魏志倭人伝に記載されている末廬国(まつろこく、まつらこく)にひかれて、こちらに引っ越してきたという表現は、少しおおげさかもしれないけれど、
魏の使者たちが、邪馬台国を目指して、対馬国、壱岐国を経由して、本土に最初に上陸したところとされている末廬国である。
現在の唐津市の松浦は、末廬国の末廬からきた地名とされている。
邪馬台国がどこにあったかについては、いまだ不確定ではあるけれど、少なくとも、末廬国の向こうに、邪馬台国があったんだぁ~(^.^♪ナントモオオザッパ!
わたくしには末廬国の向こうに、かげろうのように揺らめいている邪馬台国が見える!!(フンフン^-^;)
そこで我が家の庭の水仙には、「末廬水仙!」と名付けさせて頂くことにいたしました♪
今日はのどかなお天気で、
開花した末廬水仙が二輪
小首を傾げて
微風に揺らいでいます。
空ではいつものトンビ君が
ぴぃゅるるる、ぴぃゅるるる
気持ち良さそうに
輪を描いている。
何代にもわたって
先祖代々ぴぃゅるるると
輪を描いているトンビ君だとおもう。
ということは!
ご先祖様のトンビ君は
はるかなる邪馬台国の空で
ぴぃゅるるる!♪
していたかも
しれないのだ!♪
ということは!!
今この空で
ぴぃゅるるるしている
トンビ君の遺伝子は
なんと(@_@;)
“邪馬台国の目撃鳥”!!
ではないの(*^.^*)
なんというトンビ君!♪
『邪馬台は
末廬の松浦とぶトビの
遺伝子飛び交う
邪馬台なり』
(真鹿子)
なんという、ぴぃゅるるる!!
平成22年12月14日