にあるベンチは肘掛が大きく張り出した構造で、人が横たわれないようになっている。リクライニングチェアのようなものが置かれた一画が幾つかあるものの、どれも先客がいた。だがいずれにせよ、私はこうした状況や、移動中の乗り物内で眠れない人間である。どうせ飛行機に乗れば10時間近く座ってるんだからと思い、空港内にあるほとんど全てのターミナルへ行ってみたりして、次の便を待つ時間の大半を歩き回って過ごした。
ドバイ~羽田の機内はガラガラだった。全ての乗客が機内へ入り、ドアが閉められたのを確認してから空いている座席列へ移った。足をのばし、頭・腰・足を同じ高さにして寝られるのは有り難かった。
羽田へは定刻より少し遅れて0:10に着いた。この時間に空港を離れることのできる交通手段はかなり限られている。エミレーツ航空が到着から1時間後に、品川駅までのシャトルバスを出してくれるということだったが、そこへ着いた後の適切な行動を思い付かない。結局、想定していたとおりに羽田で夜明かしをすることにした。
空港内のベンチはドバイのそれと違い肘掛がない。しかも国際線ターミナルの至る所に置かれているので、あぶれる心配はないように感じられた。建物の中には意外と多くの人がいて、翌朝早くに発つ便の乗客たちらしかった。
私が選択した夜明かしの方法は、展望デッキで外を眺めることである。まさか真夜中でもそこを開けているとは思わなかったが、人が少なく、静かに音楽が流れていて、ひたすらぼんやりするには最適な場所だと思われた。
翌朝、京急線のシャッターが開くのを待って切符を買い、電車に乗った。
こうして、今回のポルトガル旅行は終わった。